牛の首(リメイク版)
お局がスイッチを切る
エアコンは動かない
絶望が頭をよぎる
室内温度は高い
空調服を着た
事務のオフィスだが
暑さはマシになった
私しか持っていないが
怒った係長
私は逃走
お局にアチョー!
あれは痛そう
係長は解雇になった
課長は笑っていた
黒森冬炎さま主催の「真夏のソネット企画」に投稿した作品。
この作品は、お局に「アチョー!」を喰らわせて、
私の会社を去った後、再就職をした、
元係長……岡本さんの物語。
「まったく、奈良監獄をホテルにしようなんてね……」
人権を守るという高い理想を掲げて造られた豪華な煉瓦造りの刑務所は、太平洋戦争の後、少年刑務所となり、平成の終わりに役目を終え、ホテルになろうとしていた。
「江戸時代から座敷牢、明治時代には監獄、少年刑務所、令和ではホテルですからね」
年下で先輩の高橋が説明してくれる。俺、岡本は転職組だ。
「宿泊するモノ好きなんているんだろうか。夜中に何かでてくると思うんだけどな……」
「・・・やめて下さいよ。今夜泊まるのに」
「なん、っ、だと……」
「せっかくなので、二人で宿泊して帰れと、課長が言っていましたし」
「クソ、また課長にハメられた。俺は別の宿を探す・・・もう自腹でいいからお願いします。先輩」
ホラー関係は苦手なのだ。
「そんなっ、僕一人じゃ無理ですよ~。夜に向こうの重役さんも来るって話、どうするんですか」
この年下の先輩は、強面の相手が苦手だったな。
前の会社では、お局を蹴り飛ばした俺の心意気を見せてやるか。
「仕方ない・・・宿泊するか」
不景気で財布の中も寂しい状況である。
それもあって、俺は、高橋と一緒に宿泊することにしたのだった。
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夜の会議は、予想どおりの落としどころになりそうだ。
取引先から接待を受けて会社の条件が悪くなってはいけないので、夜の楽しみは受けず、銭湯に入り、戻ってきたところである。
「ふぅ~、終わったな。ところで、どこに泊まるんだ?」
「僕は、せっかくだから独房に入ってみようかな~って」
「物好きな……」
「この雰囲気凄いじゃないですか」
そういって、彼は2畳の単独室に向かう。
中を見ると・・・大学の寮もこんなんだったと思いだした。むき出しの便器はないが。
「じゃぁ、俺は、共同居室を使わせてもらおう」
「は~い、ご苦労さまでした」
「それでは、お疲れ様です」
一応、先輩・後輩のやりとりにはなっているだろう。
年下に、どこまで敬語を使えばよいか悩ましいところだ。
そうして、俺は六畳ほどの共同居室に向かった。
中に入ると、1人で寝るには十分な広さだ。犯罪者はここに数人が雑魚寝していたのだろう。刑務所の役割を終え、テレビも冷蔵庫も置いてあり、独房にあった便器は、壁で囲われていた。
「まったく、元刑務所に宿泊しようなんて、もの好きが、どれだけいるんだかね?」
そうして、準備されている布団を敷き、服を脱いで横になった。
気をつかう取引だったので、怖さも忘れて俺は眠り込んだ。
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そうして、物音がして目が覚めた。
ンモッンモッ、ンモ~ッ♪
窓に光はない。おそらく真夜中だ。
スマートホンを見ると午前2時、いわゆる丑の刻だ。
この時間に、こんな声が聞こえるなんて・・・
恐ろしくなって、俺は電気をつけた。
すると、隣のタタミには、牛の首があった。
なんだろう、牛の角の位置にコントローラのような物が2本ついている。
ンモッンモッ、ンモ~ッ♪
目が合うと、牛の首はさっきと同じ声をだした。
おそるおそる、角の位置のコントローラを両手で握ってみる。
握りしめた途端、なんという懐かしい感慨だろう。これは、かつて、俺がやり込んだゲームコントローラーの魔改造バージョンじゃないか。
「ようやく話ができるな。適正者よ・・・待っていたぞ」
・・・え?俺は首をかしげた。
「待っていたと、言っているのだ。適正者よ」
牛の首がしゃべっている。首だけなのに。
どうしよう、マジこわい。
「恐れることは何もない。我は、牛頭天王である」
「はぁ・・・天皇陛下。牛?」
「天皇ではない、天王である。うむ・・・なにも知らぬか。まぁよい、疫病の神などと失礼なことを言う知識の浅い者たちより、幾分かマシであろう」
「そ、そうですか」
牛の首がしゃべってて、めっちゃ怖いんですけど。
でもまぁ、話せそうな存在でよかった。
俺は、失礼かと思い、握りしめたツインスティックを手放した。
ンモッンモッ、ンモ~ッ♪
もう一度ツノ2本コントローラーを握る。
「操縦者がおらぬと、言葉を出すこともできぬ」
「はっはい」
「時間は、あまりないのだ。手短に言う。お主は、我が体を操ることができる。その適正がある。この二本角の操作について、かつて素晴らしい修行を積んだのであろう」
「はい?えーと?バーチャ〇ン?ツインティック操作?オラタン?」
「なるほど、お主の思考イメージが伝わって来た。その通りだ」
「確かに、ライ〇ンかテム〇ンなら、全国大会でも上位クラスでしたけど」
「そうだ。巨大な体をコンマ1秒の角捌きで動かしてきた適正者よ」
「ゲームですけどね」
「名は、なんという」
「あ、岡本です」
自己紹介を忘れていた。
「よろしい。岡本よ。我が首を持って、外に出るのだ」
「わかりました」
そうして俺は、牛の首をぶら下げて、監獄を出たのだ。
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監獄を出て、少し移動した。
「うむ。ここなら良いだろう。東大寺が見える」
「はぁ・・・」
「それでは、二本角を左右に開くように動かしてみろ」
「ゲームのジャンプ操作ですね」
俺は、ツインスティックを握り左右に開く。
ドドンっ。バリバリバリーーーーっ!
物凄い音が東大寺からしたのだ。真っ暗で物陰しか見えないが・・・
なんてこった。
奈良の大仏が立ち上がって、ジャンプし、着地したのだ。
大仏殿はペシャンコに違いない。
「よし、我が体を操縦して、近くの広場まで移動させよ」
「え?あの・・・民家とか」
「かまうな、一刻を争う」
「は、はい」
俺は、バー〇ャロンよろしく二本角を操作して、すぐ近くにある陸上競技場に、大仏を移動させる。
ズシン、ズシン、と大仏は移動する。頑張って操作しているのだが、どうしても民家を踏みつぶしてしまう。住宅ローンが残っている人もいるだろうに、ああ、恐ろしい、おそろしい。しまった、奈良監獄の建物を踏んじまった・・・高橋君。ゴメン。一瞬でペシャンコだから痛くはなかったよね。
(-人-)南無ぅ~。
そうこうして陸上競技場に大仏を移動させた。
「乗り込むぞ。しっかり二本角を握っておれ」
「って、おおう・・・」
大仏はしゃがみ込み、手で俺を掴んで大仏の胸元に移動させる。
・・・パカリ
大仏よろしく胸元は観音開きで開いた。
「適正者、岡本よ。乗れ」
「は、はい」
中の座席に、俺は座った。
「我を正面に固定せよ」
俺は、恐らく差し込み口と思われる箇所に、牛の首の頚椎の部分を差し込む。
ウィィイイイイン。観音開きの胸元が閉じられ、ディスプレイが光る。
『メインコントローラー、大仏ダーオン。確認しました。』
なにやら昭和のアニメのような号令が聞こえた。確かに頭部をセットする動作ではあるが、まぁ気にしないでおこう。
「よろしい。それでは、我を操縦せよ」
「えっと、どこへ?」
「そうであった。西へ進むのだ。早くせねば、間に合わぬ」
そう言われて、俺は二本角で旋回〔左レバーを前、右レバーを後ろ〕入力し、西を正面とし、前進〔左レバーを前、右レバーを前〕した。
奈良市から大阪市に大仏を進める、大阪のベッドタウンとしての役割を果たす住宅を踏みつぶしながら。
「間に合わぬ。走れ。わかっておろう」
「は、はい」
俺は、前方へダッシュするために、二本角のターボボタンを押す。
ドドドドドーーーーーーッ。
バ〇チャロン・オ〇ラリオ・〇ングラムのバー〇ャロイドであれば、背中のドリー〇キャストのディスクが回転して高速ダッシュをするのだが・・・
大仏さん・・・ケツから何か噴射してますよね。
ちょ・・・それ、気体だけじゃなくて固体と液体も。
奈良県都市部である、西大寺駅周辺の市街地が、大仏のケツから出てきた気体・液体・固体で吹き飛ばされた。
な……南無三。牛の首って、ほんとに怖いよね・・・住民の皆さん、ゴメンナサイ。
「よし、間に合うぞ。そのまま突き進め」
「・・・は、はい。あ、ちょっと、ついでに」
大阪の布施近くまで移動した俺は、ダッシュ旋回を入力して方向を微調整する。
「よし、これで・・・」
グシャリ。
前職で俺をリストラに追いやった、課長とお局の家を、踏み潰した。
生死はどっちでもいいや。
「時間に余裕はないぞ」
牛の首が俺を注意する。
「大丈夫、もう終わった」
「そうか、それでは・・・そろそろ2段ジャンプをするぞ」
「ちょ・・・ここで」
「タイミングが重要なのだ。3、2、1。跳べっ」
俺は二本角を左右に開き、ジャンプ入力をする。強烈なGが俺を襲うが、上昇中にもう一度、二本角を左右に開き、2段ジャンプをした。
2段目のジャンプで飛翔する為に、大仏のケツから猛烈な勢いで、固体・液体・気体が噴射される。大阪梅田駅周辺は、もう駄目だろう。
「きたぞ。近接戦闘だ」
「はいっ」
飛んできた円柱状物体を、俺はジャンプ近接入力で迎撃する。
「喰らえっ。アチョー」
肉体の俺の得意技よろしく、大仏はローリングソバットで、円柱状物体を蹴り飛ばした。かつて、エアコンを止めたお局に喰らわせたように。
「よろしい。成功だ」
「着地します」
蹴り飛ばした反動で、若干横に大仏は移動し、大阪府の遊園地ひらかたパークを踏みつぶしてしまった。
「これで、この周囲は救うことができたな」
「俺は……みんなを救ったのかな」
「ああ、そうだ、よくやった」
ひらかたパークの広場に大仏を座らせ、疲れ切った俺はコックピットの中で眠りに落ちた。
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ガンッガンッガン。
大仏の装甲に石の当たる音がする。
「出ていけ、破壊神。我々の家を返せ~」
そんな罵声で、俺は目が覚めた。
この国をミサイルから守ったハズなのに。
「どうやら、分かってはもらえないみたいだな。移動するぞ」
「はい、なるべく民家のない山をつたって移動します」
そうして、俺は大仏を操縦する。
ミサイルの情報が少し気になったので、ポケットに入っていたスマホで確認をした。
「北朝鮮製ICBM、韓国に着弾。開戦か」
とのニュースが流れていた。
あのミサイルを蹴り飛ばした大仏については、全く書かれていない。
「なんだよ、チクショー。俺、頑張ったのに」
「この国は、『牛の首』に対して、厳しいのでな。
適正者よ、我と共に、支援者たる凛古風研究所へ向かおうぞ」
「……わかりました」
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ラジオから流れる朝のニュースは、ミサイルよりも、奈良の大仏の破壊騒動で大騒ぎだった。奈良監獄が踏みつぶされた結果、宿泊していた岡本と高橋は死亡したとされた。
恐ろしい伝説、その名は「牛の首」。
関わった者は死んでしまうという。
真相は、本人達と凛古風しか知らないのである。
(おしまい)
夢のマイホームが大仏に踏みつぶされる、20年のローンを残して。
怖いですね、恐ろしいですね、ホラーですね。
ガンダムに出てくるモビルスーツ 20m前後
奈良の大仏(立ち)、キングコング 30m前後
サイコガンダム、エヴァンゲリオン 40m前後
進撃の巨人の超大型巨人 60m前後
ゴジラ、牛久大仏 120m前後
最初は、周囲に斎場や霊園のある
牛久大仏にする予定だったのですけれど・・・
座ってる大仏が立ち上がるインパクトが欲しくて、
奈良の大仏にしました。(知名度も高いし。)
んで「牛」繋がり、なくなっちゃったwww
でも、次の話に繋がりやすくなりました、大きさ的に。
今はもう消えてしまった、「真夏のソネット企画」参加作品から
お局をアチョーして、リストラされた係長の岡本さん。
再就職の後、大仏を操縦して日本を救ってくれました。
そして、彼と奈良大仏は、凛古風研究所に匿われた後、時空を超えて活躍するとかなんとか。