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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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洋館 三

 ヒロイン二号は、なぜかベリーダンスの衣装を着ていた。ひらひらした布には小粒の宝石が散りばめられて、美しい肌を飾り立てている。

 彼女は壁に寄りかかると、「それで?」と切り出した。

「戦いを回避して、みんなで仲良くしたいって?」

 まだなにも言っていないのに、すでにこちらのプランを把握されている。

 いや、きっと初めてではないのだろう。


 エーデルワイスは「ふん」と鼻を鳴らした。

「タイガーリリー、なかなか面白いカッコしてるわね? 前の男の趣味かしら?」

「これ? そう。前の男の趣味」

 前の男――。


 するとエーデルワイスは俺の腕にしがみついてきた。

「ね、分かったでしょ? あいつ、前の男に媚びへつらって生き延びたのよ! だから繭になってない! 信用ならないわ!」

 人のことを言えるのか……?


 タイガーリリーと呼ばれた女性は、やや困惑気味に笑っていた。

「ま、反論できないね。事実だから。けど君と違って、私は戦いで役に立つから選ばれたんだ。前の英雄は賢い男だったよ」

「ちっとも賢くなかったわ! 私を敵に回したんだから!」

「そうひがまないで」

「ひがんでないわよ!」

 いや、ひがんでるな。

 しかも怒りに任せて体をゆするから、腕に肌の感触がきて仕方がない。少し離れてくれないと判断を誤りそうだ。


 タイガーリリーはこちらを見た。

「ま、私たちがなにを言ったところで、最後に判断するのは英雄だけどね。言っておくけど、私は強いよ。味方にすれば役に立つし、敵に回せば厄介なことになると思う。銀の弾丸にはかなわないけどね」

 強いのか。

 もしなにかあったとき、その力は頼りになるだろう。

 というかそもそも見た目が好みだ。

 選びたくなる気持ちはある。


 エーデルワイスはさらにすがりついてきた。

「私には美貌と頭脳があるわ!」

 頭脳……。

 一階で寝転んでいるであろうマッポーちゃんを思い出すと、とても彼女の意見を肯定する気にはなれなかった。あれは本当に役に立つのだろうか。


 タイガーリリーは「フッ」と笑った。

「ねえ、エーデルワイス。君の作戦は、これまで成功したことがあるのかな? 実績は?」

「は? 今度こそ成功するわ! そのための魔物だって召喚してある!」

「その魔物はどこに?」

「下よ。いまごろ魔物の血を吸って最強にパワーアップしてるはずよ」

 だといいのだが。


 会話が一瞬途切れたので、俺も口を挟んだ。

「俺は戦いを先送りにしたいと考えている。力を貸してくれないか?」

「いいよ。オススメはしないけど」

「なぜ?」

「神は強いんだ。あなたが思ってるよりはるかにね。これまで何度もチャレンジして来たけど、一度も勝てなかった。それが事実」

 事実をつきつけられては、もはや反論のしようもない。

 今回が初めてではないのだ。

 挑んだものはみんな殺されてきた。


 エーデルワイスは「うー」とうなった。

「なんなのよホント! 私たちに救いはないの?」

「ないんだよ、いまの私たちはね。人間に選んでもらって生き延びるしかない。私たちが解放されるのは、あの少年が神になったあと。それまでは同じことを繰り返すしかない」

「ひどいよ……」

 確かにひどい。

 あの少年はとんでもないクソ野郎だ。神の器じゃない。


 タイガーリリーは気の毒そうに目を伏せた。

「だから人間、よく考えて選択して欲しい。勝算もないのに神に挑むなど、蛮勇でしかない。あるいは神に挑まない場合でも……どこかのタイミングでヒロインを一人に絞らなければ、最後にまとめて戦うハメになる」

 その通りだ。

 俺はすでにミスをした。

 ここへ「二度」も来てしまったことだ。一度だけなら、まだ戦いは回避できた。しかし二度なら、最低でも一人のヒロインが死ぬ。

 いや、それでも最後を迎えなければ、戦闘は回避できるのではなかろうか……。


 *


 その後、俺はタイガーリリーに質問をぶつけ、多くの情報を得ることができた。

 すでに手持ちの情報と照合すると、ざっとこんな感じだ。


■一連の出来事は「式典セレモニー」と呼ばれる。

■「式典」は三十日に一度、満月の晩に開催される。

■英雄は参加するかどうかを自由に選択できる。

■もし不参加でも「式典」自体は開催される。

■各エリアにはヒロインが待ち受けている。計七名。

■ヒロインは一人しか仲間にできない。

■選ばれなかったヒロインは敵となる。

■ただし結論は先送りできる。

■愚かな行いをすると人間性を奪われる。

■人間性を失い過ぎると自我を失い、怪物となる。

■最後の「式典」が終わった時点でヒロインが複数いる場合、「葬送」が始まる。

■「葬送」ではヒロインが最後の一人になるまで殺し合う。英雄も狙われる。

■英雄が「葬送」に立ち会わなかった場合、ペナルティで強制的に怪物にされる。

■「葬送」が終わると、英雄は役を解かれる。以後、二度と参加できない。


 この「葬送」というのは、ヒロインたちが最後の一人になるまで命を奪い合う凄惨なイベントなのだとか。

 つまり彼女たちは、生まれ変わってほぼ七ヵ月以内に殺されるのだ。たった一人の生存者を除いて。


 俺は何度かうなずいた。

「流れは把握した。把握したのだが……」

 現在、ヒロインは二名いる。

 もしここで投げ出せば、葬送が発生し、俺は怪物にされてしまう。

 助かりたければどちらかを殺す必要がある。


 エーデルワイスがまた腕にしがみついてきた。

「こ、怖いこと考えてないよね? 私の完璧なプランに協力してくれるんだよね? ね?」

 選ばなかったヒロインを殺しても、ここでは愚行にはならないという。


 タイガーリーリーは余裕の表情だ。

「落ち着きなよ、エーデルワイス。ヒロインが英雄を追い詰めるものじゃないよ」

「は? なにその感じ! 自分だけは助かるとでも思ってるの? 私、絶対にイヤだから! 殺される瞬間、妖精としての尊厳が踏みにじられるの! 耐えがたい屈辱だわ!」

「知ってるよ。私だって何度も経験したからね。けど人間だって、巻き込まれただけの被害者なんだ。彼にも彼の都合があるのさ」

「イラつくわね、その言い方! ちょっと強いからって……」

 仲間にしたいのかケンカしたいのかどっちなんだ。


 俺はエーデルワイスから腕を引き抜いた。

「仲間同士で争うのは禁止だ。俺はどちらとも戦いたくない」

「それホント? ホントのホント? やっぱり私の英雄だわ! 分かってくれると思ってた!」

 彼女はまた腕につかまってきた。いざというとき、生き延びようと画策しているのかもしれない。これだけ接触していれば情も移る。

「だが作戦は見直す必要があるな。あんたのプランじゃ勝算がない」

「は? 私の頭脳に疑いをもつの?」

「そうだよ」

 議論さえしたくない。

 イエスだ。

 イエス以外のなにものでもない。


 エーデルワイスはすっと距離をとった。

「じゃ、じゃあどんなふうに変えるのよ?」

 見た目だけは立派なのだが、性格はほとんど子供だ。

 まあいまそこを責めても仕方がない。

「いまのやり方じゃ、倍の戦力を用意しても勝てないだろう。だから根本的に見直す。神の弱点を探るんだ。そこを軸にして新たに作戦を立てる」

「どうやって探るの?」

「そこは口八丁だな。本人に自白させる。彼はまだ完璧な存在じゃない。ゆさぶりをかければ隙を見せるだろう。もちろんフェイクをカマされる可能性もあるが……。戦力だけに頼るよりいくらかマシだ。どちらにせよ勝率は1パーセントもないんだからな」

「もし失敗したら?」

「次回の糧にしてくれ」

 そのとき俺は、きっとこの世にいないだろう。


 タイガーリリーが笑みを見せた。

「いいね。頭脳担当は、エーデルワイスから英雄に交代してもらおう」


 *


 俺たちは撤収すべく、一階へ戻った。

 そしてそこで、予想外の光景に直面することになる。


 血だ。

 エントランス周辺が、激しく血で汚されている。床には引きちぎられた毛玉の一部。


「え、ウソでしょ? どういうこと?」

 エーデルワイスが身をすくめた。


 ただの殺し方じゃない。

 血液は天井にまで飛散していた。きっと何者かが、とんでもない力で八つ裂きにしたのだろう。犯人は血の魔物だろうか? 視界に入った魔物はすべて撃ち殺したはずだが……。


 タイガーリリーは毛玉の残骸に顔を近づけた。

「鋭い爪のようなもので切り裂かれてるね。おそらく怪物ビーストの仕業だろう」

「間違いねぇマポ……」

 肉片から返事があった。

 木っ端微塵にされていたが、頭部だけは無事だったらしい。というか、ここまでされて死なないとは。さすが魔族。


 エーデルワイスは顔をしかめた。

「え、なんで死んでないのよ!」

「ギャーギャー言ってねぇでとっとと回復させろマポ……。くっそ痛ぇマポ……」

「回復って?」

「召喚したときと同じ魔法陣使えマポ、クソが……」

 これはクソと言われても仕方がない。


 エーデルワイスはどうしようといった様子で周囲を見渡した。

「ここ、血だらけで魔法陣描くスペースないよ?」

「ならあのバーまで行けマポ……。てかあんま喋らせんなマポ……。ぶっ殺してぇマポ……」

「うん、じゃあ、そうするけど」

 エーデルワイスは、汚物かのように毛玉の肉片をつまんだ。血まみれなので、どこがどうなっているのか不明だが、四分の一くらいになっていた。残りは怪物に食われたのかもしれない。


 帰路、タイガーリリーは首をかしげていた。

「けどおかしいな。まだ二回目なのに、もう怪物が出てくるなんて……」

「いつもは違うのか?」

 俺の問いに、彼女はうなずいて見せた。

「だいたい終盤だね。英雄とヒロインが戦いに慣れてから。けど、私たちを襲わなかったということは……偵察だったのかな?」

「あるいは俺たちじゃなく、マッポーちゃんを狙った可能性もあるぜ」

 てっきりクソみたいなクリーチャーだと思っていたが、意外と神の存在を脅かす存在なのかもしれない。違うかもしれないが。


 いずれにせよ、帰ったら神を問い詰めねば。

 聞きたいことが山ほどある。


(続く)

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