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お掃除ロボットとみさきちゃん

作者: たこす

 今井家にはハローという名のお掃除ロボットがおりました。


 ハローはせっせとお家のお掃除をこなします。

 ハローはロボットなので怠けるということをしません。

 ただひたすら、お掃除を続けています。


 窓ふき、洗濯、お風呂洗い。

 やることはたくさんです。


「ハロー、ただいま」


 ちょうどそこへ今井家の長女みさきちゃんが学校から帰ってきました。

 赤いランドセルを背負ったかわいらしい女の子です。


「おかえりなさいませ、みさき様」


 ハローが言うと、みさきちゃんはぷーとむくれました。


「ハロー、みさき様はやめてっていつも言ってるでしょ。みっちゃんって呼んでよ」

「ご主人様のご家族をそのような呼び方で呼ぶのは失礼にあたります。その命令には従えません、みさき様」


 そう言って、せっせとリビングの掃除をはじめました。


 いつものことなのでみさきちゃんは気にしません。

 ハローが掃除をするかたわらでランドセルを広げると勉強を始めました。


「みさき様、お勉強でしたらご自分のお部屋の方が静かで快適かと」

「ここでいいの!」


 みさきちゃんは机の上に算数のプリント用紙を広げます。

 ハローは気にせず掃除を続けました。


「ねえ、ハロー」

「はい、なんでございましょう」

「この問題、わかる?」


 それは分数の割り算でした。

 ハローには計算機能もついておりますので、瞬時に答えを導き出しました。


「答えは5分の3です」

「すごーい! じゃあこれは?」

「答えは3分の1です」

「ふむふむ。じゃあ、これ」

「答えは9分の7です」

「すごいすごい! やっぱりハローは頼りになるね。他の答えも言ってみて」


 ハローは言いました。


「みさき様、答えだけを書き写していたら勉強にはなりません。どうやってその答えが導き出されたかを知らないと」


 その言葉にみさきちゃんはまたもやぷーと頬をふくらまします。


「ケチ」

「ケチとはなんですか?」

「なによ、ロボットのくせに口答えする気?」

「いえ、ケチの意味がわかりません。ケチというのはどういう意味なのですか?」


 みさきちゃんは少し考えてから教えました。


「ケチってねえ、お父さんのこと!」

「ご主人様のこと?」

「だって、今度ネズミーランドに連れてってくれるって言ったのに、急に仕事が入ったとかいって連れてってくれなかったんだもん」

「それをケチというのですか?」

「そうよ。ケチっていうの。どケチ」

「嘘つき、という意味にもとれますが」


 ハローの言葉にみさきちゃんは嬉しく笑いました。


「だよねー! そう思うよねー! お父さんはケチで嘘つきな人間なの!」

「ご主人様の悪口はよくないと思われますが。みさき様のお父上なのですから」


 説教じみた言葉に、みさきちゃんは「べー」と舌を出して自分の部屋に戻って行きました。



 それから数日後。

 今度は漢字のお勉強です。

 みさきちゃんは机の上に漢字のプリントを広げました。


「ねえ、ハロー」

「はい、なんでございましょう」

「この漢字、読める?」


 ハローは文字の読み書きもできるので、すぐに答えられました。


「これは『くに』と読みます」

「じゃあこれは?」

「これは『ほし』と読みます」

「お星さまのほし!?」

「そうです。お星さまのほしです」


 みさきちゃんは夜空にきらきらと輝く星を想像し、ウキウキしながら答えを書きました。


「ハローはなんでも知ってるね。じゃあ、これは?」

「これは『とも』と読みます」

「友達のとも?」

「そうです」

「そっかあ。じゃあ私とハローのことだね!」

「わたしはみさき様の友達ではありませんが?」

「友達だよー。私はハローの友達で、ハローは私の友達!」

「友達とは一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人のことです。わたしはただのお掃除ロボットですので、該当しません」

「い・い・の! ハローは私のと・も・だ・ち! わかった?」

「は、はい……」


 さすがのハローも、みさきちゃんの命令には逆らえませんでした。


「じゃあ、ハロー。これからは私の事をみっちゃんって呼んで」

「それはできません。みさき様」


 みっちゃんと呼んでくれるものと期待していたのですが、ハローはいつも通りでした。



 ところがそれからというもの、ハローはお掃除をしながらも暇を見つけてはみさきちゃんの相手をするようになりました。

 トランプ、TVゲーム、すごろく遊び。

 いろんな遊びを一緒にしてくれるようになりました。


 みさきちゃんはそれが嬉しくて嬉しくてたまりません。

 学校から帰ると、真っ先にハローの元へ行って遊びを催促するのでした。


「ハロー、遊ぼ遊ぼ!」

「みさき様、お勉強はよろしいのですか?」

「いいの! 今日は宿題出されなかったから!」

「出されなかったといっても、復習と予習は大事ですよ?」

「もう、ハローうるさい! 先生みたい!」

「冗談です。ではみさき様、まだご主人様のお部屋の掃除が終わっておりませんので、いましばらくお待ちいただけますか?」


 ハローはいつの間にかみさきちゃんに冗談を言うようにもなりました。

 みさきちゃんは顔を輝かせながら尋ねます。


「あとどれくらい!?」

「そうですねえ。あと5分と40秒です」

「うん! 時間をはかって待ってる!」


 みさきちゃんはそう言うと、時計とにらめっこをしながらハローが掃除を終えるのを待ちました。



 ところが。

 10分たっても20分たってもハローは戻ってきません。


 みさきちゃんは時計の見方を間違えたかと思って何度も見直したのですが、やっぱり間違えていません。

 5分40秒で戻ってくると言っていたハローが20分過ぎても戻って来ないのです。


 みさきちゃんはしびれをきらしてお父さんの部屋に向かいました。

 いつもは「入っちゃダメ」と言われている部屋です。

 大きなノブを回して扉を開けると、そこには横に倒れたハローがいました。


「ハ、ハロー!?」


 慌ててかけよるみさきちゃん。

 ハローは不気味な駆動音を響かせて黒い煙を吐き出しています。


「どうしたの、ハロー!? ハロー!?」


 ハローに触ると、まるで炎で熱せられたかのように熱くなっていました。


「あつっ!」


 慌てて手を引っ込めるみさきちゃんは、すぐにお父さんに連絡をいれました。


「お父さん! ハローが……ハローが……!!」

『どうしたんだい、みさき』


 お父さんはみさきちゃんの様子に何かがおかしいと気づきました。


「ハローが動かなくなっちゃったの! ものすごく熱いの! どうしようどうしよう! ハロー死んじゃう!」

『みさき、すぐに行くから待ってなさい。ハローには触っちゃいけないよ』


 お父さんはそう言うと、すぐに駆けつけてくれました。


「お父さん!」

「大丈夫だったかい?」

「お父さん! ハローが、ハローがものすごく熱いの! なんにもしゃべらないし!」

「うん、これはうちでは無理だね。修理工場に連れて行こう」


 お父さんは冷たいタオルを何重にも巻いてハローを包むと、すぐに近くの修理工場へと連れて行きました。

 ハローを造った工場です。

 そこの工場長に見せると、工場長は首をふりました。


「こりゃダメだな。回路がショートしちまってる」

「おじさん! ハローを助けて! お願い!」


 みさきちゃんは工場長の足にしがみつくと、泣きながら懇願しました。


「私の大切な友達なの! 死なせないで!」

「そうは言ってもなあ」

「私、良い子にする! パパのいいつけも守る! だからお願い!」


 工場長は困り果ててお父さんに目を向けましたが、お父さんも困った顔でみさきちゃんを見つめています。

 すると、ずっと黒い煙を吐き出していたハローがスピーカーから途切れ途切れに音声を発しました。


「……み、さき様」

「ハロー!」

「申し訳……ありません……、お掃除がまだ終わってません……いましばらく、お待ちください……」

「ハロー! 掃除なんてもういいよ! 掃除なんてしないでいいから、死なないで!」

「そ、れはできません……、わたしはお掃除ロボット……ですから……」

「お掃除ロボットの前に私の友達だよお! ハロー、お願いだから死なないでぇ」

「……とも、だち」

「ハロー、ハロー……」


 泣きじゃくるみさきちゃんに、ハローはノイズの入り混じった声で言いました。


「ありがとう、みさき様……。こんなわたしを……友達とおっしゃってくださって……。嬉しいです……」

「ハロー!」

「いままでとても、楽しかったです……。ありがとう……みっちゃん……」


 みさきちゃんはパッと目を見開きました。

 それは今まで一度も言ってくれなかった呼び名でした。

 どんなに頼んでも言ってくれなかった呼び名を、ハローは言ってくれたのです。


 けれども、それを最後にハローはピクリとも動かなくなりました。


「ハロー? ハロー!? うわああん、ハロー!」


 みさきちゃんは壊れてしまったハローの上に顔をうずめて泣きました。

 まるで一生分の涙が出るのではないかというくらい泣きました。

 その日の工場は、ずっとみさきちゃんの鳴き声が響いていました。




 数か月後。


 誕生日を迎えたみさきちゃんにお父さんがニコニコしながら誕生日プレゼントを抱きかかえて持ってきました。


「みさき、誕生日おめでとう」

「ありがとう、お父さん」


 みさきちゃんはお礼を言いつつも、お父さんの抱きかかえるプレゼントが気になって仕方ありません。


「誕生日プレゼントだよ」

「わー、なにかななにかな」


 いそいそとラッピングを取ると、中からお掃除ロボットが出てきました。


「あ、ハロー!」


 みさきちゃんは声を上げましたが、よく見ると少しデザインが違います。


「……じゃないのか」


 少しがっかりしたみさきちゃんに、お父さんはニコニコしながらお掃除ロボットのメイン電源を入れました。

 するとどうでしょう。

 お掃除ロボットが手を伸ばしてみさきちゃんの頭を撫でてきました。


「なになに!?」


 驚いたみさきちゃんが顔をあげると、お掃除ロボットのスピーカーから聞きなれた声が聞こえてきました。


「お久しぶりです、みっちゃん」

「ハ、ハロー!?」


 驚くみさきちゃんにお父さんが笑いながら教えてくれました。


「どうやら今までのハローはみさきが毎日構っていたもんだから相当負荷がかかっていたらしい。だから工場長がハローに設置されていたチップをもとに大容量のAIを作ってくれたんだ」

「だいようりょうのえーあい?」

「つまり、みさきとハローは友達ってことさ」

「わあ!」


 みさきちゃんが喜ぶと、ハローは言いました。


「みっちゃん、これからもよろしくお願いします」

「うん! こちらこそ!」


 それからというもの、みさきちゃんとハローはいつまでも仲良く友達でいましたとさ。




おしまい

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