海岸線を抜けて
町を出てしばらく歩いていると、海岸が見えてきた。
至って普通の海岸だと思いながら歩いていると、徐々に雰囲気が変わってきた。
(ここから先の砂浜、なんか紫色だな……)
さらに、砂の色だけでなく急に霧までかかってきた。
昨日もらった聖水鉄砲を構えながら慎重に歩いて行く。
視界が悪くてはっきりとは見えないが、いくらか壊れた建物が見える。
急に少し寒くなったと思ったとたん、青白い火の玉がこちらに突っ込んできた。
とっさに聖水鉄砲を構えて撃つと、火の玉は搔き消えた。
(良かった、ちゃんと効いてる。これなら襲われても問題ないな)
火の玉や顔の付いたモヤモヤに聖水鉄砲を撃ちながら進んで行く。
それ以外は特に問題もなく、順調に進んでいる。
(早いとこ魔王門にたどり着きたいな……)
ひたすらに前に進んで行くと、急に低い唸り声のようなものが海から聞こえてきた。
そちらの方を見ると、何か巨大な影が霧の向こうに見える。
急いで聖水を放ってみたが、効き目がないようだった。
その間に徐々に影の正体が見えてきた。
「なんだ……これは……」
霧の中から黒いドラゴンのようなものが現れた。
その輪郭は曖昧で、常に体が溶け落ちて、ヘドロのようになっていた。
次に太陽の杖を使ったライトアローを当てたとたん、ドラゴンはバラバラに砕けた。
一安心かと思いきや、その破片が全て魚の群れになって、轟音を立てて押し寄せてきた。
(これは…… 逃げるしかないな……)
海から離れるように走り出すと、崩れかかった廃墟の中に辛うじて形を保っているものがあった。
固くなったドアを何とか開けて中に滑り込み必死にドアを抑える。
(頼む…… 耐えてくれ!)
そうしてしばらくすると音は聞こえなくなった。
(もういなくなったのか?)
外の様子を確認しようとした時に恐ろしいことに気づいた。
「どこにも窓がない……」
もしかすると、これが例のボロ小屋なのだろうか。
そうだとすると何か恐ろしいことがあるかもしれない。
「そこに誰かいるの?」
か細い声で誰かが話しかけてきた。
咳き込むような音と足音がこちらに近づいてくる。
どうしようか迷っているうちに声の主が姿を現した。
現れたのはなんと子供だった。
長い黒髪の隙間から覗く目はぼんやりと遠くを見つめているようだった。
頭部の角と腰から伸びる太い尾を見る限り、竜人族のように見える。
(これはモンスターなのか? それとも普通の子供か……)
場所が場所なだけに判断に困る。
「もしかして、勇者様? そうだよね! 絵本に描いてあるのと同じだ!」
そう言って子供は嬉しそうに絵本を見せてきた。
魔物と戦う人の挿絵が描かれているが、鎧を身にまとっていて、剣を持っているぐらいしか共通点がなさそうに見える。
「あ、あぁ。うん。そうだよ。」
つい、微妙な返事を返してしまった。
しかし、その返事を聞いた子供はなんだか嬉しそうだ。
「やっぱりそうなんだ!すごい! じゃあ、やっぱり強いモンスターとかいっぱい倒してるの?」
「まぁ、そうだね。」
なんとなく勢いに押されて答えてしまう。
「すごいなぁ…… それだけ強かったらみんなのこと守れるし、みんなのこと幸せにできるよね?」
「えっ、うーん、そうかなぁ……」
流石にそこまでは言い切れないような気がする。
「だって、僕がもっと強かったら…… 皆死なずに済んだかもしれない……」
「弱かったから何も救えなかった! 全部めちゃくちゃになったんだ!」
子供がそう言った瞬間、天井からも床からも真っ黒な泥のようなものが一気にあふれてきた。
ドアを開けて脱出しようと思ったが、壁は既に真っ黒な泥になっていて、このまま溺れるしか選択肢がなくなってしまった。
(これが呪いの正体か…… 早くここから出るべきだった……)
あっという間に全身が泥に飲まれて、息が苦しくなってくる。
流石にどうにもならないため、死を覚悟して目を閉じた。
目を開けると、元の海岸にいた。
黒いドラゴンも魚もボロ小屋もすっかりなくなっていた。
体を軽く動かしてみるが、特に異常などはなさそうだった。
(なんだ…… 夢を見ていたのか?)
とても恐ろしい出来事だったが、現状の結果としては何も起きていない。
過去にここで何が起こったのか、子供の正体は何だったのか気になることは多いが、まずは魔王を討伐することにした。
海岸を抜けると、そこに魔王門があった。
まだ魔王に挑むだけの余力はあるため、聖水の準備をし直して、魔王門に突入する。
魔王の間には、奇妙なダチョウのような魔王が立っていた。
紫がかった黒い羽毛は美しいが、頭や足などは白骨化している。
いつもの魔王らしく、頭には紫色の冠が乗っかっている。
(特性は…… 物理半減だけか……)
無効ではないにしても聖水や魔法がなければかなり厳しい相手になっていただろう。
手始めに聖水鉄砲を構えて戦いのラインを踏み越えるのだった。