慣れない戦い
フィールドに出ると、観客席にはほぼ隙間なく人が座っていた。
熱狂した人々の声が響き渡る。慣れない環境に少し緊張する。
正面には大きな鉄のゲートが見える。
ここから対戦相手となるモンスターが出てくるのだろう。
「皆さんお待ちかね、あの上級者殺し、Sランク最強のモンスターに挑む命知らずが今日もまた一人現れました! 果たして彼は地獄の猛獣を打ち倒し英雄となれるのか!」
「さぁ、ついに地獄の門が開く! デモンキメラの登場だ!」
実況の紹介と共に目の前のゲートがゆっくりと開いていく。
その向こうからゲートとほぼ変わらない巨体を持つモンスターがゆっくりと歩いてきた。
ライオン、ヤギ、ウシの3つの頭を持った怪物がゆっくりと歩いてきた。
前足はライオンのようだったが後ろ足はヤギかウシのものなのか蹄が付いていた。
さらに、尻尾は鱗で覆われており、ドラゴンの頭が付いていた。
合計4つの頭がこちらを睨んでいる。いずれも狂暴そうだ。
「それでは開始!」
大きなゴングの音が響き渡る。
それと同時に様子をうかがっていたキメラが飛び掛かってきた。
力強いライオンの前足による一撃が飛んでくる。
なんとか躱すことができたが、いつもより装備が重めであるため、結構ギリギリだ。
後ろに回るにも、左右の首が何かするかもしれないし、尻尾の頭の攻撃や蹄による後ろ蹴りが待っているだろう。
全体的に隙が無い相手だ。どれか一つの頭を倒せればその後が楽になりそうだが、その一つはかなり難しいだろう。
一旦少し距離を取ったところ、牛の首が勢い良く伸びて、こちらに頭突きをしてきた。
さらに、ドラゴンの頭から複数の火の玉が吐き出される。
流石に躱しきれず、火の玉をいくらか受ける。
いつもなら自動回復があるが、今は自力でヒールを使って回復するしかない。
少しいつもの感覚を取り戻してきたところで攻撃を仕掛けてみる。
足を攻撃して、転倒を狙う作戦だ。前足の攻撃を避けて、片足立ちになっているところを剣で攻撃する。
しかし、その巨体は簡単には揺らがない。先ほどとは逆の足でこちらに反撃してくる。
(転ばせるのがダメならこれはどうだ?)
前足の攻撃を前進して回避、体の下に潜り込み、胴体を攻撃する。
流石に真下への攻撃はできないらしく、少し混乱している様子だ。
ただ、その時間も長くは続かず、ドラゴンの頭が嚙みつきに来た。
とっさにライトアローを放ち迎撃しながら、またキメラと向かい合う。
ダメージを与えたせいかキメラも先ほどより興奮しているように見える。
その中でも特に牛の頭が特に怒っているように見えた。
牛の頭とヤギの頭が交互に頭突きを繰り出して来て、合間にドラゴンの頭が火の玉を放つ。
慣れてきて躱せるようになっているが、牛の頭のスピードがかなり速くなっている。
もしかすると、もっと牛を怒らせれば、スタミナを切らすことができるかもしれない。
ここで威嚇兼挑発のために咆哮を使ってみた。
人間が出したものとは思えないような恐ろしい咆哮が響き渡る。
同時に取っていたスキル、威圧の影響もあってか会場が一瞬静かになり、観客たちがどよめき出した。
正直なところ、自分自身でも驚いている。
さすがのキメラも一瞬ひるんだが、すぐに持ち直していた。
牛の頭がより一層怒りだし、雄叫びを上げながら激しい頭突きの連打を浴びせてくる。
あまりの激しさに他の頭もうまく補佐をできないようだった。
今は武器をしまって回避に徹する。
回避し続けているうちに徐々に頭突きの速度が鈍くなってくる。
そろそろチャンスが来るだろう。武器をハンマーに持ち替える。
このコロシアムではどちらかが降参するか戦闘不能になれば勝負がつく。
戦闘不能は討伐まで持って行かなくても、気絶などでしばらく行動できなくなった時点で勝ちとなるということだ。
頭突きを待ち構えて、渾身の力で打ち返す。
ハンマーは牛の頭にクリーンヒットして、しっかりと牛の頭を気絶させたようだった。
相手を気絶させるなら打撃攻撃、ハンマーは最適だ。
観客席から歓声と激しい拍手が聞こえる。
牛の頭が倒れたことにより、頭突きの手数は減った。
しかしながらまだキメラは闘志を失っていないようだった。
ヤギが首を伸ばしてくる。頭突きとは何か違う攻撃のようだ。
様子を伺っていると、緑色のガス状のブレスを吐き出してきた。
おそらく毒ブレスだろう。しばらくその場に残り続けて行動を制限してくる。
ブレスによってフィールドが狭くなる分、使える武器も制限される。
今はキメラの目の前にブレスが残っているため、近寄れない。
ハンマー攻撃を警戒しているのだろうか。
弓を取り出して、ドラゴンの頭を狙ってみる。
勇者のジョブのおかげか初めてだったが、狙った所にしっかりと矢が飛んで行った。
突然の遠距離攻撃に対応出来なかったのか、矢は命中した。
鱗のせいかそこまで致命的なダメージは与えられていないが、これで遠距離もできることが印象付けられるだろう。
そう思っているうちに再び毒ブレスが正面に放たれた。
すかさず弓で攻撃しようとした途端、ライオンの頭が火炎ブレスを吐き出し、その瞬間強烈な爆発が巻き起こった。
歓声が打ち消されるほどの強烈な爆音が響く。
避けられず、壁にたたきつけられる。
直撃ではないがこの威力。なんと恐ろしいのだろうか。
メガヒールを使ってなんとか立て直す。
ヤギかライオンのどちらかを倒さなければまた爆風が来るだろう。
素早く矢を連射して、ドラゴンの頭とライオンの頭に攻撃を仕掛けてみる。
大した効果はなさそうだが、相手の攻撃の手を緩めることには成功した。
残されたヤギの頭が頭突きから毒ブレスを狙ってくる。
武器を素早く杖に持ち替える。
そして、ブレスを吐かれる直前にファイアアローを放ってみた。
その瞬間、先ほどよりは小さいが大きな爆発が起こった。
ただ、あの戦術を取ってくるだけはあり、まだ完全には気絶していなかった。
苦し紛れの頭突きを避けてハンマーで追撃すると、ようやくヤギは気絶した。
左右の頭が倒されたせいか、攻撃はよりアグレッシブになっていく。
頭同士の巻き込みを恐れなくてよくなったせいか、火炎ブレスもより頻繫に飛んで来るようになった。
素早く後ろを向いてからの蹄の蹴りが飛んでくる。
強烈だが防ぐことはできた。ただ、ドラゴンの頭の追撃は躱しきれない。
この追撃がある限りジリ貧だ。
(後ろ蹴りのタイミングで攻撃するのがよさそうか? いや、その時には相手も準備ができてるか)
ここは敢えて遠距離に引いて、武器を持たずに適当にライトアローを放ってみる。
そうすると、狙い通りライオンは火炎ブレスを放ってきた。
インビジブルステップの無敵時間を活かしてブレスの中を突っ切り、キメラめがけて跳躍する。
そして、武器をハンマーに持ち替えて、ドラゴンの頭にそのまま振り下ろした。
頑丈な鱗に覆われていても流石にこの一撃は効いたようで、ドラゴンの頭も気絶した。
残るはライオンのみ。ヒールを使いながらにらみ合う。
互いにボロボロだが、気力を振り絞って攻防を続ける。
キメラの強靭な肉体から繰り出される攻撃は未だ強烈だ。
しかし、もう補佐する頭はいない。最初に比べるとかなり隙だらけだ。
剣と弓を使い、堅実にダメージを蓄積させていく。
ありとあらゆる攻撃の後隙を逃さず、攻撃を続けた。
そして、前足を切りつけたとき、キメラがバランスを崩した。
ここしかないその隙に、渾身のハンマーを叩き込む。
そうすると、もうキメラは起き上がって来なかった。
「おーっと! これは、まさか! デモンキメラがダウンした! もう試合は続行不可能だ! 勝者、チャレンジャー! 皆様、この勇敢な戦士に盛大な拍手を!」
なんとか勝利することができたようだ。
激しい歓声を浴びながら控室に戻り装備を返却する。
コロシアムの職員のヒールを受けると試合の怪我がすっかり消えてしまった。
流石怪我が絶えない現場にいるだけの実力があると感心した。
受付に戻る途中、キメラが部屋に戻っていくのを見かけたが、そのキメラもすっかり元気になっていた。
「いや~すげえもん見せてもらったぜ! おつかれさん! これは報酬のメダルだ!」
ちゃんと1万枚分の価値がある少し大きなメダルをもらった。
後は黄色のメダルがそろえば石板と交換できる。
疲れた体を引きずりながら様子を見にカジノへ向かうこととした。