森へ芝刈りに
薄暗い森の中をひたすらに進んでいく。
森の中であれば小鳥のさえずりや獣の鳴き声など聞こえてきそうなものだが一切聞こえない。
自分が踏んだ枝葉の音だけが響いている。
時折邪魔になる藪を剣で切り払いながら進む。
流石は草刈りマスターといったところか、苦労することなくスイスイ切り開いて行ける。
しばらく歩いていると、不意に何かに躓いた。
カランと音を立てたそれは、どうも石ころではないような気がする。
その正体が気になり、上に覆いかぶさっている落葉をいくらかどかした。
「うっ…… これは……」
落葉の下から出てきたものは、鎧を身につけた人骨だった。
それをよけて再び進もうとし、再び足に同じ感触を感じる。
(どういうことなんだ…… でもとにかくここはヤバい!)
そう考えているうちに何かガサガサとした音がこちらに迫ってきた。
ただ、何も姿が見えない。
姿が見えないと思ったのは大きな間違いだった。
その辺りの落葉が生き物のように動き出して、体に張り付いてくる。
剣で切り払っても、量が多すぎて焼け石に水だ。
さらに、張り付かれた箇所から血を吸っているのか、あちこちが痛みだした。
(この数を一度に倒すならこの手しか…… 頼む、効いてくれ!)
祈りながら体に聖水を振りまくと、くっついていた落葉はただの落ち葉に戻って地面に降り積もった。
聖水が効いたということは、悪霊や呪いの類だったのだろう。
(アンデッドの魔王の影響でこの落葉が襲い掛かって来たのか?)
とにかく聖水が切れる前に森を抜け出せなければ命はないため、また急いで森の中を進み始めた。
森の中を駆け抜けていると、何やら遠くから人の叫び声が聞こえてきた。
(急いでいるけど…… 流石に無視することはできないな)
声を頼りに進んで行くと、声がはっきりしてきて、何を言っているのか理解することができた。
「助けてくれー! おーい、助けてくれー!」
助けを求める男性の声が聞こえてきた。
「聞こえますか! 今そっちに行きます!」
とりあえず男性の声に返事をしてそちらのほうへ駆け出す。
相変わらず男性は助けを求め続けている。
走り続けていると、少し開けた場所に出た。
助けを求める声はかなり鮮明になったが、その人の姿を見つけることができずにいた。
周囲を見回しながら歩いていると、もう一つの声が聞こえてきた。
「来るな! お前も食われてしまう!」
その声が聞こえたとたん、急に上が暗くなった。
慌てて影から飛びのくと、目の前には巨大なクモのようなモンスターが立ちふさがっていた。
そのクモの体には人の顔がついていて、未だに助けを求める声を出していた。
クモが飛んできた方を見ると、木に一人の男性が糸で吊り下げられていることが分かった。
恐らく彼がこちらに来ないように叫んでいたのだろう。
クモに切りかかろうとしたところ、紫色の霧を吐き出してきた。
その霧が下のほうへ降りていくと、落葉の下から次々とスケルトンが起き上がってきた。
(かなりの数だ…… でもこちらには浄化がある)
スケルトンに触れて浄化の力を流すと、スケルトンは即座に崩れ去った。
ただ、減らすペースと増やすペースが釣り合っており、このままではジリ貧だ。
(葉っぱに襲われた時よりはまだ余裕があるな…… それならこれでどうだ)
太陽の杖を取り出して力を込めると、光の玉が現れて周囲を照らす。
その光を浴びてスケルトンは即座に崩れていった。
アンデッドの力を持っているせいか、クモの方も何やら苦しんでいた。
(やはり光属性が有効か。それならこのまま決める!)
太陽の杖をクモに向かって構え、そのままライトアローを発射する。
その光の矢に貫かれると、クモは黒い煙になって消え去ってしまった。
安全を確保できたので、男性を木から解放した。
「助かった…… ありがとう。アンタが来てくれなければ、今頃クモの餌になっていたところだった。」
「すまないが…… このままグレイピアまで連れていってくれないか? もちろん案内はする。」
「もちろんです! それに、丁度俺もその町に行こうと思ってました!」
声を頼りに適当に走っていたため、丁度道がわからなかったところだった。
道を知っているのはありがたい。
男性に道案内されて森を抜けると、町が見えてきた。
石造りの家が立ち並ぶ小さめの町だが、そのそばには巨大な墓地が存在することが特徴だ。
「ありがとう。助かったよ。ちょっと渡したいものがあるからちょっと一緒についてきてくれないか?」
言われた通りについていくと、男性は足早に家の中に入り、何か銃のようなものを持って戻ってきた。
「俺はこの町で<聖水鉄砲>の整備をしてるんだ。今日も整備に必要な材料を取りに行こうとしてああなったんだ。」
「もし良かったら、この聖水鉄砲を持って行ってくれ。聖水をただ振りかけるより効果的にアンデッドを倒せるんだ。この辺りを歩くなら役に立つはずだ。」
確かにこれなら正確に聖水を浴びせることができそうだ。
「ありがとうございます! 助かります!」
「命に比べたら安いものさ。」
「アンタは冒険者のようだが、この辺りを探索するなら一つだけ覚えておいたほうがいいことがある。」
「もし、この先の呪われた海岸線の方を歩いて行くなら、<窓のないボロ小屋>には絶対に入らない方がいい。」
「窓のないボロ小屋? 何かモンスターでもいるんですか?」
「詳しいことはわからないが、そこに入ると呪われると言われている。」
「もっと言うと、その海岸にあった村が滅びたのはその呪いのせいだと言われている。」
なんと恐ろしい話だろう。これも魔王の影響なのだろうか。
「なるほど、そこに行く時は気を付けようと思います。ありがとうございます。」
宿をとって、魔王門へのルートを見直す。
魔王門はこの町から少し離れたところあったが、そこに向かうには例の呪われた海岸線を通る必要がありそうだった。
(なんとなくそうだと思ってたけど、行きたくないな……)
ボロ小屋を避けることを忘れないようにしながら、翌日魔王討伐へ向かうことにするのだった。