東京駅 三
数日後、また東京駅に呼び出された。
曇天。
予報では午後から少し降るそうだ。
「井村巡査、またセンジュさんがいらしたぞ」
「はい」
現場に入るなり、顔をしかめた穴山警視正が、俺たちの対応を部下に投げた。
井村巡査は銃撃戦には参加していないらしく、他の警官よりは元気そうであった。
「ご案内します」
「よろしくお願いします」
歩いている途中、警官たちの会話が聞こえてきた。
「結局さぁ、自衛隊って来ねぇの?」
「止めてるヤツがいるんだと。自衛隊の装備で撃ったら、東京駅が壊れちまうからって」
「なんだよそれ。装甲車くらい出せよ」
「出したら国内外からワーワー言われっから」
「こっちは死人出てんだぞ」
こうした現場の声は、おそらく上には届かないだろう。いや、届いたところで相手にされない。駒になって働く人間と、駒を動かす人間との間には、信じられないほどの隔たりがある。
この現場を知る人間が、昇進してくれるのを待つしかない。
「こちらです」
激戦区だ。
しかし前回と異なる点は、敵が血の魔物ではなく、太陽の一族本隊ということだった。彼らは東京駅を要塞のように使い、こちらへ向けて銃を発砲してきた。
警察からぶんどった銃ではなく、自前のものらしい。
他の場所とは違い、バリケードの後ろには土嚢が山ほど積まれていた。
そこに敵の弾丸がドッと突き刺さる音がする。
警官は思考停止して発砲を繰り返しているし、駅舎からも弾丸が飛んでくる。見えはしないが、キューンと弾丸の飛翔する音がする。
現場で座り込んでいた警官が顔をあげた。
「やっと交代かよ。二人だけ?」
「いえ、総務省からの出向で」
「なんで総務省?」
「さあ」
井村巡査も困惑顔だ。
もちろん俺だって困惑している。
総務省とは。
いや、鵜呑みにすべきではない。これとて事実かどうか怪しいものだ。
俺は空いているスペースを見つけて、そこに身をかがめた。
土嚢が壁になっている。
たぶん災害時に使うための備品だろう。それが弾避けに使用されるとは。
タイガーリリーもすぐ隣に来た。
「頭は出さないほうがいいよ。手だけ出して撃ったら?」
「そうするよ」
撃たれてもいいことなどなにもない。
俺は言われた通りに手だけを出して、トリガーを引いた。
音と反動。
だが、その後のことは分からない。当たっているのかどうかさえ。
「続けて」
「オーケー」
もう心を無にするしかない。
弾切れになるまでトリガーを引くのだ。
ガツンガツンと手首に衝撃がくる。ヘタすると腱鞘炎になりそうだ。排出される空薬莢にも気を付けないといけない。撃った直後は火傷するほど熱い。
撃ち尽くすと、タイガーリリーが換えのマガジンをよこしてきた。
「なあ、総務省ってのはホントなのか?」
「いまはなにも聞かないで」
「あとで教えてくれるのか?」
「芝さんが許可すればね」
秘密主義者ばかりだ。
もうなにも考えずトリガーを引きまくった。
当たろうが外そうが知ったことじゃない。
俺の判断など要らない。トリガーを引く機械と化すのだ。
しばらく撃っていると、先ほど座り込んでいた警官が近づいてきた。
「なあ、総務省さんよ。あんた、なんなんだ? 見もしないで敵を殺せるのか?」
「どうかな」
「とにかく、この周囲は制圧できちまった。バリケードを前に移動させるから、あんたらは下がっててくれ」
「手伝いましょうか?」
「いいよ。これは俺たちの仕事だ」
せっかく戦果を挙げたのに、あまり歓迎されていない。
いや、もしかしてこれがツンデレか?
もっと素直になってくれてもいいのだが。
タイガーリリーはまた満足げに笑みを浮かべていた。
「さすがは英雄だ」
「英雄なんてよしてくれ。俺が自分の実力と勘違いしたら困るだろ」
「いいや。本物の英雄だと思ってるよ。君は自分の役割を理解してる」
「理解した上で裏切るかもな」
「それでもいいよ。私はいつでも君の味方だから」
全肯定女め。
だが戦友だ。妙な信頼感がある。
俺がセンジュと組もうと思ったのも、タイガーリリーがいるからこそだ。そうでなければこんなスムーズに組んでいないだろう。
タイガーリリーのスマホが鳴った。またセンジュからだ。
どうやら帰還命令が出たらしい。
*
事務所につくと、芝氏のほかに、狙撃チームもいた。
いや、それだけじゃない。
仮釈放の二人まで。
「わ、ホントにきた」
「あーしは無実よ! 信じて!」
ロベリアとライラックは、こちらへ駆け寄ってきた。
目の下にクマのあるボサボサ髪のロベリア。
そして気の強そうなピンク髪のライラック。
おぼろげだった記憶が、一気に鮮明になった。
ソファにいた芝氏はかすかに笑った。
「まあおかけになって。警察から報告がありましたよ。攻めあぐねていた一角を制圧できたと」
「恐縮です」
こんなに早く妖精たちを仮釈放させてくれるとは。タイガーリリーが所属しているくらいだから、信用できる組織だとは思っていたが。
「今後の予定ですが……。外部委託という形で、妖精チームのみなさんと契約させていただきたい」
「妖精チーム?」
「もちろんあなたにも参加してもらいます。形式上、責任者にはうちのタイガーリリーを据えますが、実際どう運用するかはお任せします」
「なにをすれば?」
「今日と同じですよ。今後も必要に応じて駅で戦ってもらいます。その代わり、例の少年を見つけ次第お知らせします」
たしかに、俺たちが自力で少年を探すのは難しい。
代わりに見つけてくれるなら助かる。
「けど、見つけたら、そちらで処理していただいて構いませんよ。俺はどうしても自分の手でヤりたいわけじゃありませんし」
俺がそう告げると、芝氏はニヤリと笑みを浮かべた。
「それがそうもいかない事情がありましてね。どうもヤツには、人を怪物に変える能力があるようなんです」
「怪物に?」
いや、初耳ではない。
既知の情報だ。
だが、それはあくまで神器を使うことで可能になる行為だ。
いまあの少年は、神器のごく一部しかコントロールしていない。その一部を使って実行している可能性も否定はできないが。
芝氏はかすかに息を吐いた。
「追い詰めていたチームの一人が犠牲になりましてね」
「本当に……?」
「あとで映像をお渡しします。もちろん怪物は処理済みですのでご心配なく。ただ、うちは極度に人材が不足してまして、これ以上メンバーを失うのは避けたいのです。あなたなら怪物にならずに少年を処理できる」
なぜ俺だけ大丈夫なのだ?
シルバー・スピッターのおかげか?
こういうとき、俺はつい余計なことを考えてしまう。
あらかじめ罠を仕掛けておき、周りに誰もいない状態で殺したら、罠を仕掛けた人物が怪物になるのかと。
あるいは罠ではなく、少年が勝手に足を滑らせて死んだ場合は? その敷地を管理している人間が怪物になるのか? 誰の土地でもなければ? 地球が怪物に?
もし距離さえ離れていれば誰も怪物にならずに済む、という話なら、狙撃チームがやってもいいはず。
芝氏は片眉をつりあげた。
「なるほど。用心深い」
「いま、こちらをハメようとしました?」
そう尋ねると、彼は動じた様子もなく微笑を浮かべた。
「誤解ですよ。ただ、あなたが警戒するのもごもっともです。過剰に接近しなければ、怪物になることはありません。だから、単に少年を処理するだけなら、我々でやってもいい」
「そうしない理由は?」
「正直にお話しします。データが欲しい。あなたは接近しても怪物にならないようだ。我々との違いはなんなのか。それが知りたい」
それは俺も知りたい。
できれば先に説明して欲しかったが。
俺はつい溜め息混じりに応じた。
「構いませんよ。データってのは、どうすれば?」
「タイガーリリーに計測器を持たせます。試作品ですので、精度は高くありませんが。まあそれはこちらの問題ですので」
「分かりました」
なにか俺が妖気でも発してるかのような物言いなのが気になるが。
俺の両親は人間だし、俺自身も人間だ。
特に怪しいブツは放っていないはず。
*
帰路はまあまあ大変だった。
「ね、英雄。この薬飲んでみて。自信作」
「あとにしてくれ」
電車の中だというのに、ロベリアは怪しい薬を進めてきた。
この子はなぜ自分が逮捕されたのか理解していないのか……。
通勤客がほとんどいないのは幸いだった。
ライラックも自分勝手に話を進めてくる。
「ねーねー、あれってあーしが悪いの? 悪いのは人間のほうじゃん? こっちは騙されてひどいことされたってのにさー。ねー、人間、聞いてる?」
「聞いてるよ」
左にロベリア、右にライラック。
救い出した妖精たちに、俺はなぜか責め立てられている。
「え、色がダメ? じゃあこっちの薬は?」
「ちょっとロベリア。いまあーしが話してる途中なの」
「ライラックも欲しいの?」
「いらない。あんたの薬、どれもロクなのないじゃん」
「ロクなのあるよ! お薬に謝って!」
「うるさいバカ」
俺を挟んでケンカしないで欲しい。
「頼む。帰ったら聞くから、電車の中では静かにしててくれ」
「えーっ!」
二人から同時に不満の声が。
すると向かいに座っていたタイガーリリーが、笑顔のまま告げた。
「二人とも、英雄を困らせないで。悪い子にはおしおきだよ?」
「……」
二人は同時に黙った。
葬送で戦ったロベリアはともかく、そうでないライラックすら黙らせるとは。
いったいタイガーリリーは、妖精界でどんな扱いだったのやら。
ともあれ、静かになってくれたのはよかった。
このまま帰れば、全メンバーが揃うことになる。
大所帯だ。
制御できる自信がない。
不本意ではあるが、またヴァニラに頼むか……。
(続く)




