忘却の管理者
「君は…… 6号ではないよな? 一体何者なんだ?」
教授もこの管理者を見たことがないようだった。本当に何者なのだろうか。
「僕はレヴィアタン……いやここなら0号の方が良さそうかな? 6号が来れなかったから代理で来たよ。」
明るいが無感動な声で0号はそう言った。
「0号!? どこの記録にも10体以上の管理者の記録は残っていないぞ! これは……どういうことなんだ?」
「おや、君は探求者の所の駒か。まあ、記録に残らないのが僕の特徴だからね。とはいえ、僕は誰かのスペアだし、知って面白いこともないよ。」
「それで、こっちは勇者か。勇者が悪魔を呼び出すなんて驚いたね。いや、6号が来れたらこうなってないか。」
確かに狙ってないとはいえ悪魔を呼び出してしまうのは驚きだ。
しかし、角も羽も無いその姿は悪魔とは思えないものだった。
頭の側面のエラのようなパーツや先細りの太い尾を見る限りでは、水棲系リザードマンの要素を持つホムンクルスとしか言い表せない。
(とはいえ、見た目で判断できるものでもないのかもしれない……)
「えーっと、何故6号は来れなかったんですか?」
悪魔と言われて敵か味方か分からなくなってきたが、一旦状況を整理する。
「それは君が倒したからじゃないか。魔王も魔神も復活まで時間がかかるからね。」
確かに魔王の復活に時間がかかるなら魔神もすぐに復活できないのは自然な気がした。
最初からどちらを選んでも0号が来ていたのだろう。
「そうだ、6号からケーキを預かっていたんだ。問題なければ君らで食べてよ。」
そう言って、持ち手の付いた紙箱を教授に押し付けた。
中にはホールの黄色いケーキが入っていた。
「さて、召喚してもらったところ悪いけど、もうちょっとしたら魔神になる気がする。」
「えっ、どうしてですか?」
「元々僕はこの世界にいないはずだったから、石板は遺跡じゃなくてその辺の地面に落ちてるはずだ。見つかるのは時間の問題だし、魔王もいないからいつでも召喚できる。」
「そういうわけで適当に人がいない所に行こうか勇者くん。石板を使われたらここの建物は吹き飛んでしまうかもね。」
「ちょっと待ってくれ! 魔神戦があるなら僕も行きたい!」
教授が興奮気味に叫ぶ。
「君にはケーキを切っておくという大事な任務がある。ここで待っていてよ。」
そう言うと、0号は俺を小脇に抱えて勢い良く窓を開けた。
そして、教授の制止を振り切って勢い良く飛び降りる。
「ちょっと! ここ4階……」
教授の声がみるみる遠ざかっていく。
0号は着地してそのまま都市の外の空き地まで走っていった。
「立てるかい? 彼がいると少し話が長くなりそうだったから飛び出してしまった。」
かなりの速さで運ばれたので少しフラフラするが、なんとか立つ。
「最初に比べるとかなり強くなったよね。それだけ強かったらわりと何でもできちゃうんじゃない?」
「えっ、いや、俺なんかまだまだ弱いと思いますけど……」
強くなったとは思うが、まだまだ魔神には結構苦戦させられている。
「まあ、強くないと世界を守れないから強くなるに越したことはないよね。力だけじゃどうにもならない物もたくさんあるけどさ。」
「君は世界を救った後何かやりたいことはないの?」
「世界を救った後ですか……」
ここまで魔王を倒すのに必死でその後のことを何も考えてなかった。
「元々冒険者ならダンジョンで宝探しもやれるだろうし…… そういえば君はこの世界に家を持ってないよね。いい感じの窓がついた一軒家を買っちゃうとか色々やれることありそうだね。実際まだ終わってないからゆっくり考えればいいけど。」
「まぁ、そうですね。」
言う通り終わってから考えても遅くはないかもしれない。
それに、まずは魔神0号を倒す必要がある。
「そういえば、本当に悪魔なんですか?」
「一応ね。よく悪魔っぽくないとは言われるけど、悪魔らしさってなんだろうね? 契約書を出した時が一番納得されるけど。」
そう言われて思いついたのは、状態異常魔法で同士討ちを狙ってくるとか闇魔法を使うとかだったが、契約書というのも確かにありそうな要素だった。
ただ、そんな悪魔は現実よりおとぎ話でよく見かける方だ。
「こんなのとかどうだろう? 別に悪魔らしくはないか。」
そう言いながら0号は遠近法を無視して遠くの岩をつかむ。
すると、遠くの岩はなくなり小さな石が手の上に乗っていた。
すごいと思っているうちに0号はその石を握りつぶして砂にしてしまった。
「信じても信じなくても魔神戦はやってくるよ。こんな風にね。」
0号がそう言うと、0号の体は召喚時と逆にドロドロに溶けて地面に漆黒の円が残った。
そして、奇妙な声が聞こえてきた。
――――――――――――
混沌を漂う夢幻の主
夢現の境界を溶かすもの
人の願いが彼を狂わせ、彼の執念が世界を滅ぼす
夢を渡る眠らぬ亡霊、夢幻の中の泡沫
醒めれば何処にも残らないもの
――――――――――――
気がつけば目の前に大きなシャボン玉が現れていた。
その中には白黒の縞模様のタコのような魔神が浮かんでいた。
一対の黒い角は悪魔のものに似ていた。
「今頃あっちは何も出てこなくて驚いてるかな? さっさと始めてしまおうか。時間は10分もあれば十分でしょう。」
「10分!? いくらなんでも短すぎませんか?」
「君なら5分もあればなんとかできるだろうし十分だと思うよ。僕の魔神体は夢の中なら強いけど、現実なら最弱レベルだ。これくらいできないと世界は守れない。」
かなり厳しいが、敵はいつも待ってくれたりはしない。
「失敗すれば夢が現実に溢れてくる。あと、僕に魔法は効かない。それじゃあ始めようか。」
0号が長い足を回転させると、人の頭程のシャボン玉が次々にこちらへ飛んでくる。
そのシャボンははじけた途端強烈な衝撃波を放ち、こちらを吹き飛ばしてくる。
試しに切ってみたがその場合も同じだった。
(邪魔だけど、壊すと逆に近づけないな……)
ロングエッジで攻撃したくなるが、伸びた刃部分は魔法攻撃だ。効果はない。
なんとか距離を詰めても痺れを伴う足の攻撃が飛んでくる。
攻防のバランスがいい。言うほど弱い魔神でもないような気がしてくる。
0号の背後に残り時間があることに気がついた。
残り7分。一撃も与えられていないこの状況に焦りを感じ始める。
「魔法が効かないとなると、結構単調な攻撃になっちゃうのかな? もっと色々試したらどうだろう」
確かに魔法が効かないとはいえ、ダメージ以外なら何か使えるものがあるかもしれない。
逆に考えればまだ5分以上ある。落ち着いて考えればなんとかなると頭を切り替える。
(最弱の魔神とは言っても、大抵の場合魔神は膨大な体力を持つ。それが5分もあれば十分ということであれば、かなり体力は低い? つい剣だけで戦っていたけど、遠距離の物理攻撃があればかなり有利になりそうだ)
ひとつアイデアを思いつき、検証のために小石を拾いシャボン玉にぶつけてみる。
シャボン玉はかんたんに割れた。剣にこだわる必要はなさそうだ。
(魔神を覆っているシャボン玉を壊せば何か変わるだろうか。同じように何か当てられたら壊れるといいけど。)
武器をハンマーに持ち替え、地面をえぐるように振り上げる。
そうすると、土に混じった小石がたくさん飛んでいってシャボン玉を次々と破壊していく。
(本体には届かなかったけど、これは結構良さそうだ。もっと小石があれば行ける。)
一度地面に手を当てて強く念じる。
先程岩を握り潰して砂になったのとは逆、地面の土や砂を錬金術の力で合成すれば砂利ぐらいはできる。
(これで決める!)
砂利を勢いよくハンマーで吹き飛ばす。
その途端ものすごい勢いでシャボン玉が割れていき、その風圧で目が開けられなくなった。
「やれやれ、剣じゃなくて小石に負けるとはね。まぁこれはこれで面白い。よくやったよ。」
目を開けると、0号は地面に落ちて既に体が崩れていた。
「8号に挑む前ぐらいには弓とか使えるようになった方がいいかもね。さすがにアレは石ころでなんとかならないと思うよ。」
たしかに魔法は遠近両方対応できるが、物理攻撃は遠距離がない。
ここは早めに克服しておきたいところだ。
「最後にひとつ、君最近過去の世界に移動したことある?」
「いや、ないですけど……」
「そうか、じゃあいつものバグか。それじゃあ勇者くんあとは頑張って。君ならきっと大丈夫だ。あとスペアのスペアはいないから召喚はしない方がいいよ。材料を大切に。」
そう言い残して0号は消えてしまった。
そして、今もらったケーキを食べながら事の顛末を教授に報告していた。
「えぇー!? 話を聞く限りだとかなり邪竜に近い能力とか要素を持ってそうじゃないか! 何故ケーキを切っていたんだろう!? 精神操作のせいだけどさ! 職業も悪魔でいいのか? 悪魔って職業なのか? ……まぁ君がいなければ彼と会うことすらできなかったよ。ありがとう。いつか絶対話を聞くんだ!」
教授の熱い決意表明を聞きながらレモンケーキを食べる。
甘酸っぱく爽やかな味。疲れた体が元気になっていく。
初めての錬金術はとんでもない結果になったが、気を取り直して7番目の魔王を討伐しに行くことにした。