弓といえば
エストポルトに着くと、いつもより活気にあふれており、そこかしこに花の飾りが付いていた。
「そうか…… 丁度今、海神祭の時期か。懐かしいなぁ……」
年に2回、この町では神様に花を捧げてお願い事をする祭がある。
元々は豊漁や船旅の安全を祈るものだったが、いつの間にか色々なお願い事をする日に変わっていったのだと孤児院で教えてもらったことを思い出した。
流石に子供たちを連れてこの町まで行くのは少し遠いし、危険だったからか、孤児院では部屋を飾り付けてその雰囲気を味わうのみだったし、冒険者になった後は毎日大変すぎてすっかり忘れていた。
(これと似た祭りがどこかでもやってて、たまに川にカラフルな花びらが流れてきて綺麗だって話も聞いたけど、どこだったかな…… ともかく、せっかくだし花を供えに行ってみようかな)
花を1つ買い、看板や人の流れに従って歩いていくと、花に囲まれた大きな白い石像が見えてきた。
それは、ぱっと見では女神様に似ている気がしたが、よく見ると、ドレスは少し短く前方が開いた形になっていて、袖がないため、引き締まった腕が見えており、女神様とは正反対の力強く活動的なイメージを感じさせる。
手に持っている三又の槍は海竜も仕留められそうな迫力があり、海の神様らしさを引き立たせている。
その神々しい姿に少し圧倒されていたが、気を取り直して花を供えて旅の安全を祈ってみる。
(この先の戦いも上手くやっていけますように…… って待てよ…)
祈っている最中に、この世界には女神様以外の神様が残っていないことをふと思い出した。
ただ、特に今までも教会の様子も変わりないようだったし、現にこの祭りも中止になっていないということは、いなくなったことで何も問題が起きていないように感じられる。
「女神様、以前他の神々はこの世界を去ったと言ってましたが、それで何か世界に影響とかは出てないんですか?」
一人で喋っていると不審に思われそうなので、頭の中で女神様に向けて話しかけてみる。
「はい、それに関しては管理者達がそれぞれの神の代わりになっているので、表面上は特に変わりありません。ただ、上位存在にとって私たちの世界は飽きたら捨てられる玩具のようなものです。この状態をいつまで維持してもらえるか、それが終わった時どうなるかは予想がつきません」
「魔王を倒した後、神々が帰って来れば済む話ではありますが、彼らがどこへ行ったか分かりませんし、そもそもこの世界に戻れる状態にあるかもわかりません……」
「それは、結構厳しい状態ですね……」
何か解決策を考えてみようとしてみたが、これ以上何も言えなかった。
知識を司る女神がわからないとなれば、自分にわかるはずもないように思えてしまった。
「はい…… しかし、このことばかりを考えて立ち止まってはいられません。あなたは今まで通り魔王の討伐の方を進めて下さい。この問題については私の方でまた考えてみます」
「分かりました。帰って来る場所がなければ話になりませんしね。自分のやれることをやっていこうと思います。」
女神像を離れ、本来の目標である武器屋に向かう。
その途中で他にも残っている問題について考えてみた。
新たな勇者が選ばれなくなっていること、未契約のカーバンクルがいなくなっていること、世界が邪竜に滅ぼされる可能性があること。
改めて整理してみると、神々がいないこと以外にも問題が多くある。これらを解決しないと魔王を倒したところで世界は長続きしないだろう。
(勇者とカーバンクルは明確に手掛かりはないけど、なんか関係ありそうな気がするな…… 邪竜の方は自分でもちょっと遺跡がないか探してみようかな? 後は……例の大賢者なら何かしら知ってたりするだろうか……)
考え事をしながら歩いているうちに、武器屋に着いた。
流石、交易の中心地だけあって品揃えは豊富だ。弓だけでも様々な材質や大きさのものがある。
(このオークの弓は手頃で扱いやすそうだな…… でも、魔王と戦うことを考えると、威力が足りてるか心配だな…… 威力を考えると大きい弓の方が威力は高いだろうけど、上手く扱えるだろうか……)
品揃えが豊富であることはいいことだが、逆にどれが良いか迷ってしまう。
複数本買えれば良いが、そうできるほど武器は安くない。
「ねぇ、もしかしてどの弓がいいか迷ってる? もしよかったら私が相談に乗ってあげようか」
声をかけて来たのは燃えるような赤い髪を持つエルフの女性だった。
ぱっと見では少女のように見えるが、身に纏う装備から察するに中堅からベテランぐらいの冒険者のようだった。
「ほら、弓といえばエルフじゃない? こう見えても弓は結構詳しいの」
確かに彼女の言う通り、エルフと言えば弓や魔法が得意なイメージがあるし、実際職業とは別で種族特性として弓への適正があるらしい。
「いいんですか? ありがとうございます! お願いします!」
願ってもない好機だ。闇雲に弓を選ぶのは流石に無謀な気がしてきたところだった。
「オッケー! それじゃあ…… これから弓を使うとして、敵の注意を引き付けるタンク職と組むアテはある?」
「うーん、特にはないですね。」
確かに、普通に考えたら弓使いとしては前衛職が欲しくなる。
ただ、魔王と戦うとなればそうはできない。
「それだったらまず、ロングボウよりはショートボウの方が良さそうね。ロングボウだと攻撃を避けながら撃つのはかなり厳しいわ。射程と威力はちょっと落ちるけど、大抵は手数とスキルでカバーできるはずよ。」
この辺りはなんとなく考えていたことと合っていて、安心した。
「次はズバリ、"弓で何を倒したいか"ね。あなた、普段は剣で戦っているけど、どうしても弓じゃないと倒せない敵がいたからここに来たって感じよね? 知ってればモンスターの名前、分からなければ属性の雰囲気とか教えてくれる?」
そう言われて妥当だと思うと同時に、俺は非常に困っていた。
次に対峙する魔王と魔神が遠距離タイプだろうから弓を買いに来ていたが、確かに普通はもうちょっと明確なターゲットがあるはずだ。
何もかも不明ではあるが、正直に言うしかないだろう。
「実は…… 次に倒そうとしている魔王が遠距離タイプと聞いて弓を買おうとしていたんですが、肝心の魔王がどれだけの強さなのか分かってないんですよね……」
「えっ!? オレンジっぽい鎧だからまさかとは思ってたけど、本当に勇者だったのね。戦士系っぽかったしてっきりウェポンマスターだと思ってたわ。」
オリハルコン装備自体はかなり珍しいが、実際似たような色の装備はそれなりにあるし、何ならオリハルコン装備に憧れてそういう装備を選ぶ人もいる。
「確かに魔王と戦うとしたら、空飛びそうな奴も2体くらいいた気がするし、弓を持っておいた方が良いと思うわ。相手の詳細がわからないとなると、属性とか特殊効果よりも単純に威力を重視した方が良さそうね…… じゃあトネリコがいいわね! 癖がなくて使いやすいし、威力も申し分ないわ。」
彼女の指さした方を見ると、シンプルな見た目だが、なんとなく品質が良さそうな気がする弓があった。
ただ、勧められるような性能があるためか、値段もトップクラスに高かった。
とてもすぐに買えるような値段ではない。
「その様子だと高すぎてちょっと手が出しづらいって感じ? だったら、私の頼みを聞いてくれるなら代わりに買ってあげるけど、どう?」
この額のものを買わせてしまうことに対する罪悪感が芽生えたが、やはりどうしても魔王討伐にはこの弓が必要だと感じる。
「……その頼みというのは?」
「聞いてくれるのね! ありがとう! それで頼みたいことは、エルフの森のそばに住み着いているモンスターを弓で倒してほしいの。難易度としてはC級相当だし、弓の練習にもなるからあなたにとっても悪い話じゃないと思うんだけど……」
「はい、それだけで良いならやらせていただきます。けど……」
確かに思っていたよりずっと良い頼みで少し拍子抜けした。
ただ、そうすると1つ疑問が残る。
「何故、わざわざ俺にそんな依頼を? あなたなら自分で……」
そう言いかけて、はっと気づいた。
エルフと言えば弓使いだし、彼女も弓に詳しいからそうだと思い込んでいた。
彼女の装備を見直すと、かなりの重装備だった。
それを見た彼女は少し気まずそうに笑った。
「実は私、エルフなのに弓が使えなくって…… だからどうしても他の人に頼むしかなかったの。ともかく、やってくれるってことね? ありがとう!」
「私はフラン、斧術士よ。でも、弓の使い方は教えられるわ。よろしくね!」
こうして、弓が苦手なエルフとともに、モンスター退治をすることになった。
はたして、うまくいくのだろうか。