負けられない戦い
大きな門をくぐると、見慣れた石造りの街並みと大きな港が見えた。
海に面しているこの町には、毎日たくさんの商船が訪れていて、様々な商品を運んでいる。
ただ、普段賑わっているはずの市場にも"豪雨のため本日休業"と書かれた看板があるのみで、人の姿は一切なかった。
(普段はもう少し雨が少ないんだろうか? それなら探索とかは明日にするか)
沼地の戦いもあり、街を歩き回る元気もなかったので、少し早いが今日は宿屋で休むことにした。
宿屋のベッドに横になっていたところ、最近自分のレベルを確認していなかったことを思い出した。
(フローリアに入ったばかりの時はレベル3だったけど、魔王を倒したんだから10ぐらいは上がっていたりして)
ジョブ表示を行うと、カードには、"勇者 Lv.22"と書かれていた。
「22!? 10どころかかなり上がってる!」
前世の時とは比べ物にならないスピードだ。これなら結構スキルが増えているかもしれない。
スキル一覧を表示して、新規取得のスキルを確認してみる。
新しそうなスキルは<ロングエッジ>、<メガヒール>、<キュアポイズン>の3つだった。
(ロングエッジはカエルを倒したやつかな? あとはヒールの強化版と毒消しの魔法か。持ってて損はないけど思ったより少ないな……)
あとは、スキルクリエイターの名前の後ろにv2が増えていたぐらいだったが、この先まだ78も伸びしろがあることを考えると十分だろう。
(まぁ、足りない分はスキルクリエイターで何とかすると考えた方が良さそうだな。)
「本当に転生した時とは比べ物にならない程強くなりましたよね」
「女神様!」
気がつくと不思議な空間にいて、正面に女神様がいた。色々考えているうちに眠っていたようだ。
「道中は少しひやりとしましたが、無事町までたどり着けて…… 頼もしい限りです」
「いえ、それほどでも……」
跳躍の部分まで見られていたと思うと少し恥ずかしいが、認められたのは素直に嬉しい。
「それにしても、魔王の装備も使いこなせているとは……驚きました。」
「魔王が装備を残していくケースは初めてでしたが、見たところ特に呪いなどはかかっていないようですし、うまく魔法攻撃も戦術に組み込めると戦術の幅が広がりそうですね。」
「この世界だと、魔王って何も落とさないんですか? 俺の記憶だと何か証明になるようなものを持ち帰ってた気がするんですけど……」
「そうなのですか? うーん、あなたがこの世界に来たことで何か世界に変化があったのでしょうか…… ひとまずは様子を見るしかなさそうですね。とにかく、十分気を付けて使うのですよ。」
「はい、わかりました。」
俺の返事を聞くと、女神様の姿は消えた。
この話しぶりだと、どうも女神様は6号とのやり取りを一切知らないようだった。
女神様にも干渉できないあの空間も謎だが、魔王の装備を簡単に渡せる6号もかなり謎だ。
(魔王のことは6号の方が詳しそうな気がする…… 魔王と対応した番号を持っているとすれば、ここの魔王を倒せば4号に会えるかもしれない)
そう考えているうちに再び意識が遠のき、気づけば朝になっていた。
外に出ると、少し曇っているだけで、特に雨は降っていなかった。
まずは、昨日行けなかった市場へ行くことにした。
昨日とは打って変わって、たくさんの店と様々な品を求める人々がいた。
食料や日用品を売っている店もあれば、用途がわからない不思議な道具を売っている店もあった。
(そういえば、新しくこういうことができるようになってたな)
スキルクリエイターの逆引き機能があったことを思い出し、周囲を見てみると、様々なスキル名が見えてきた。
これからは、本来の用途以外にも、スキルの材料として道具を買う選択肢もあるということだろう。
(とはいえ、所持金にも限りがあるから何でも買うわけにはいかないけど)
色々見回していたが、単品だとスキルを取得できない物や有用そうなスキルだが、かなり高額な商品だったりでなかなか良さそうなものが見つからない。
そう考えていると、大量の<水棲キラー>の文字が目に飛び込んできた。
海が近いこの辺りなら、かなり有効なスキルになりそうな気がする。
水棲キラーを持つアイテムが売っている場所に向かうと、そこにはたくさんの包丁が売っていた。
ただ、どの包丁も数万Gぐらいで、買えなくはないがなかなか高い。
「刺身包丁をお探しですかね? この町では新鮮な魚がすぐ手に入りますから、自分で捌いてみたいという方も多いんですよね」
店主が話しかけてきた。滑らかな青緑の肌と腕に大きなヒレをもつ魚人族の男性だった。
「なるほど、そうなんですね。料理は初心者なんですけど、何かオススメの包丁はありますか?」
実際に使うわけではないが、初心者向けの包丁を聞けば安いものを紹介してくれることを期待して、質問してみた。
「そうですねぇ…… 料理があまり得意でないけど、美味しい料理を作りたいということであればこちらがオススメですね。」
差し出された包丁は、細かな装飾が施されていて、芸術品のようだった。刃に何か文字のようなものが彫られており、かなり高級そうな雰囲気がある。
「これは、握るだけで職人の技術が身につくエンチャントが付与された包丁です。誰でも一流の料理人になれます。40万Gと少々値が張りますが、かなりの逸品です。」
かなり魅力的だが、やはり見た目にたがわず高い。流石に持ち合わせていないし、ここまで稼ぐのも大変すぎる。
「練習用とすればこれですかね。」
次に、かなりシンプルなデザインの至って普通の包丁が出てきた。
「見ての通り、普通の包丁ですが価格も2000Gとお手頃で、結構人気がありますね。あまり特殊な魚は捌けませんが、よく市場に並ぶような魚に使う分は問題ありませんし、入門用としてはピッタリだと思います。」
まさに求めていたような包丁が出てきた。スキルクリエイターで水棲キラーが取得できることも確認できた。
「それでお願いします。」
「やっぱり40万はちょっと高いですよね。分かります。……はい、確かに2000G頂戴いたしました。おまけに貝むき用のナイフもお付けしますね。」
「いいんですか? ありがとうございます。」
これは思わぬ収穫だった。確かに海があるなら魚だけでなく貝も色々楽しめるかもしれない。
そうして店から立ち去ろうとした時、何か巨大なものが水をかき分けるような音が聞こえ、当然雨のように大量の水しぶきが降りかかってきた。
音がした方を見ると、恐ろしく大きなシーサーペントがいた。
その体はこの町のどの建物よりも大きく、水のように透明な部分がある。
一方で炎のようにぎらつく目、檻のように長くて鋭い歯、体の割には小さいが人間ほどの大きさがある爪の付いた腕からは、このモンスターが恐るべき捕食者であることを予感させる。
周囲の人々もこの怪物に気付き慌てて逃げまどっている。
その人の群れにシーサーペントが腕を伸ばすのが見えた。
脚力強化を使い全力で走る。途中、スキルクリエイターで水棲キラーを取得して、剣の刃の部分に手をかざすと、刺身包丁のような刀身に変わった。
無我夢中でシーサーペントの腕を切りつけると、つかまれかかっていた人々が解放された。
獲物を解放されて怒っているのか、シーサーペントは地響きのような唸り声を上げ、こちらを睨んでいる。
ちらりと後ろを見ると、衛兵たちが人々を誘導して避難させているのが見えた。
よそ見をしている暇ではないと言わんばかりに、シーサーペントはこちらに水の塊を吐き出してきた。
何とかよけたが、石畳の床がえぐれており、その威力を物語っている。
(この強さ、恐ろしさ、魔王並みか…… いや、魔王より恐ろしい状況かもしれない)
魔王に負けて死んだ場合はまた挑めば良いだけだが、ここで負けてしまえば自分が生き返ったとしても、復活するまでにこの町にとてつもない被害が出るだろう。
今までにない緊張が走った。この戦いで負けは許されない。