君が笑うから。
マクワイヤ王国。
王立魔法学院の卒業パーティー会場。
今日、君は婚約破棄をされる。
「フィリア=アルト侯爵令嬢。君との婚約を解消する!そして、ナタリー=チェスト嬢と正式に婚約することとなった」
王太子・ライネル=マクワイヤの声が会場に響いた。
「理由は、フィリア嬢が、女神の恩寵を受けたナタリー嬢に執拗な嫌がらせを繰り返した挙句、亡き者にしようとしたという証言が数多く寄せられたからである」
ナタリーに同情する声。
フィリアを非難する声。
そんなはずはない、と擁護する声。
会場中がざわつく。
「しかし!寄せられた証言は全て証拠も何もない虚偽だと判明。そもそも、フィリア嬢とナタリー嬢は親友として絆を深めており、私とナタリー嬢の仲を取り持ってくれたのだ。この婚約破棄について、アルト侯爵からも了承を得ており、国王陛下もそれを承認している」
ライネルとナタリーは目を合わせ、フィリアに微笑みかける。
フィリアも穏やかな表情でうなずいた。
「そして、フィリア嬢。君が希望していた隣国・ガルムンド王国への留学を許可しよう」
「ありがとうございます」
フィリアは深々と頭を下げた。
静まり返っていた会場内の空気は、祝福ムードで一気に明るく変わっていった。
一人を除いては・・・。
「ガルムンド王国第二王子・ヨシュア=ガルムンド殿」
「はい」
ヨシュアは名前を呼ばれ、一歩前へと進んだ。
「フィリア嬢をよろしく頼む。君になら安心して任せれるよ」
「任されてください。ライネル様」
ヨシュアは、微笑みながら答えた。
卒業パーティーから数日後。
フィリアは留学。
ヨシュアは帰国。
二人は、ライネルやとナタリーをはじめ、多くの人に見送られ、出立する。
「フィリア嬢。本当にいいのか?」
「ええ、いいのよ。元婚約者が近くにいては、二人の祝福ムードに水を差してしまうわ」
ヨシュアには、フィリアは心から喜んでいるのだと伝わってくる。
「そうだね・・・」
フィリアは外の景色を見るのに夢中で、ヨシュアの表情が曇っていたことに気が付かなかった。
「そろそろ国境付近かしら?ガルムンドがどんな国なのか楽しみだわ」
「君はガルムンドには行けない」
ヨシュアは暗い表情をしながら、腰の剣を抜いた。
「君は、ここで盗賊に襲われて命を落とす」
「どういう・・・こと?」
突然のことに、フィリアは戸惑いを隠せない。
「俺を選ばないで欲しかった」
「な、何を言っているの?」
「数ヶ月後、ガルムンドで王位継承権を争う内乱が起き、魔力の強い君はそれに巻き込まれてしまう。そして、命を落としてしまうんだ」
ヨシュアはフィリアから目を逸らし、俯いた。
「君は、『自分は転生者』で、『あなたと一緒にいたいから』『円満な婚約解消を選んだ』と打ち明けてくれた。そして、『あなたを選ばなければ良かった』という言葉を残し、死んでいった」
ヨシュアは大きく息を吐き、続けた。
「そうだ。君が俺を選ばなければ、君は死なずに済んだはずだ。やり直せるものなら、やり直したい。
その願いが通じたのか、俺の時間は学院に入学する前日に巻き戻った。出来るだけ距離を置くようにしていた。嫌われてもいいとさえ思っていた」
ヨシュアは首を振りながら、声を震わせた。
「それなのに、君はまた俺を選んだ。俺は、またあんな苦しくて悲しい思いをしなくてはいけないのか。それなら、せめて自分の手で・・・」
目に涙を溢れさせ、ヨシュアは静かに剣を振り下ろした。
フィリアは最後の力を振り絞り、両手でヨシュアの頬を包み、笑顔で語りかける。
「『あなたを選ばなければ良かった』この続きはきっとこうよ。『それでも、絶対にあなたを選んでしまうわ。だって、あなたが大好きだから』ってね」
ヨシュアは、フィリアの体を抱きしめ、泣き続けた。