雑草の一生
アスファルトに咲く花の一生
なんでこんなところに
生まれちゃったんだろう?
生を受け、自らを認識してから
本能に従って光を求めた。
硬い大地を割ってようやく顔が出て
顔を出した瞬間に感じた光こそ強烈だったけど
慣れてみてみればそこはあまり光の届かない、
ある喫茶店の角だった。
そこは路地裏への入口だった。
周りにはアスファルトが海の様に広がるだけで
仲間たちの気配は感じられない。
この石の海の中で私は一生一人ぼっちなのだろうか。
「そこは光が届かないでしょう?」
不意に見えないところから響いた声に驚くと、その声が続いた。
「ああ、驚かせてごめんなさい」
「私は、この角の逆側にいるの」
「でも大丈夫。もう少し季節が進めばそっちにも光が届くようになる」
孤独感に押しつぶされそうだった私は仲間の声に心底安堵した。
「あなたは?」
「人は私のことをみるとタンポポっていうからタンポポなんだと思う」
「あなたは自分のことがわかる?」
「・・・わかりません」
「そっか。でも仕様がないよ」
「私も本当にタンポポなのかわからないし」
カラカラと笑うタンポポさんの声はとても明るく、
路地裏に生まれて沈んだ気持ちだった私を励ましてくれた。
「私もね、ここで生まれてもう5年なんだけど」
「ずっと一人ぼっちだったからすごく寂しかったんだ」
「あなたと出会えて本当にうれしいよ」
「これからはずっと仲よくしようね」
名はわからなくとも自分自身が一年草であることは
本能的にわかっていた。
多年草であるタンポポさんと私はずっと一緒にはいられない。
「私も本当に嬉しいです」
「でも・・・」
「でも私の寿命は1年しかなくて・・・」
その言葉にタンポポさんは酷く落ち込んだようだけど
だから私は言葉を続けた。
「だから」
「きっとまたここに生まれる私の子孫とも仲良くしてください」
タンポポさんの声は明るくなった。
「そうだね」
「来年もまた新しく生まれる君と一緒にいられるといいな」
「それまで君の名前がわかるといいな」
「そうしたら生まれた時に名前を教えてあげられるからね」
それからタンポポさんと他愛もない話を続けた。
私たちはこの石の海で生まれた。
それはきっととっても不運なことなのかもしれないけど、
逆を言えばこの石の海の中でも生を受けられたことは
それは実は本当に幸運なことなのかもしれない。
それに今はお互い一人ぼっちじゃない。
次の日から私は細くて頼りない葉を路地裏から光に向けて
伸ばし始めた。ここはやっぱり光が足りない。
私のか細い葉が路地から出て少しの光を感じられるようになるまでには
それから1週間かかった。
それまでは身体の調子が悪く、ついつい光の中にいられる
タンポポさんに当たってしまい口喧嘩になってしまったことも
あったけど、すぐに仲直りできた。
私たちはここで二人きりだったし、喧嘩して「もう知らない!」と
その場を離れることも私たちにはできないのだ。
1週間―――
私の命は正確には冬を前に終わるから、あと34週くらいだろうか?
7週目
季節が進んで私もようやく全身で光を浴びることができるようになった。
タンポポさんの花はもうすぐ咲くらしい。
道を歩く人々がタンポポさんの蕾を通り過ぎながら見ているのがわかる。
きっと綺麗な花なんだろう。
「タンポポさんって綺麗な花が咲くんですね」
「あれ?そこから見えるの?」
「いえ、道行く人がタンポポさんを見ているから」
「ああ・・・でもね」
「綺麗なことが必ずしも良いことではないかな」
去年のタンポポさんはせっかく作った花を人間の子供に持っていかれたらしい。
「今年は無事に子孫を残せると良いのだけれど」
8週目
「子孫は石の海じゃないところで生まれて欲しいな」
「だって君が生まれてきてくれるまで私は一人ぼっちだったから」
「あなたも子孫は私に気を遣わず、遠くに飛ばしていいからね」
本当はそうなったら寂しいんだろうけど、タンポポさんは私に
そう言ってくれた。
タンポポさんの子孫が風に吹かれて飛んでいく様は空の青さと
合わさって本当に綺麗だった。
それが石の海を越えていけるようにと私も心の底から切に願った。
15週目
梅雨が来た。
その強い雨は元々頼りなかった私の葉を叩き落とす様に打ち付けた。
私のか細い葉はすぐに音を上げて倒れたのだけど、それが地面に
叩き落とされることは無かった。
タンポポさんの大きく育ったその葉が下から支えてくれていた。
「やっと触れられたね」
タンポポさんは自分も辛いはずなのに微笑みかけてくれた。
ひょっとしたらこの長い雨と水はけの悪い大地は私たちの根を
腐らせてしまうのかもしれないのだけれど、私たちの葉を繋げてくれた
雨に少し感謝してしまった。
18週目
喫茶店の店主が店に入る前に私たちに立ち止まって目を向けた。
「そろそろお別れかも・・・」
生命の折り返しを迎え、私がようやく花をさかせたころに
タンポポさんはポツリと言った。
「もう、根に潜っちゃうんですか!?」
私が心底驚くとタンポポさんは寂しそうに言った
「私は大きくなりすぎちゃったんだよ」
「この5年間、ずっとそうなんだ」
「寒い思いをするくらいなら、まあいいかなってそう思ってた」
「でも・・・」
「今年はね、それが本当に悔しいって思ってるんだ・・・」
「あなたと一緒に寒いけど最後まで頑張ろうって、そう言って過ごしたかった」
「あなたに危害が及ばない様に、本当にそう祈ってる」
店主は軍手をはめて出てくるとタンポポさんを掴んで
乱暴に引き抜いた。タンポポさんと手をつなぐ私の身体も
少し引きちぎられて痛かったけど、そんなことより
長雨や酷い暑さにいつも倒れる私のか細い身体支えてくれた
強くて大きい葉を持つタンポポさんが訳も分からず
店主に引き抜かれたことに私は酷く狼狽した。
引く抜かれたタンポポさんはそんな私の花を初めて見て―――
「あなたのお花、小さいけどすごく可愛くって、私は本当に好きだな」
その言葉を最後にタンポポさんはごみ箱に捨てられた。
19週目
私は一人ぼっちになってしまった。
花は満開だったけれど、それは人の目に映らない程
地味なのか歩く人々が私に目を向けることは無かった。
それでもタンポポさんが褒めてくれた自らの花を
私は一生懸命に咲き誇った。そのあまりのも人に認識されない
私の小さな花に少し不安を覚えてしまったけどそれは杞憂だった。
小さな虫さんたちはそれを見逃さずにせっせと受粉してくれた。
虫さんたちにお礼を言ってお土産に蜜を渡して別れると
私は答えの出ない疑問をずっと考えて続けていた。
その花を認識されない程の地味さが私を救ってくれたのであろうか?
はえているところが路地裏の方だったからなのだろうか?
でもタンポポさんは何故引き抜かれたのだろう?
私たちはここでずっと水を飲んでわずかな大地から栄養を貰っていた
だけだったのだけど知らない間に店主に何か迷惑をかけたのであろうか?
何もかもわからなかったけど、そもそもこの石の海は
本来、私たちの生存を許してくれる環境ではないのだ。
強いタンポポさんなら今頃その残された根で土の中で新しく
生まれる変わるための準備をしているはずだ。
私も子孫を残す準備をしなければ。
37週目
私はまだ死ぬわけにはいかなかった。
とっくに身体は限界を迎え、もう全身が茶色く変色してしまっている。
それでも生き続けた。
私が死んだら私のこの子孫たちが大地にばらまかれるのだろう。
でもここ最近はずっと風がない。
このままではきっとこの子孫たちは石の海にばらまかれるだけで
生まれることはきっとない。
今は死ぬことは許されない。
ふと私は自分の生を振り返った。
生の折り返しに入ってからは寂しいものだった。
一人ぼっちで寂しくって、つい声を出せないタンポポさんの根に
話しかけていたけど、もちろん返事が返ってくることは無かった。
でもタンポポさんというかけがえのない仲間がいたから
きっとこんなに寂しいって気持ちを味わうことができたんだろう。
そして折り返すまでの生は本当に楽しいものだった。
こんな大地に生を受けてしまったけど私の生は決して悪いものでは
無かったのかも知れない。
豊饒な大地に生まれたとて周りに気の合う仲間がいなければ
それは石の海に生まれることより辛いことなのかもしれない。
―――その時、強い風が吹き始めた。
私はようやく待ち望んだそれに意識を手放す前に
心の底からタンポポさんにありったけの想いを込めた。
「タンポポさん、ありがとう」
返事があったかどうかはもうわからなかった。
翌年 ― 春
植物たちが公園の片隅でおしゃべりをしていた。
「じゃあ誰も私の事がわからないの?」
「うん、今まであなたの様な仲間は誰も見たことないんだって」
「じゃあ私はどこから運ばれてきたんだろう?」
「長老の木が言ってたんだけれど、おそらく石の海を越えてきたんじゃないかって」
「そんなことできるの!?」
「普通はできないさ。あそこは私たちが生きられる場所なんかじゃない」
「でも、ほかに答えが見つからないじゃない?」
「鳥たちが運んできた形跡もないし・・・」
自分の親はどこで生きていたのであろう?
一年草たる私は自分の親がこの世にいないことはもうわかっている。
まさか私の親は石の海で生きたのだろうか?
だとしたら私を残すために過酷な生を生き抜いたのだろう。
その答えはわからなかったが、私は自らの生をしっかりと
生き抜かなくてはと心に誓った。
ある喫茶店の角――――
「初めまして」
ようやく私は大地から顔を出し、地上のその光の眩しさに驚き、
そして周りに石の海が広がっていたことに驚き、そしてそんな中でも
真横から優しく声をかけられて何重にも驚いた。
「まさかこっちに移動してくるなんて」
「でもそうだね」
「きっとそっちの角よりこっちの方がずっと良いはずだよ」
「すみません。真横に生えてしまって・・・」
この石の海でのわずかな大地で栄養を取り合うのは
お互いにとって良くないだろう。
そんな私の心配をよそに相手はカラカラと笑うと
「ここは確かに石の海のわずかな隙間だけど」
「そこまで栄養状態が悪い訳じゃない」
「それに私にとっては君と分け合えることで」
「もし私が大きく育たないのだとしたら、それはそれで本当に良いことなんだ」
「もしかしたら6年目にして初めて凍える寒さというものを味わえるかもしれない」
「私はタンポポ」
「君の名前は今年こそ解ると良いな」
言っていることが良く解らなく混乱する私に相手は優しく言った。
「ああ、そうだ」
「君に伝えてもよけいに混乱するだけなのかもしれないけれど」
「こちらこそ」
「生まれてきてくれてどうもありがとう」
最後までご覧頂きました皆様には心から御礼申し上げます。
念のための注記となりますが作者は別に植物に詳しい訳では
ありませんので、あくまでファンタジーとしてお読みください。
毎日、褒めまくって育てた植物と罵声を浴びせ続けた植物では
同じ植物でもその生育に明確な差があるという実験があるそうです。
そのために毎日、リラックスさせるために音楽を流し続けている
ビニールハウスもあるとか?そうすると大きな野菜が取れるそうです。
植物だって懸命に生きてるんです。
最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。