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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編まとめ

よくある話のよくあるわけじゃないその後の話

作者: よもぎ

娯楽小説ではよくある話。

貴族の通う学園で運命的に出会った二人。しかし婚約者の存在が邪魔をする。嫉妬にかられた婚約者により妨害を喰らう二人。

しかし、そんな二人が睦まじく、かつ堂々と過ごす未来は来ない。

婚約者の手によってヒロイン役の少女は死に、またその婚約者も自害し果てたためだ。


ちなみにだが、その婚約者はヒロインの婚約者であった。


彼はある程度までなら――学生の間のほんのささいな浮気心程度までならヒロイン役だった令嬢、ファニーを許すつもりがあった。

しかし、本格的に恋に落ちて、自分との未来をなくすつもりだと確信を得てしまった。


彼は本来嫉妬深く、執着も強く、俗にいうヤンデレ男子であった。

それが発揮されなかったのは、ひとえにファニーが婚約者であるケニーときちんと付き合っていたからに過ぎない。

それが学園に入学して以来上の空、自分との逢瀬もどんどん少なくなっていき、しかも学園でも他人の距離。あまつでさえ別の男と親密に過ごしているとなれば。

彼は、ナイフを握らざるを得なかったのだ。




ファニーはその日もいつものように中庭で浮気相手となる男と睦まじく、ランチのサンドイッチを食べさせあっていた。

そこにケニーが現れ、ファニーに将来を問う。

僕と結婚するんだよね?と。


しかしファニーはこう答えた。

あたし、この人が好き。


ケニーはおもむろに懐に手を突っ込み、ナイフを取り出し、そのまま無造作にファニーの首をかっ切った。

噴水のように飛び散る血液。

唖然とする浮気相手をよそに、ケニーは自分もまた同じように首をかっ切った。

悲鳴が一拍遅れてあちこちで上がり、サンドイッチは二人の血液でぐっしょり濡れそぼった。

それは同時に浮気相手を染めもしたけれど。



浮気相手の婚約者は、その事件を受けて、婚約の解消を申し出た。

このような醜聞の主役に躍り出ることになった男性と婚姻は難しい。

ほぼほぼ同格の家であったこともあって、話し合いは泥沼に陥るかと思われたが、お互いの家の寄り親が話し合って、結果婚約は解消ではなく白紙撤回となった。

解消したという事さえ二人の将来に障るだろう。

ならば「なかったこと」にすべきだ。

そういう結論が出たのである。


元婚約者の令嬢は速やかに次の縁談が結べたが、浮気相手はそうではなかった。

散々学園で親しげにしていた女性が死んでいるのだ。

不吉だと思われてもしょうがない。

ケニーがファニーの婚約者だったから起きた悲劇だとまでは誰も知るよしがないので、浮気相手――レナルドの存在そのものが忌避されることとなったのだ。


レナルドの次の婚約は、同じ爵位では見つからず。一つ下にしてもダメ。

男爵家でさえ渋られて、最終的に騎士爵の娘が渋々で受けてくれた。

それとて、実家の両親の老後や姉妹の縁談をレナルドの家が面倒を見るという条件がついて、だ。

しかも、縁談に関しては先んじて面倒を見てもらわねば、と。

レナルドとの婚約を整えるまでの時間で、次の婚約者であるリーチェの姉妹の縁談を急遽整えることになった。

姉は分家である男爵家の嫁に。妹は懇意にしている商家の嫁に。

それらをしっかり文書として契約した上でやっと、リーチェの家はレナルドとの婚約を受け入れた。


リーチェが十二歳のころに騎士爵を賜ったものだから、彼女には貴族の教育からしなくてはならない。

最低限のマナー等は身についているが、伯爵夫人としては物足りない。

その教育のための教師を雇う賃金とてレナルドの家が出した。


そこまでするなら廃嫡すればと思うかもしれないが、レナルドは唯一の男児で、もう一人いる子供である姉は既に嫁いでいる。

どれほどダメな男でも、血を繋がなくてはならない。

レナルドの父はレナルドではなくその子、自分の孫が成人し嫁を娶るまでは当主として任を全うすると宣言し、もしも道半ばで倒れても己の妻に当主代行を任じると遺言書を作ってさえいた。


レナルドとリーチェに望まれているのは、男児を作る。それだけだ。


そしてその男児も、生まれた後は二人ではなくレナルドの父母や祖父母が養育する。

更に言うと、生まれた全ての子がそうなる。

二人に望まれているのはあくまで子を作ることのみ。

リーチェはそのために雇われたに過ぎないのだ。

故に、リーチェの待遇は伯爵家の客人のようなもの。


しかし、レナルドは。

不吉を宿した男を母屋に入れて過ごさせるわけにはいかない。

万が一にも本家に何かあると困るからだ。

故に、庭の一角に離れを作り、そこで暮らさせることとなった。

学園など中退だ。

学ばずとも種馬にはなれるのだから、無駄に悪評をばらまかれる前にとレナルドの父はさっさと手続きしてしまった。

そうして両家の人間だけが参席する結婚式が急ぎ挙げられ、リーチェはレナルドの子を孕んだ。

しかしそうなればレナルドは夜のひと時だけでも母屋にいけていたものを、離れに軟禁されることとなった。

リーチェが無事出産し、また妊娠できる体になるまで。

それまで、離れで読み古された本を慰みに読むだけの生活が続いた。



結局、リーチェは二人連続で男児を産み、女児も一人産んだ。

それでもう子は十分となったところで、レナルドは馬車に詰め込まれた。


なぜ、と問うことももうない。

もう家のしたいようにされるだけの身であるから。


その後レナルドは最近新設された、戒律の厳しい修道院に預けられた。

男ばかりの修道院は、要するに問題児を閉じ込めておくための施設で。

隙を見せたらよそに逃げ出してまた何かやらかすかもしれない息子を手元に置くよりは、半ば監獄のようなそこに預けた方がまだしも気が休まる、と。

レナルドの家の人間はそう判断し、リーチェとは離婚させないまま、そこに彼を放り込んだのだ。





リーチェは子供を産むだけでは申し訳ないな、と。

妊娠期間で動けない間に勉強を進め、算術を極めた。

東方から仕入れたソロバンを駆使して伯爵家で計算が必要な仕事を一手に請け負い、多忙な当主の補佐をした。

レナルドが修道院に入った前後から正式に補佐となり、莫大な量の書類を片付ける毎日。

最初こそ完全に母としては切り離される予定だったが、リーチェに落ち度はないのだしと娘や息子と触れ合うことを許され、善き母として彼らを導いた。


彼女は身分こそ低かったが、道理というものをよく理解していた。

庶民だって、貴族程ガチガチではないが、常識というものがあるのだ。

故に、ある程度育ってきた段階で、子供たちにこう言って聞かせたのだ。



「運命だの真実だの、浮気心にご大層な肩書をつけても浮気には違いないわ。

 他の人を好きになったとしても、何を捨ててもと思うほどなら、まず婚約をなかったことにしてから告白しなさい。

 納得させられるだけの情熱を感じたなら母も援護してあげる。

 だけど、隠されたなら母は何もできないのよ。


 あなたたちのお父様はそういうのを理解しないまま突き進んで不幸の象徴になったわ。

 もしかすると不吉を呼ぶ人ではなかったのかもしれない。

 だけど貴族はメンツが命なの。

 そのメンツに泥を塗りたくったあの人は、それだけでもう存在を許されなくなってしまった。


 いいこと?

 まずは誠意よ。

 どんな関係も誠意から始まり、終わるの。

 母と約束してね、誠実であり続けると」



リーチェの言い聞かせを素直に受け取った子供たちは、誠実さを真っ当に育てていき、祖父母にあてがわれた婚約者ともきちんと向き合い、お互いの感情を育てていった。

その後も幸いというべきか、横槍が入ることもなく長男は婚約者と結婚し、一年の後に当主となった。


リーチェはその後、新婚家庭に母が居座るのはよろしくないと言って、寝泊りは己の夫が使っていた離れですることにした。

昼間は母屋で息子の妻となった女性に仕事の引継ぎを少しずつしていき、キャパシティオーバーしそうなら人を雇うのも手だと限界を超えさせないよう気を使った。


おかげで妻となった女性は早々に「自分では義母の半分も仕事ができない」と見切りをつけて、算術の得意な人間を雇った。


祖父母は孫夫婦が二人ほど子を作ったのを見届けた後に完全に引退し、領地の別荘へと移り住んだ。



そうこうする内、祖父母の元に、昔修道院に送り込んだ息子レナルドの訃報が届いたが、二人は「あらそんなのいたわね」「そうだな」と、面倒を最期まで見てもらった謝礼を心ばかりに送って済ませた。


結局のところ、娯楽小説のように都合よく何もかもが進むわけもない。

教訓を得たレナルドやリーチェの世代がうまく子育てをした結果、次の世代も安泰そうだ。


かくして世は巡る。

何事も過ぎ去ってしまえば熱のないスープのように。

終わってしまえば静寂な湖のように。

今日も世界は平和である。

正直ケニーが暴走しただけだから不吉も何もっつー話だけど、人間何かに原因擦り付けて行動しないと不安な生き物だからさ。こういうことも起こりうるよなあって。

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