本番前夜
激しい光が収まると、目の前には黒いインクの水溜りのようなものがあった。
そのインクのようなものはゆっくりと形を変えて、元の0号の姿になった。
「あー…… すごい。これは期待以上だったな……」
先ほどの一撃を受けたのにも関わらず、0号はとても満ち足りた様子で呟いた。
「あの…… 痛くなかったんですか?」
「まさか! そんな訳はないよ。きっと君史上最大ダメージだろう。別に痛いのが好きというわけではないけど、これは凄く価値のある痛みだ。勇者の本気の一撃っていうのは大体魔王の特権だからね」
その感覚は理解できないが、とにかく満足げには見えるので目標は達成出来たのだろう。
「とにかく、君のおかげで伝えたいことを思い出せた。ありがとう。早速本題に入ろう。」
「まず1つ目は邪竜教団の全容が分かった。上位存在の駒であるネメシスが脅威だけど、それ以外は普通の人達みたいだ。つまり、ネメシスさえ倒せばどうにかなるはず。」
「本当にネメシス1人倒すだけで教団を解散させられるんですか?」
「どちらかというと、ネメシス以外はこちらで記憶を消すなり、お望み通り破滅をもたらすなりどうにでもできる。でも、他人の駒には今の状態だと大した手出しはできないから、君に任せるしかない状態だね。」
物騒な単語が聞こえたが目標が分かりやすいのはひとまず良い知らせだ。
「なるほど、ということはネメシスさえ倒せば残りの魔神たちは戦わなくて良くなるということですね!」
「いや、魔神については全部倒してもらいたいと思ってる。実は教団以外でも魔神の召喚は簡単に出来てしまうからね…… というか実際、1枚はもうそうなりそうな感じだ。君が勇者をやっている間に全部片づけられたらベストだと考えてる」
「それなら確かに倒した方が良さそうですね……」
「本当に大変だよね。君も元々魔王さえ倒せば良かったはずなのに。大体、崇拝対象の仕事を横取りした挙句、中途半端どころか悪い状態にする教団ってなんだろうね。しかも禁止してもやるんだからさ……」
上位存在でもどうにもならないこともあるのかと考えたが、今までの傾向的にはあまり人類に干渉しない方針だから進んでやらないということなのかもしれない。どちらにしても苦労していそうだ。
「……とりあえずもう一つの話に移ろう。カーバンクルが消えた原因が分かった。世界樹のパラメータに問題がある。」
「世界樹ですか? それとカーバンクルにどのような関係が?」
世界樹と言えば、世界で一番大きくてとてつもない力を秘めた木だ。
詳細はわからないが、神秘的な力で世界を守っているらしい。
「生命の樹の話は聞いたことがあるかな? かつて上位存在はそれを使って生き物を生み出していた。それは今よりも遥かに強い生き物を生み出せていたけど、知性の概念がないから共食いも多く、すぐ絶滅してばかりだった。」
「そこでパワーを抑えめにして、知性を与えられるようにした新型、知恵の樹が新しく作られた。これで安定性はかなり上がったけど、まだランダム性が高く、望み通りにいかないことも多かった。」
「というわけで、無駄に消費される世界を減らすため、我々が開発したのが世界樹。これでどの上位存在でも簡単に地形や気候のバランス、発生させたい生き物のデータを設定して望んだ環境の世界を作ることができるようになったんだ。」
「えっ! 凄い木だっていうことはなんとなく知ってましたが…… 世界樹に問題があるとかなり影響がありそうですね……」
「この世界を正常に動作させるためには、勇者と魔王が必要だ。だから人類とカーバンクルは絶対に生成されるようにしているし、その部分の設定を破綻させる変更は禁止している。ただ、今回はカーバンクルに有害な感情エネルギーが流れ込むように改造されていて、そのせいで別の生き物に変容しているみたいだ。」
「感情エネルギーで別の生き物に?」
「そう、彼らは生命を司る聖獣の一種であり、特に生き物が持つ願いの力を象徴している。その力で勇気と希望のエネルギーを増幅するのが勇者のシステムだ。ただ、願いと欲望は表裏一体、あまりにも行き過ぎた願いのエネルギーを受けると彼らは暴走して、見境なく生き物を襲う怪物になってしまう」
「なるほど…… これはどうにかできるんですか?」
「一応世界樹の修正に必要なアイテムはこっちで用意できたけど、セットする場所に入るアイテムは自力で調達してもらう必要があるね。それについては大賢者に話を通してあるから、詳しくは彼に聞いてほしい。彼は聖獣にも尊敬される存在だ、うまく交渉してくれるだろう」
「本当に凄い人なんですね……」
「聖獣達は強い生命エネルギーや魔力を持つ者には敬意を払う。基本的にホムンクルスはどちらも乏しいから、僕らは相手にされないんだ。彼がいてくれて本当に助かったよ。」
「上位存在でも言うこと聞いて貰えないんですね……」
「まぁ、かなり高次元の生き物だし、聖獣達は生命属性の上位存在である神獣の眷属だからね。上位存在にもそれぞれ属性があって、属性に応じて得意や苦手があるんだ。」
「……そうだ、君は人類を攻撃するのに気が引けているようだけど、勇者には非殺傷モードがあるから、望めば気絶だけで済ませられるよ。これは死属性の応用で、死を操れるなら逆に死なせないこともできる」
「へぇ、そんなこともできるんですね! ありがとうございます。」
「さて、2つのタスクについて伝えたけど、最終的な決断は君に任せる。君のやるべきことだと思うことをやって欲しい。やることが多いかもしれないけど、何事も一歩ずつ。どんなに小さな一歩でも歩み続ければいずれ目標にたどり着くよ。」
「分かりました! 少しずつ頑張ります!」
とりあえず必要なことは全て終わったと思ったが0号はまだ少し考えている様子だった。
また何か難題が降りかかるのだろうか。
「……最後に、これは本当に君の使命とは関係ないお願いでしかないけど…… エルフの森での用事が済んだら次は獣人の町の方に行ってほしい。そこでフードを被った子供とぶつかると思うから、一回声をかけて呼び止めてほしい。一応、8番の魔王が近いから全くの無駄ではないはず。」
「子供を呼び止めるだけですか? そもそも、そんなことがタイミング良く起こるんですか?」
「僕らが作った世界はどれもとある一つの世界をベースに作っているから、ある程度起こる出来事も予測できる。だから大体このタイミングで行けば言った通りになるはず。」
「さっきも言ったようにやってくれたら嬉しいけど、無理してやらなくてもいい。結果がどうなっても全部よくある結末だ。」
「理屈はよくわからないけど、やるべき事は分かりました。心に留めておきます。」
「ありがとう。引き留めてしまったけどこれで本当に終わりだ。いつかまた…… 川を下る時が来たら会えるかも? 手が空いてたらボートを漕ぎに行くよ。それじゃあまたね!」
急に目の前がぼやけたと思うと、次には宿屋の天井が見えた。ついに夢から覚めたようだった。
幸い、いつもの時間に起きられたようだった。
目標は増えたが、まずはノイズバードを狩ることに集中しなければ。




