サイコロを振るもの
白い空間には、緑を基調としたディーラーのような格好をした管理者が足を組んで椅子に座っていた。
その管理者は金色のコインを上空にはじき、落ちてきたところを素早く手で押さえた。
「表と裏どっちだと思う?」
「ええと…… 表ですかね?」
答えを聞くと管理者はそっと上の手を避けた。
コインは絵柄のない方が上になっていた。
「外れか、実戦じゃなくて良かったな。」
「おっと、自己紹介がまだだったな。私は7号、ディーラーをやっている。望まれた時にサイコロを振るのが仕事さ。その結果で一喜一憂するヒトを見るのが趣味なんだ。」
なんと意地悪な趣味なのだろうか。
残りの管理者はとっつきにくいと言われてはいたが、確かにあまり友好的な感じはしない。
「なんだ、君は確率効果持ちのスキルを全然持ってないな。運試しは嫌いか? 」
「まぁ、あんまり好きではないです。」
別にそこまで意図していたわけではないが、運に頼るのが不安なのは確かだ。
「確かに君ほどの強さであればそういったスキルがなくても戦えるだろう。君にとっては魔王も今や大した相手ではなさそうだが、私との戦いではそうはいかないだろうね。楽しみだ。」
そう言って、7号は不敵に笑った。
「……あなたは魔神戦が楽しみなんですね。」
なんと好戦的なのだろう。正直なところ他の管理者ほど善良には見えない。
「なに、特別変わったことではない。ホムンクルスは大抵体を動かすのが好きだ。さらに死んでもすぐに生き返るとなれば戦いが娯楽になることもあるだろう。」
「もちろん魔神戦は娯楽ではない重要な仕事さ。やりがいがあるというのは否定しないがね。実際、色々有ったが天使をやってるより魔神をやってた方が性に合っているのは事実だ。」
「そうは言っても、それで滅ぶなんて……」
仕事とはいえ、半分楽しみで世界を滅ぼされるのは納得がいかない。
「君は意外に思うかもしれないが、私も別に滅ぼしたくてやっているわけではない。ただ、弱い世界、自浄作用を失った世界が滅ぶだけだ。もっともその様な世界は我々が手を下さずとも邪竜に潰されるだけだろう。」
「私は弱い者を歓迎しないということもない。ただ、サイコロも振らずに降参するのが気に入らないというだけ。……そういうわけだ、せっかくだから君にサイコロをあげよう。あの魔王よりはまともな目が揃っているはずだ。サイコロを振る者が増えるのは大歓迎だが、振るか振らないか選択は君次第だ。」
そう言いながら7号はこちらに緑色のサイコロを手渡した。
「……ありがとうございます。」
もちろん良い管理者とは思えないが、想像してたよりは邪悪ではない……ような気がした。
「それにしても君のところの女神はかなり面白い奴だ。全ての手札がなくなった後、あろうことか我々にサイコロを要求して、最高の手札を引き当てた。……君のことだよ。」
「もちろん、ここまで強くなったのは君の努力だが、正直なところあの女神の度胸と強運さは結構気に入っている。」
「女神様があなた方と取引を?」
「そうだ。世界が滅びかけているのは明らかにだったが、あの女神は足搔いた。その意志、諦めの悪さを我々は気にいった。」
女神様がどのように俺を勇者にしたか特に考えたこともなかったが、管理者達なら確かにできそうな気もする。
「そうだったんですね。でも邪竜が世界を滅ぼすとしたら、勇者を用意して世界を元に戻すというのは裏切りになるんじゃないですか?」
彼らが邪竜の使いであるという話が本当であれば、こんなことはできないような気がした。
「さっき話した通りだ。邪竜も含めてその賭けに乗ったまでだ。最初は女神が力を使い果たすまで、今は勇者が魔王と魔神の問題を解決するまで。いずれにせよかなり分の悪い賭けだ。こんなもの見られることはまずない。」
「つまり、俺が勇者にならなかったら、もう滅ぶことは決まっていたんですね。」
「そういうことだな。この世界を守りたいのならこれまで通り魔王を討伐し、今は魔神も全て討伐するしかない。」
「ただ、私と戦った後は少なくとも1週間は休んだ方がいいんじゃないかな? 気づいていないようだが、少し体に負のエネルギーが溜まりすぎている。これ以上頑張り過ぎれば君が新しい魔王になってしまうだろうね。」
「そうだったんですか!? わかりました。魔王討伐は一旦休んでおこうと思います。」
今まで特にメディカルチェックで何も言われて来なかったが、初めて危険性を知ることができた。
魔王を楽勝で倒せるとしても、負のエネルギーを蓄積してしまうらしい。
逆にペースが良すぎたことによってこうなってしまったのだろう。
「勇者を続けるかなんてもう聞くまでもないな。事後処理は終わった。ではまた会おう」
7号がそう言うと、また元の場所に戻ってきていた。