光の億土 二
長い通路を突破し、俺たちは神器へ到達した。
だが達成感はない。
問題はひとつも解決しそうになかったからだ。
「なんということだ……」
司祭が崩れ落ちた。
トーシロの俺でも、見ただけで分かる。
トラブルだ。
ここに陣取っていたとおぼしき肥大した自我が、神器をこじ開けて中に入ってしまった。まあそれは推測でしかないが。地面に残された移動のあとを見る限り、そうとしか思えない。
しかも中に入られただけでなく、内側から封鎖されている。
俺は、地べたを這いずっている司祭に尋ねた。
「どうすりゃいいんだ?」
「中の異物を、一刻も早く排除せねば」
「なら悲劇を味わってないで、とっととドアを開けてくれませんかね?」
「不可能だ。これは封鎖したものにしか開けない」
いつの間にかしわしわになっている。
神器と連動しているのだろうか。
老いたり健康になったり忙しいヤツだ。
俺は遠慮なく舌打ちした。
「いまなんつった? 封鎖したものにしか開けない? だったらデカブツはどうやって中に入ったんだ? 前回は俺だってこじ開けた。もっと言えば、例の少年が入り込んだせいで問題になったんだろ。この上なくガバガバじゃねーか。いいから開けてくれ」
「正規の方法では不可能という意味だ。しかし穢れの力であれば……」
「穢れ、ねぇ……」
たしかこいつらの基準で言えば、人間も穢れているんだったか。
いや、それだけでは弱い。
もっと強烈な穢れが必要だ。
「おげぇっ」
毛玉が急になにかを吐き出した。
体液まみれの、布に巻かれたなにか。
いや、見なくても分かる。この禍々しさ。ビリビリした雰囲気。前回も活躍した、名も知れぬ短剣だ。
マッポーちゃんは得意顔だ。
「衆生、これを使うマポ」
「持ってきてくれたのか?」
「このマッポーちゃんがなにもしてねぇとでも思ったマポ? 前回あれだけ有効だったマポ。また使わねぇ手はねぇマポ」
最高かよ。
エーデルワイスもふんぞり返っている。
「ふふ、きっとこうなると思っていたわ」
いや思ってないだろ。
ともあれ、マスターキーが手に入ってしまった。
司祭は信じられないような目になっているが……。協力してやってるんだから、もっと歓迎して欲しいものだ。
俺は布を払いのけ、短剣を拾い上げた。人間性の剥離しない体質になっているはずだが、それでも手や腕の内側から不快感が這い上がってきた。
「みんな離れてくれ。いまからこいつをこじ開ける。グロリオサ、例の作戦に備えておいてくれ。必要になるかもしれない」
「はい……」
冥い目だ。
彼女はいつもほわほわと優しい雰囲気なのだが。
我ながら酷いことを強要している気もする。
「ダメだダメだ。もっと離れて。グロリオサも、可能な限り距離をとってくれ」
「はい……」
前回は箱が四方八方にぶっ飛んで大変なことになった。
今回もそうならないとは限らない。
それはいいが……。
いったいどこへ短剣を突き込むべきだろう?
紋章はかなり高い位置にある。ヘリでもなけりゃ届かない。
かといって隙間らしきものもない。
つるつるの壁に短剣を突き立てるしかないかもしれない。
半信半疑ながら、壁面に刃を突き立てる。
妙な手ごたえがあった。
物理的な反発だけでなく、精神的な反発も感じたのだ。
この箱、人格があるのか?
いや、人格だけじゃない。それらを内包した、もっと超越的なもの……。世界のすべて。大なるもの。
だが俺が短剣を押し付けているだけでは開きそうになかった。
少なくともあと一押し必要だ。
「グロリオサ、頼む」
「はい」
返事は早かった。
だが表情が冴えない。
待っていてもなにも起こらない。
グロリオサは泣き出しそうな顔でこちらを見ている。
優しい子だ。
だけど、いまはその優しさは忘れて欲しい。すべてが台無しになる。
「いつでもいい。恨まない。ドアを開けるには、この方法しかないんだ」
「はい」
俺の作戦はこうだ。
短剣で神器をあける。
そのとき、もし神器が反応しなければ、グロリオサが俺に稲妻を落とす。巨大なエネルギーが加われば、きっとなんらかの反応が得られるだろうと思ったのだ。
穢れた短剣を握っていればなおさらだ。
「どうした? 早く!」
「嫌です」
「は?」
「嫌です!」
「議論はあとにしてくれ。ほかに手もないだろ……」
「あります!」
ごうと嵐のような突風。
俺は抵抗さえできず、壁に叩きつけられた。どう身を捌いたところで、さすがに風を避けるのはムリだ。
これがグロリオサの力……。
かなり強くぶっ飛ばされたせいで、しかも急だったせいで、俺はしばし状況を見失った。短剣も落としてしまった。
ふと見ると、グロリオサが短剣を拾うところだった。
彼女はそれを壁に押し当て、ぐっと力を込め始めた。
「おい待て! なにやってるんだ! やめろ!」
「……」
状況を把握し、駈け出そうとしたときには、もう遅かった。
閃光が起きた。
空気を切り裂くような炸裂音。
グロリオサは強烈な稲妻を浴びて、黒焦げになった。
箱が爆ぜ、俺たちは宇宙空間のようなところへ放り出された。
感傷にひたる時間さえないのか。
俺は上下も分からないまま、周囲の状況を確認した。
近くには誰もいない。
遠くにまばゆい光が見える。クソデカい肉塊も。両者は重なり合って蠢いている。肥大した自我が、いままさに神器を乗っ取ろうとしているところだ。
俺はホルスターから銃を抜き、肉塊へ向けて撃った。
たぶん当たっている。
効果があるかは不明だが。
「お兄さま、椿も戦います!」
隣にやってきた椿が、氷柱を放った。
黒いコンバットスーツ。和服姿でない椿は新鮮だ。
ほかのメンバーはどこだろう?
おそらくグロリオサは絶命した。
残りはエーデルワイス、マッポーちゃん、ヴァニラ……。司祭の姿も見当たらない。
それでもいい。
いまは肉塊を止めなければ。
カルトどもに神器を掌握されたら、帰る場所がなくなってしまう。つまり報酬の十億も消える。無償労働だ。そんなクソみたいな結末、俺は望まない。
肉塊に接近しつつ、俺はトリガーを引きまくった。
敵は身を引きつらせている。
おそらく効いているはず。
「クソ、早く死ねよ」
つい汚い言葉が出た。
人間性が剥離しているのでなければいいが。
ヴァニラが来た。
「あれに近づいて意識に干渉してみますわ」
「頼む」
接近するのは危険かもしれない。
だが、いまは頼るしかない。
俺は弾を撃ち尽くし、別のマガジンに換装した。コンバットスーツには、マガジンを収納できるポケットがたくさんついている。撃ち放題だ。
「マポ」
マッポーちゃんが頭にしがみついてきた。
「無事だったか?」
「エーデルワイスが見当たらねぇマポ」
「見つけないとな」
あのクソ司祭も、いまごろどこでなにをしているやら。
肉塊に近づきすぎたヴァニラが、隙をつかれて握り込まれてしまった。だが、その手首はすぐさま氷の刃に切断された。
妖精たちの能力は以前より高まっている。それぞれがベストを尽くせば勝てる。
ヴァニラの精神干渉が成功し、肥大した自我は無抵抗になった。
そこへ射撃を加える。
撃ち尽くしてはリロードし、また撃つ。
このクソ野郎だけは、絶対にぶち殺さなくては。
ヴァニラがふっと距離をとった。
「爆発しますわ! 離れて!」
死んだのか?
最後にこれがあるから気を抜けない。
遮蔽物もないから、できる限り距離をとらねばならない。
光に、光が重なった。
放射される熱線。
炸裂した肉塊が、燃え盛ったままこちらへぶっ飛んできた。
もうメチャクチャだ。
眩しすぎてよく見えない。
頼むから普通に死んでくれ……。
光の照射は、いい加減にしろと言いたくなるほど長く続いた。
とんでもなく熱かったが、ダメージは受けていない。
幸運に幸運が重なった。
俺はしばし呆然と空間を漂いながら、周囲を見回した。
これで終わりか?
世界を救えたのか?
遠方から、壁が迫ってきた。
まさか閉じ込める気か?
いや、中央の光が、なにかを指し示すように一方向へ伸びている。上? いや、どちらが上かは分からないが……。
*
気が付くと、俺は見覚えのあるアリーナに立っていた。
箱の上。
かつて葬送の舞台だった場所だ。
異物を排除した神器は、自動で閉じてしまったらしい。
更新のたび何度も再起動を繰り返すどこかのOSみたいだ。
さて、それはいい。
問題は、たくさんの人物に囲まれているということだ。彼らは額に太陽のタトゥーを入れ、法衣を身に着けている。
見た目だけで判断して悪いが、どうにも穏健派には見えない。
縛り上げられた司祭が、俺たちの前に突き出された。
「人間よ、おとなしく降参せよ。我らの負けだ」
「はい?」
こいつに言われるまま神器をこじ開け、中にいた肉塊もぶち殺した。
なのに負けだと?
恥ずかしげもなくふざけたことを言うものだ。
木の台車に乗せられて、なにかが運ばれてきた。
カルトの一人がカバーをめくると、いくつかの水槽が現れた。中身は妖精たち。もちろん無事ではない。口にはホースを突っ込まれて、手足は切り落とされている。
一瞬で頭に血がのぼる光景だ。
妖精は殺しても生き返るから、生きたまま捕獲したってわけだ。
最低最悪のクソ野郎どもが……。
「なんなんだよ、お前ら。わざわざ俺を怒らせるためにお集まりいただいたのか? まずは用件をおっしゃったらいかがです?」
キレそう、というのは、こういうのを言うのだろう。
いや、自分ではまだキレていないつもりだが、頭がぼやぼやして正常な判断ができそうにない。こいつらみんな殺したくて仕方がない。
それでも冷静に見れば、水槽は五つ。タイガーリリー、パキラ、ライラック、ロベリア、そして黒焦げのグロリオサ……。
マッポーちゃんは頭の上にいるし、よく見ると椿もヴァニラもすぐそばに立っていた。
行方不明なのはエーデルワイスだけ。うまいこと逃げてくれたらいいのだが。彼女さえいれば、また人間界から誰かを送り込むことができる。
俺は溜め息とともに尋ねた。
「司祭さんよ、詳しい状況を教えてくれ。状況はどうなった?」
「穏健派が寝返った。もう味方はいない」
「だが巨人は倒したぞ? あんたは神器を掌握してる。意味不明な力で状況を覆せないのか?」
神器があればなんでもできるんだろ?
なぜやらない?
司祭はよぼよぼの老人になっていた。
「手遅れだったのだ。肥大した自我に全権を奪われた」
「だから、そいつならもう片付けたって言ってるだろ」
「そう。片付いた。ゆえに、あらゆる権限が初期化された。再設定するためには、また中に入る必要がある」
つまりこの老人は、いまはなんらの権限も持っていないということだ。
お手上げだな。
お手上げだ。
「降参したらどうなるんだ? おとなしく帰らせてくれるのか?」
「いや。お前の命は、肥大した自我の一部として再利用される。これは一族の定めにおいて、極めて名誉とされる処刑法だ。喜ぶがいい」
「名誉? はぁ、そうかい。よく分かったよ」
このまま殺されるのはおもしろくない。
いっそのこと、シルバー・スピッターで殺せるだけ殺しておくか。弾もいくらか残っていたはずだ。
俺は小さく金金節を口ずさみながら、周囲を見回した。
結局、この仕事は一円にもならなかった。
いや、俺だって、どうしても金が欲しくて言っているわけではない。タダで命を使わせようとするヤツが嫌いなだけだ。相応の痛みと引き換えでなければ。
さて、どいつから殺してやろうか。
ざっと見渡した感じ、どいつから殺しても同じような気もするが。
なにが輝かしき太陽の一族だ。なにが穏健派だ。所詮はカルトじゃねーか。こいつら、どうせロクな死に方しないぞ。
(続く)




