光の億土 一
まばゆい空の、輝かしき光の億土だ。
心地よい温かさ。波打つようなゆったりとした風。春のよきところのみを集めたかのような優しい空気。
オゾン臭もない。
そこは俺たちの知る常夜の世界ではなかった。
もしかすると前回は、少年のせいで太陽を隠されていただけなのかもしれない。
それにしても、エーデルワイスの魔法陣は強力になっていた。
安定した力で俺たちを転移させてくれた。
「どう、私の力? かなりパワーアップしてるでしょ?」
自信に満ちた笑みだ。
「すごいな。練習したのか?」
「全然。あの怪しい薬のおかげよ。ええと、たしかチャクラ式ドロップ?」
そんな名前だったかな?
ロベリアが溜め息をついた。
「チャクラ開発シロップよ。みんなに飲ませたから、私以外のみんながパワーアップしてる。私だけは薬が効かない体質だから……。早急に英雄とえっちする必要があるわね。いまここでもいいわ」
「いや、あの……その話はあとにしよう」
「合体するとだいたいのものは強くなるのよ」
「あとでな」
この子も人の話を聞かないタイプだな。
ふと、遠方から、顔に布を垂らした例の司祭がやってきた。
「来たか人間」
「仕事で渋々な。あんたが敵じゃないことを願うよ」
前に見たときは瀕死だったが、いまはわりと元気そうだった。神器を取り戻せたおかげかもしれない。
司祭はさすがというべきか、俺の皮肉にも動じなかった。
「一族はいま、攻撃的なカルトと、穏健派とに分裂している。カルトどもは『肥大した自我』を錬成した。あれを排除せねば神器へは近づけない」
まるで自分はカルトじゃないみたいな言いぐさだ。
俺は肩をすくめた。
「で、その神器はどこに? 道案内してくれるのかな?」
「もちろんだ。必要になる」
「助かるね。ところで、なぜここにいる? あんた、あのデカい箱の中にいたんじゃなかったのか?」
それとも、ちょくちょく外出して、下々の民と触れ合ってるのか?
司祭はさも冷静に振る舞っていたものの、返事をするまでやや時間を要した。
「カルトに包囲されたため、やむをえず神器を封鎖し、一時的に退避した」
「そのご自慢の神器で追っ払えばよかったのでは?」
「あれは人殺しの道具ではない」
「ご立派だな。結局、力で追い払うことになるのに」
この言葉に、司祭はなにも答えなかった。都合の悪いことはスルーだ。
俺は構わずこう続けた。
「騙し合いは好きじゃないから、先に言っておくよ。俺たちは、あんたを神器に戻すために来たんじゃない。俺たちが神器を掌握するために来たんだ。どうすればいいのか教えてくれないか?」
すると司祭は、さすがに不快さをにじませてきた。
「教えるわけがないだろう。分不相応な願いは、みずからを滅ぼすぞ」
「じつは俺もそう思う。たぶんこじ開けるところまでは行くが、その先どうしたらいいかは分からないだろう。きっと専門知識が必要だろうし。ヘタすりゃ自分で自分の世界を壊すことになる」
「人間にしては賢明だ」
奇遇だな。
最近俺もそうなんじゃないかと思い始めていたところだ。
「もし神器を司祭どのに進呈したら、俺たちの国を攻撃しないと約束していただけるのかな?」
「もとよりそのつもりだ。神器は、あくまで世界を安定させるための道具だ。私利私欲のために用いられるべきものではない。そんなことをすれば精神が穢れる」
感謝の言葉ひとつ述べられない非常識なクソ野郎かと思っていたが、最低限の良識があって助かった。
俺は真顔でジョークを飛ばすことにした。
「そいつはなによりだな。ところで、もしご褒美があれば、もっとやる気が出るんだが」
「意外とあさましいことを言うのだな、英雄よ」
「きっとそれは、俺が英雄じゃないからだろうな」
「神器を奪還したあかつきには、お前は英雄の名にふさわしい存在となるだろう。それ以上の褒美があるとは思えないが」
「いいや、あるね。あるけど、まあ、この話はいい。時間のムダになりそうだ」
俺だって本気で言ってるわけじゃない。ただ、いつもいつも当然のように人をタダで使おうとするから、ちょっと苦情を言ってやりたかっただけだ。
それにしても……。
もし今回の件を成功させたら、確かに「英雄」を名乗るにふさわしい実績となるだろう。人前では恥ずかしくて名乗る気にもなれないが。
あるいは、いっそ「ひでお」に改名してしまおうか。これならあだ名ということでギリギリ押し通せる気もする。
親はいい顔をしないだろうし、親戚からも問い詰められそうだけど。
グロリオサが青ざめた顔で近づいてきた。
「英雄、ごめんなさい」
「どうした?」
腹の調子でも悪いのか?
そのくらいの時間ならとれるから、あまり悩まないで欲しいのだが。
彼女は震えていた。
「薬で能力が高まってしまったので、技のコントロールが難しくなったかもしれません」
「あっ……」
「もしそのときは、命を絶ってお詫びします。いえ、それでも足りませんね。いまのうち、なんでもお申しつけください。私にできることでしたら……」
冷や汗まで流して、本気で申し訳なさそうにしている。
「いや、そんなに深刻に考えないでくれ。アレはもともと最終手段だ。失敗しても絶対に恨まないと約束する。もっと気を楽にして欲しい」
「はい」
「緊張してたら、できることもできなくなる。リラックスしていこう」
ただでさえコンバットアーマーのせいで胸部がキツそうなのに。これ以上緊張しないで欲しい。
それにしても、ここはじつに美しい光の世界だ。
空気もやわらかい。
住民たちが誇りたくなる気持ちも分かる。
歩を進めながら、俺は頭の中を整理した。
太陽の一族は、カルトと穏健派に分かれて対立を始めた。
カルトは神器を狙っている。肥大した自我まで持ち出した。
司祭は神器を封鎖した。
問題解決のため、俺たちは敵を排除し、神器へ到達する必要がある。
歴史は何度でも繰り返す。
どこかの誰かが敵を倒しつつゴールを目指す。すると次に、そいつは英雄となっている。
まるでガキのころ聞かされた「桃太郎」だ。
驚くべきことに、そこにはなんらの教訓も存在しない。ゆえに人類は、何度でも平気でそれを繰り返してしまう。
いや、別に力の行使を否定したいわけじゃない。それ以上の解決策を、誰も持っていないということを確認したかっただけだ。
あのデカい肉なら、すでに二体ほど処理している。
死んだあとに距離をとれば焼かれることもない。
今回も勝てるだろう。
ただでさえ勝てるのに、仲間の妖精たちはパワーアップさえしている。
あとは想定外の事態が起きないことを願うしかない。
まあ願ったところで、誰も聞き入れちゃくれないのだが。
*
光の丘とやらへ案内された。
正直、どこもかしこも光っているのだから、そこだけ「光の」などと言われても困惑するばかりだが。
神聖な場所への尊称なのかもしれない。
でんとそびえる巨大な立方体は、遠くからでも視認できた。
神器――。すべての世界をコントロール可能な計算機。
見た目はただのクソデカ立方体だから、きっと観光客はガッカリすることだろう。あまりのつまらなさに、古田織部が見たら気絶するかもしれない。故人で助かった。
神器へ通ずる道に入る手前で、ぞろぞろと現れた連中に囲まれた。
司祭のような法衣をまとった男女だ。顔は隠していない。目が虚ろ。十数名はいただろうか。
「なにかご用でも?」
俺が尋ねると、ケベケベみたいな意味不明な返事が返ってきた。
よくよく考えれば、日本語が通じるわけがないのだ。司祭だけが特別だ。
問題はほかにもあった。
男の頭部が炸裂して、中から赤いシルエットが現れたのだ。男だけではない。みんな内側から肉体を炸裂させて、一瞬で血の魔物に変貌してしまった。
「さすがに撃ってもいいよな?」
俺が振り返ると、すでにタイガーリリーが発砲を始めたところだった。
返事を待たないのはいい判断だ。
十数名だからすぐ片付くかと思ったが、俺たちの後方からもぞろぞろと出現した。囲まれていたとは。おかげで退路を断たれた。
かと思うと、神器のほうからドーンとなにやら大きな音がした。
司祭も「急がなくては」などと焦っている。
なにか危険があるなら、先に事情を説明して欲しかったな。
「英雄、先に行って! ここは私が食い止めるから!」
タイガーリリーがそんなことを言い出した。
置いていけというのか?
俺が返事を渋っていると、彼女は強い眼光でこちらを見た。
「早く! もし私たちになにかあっても、どうせ生き返るから! いまは先に進んで!」
「分かった。けど一人で大丈夫か?」
俺がそう尋ねると、パキラがポンと肩に手を置いた。
「あたしも残るよ。ね、タイガーリリー。嬉しいでしょ?」
「口だけでなく、手も動かしてくれると嬉しいな」
「はいはい。分かったら英雄は先に行って。あたしたちが死ぬわけないから。あたしらに勝てるヤツいたら連れてきて欲しいくらいだわ」
この二人はたしかに強い。
戦闘面においては、妖精たちの中でもトップクラスだ。
俺は溜め息を噛み殺し、うなずいた。
「分かった」
リストバンドもある。
腕をつかまれて死ぬことはないだろう。腕以外の場合、どうなるかは考えたくもないが。
*
大理石だろうか。
硬質でまっすぐな石の通路だ。
俺たちはとにかく駆けた。といっても全速力で走り続けるには長すぎるから、ジョギングくらいのスピードだ。それでも息切れする。
「ちょっと待った!」
ライラックが急に足を止めた。
「どうした?」
「後ろ見てみ! 来てるから!」
「……」
それは俺も気づいていた。
あまりスピードはないが、血の魔物たちが無尽蔵のスタミナで迫っていた。
タイガーリリーとパキラが倒されたのか、あるいは数が多すぎて取りこぼしただけか、それともどこかに潜んでいたのかは分からない。
ただ、大挙して押し寄せているのは間違いなかった。
ライラックは盛大な溜め息だ。
「あーもーやめやめ。走るのダルすぎ。あーし、ここに残って罠で足止めするわ」
「は?」
「だから行きなよ。待ち伏せは得意だから」
「いいのか?」
「しつこい。行け。あーしは天才なの。一匹も通さないよ」
彼女はそれだけ言うと、こちらに背を向け、どこかから出現させた謎の器具を通路に配置していった。
彼女の能力は、すでに人間界で証明されている。血の魔物にも有効だろう。
するとロベリアも背を向けた。
「私も残るわ。罠と毒は相性がいいし」
「悪いな。頼んだぜ」
返事はなかった。
その代わり、ロベリアはぐっと親指を立てて見せた。
*
うんざりするほど長い通路だ。
神器は見えているのに、いつまでも到達できない。
後ろを見ると、血の魔物が迫っていた。
罠と毒では止めきれなかったのだろう。
彼女たちを置き去りにした判断は正しかったのだろうか?
絶対に見捨てない。
そう豪語していたのに……。
いや、信じよう。
あれは彼女たちの判断でもあるのだ。
その判断の価値まで俺が決めつけるのは違う。もし謝りたかったら、まず生き延びてあとで謝ればいい。
一回きりの命だ。
目的を達成するまでは死ねない。
(続く)




