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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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47/54

東京駅 三

 数日後、また東京駅に呼び出された。

 曇天。

 予報では午後から少し降るそうだ。


「井村巡査、またセンジュさんがいらしたぞ」

「はい」

 現場に入るなり、顔をしかめた穴山警視正が、俺たちの対応を部下に投げた。


 井村巡査は銃撃戦には参加していないらしく、他の警官よりは元気そうであった。

「ご案内します」

「よろしくお願いします」


 歩いている途中、警官たちの会話が聞こえてきた。

「結局さぁ、自衛隊って来ねぇの?」

「止めてるヤツがいるんだと。自衛隊の装備で撃ったら、東京駅が壊れちまうからって」

「なんだよそれ。装甲車くらい出せよ」

「出したら国内外からワーワー言われっから」

「こっちは死人出てんだぞ」


 こうした現場の声は、おそらく上には届かないだろう。いや、届いたところで相手にされない。駒になって働く人間と、駒を動かす人間との間には、信じられないほどの隔たりがある。

 この現場を知る人間が、昇進してくれるのを待つしかない。


「こちらです」

 激戦区だ。

 しかし前回と異なる点は、敵が血の魔物ではなく、太陽の一族本隊ということだった。彼らは東京駅を要塞のように使い、こちらへ向けて銃を発砲してきた。

 警察からぶんどった銃ではなく、自前のものらしい。


 他の場所とは違い、バリケードの後ろには土嚢が山ほど積まれていた。

 そこに敵の弾丸がドッと突き刺さる音がする。

 警官は思考停止して発砲を繰り返しているし、駅舎からも弾丸が飛んでくる。見えはしないが、キューンと弾丸の飛翔する音がする。


 現場で座り込んでいた警官が顔をあげた。

「やっと交代かよ。二人だけ?」

「いえ、総務省からの出向で」

「なんで総務省?」

「さあ」

 井村巡査も困惑顔だ。


 もちろん俺だって困惑している。

 総務省とは。

 いや、鵜呑みにすべきではない。これとて事実かどうか怪しいものだ。


 俺は空いているスペースを見つけて、そこに身をかがめた。

 土嚢が壁になっている。

 たぶん災害時に使うための備品だろう。それが弾避けに使用されるとは。


 タイガーリリーもすぐ隣に来た。

「頭は出さないほうがいいよ。手だけ出して撃ったら?」

「そうするよ」

 撃たれてもいいことなどなにもない。

 俺は言われた通りに手だけを出して、トリガーを引いた。

 音と反動。

 だが、その後のことは分からない。当たっているのかどうかさえ。


「続けて」

「オーケー」

 もう心を無にするしかない。

 弾切れになるまでトリガーを引くのだ。

 ガツンガツンと手首に衝撃がくる。ヘタすると腱鞘炎になりそうだ。排出される空薬莢にも気を付けないといけない。撃った直後は火傷するほど熱い。


 撃ち尽くすと、タイガーリリーが換えのマガジンをよこしてきた。

「なあ、総務省ってのはホントなのか?」

「いまはなにも聞かないで」

「あとで教えてくれるのか?」

「芝さんが許可すればね」

 秘密主義者ばかりだ。


 もうなにも考えずトリガーを引きまくった。

 当たろうが外そうが知ったことじゃない。

 俺の判断など要らない。トリガーを引く機械と化すのだ。


 しばらく撃っていると、先ほど座り込んでいた警官が近づいてきた。

「なあ、総務省さんよ。あんた、なんなんだ? 見もしないで敵を殺せるのか?」

「どうかな」

「とにかく、この周囲は制圧できちまった。バリケードを前に移動させるから、あんたらは下がっててくれ」

「手伝いましょうか?」

「いいよ。これは俺たちの仕事だ」

 せっかく戦果を挙げたのに、あまり歓迎されていない。

 いや、もしかしてこれがツンデレか?

 もっと素直になってくれてもいいのだが。


 タイガーリリーはまた満足げに笑みを浮かべていた。

「さすがは英雄だ」

「英雄なんてよしてくれ。俺が自分の実力と勘違いしたら困るだろ」

「いいや。本物の英雄だと思ってるよ。君は自分の役割を理解してる」

「理解した上で裏切るかもな」

「それでもいいよ。私はいつでも君の味方だから」

 全肯定女め。

 だが戦友だ。妙な信頼感がある。

 俺がセンジュと組もうと思ったのも、タイガーリリーがいるからこそだ。そうでなければこんなスムーズに組んでいないだろう。


 タイガーリリーのスマホが鳴った。またセンジュからだ。

 どうやら帰還命令が出たらしい。


 *


 事務所につくと、芝氏のほかに、狙撃チームもいた。

 いや、それだけじゃない。

 仮釈放の二人まで。

「わ、ホントにきた」

「あーしは無実よ! 信じて!」

 ロベリアとライラックは、こちらへ駆け寄ってきた。


 目の下にクマのあるボサボサ髪のロベリア。

 そして気の強そうなピンク髪のライラック。

 おぼろげだった記憶が、一気に鮮明になった。


 ソファにいた芝氏はかすかに笑った。

「まあおかけになって。警察から報告がありましたよ。攻めあぐねていた一角を制圧できたと」

「恐縮です」

 こんなに早く妖精たちを仮釈放させてくれるとは。タイガーリリーが所属しているくらいだから、信用できる組織だとは思っていたが。


「今後の予定ですが……。外部委託という形で、妖精チームのみなさんと契約させていただきたい」

「妖精チーム?」

「もちろんあなたにも参加してもらいます。形式上、責任者にはうちのタイガーリリーを据えますが、実際どう運用するかはお任せします」

「なにをすれば?」

「今日と同じですよ。今後も必要に応じて駅で戦ってもらいます。その代わり、例の少年を見つけ次第お知らせします」

 たしかに、俺たちが自力で少年を探すのは難しい。

 代わりに見つけてくれるなら助かる。


「けど、見つけたら、そちらで処理していただいて構いませんよ。俺はどうしても自分の手でヤりたいわけじゃありませんし」

 俺がそう告げると、芝氏はニヤリと笑みを浮かべた。

「それがそうもいかない事情がありましてね。どうもヤツには、人を怪物に変える能力があるようなんです」

「怪物に?」

 いや、初耳ではない。

 既知の情報だ。

 だが、それはあくまで神器を使うことで可能になる行為だ。

 いまあの少年は、神器のごく一部しかコントロールしていない。その一部を使って実行している可能性も否定はできないが。


 芝氏はかすかに息を吐いた。

「追い詰めていたチームの一人が犠牲になりましてね」

「本当に……?」

「あとで映像をお渡しします。もちろん怪物は処理済みですのでご心配なく。ただ、うちは極度に人材が不足してまして、これ以上メンバーを失うのは避けたいのです。あなたなら怪物にならずに少年を処理できる」

 なぜ俺だけ大丈夫なのだ?

 シルバー・スピッターのおかげか?


 こういうとき、俺はつい余計なことを考えてしまう。

 あらかじめ罠を仕掛けておき、周りに誰もいない状態で殺したら、罠を仕掛けた人物が怪物になるのかと。

 あるいは罠ではなく、少年が勝手に足を滑らせて死んだ場合は? その敷地を管理している人間が怪物になるのか? 誰の土地でもなければ? 地球が怪物に?

 もし距離さえ離れていれば誰も怪物にならずに済む、という話なら、狙撃チームがやってもいいはず。


 芝氏は片眉をつりあげた。

「なるほど。用心深い」

「いま、こちらをハメようとしました?」

 そう尋ねると、彼は動じた様子もなく微笑を浮かべた。

「誤解ですよ。ただ、あなたが警戒するのもごもっともです。過剰に接近しなければ、怪物になることはありません。だから、単に少年を処理するだけなら、我々でやってもいい」

「そうしない理由は?」

「正直にお話しします。データが欲しい。あなたは接近しても怪物にならないようだ。我々との違いはなんなのか。それが知りたい」

 それは俺も知りたい。

 できれば先に説明して欲しかったが。


 俺はつい溜め息混じりに応じた。

「構いませんよ。データってのは、どうすれば?」

「タイガーリリーに計測器を持たせます。試作品ですので、精度は高くありませんが。まあそれはこちらの問題ですので」

「分かりました」

 なにか俺が妖気でも発してるかのような物言いなのが気になるが。

 俺の両親は人間だし、俺自身も人間だ。

 特に怪しいブツは放っていないはず。


 *


 帰路はまあまあ大変だった。

「ね、英雄。この薬飲んでみて。自信作」

「あとにしてくれ」

 電車の中だというのに、ロベリアは怪しい薬を進めてきた。

 この子はなぜ自分が逮捕されたのか理解していないのか……。

 通勤客がほとんどいないのは幸いだった。


 ライラックも自分勝手に話を進めてくる。

「ねーねー、あれってあーしが悪いの? 悪いのは人間のほうじゃん? こっちは騙されてひどいことされたってのにさー。ねー、人間、聞いてる?」

「聞いてるよ」


 左にロベリア、右にライラック。

 救い出した妖精たちに、俺はなぜか責め立てられている。


「え、色がダメ? じゃあこっちの薬は?」

「ちょっとロベリア。いまあーしが話してる途中なの」

「ライラックも欲しいの?」

「いらない。あんたの薬、どれもロクなのないじゃん」

「ロクなのあるよ! お薬に謝って!」

「うるさいバカ」

 俺を挟んでケンカしないで欲しい。


「頼む。帰ったら聞くから、電車の中では静かにしててくれ」

「えーっ!」

 二人から同時に不満の声が。


 すると向かいに座っていたタイガーリリーが、笑顔のまま告げた。

「二人とも、英雄を困らせないで。悪い子にはおしおきだよ?」

「……」

 二人は同時に黙った。

 葬送で戦ったロベリアはともかく、そうでないライラックすら黙らせるとは。

 いったいタイガーリリーは、妖精界でどんな扱いだったのやら。


 ともあれ、静かになってくれたのはよかった。

 このまま帰れば、全メンバーが揃うことになる。

 大所帯だ。

 制御できる自信がない。


 不本意ではあるが、またヴァニラに頼むか……。


(続く)

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