Only One
バーに戻ると、少年はお行儀よく留守番をしていた。
足も届かないのに、カウンター席にちょこんと腰をおろしている。けなげなことだ。
「お帰りなさい」
「ただいま。見ての通り、一人増えた」
「そうだね」
こちらが皮肉を飛ばしても、平然としている。
エーデルワイスはマッポーちゃんの肉片をつまんだままどこかへ行った。蘇生させるつもりなのだろう。タイガーリリーはバーテンダーごっこでもするつもりなのか、カウンターの奥へ入った。
俺は気にせず少年の隣に腰をおろした。
「質問がある。できればウソはナシで答えて欲しい」
「うん。僕もウソは嫌い」
いい返事だ。
事実かどうかはともかく。
俺は銃を返却しつつ、こう切り出した。
「タイガーリリーから話は聞いた。ヒロインが複数いる状態で最終日を迎えると、俺は怪物になるそうだな」
「うん」
「なぜ言わなかった?」
「聞かれなかったから」
ま、そうなるよな。
タイガーリリーがウイスキーを出してくれた。香ばしいかおりだ。一口やると、甘味と渋みに続いて、喉の焼けるような感覚が来た。それが胃まで落ちてくる。五臓六腑に染みるとはこのことだ。だが、あまりいい飲み方ではない。
少年はこちらを見つめて、こう言葉を続けた。
「けど事前に説明はあったはずだよ? ヒロインは一人しか選べないって」
「そうだ。あんたの言う通りだ。その通りにしていれば、なんの問題もなかった」
もっと言えば、一回目の式典でやめておけば、こんな葛藤に直面することもなかった。だがあえてイイワケしたい。一回でやめるようなヤツは、そもそもこんな怪しい行為に参加しない。
銃をぶっ放して、女に出会う。
ただそれだけのシンプルな誘惑に俺は負けたのだ。「特別」が欲しかった。
いや、悲観するにはまだ早い。
解決方法は分かっているのだ。この少年をぶち殺すこと。そうすれば妖精たちは自由になるし、俺も怪物にならずに済む。
「過去にいろんなヤツがあんたを殺そうとしたらしいな」
「そう」
「そして全員が失敗した」
「そうだね。哀しい事実だけど、人間や妖精では、神には勝てないんだ」
言葉だけ並べれば正しいように聞こえる。
だが実感がわかない。
俺たちが束になっても、このガキには勝てないと?
「なにか弱点はないのか?」
このヤケクソな問いに、彼はさすがに苦い笑みを浮かべた。
「それを僕に聞くの?」
「ほかに聞くアテがない」
「初めてだよ、そんなこと聞かれるの。けど……そうだね。考えてみると、僕はまだ完全じゃないんだ。きっとそこにヒントがあるよ」
ごまかしているというより、彼自身、よく把握していない感じだ。
ならば前向きに受け止めよう。
現状、彼は普通の人間よりはるかに強いだけの動物だ。
強い力を加えれば死ぬ。
しかし過去の英雄たちも、銃で撃ったりぶん殴ったりはしたはずだ。それでも生きてる。もっと質の違う攻撃が必要だ。
ダイナマイト?
毒?
マイクロウェーブ?
俺にはどれも用意できない。
「質問を変えよう。なぜマッポーちゃんを襲った? 話によれば、まだ怪物がでてくるような時期じゃないらしいが」
そう尋ねると、少年はやや困惑した表情を見せた。
「本当に全部聞くつもり?」
「そうだ。聞けるだけ聞く」
「式典にもルールがあるんだ。ルールというか、マナーというか。僕自身、そのマナーからは自由じゃない。邪悪な方法で人間性を集めても、神にはなれないんだ」
ご高説を述べやがる。
俺は鼻で笑い、ウイスキーをあおった。
「聞き間違いかな? 邪悪な方法じゃダメ? なら妖精の命を玩弄して人間に媚びを売らせ、そして人間から人間性を剥奪する行為だってアウトだろう? まさか、その程度は邪悪じゃないとでも言うのか?」
渾身の皮肉だったが、彼は動じなかった。
「それは問題ない」
「理解しがたい倫理観だな」
「妖精というのは、もともと人間を誘惑する存在なんだ。だから用途としてはあってる。それに、人間が人間性を失うのだって、愚行の結果だよ。僕はなにも強制してない」
「ああ、分かったよ。なら人間はいいだろう。自己責任だ。だが妖精の扱いが悪すぎる。妖精にも妖精の権利があるだろう」
おっと、酒の勢いでつい人権派みたいなことを口にしてしまった。
だがシラフでもきっと同じことを言ったはずだ。
少年は平然としている。ガキのツラじゃない。
「君は勘違いしてるね。彼女たちは妖精だよ? 人間じゃない。むしろ人間を惑わす存在。こういう式典には最適なんだ」
「道具として使うな」
「人間だって農耕に牛馬を用いるでしょ?」
「だが嫌がってるぞ」
「だが? それは反論なの? 嫌がってたらなに?」
そうだ。人間が牛馬を使うのはよくて、神が妖精を使うのはダメだと言っている。理屈が通ってるかどうかは知らない。単に気に食わないだけ。感情論だ。
俺がグラスを空にすると、タイガーリリーはすっと片付けてしまった。二杯目はくれないつもりらしい。
いい女だ。
少年は冷静な態度で言葉を続けた。
「話がそれたね。なぜ怪物をけしかけたか説明するよ。怪物を投入するのは、普通なら後半になる。そのころには、どんな英雄もほとんどが怪物になってるからね。怪物に怪物をあてるのは、それほど無作法じゃない」
「ならあんたは今回、無作法を働いたわけだな?」
「ところがそうでもないんだ。僕はまだ英雄やヒロインを傷つけてない。被害にあったのは魔物だけ」
たしかに襲われたのはマッポーちゃんだけだ。
これはいちおう筋が通っている、ということか。
「つまり、あの魔物を早急に叩き潰しておく必要があったわけだ? そこがあんたの弱点だな」
「そうかもしれない。僕は少し焦ったんだ。その焦りの正体はよく分からないけど……。不安になったことは認めるよ」
本当に素直だな。
だが、なんだかもやもやする。
この少年は、みずからの意思で行動しているワケではないのかもしれない。なんらかの強迫観念に突き動かされている? 誰かにそそのかされた? 背後に黒幕がいる? 考えすぎか?
「あんた、親はいるのか?」
「知らない」
「気がついたら存在してたってわけか。なぜ神になろうと思った?」
すると少年は、じっと自分の手を見つめた。
「神……。だって僕は、もともと神だから……。君はどうなの? 人間になろうと思ってなったの?」
「まさか。人間は、人間以外になりようがないだろう」
逆にこちらへ質問を振って来るとは。
俺も真面目に答えるべきじゃなかったか。
少年は溜め息をついた。
「君は英雄になれるよ。怪物にもね」
「どちらも願い下げだ。俺はあんたに聞いてるんだぜ? 本当に妖精を苦しめてまで神になりたいのか? いっぺん考え直してみてくれ」
「それはムリな相談だよ。僕は完璧な神になるんだ。それが存在理由なんだ。ほかのことは考えられない」
俺はふっと笑った。
「おいおい、ずいぶん悲観的じゃないか。もし俺が英雄や怪物になれるなら、あんただって他のなにかになれるかもしれないぜ? 神なら奇跡のひとつでも起こしてみせろよ」
「その言葉は心を傷つけるよ」
ぜひもっと傷ついてくれ。
俺はお前を殺そうとしているんだ。
タイガーリリーが水を出してくれたので、俺は「ありがとう」と告げて飲み干した。どうやら体が欲していたのはアルコールではなく、水だったようだ。こちらのほうが体へ染みた。
「最後の質問だ。愚行を働くと人間性を奪われるらしいが、具体的に、どういった行為が愚行に相当するんだ? もしかして、立ち小便さえ許されないのか?」
せっかくジョークをカマしたのに、誰も笑わなかった。
いや、違うんだ。酔ってなければもっとマシなことが言えたはずだ。
少年はかすかに呼吸をし、こう応じた。
「許されないのは、仲間を傷つけること」
「それは知ってる。こっちは毎秒、オイタしないよう自制してるからな。ディスタンスを守って行動してる。可能な範囲でな」
「それは暴力の話? 体に触れるだけなら問題ないよ」
「それは神が許しても、世間が許さんだろう」
民主主義国家で暮らしてるんだ。神の意見より、法が優先される。倫理も人間が規定する。神にとっては住みづらい世界だろうけれど。
彼は苦笑気味にこちらを見た。
「別に我慢する必要はないよ。もちろんヒロインが拒否した場合は話が別だけど」
「そういうご立派なセリフは、彼女たちに拒否権を与えてから言うべきだな。現状、命が天秤にかかってる。彼女たちは拒否したくても、できない状態に追い込まれてる」
「彼女たちが人間ならそうかも。けど、思い出して。妖精だよ? 拒否なんかしないよ」
「するだろ」
たぶん。
少なくともエーデルワイスはそんな口ぶりだった。
少年は溜め息をついた。
「まあ、判断は君に任せるけど。本人に確認してみたら? きっと嫌がらないよ」
「そんなウマすぎる話があるかよ」
「あるよ。いまここにね。けど罠もある。きっと大事なことだと思うから、先に教えておくね。一人のヒロインとなら関係を持ってもいい。けど二人以上はダメ。人間性の剥奪対象となる。もし別の妖精と関係を持ちたいなら、古いほうは殺すこと」
「……」
なにか言いたかったが、言えなかった。
いろいろ腑に落ちた。
妖精たちは誘惑する。英雄は誘惑に落ちる。最初はいいかもしれない。しかし二人、三人と新たなヒロインが増えるたび、誘惑は増える。
かくして、英雄と呼ばれていた男は、気づいたときには怪物になっている。
単に「禁欲の話」と言えば簡単に聞こえるかもしれない。
だがこの簡単な罠に、あらゆる人間がハマってきた。俺のような凡人だけでなく、歴史上の人物でさえ。
「なあ、神さま。この式典のルールはあんたが考えたのか?」
「そう。よくできてるでしょ?」
「ある意味な」
もっと効率よく人間性を奪う方法もありそうだが……。いや、それを考えるのは俺の仕事じゃない。とにかく、神がまだ不完全でよかった。勝機はある。
(続く)




