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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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49/54

Gott ist tot

 数日後、また少年が見つかったという連絡が来た。

 場所は東京駅。


 そこに警官の姿はなかった。

 太陽の一族もいない。


 ただ赤レンガの駅舎の前に、少年がぽつんと立ち尽くしているのみ。


 もう初夏といっていい陽気だ。

 俺も妖精たちも半袖で現場に立っていた。


 招集がかかったのは、俺たち妖精チームと、狙撃チームのみ。狙撃チームはいまどこかのビルに身をひそめている。


 たった一人の少年を処理するのに、ずいぶん大掛かりだ。

 というか警察と太陽の一族はどこへ行ったのやら。


「少し暑いな」

 俺は尻ポケットから拳銃を取り出しつつ、そう話しかけた。

 少年は苦しそうに呼吸をしている。

 普通じゃない。

 返事もない。


「どうした? 話す気分じゃないか? まあ、どうせ結末は決まってるしな」

「決まってる? 誰がそう決めたの?」

 不快そうに、彼はようやく返事をしてくれた。

「別に誰も決めちゃいない。なにか秘策でもあるのか?」

「あるよ。あるから僕はこうして君の前に立ったんだ」

「素直で結構だ」

 だが秘策とは?

 周囲に血の魔物でもひそませているのだろうか?

 そんな気配はないが……。


 彼は青空を見上げた。

「僕はね……もうあとがないんだ。だからこれで最後にしようと思う」

「そう言うなよ。まだあちこちに分身が隠れてんだろ?」

「それをやめたんだ。いまの僕は、すべての身体を集めてひとつになった。それだけじゃない。ここらに転がっていた死体も、血も、すべて吸収した」

 やけに片付いていると思ったら、そういうことか。


 少年は何度も唾を飲み込みながら、苦しげに言葉を絞り出した。

「戦う前に、ひとつ教えて欲しい。なぜ君は、僕をここまで追い込むことができたんだ? 力もない、心も弱い、ただのザコ人間なのに……」

 おやおや。

 死ぬ前に知りたいことが、そんなこととは。

 俺は肩をすくめた。

「簡単な話だろ。あんたがそのザコ人間より弱かったせいだ」

「君は人をイラつかせる才能だけは突出しているな」

「お互いさまだ。俺だって、表に出してないだけで、ちゃんとイラついてる」

「……」

 少年は歯ぎしりしてしまった。

 イラつかせているつもりはないのに、勝手にイラついてしまう。だからこれは、俺の才能というよりも、彼の冷静さの問題なのだろう。


 彼は鼻にしわを刻み、こう続けた。

「君のことは嫌いだよ」

「そんなこと言うなよ。どこかで和解できたかもしれないのに」

「うるさい! 誰がお前なんかと……」


 前回、バーでお菓子を分け合ったのを思い出す。

 俺たちは敵同士だったが、互いに最低限の敬意を払っていた。

 いまとは違う。


 俺は盛大な溜め息をついた。

「会ったばかりのころは、お互い楽しかったよな」

「は?」

「あんたは人間を翻弄して楽しんでたし、こっちもまんまと式典に乗せられて楽しんでた。ライバルみたいな関係だった」

「人間ごときがライバルだと……?」

「けど、いまは失望してる。あんた、ちっとも神の器じゃなかった。クソみたいな発想で、クソみたいな言動を繰り返しているだけ」

「黙れよ……」

「ご立派なのは理想だけで、そのための手段はクソそのものだった。自分が成功できるなら、他人がどうなろうが知ったこっちゃない。そんな考えのヤツが、神になれると本気で思ってたのか?」

「やめろ! もう言うな!」


 少年の肩口が膨張し、肉体が衣服を突き破った。

 かと思うと片足がゾウのように肥大した。

 少年はなんとか立っているが、いびつに傾げてしまっている。


「ここの汚れた死体を取り込み過ぎた。僕はもう……そろそろ理性を失う……」

「なぜそんなことをした?」

「もうこれしかなかったんだ! お前を殺すためだ! お前を! お前だけは! 僕がこの手で殺すんだ!」

 感情を表に出すたびに、身体が膨れ上がっていった。

 こんな怪物になってまで、俺を殺したかったのか……。

 欠点をネチネチ攻撃されるより、人から嫌悪感を表明されるほうがシンプルにつらい気がする。


「僕は本当にお前が嫌いだ。お前以外の人間は、みんな無邪気に英雄を演じてくれたんだ。銃を撃って、魔物を倒して、ヒロインを手に入れて……。最後は怪物になって死んでいった。けどお前は! なぜ! そうならなかった!」

「さあな。ザコ人間だからかな?」

「みんなと違う自分に酔ってるだけのヤツが!」

「おかげで死なずに済んだ」

「ああーっ! イライラする! イライラするんだよ! なんで僕が死んで、お前が生き残るんだ! おかしいだろ、こんなの!」

「まだ結果は分からないぞ」

 いや、本当は分かっている。

 俺たちは勝ち、こいつは死ぬ。

 しかも俺は自分の実力ではなく、こいつが用意した銃で勝つ。

 皮肉な話だ。


 俺はハンドシグナルで仲間たちに散開を指示した。

 まもなく少年は制御不能になる。

 戦闘が始まる。


 少年の身体は限界を超えて膨張し、芋虫のようになった。もはや直立さえかなわず、床を這うことしかできない肉塊。

 かつて見た魔物。

 肥大した自我エゴ――。


 俺は発砲し、少年の頭部に一発ぶち込んだ。

 が、彼は痛がりもせず、哀しそうな目でこちらを見たまま、ゆっくりと手を伸ばしてきた。赤ん坊のようなまるまるとした手だ。

 俺は全力で駆けて距離をとった。


 前回は、こいつを攻撃するたび人間性が剥離した。

 だが今回は、そんなこともなさそうだ。


 椿が氷柱を叩き込み、パキラが銃砲を叩き込んだ。ビルからも掩護射撃が来る。

 少年はそれでも必死に、俺だけを追って這いずってくる。

 なにがなんでも俺を殺したいらしい。


「あーっ! なにが英雄だっ! 死ねっ! 死ねーっ!」

 あまり機敏に行動できない自分にイラついているのか、少年は握った拳で地面を叩いた。石畳が割れて粉々になる。それをつかんで、こちらへ投げてきた。不器用な投げ方。しかし凄まじいエネルギーだ。

 ふっ飛んできた複数の石片が、街灯の柱をひしゃげさせ、花壇をメチャクチャに破壊した。

 当たったら死ぬ。


 だがヤツの狙いは俺だ。

 俺が回避に専念すれば、みんなは一方的に攻撃できる。

 憎しみは人から思考力を奪う。

 少年は、みずからの憎悪に殺されるのだ。

 いや、そんな悠長なことを言っている間に、俺が殺される可能性もあるのだが。


 俺はハンドシグナルで、さらに散開を促した。

 仲間たちには、とにかく俺から離れて欲しかった。


 少年は悔しそうに叫んだ。

「あーっ! あーっ! なんでっ! なんでだよーっ! なんで僕だけこんな不幸な目に遭うんだよーっ!」


 俺は駅舎の中に駆け込み、そこから発砲した。

 少年は構わず突っ込んでくる。

 しかし巨大な体がつっかえて、奥まで入り込めない。代わりに手だけを伸ばしてつかもうとしてくる。

 むりに力を込めるせいで、入口のところがギシギシ音を立てている。


 俺はその手に射撃を繰り返した。

 もはや痛みも感じないのだろうか。

 必死で掻き出そうとしてくる。


 俺はヘッドセットの無線に告げた。

「分かってると思うが、こいつは死んだあと爆発する。各自、適切な距離をとってくれ。並の爆発じゃない」

 絶対に仲間は死なせない。

 死ぬのは敵だけでいい。


 ふと、手の動きが止まった。

 かと思うと、少年は巨大な眼球でこちらを覗き込んできた。

「みんなが僕を攻撃してるよ……。英雄……僕は……僕は君に触れることさえできないまま……みじめに死ぬんだね……」

「そうだ」

 純粋無垢な、穢れのない目をしている。

 声も落ち着いている。

 銀の弾丸を撃ち込まれすぎて、もうすぐ力尽きるところなんだろう。


 彼はひとつ呼吸をし、こう続けた。

「僕、どこで間違えたと思う?」

「……」

「いいよ。言ってよ。僕はもう、死ぬんだ」

「……」


 他者の人間性を奪ってまで神になろうとした子供。

 人間を見下していて、傲慢で、クソムカつく野郎だった。


 だが、彼は、そうでもしなければ取り返せないような空白を抱えていた。

 空白――。あるいは虚無。闇。

 もとの社会で価値を否定されて、マイナスの感情を植え付けられた。人間界に召喚されて、一からやり直そうと考えた。そして澁澤氏の優しさのせいで……いや、甘さのせいで、少年は大き過ぎる夢を見てしまった。

 人間界の神になれると思ってしまった。

 過去のマイナスを払拭するような、一発逆転の大成功。


 いつしか夢は呪いとなり、強迫観念となり、彼を狂わせた。

 神になれるならなにを犠牲にしてもいいと考えた。


 俺はひとつ呼吸をし、こう告げた。

「もうなにも考えるな」

「は?」

「答えは出せない。この数秒であんたを救えるくらいなら、とっくにやってる。けど、できないからこうなった」

「君は……君はそんな言葉しか言えないのか……」

「残念だが、そうだ。すべてを呪いながら死んでくれ」

「ひどい……。ひどいよ……。僕は……僕は光にあこがれただけなのに……。それが罪なの……?」

 尋ねるな。

 自分で答えを出せもしないのに、神になろうとするな。


 俺はトリガーを引いて弾を撃ち尽くし、彼に背を向けた。


 誰も彼を救えなかったのだ。

 俺だけじゃない。世界も、神も、誰も彼を救えなかった。

 むしろそれらすべては、彼を追い込んだ存在だ。最後まで敵として振る舞う以外、もはや道はない。


 *


 東京駅は倒壊した。

 焼けた肉があたりに散乱した。


 焦熱の魔物、絶命――。


 ひとつの戦いが終わった。

 だがまだすべての終わりではない。

 愚かなヤツは、ほかにもいる。


 俺は尻ポケットに銃を突っ込み、ゆっくりと深呼吸した。

 死のにおいのするぬるい空気。

 不快そのものだ。

 思わず舌打ちが出た。


 妖精たちもやってきた。

 誰も欠けていない。


 大勝利と言っていい。

 だが、ちっとも気分は晴れなかった。

 きっとこの世界は、神は、誰のことも救う気はないのだ。そうでなければ、最初からこんなことには……。


(続く)

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