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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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46/54

東京駅 二

 正面から見る東京駅は、赤レンガ造りの立派な建造物だった。

 まずデザインがいい。

 雰囲気がいい。

 そこらに死体が転がっていなければなおよかった。


「ご苦労。井村巡査はもう行っていい」

 最初に遭遇した警官のところへ案内された。

 さっきの無精ひげとは違い、彼らはセンジュがなんなのかを把握している。


 タイガーリリーが「こちらは穴山警視正だよ」と紹介すると、その穴山氏はふんと鼻を鳴らした。

「先ほどの銃撃で、前線にいた魔物が一気に蹴散らされた。話には聞いていたが信じられない威力だな」

 恰幅のいい白髪頭の男だ。

 階級は高いようだが、態度もそれ相応である。


 俺は「はぁ」としか返事をできなかった。社会人になってこんな生返事をしていては怒られても仕方がないが、それでもいまはその程度の発声しかできなかった。


 彼は気分を悪くしたらしいが、いちおう別系統の組織ということもあってか、露骨に言葉を選んでこう続けた。

「はぁ。要領を得ないな。まあいい。この場での発砲を許可する。くれぐれもミスだけはしないように。お宅らは俺の部下じゃないから、なにもカバーできないからな。するつもりもないし」

「ありがとうございます」

 俺はそれだけ告げて、穴山氏から離れた。

 この手の人間とは長く会話をしたくない。


 襲撃からもう一週間以上経っているはずなのに、血の魔物は次から次へと柵へ激突していた。

 腰まである柵の上に鉄条網があるから、バリケード全体の高さは大人の胸部くらいまである。それでも魔物の勢いによっては、バリケードを乗り越えてこちら側へ来てしまう。

 せめてこの激戦区くらいは、もっと立派な柵を用意してもいいと思うのだが……。現場の指揮官は、そこまで頭が回らないようだ。


 俺は危なそうな方向へ向けて銃を撃った。

 特に狙いを定めずとも、弾は勝手に魔物を撃ち抜く。

 逆を言えば、こちらが完全にコントロールできないということだ。撃ちたくない方向にも弾は飛んでしまう。幸い、いまのところそういった状況は発生していないが。


 射撃を繰り返していると、警官たちから歓声が上がった。


「魔物を一撃で……」

「あれがセンジュの英雄か」

「独特の構えだな」


 いや、構え方を知らないだけだ。

 通常の弾丸なら何発も撃たねばならないところを、シルバー・スピッターなら一撃で葬り去ってしまう。のみならず、必ず当たる。手近な一体をぶちのめしたあと、真後ろにいなくても軌道を曲げて後続に当たる。


 理不尽きわまりない話だが、トーシロが武器の性能だけでプロを圧倒している。

 これを自分の能力だと思うと、あとで痛い目を見るだろう。

 というかとっととネタバラシして、この銃をプロに押し付けたいのだが……。


「弾切れだ」

 俺がそう告げると、タイガーリリーが無言でマガジンを渡してくれた。

 満面の笑みである。


 おそらくこういうことだ。

 センジュは警察から冷遇されている。だからシルバー・スピッターの性能を見せつけて、現場に自分たちの居場所を確保したい。

 俺はそのためのピエロというわけだ。


 ま、仲間の仮釈放がかかっているのだ。

 ピエロだろうがなんだろうが演じ切ってやる。


 俺はとにかくトリガーを引いて、柵に群がる血の魔物を撃ち抜いていった。気持ちいいほど簡単に殺せる。人の形をして暴れていた魔物が、びちゃびちゃとその場に崩れ落ちて血だまりになる。

 マガジン内の弾丸を撃ち尽くすころには、バリケード前に血の川ができていた。


「なんなんだよセンジュって」

「あいつは人間なのか?」

「信じられねぇ」


 警官たちがヒソヒソ言い合っているのが聞こえた。

 この銃を使えば小学生でも同じことができる。その事実を知ったら、彼らはどう思うだろうか。

 いや、知られてはならないのだ。

 ここは「センジュ凄い」で終わらせるべきところだ。


 考えようによっては、一番気の毒なのは俺だ。

 ただ道具の性能で無双してるだけなのに、なんだかヤバいヤツだと思われている。しかも英雄呼ばわり。誤解に誤解が重なっている。

 これは引くに引けなくなるパターンだ。

 いや、俺はこういうことに関してはわりと恥知らずだから、別にどこでバラしてもらってもいいのだが。

 いまは仲間の仮釈放が最優先だ。


 タイガーリリーのスマホが鳴った。

「こちら鬼百合。はい。お疲れさまです」

 彼女はまともな会社員のような対応をした。

 日本社会に溶け込むために、いろいろ学習したのだろう。


 彼女は通話を終えると、穴山氏のところへ向かった。

「穴山警視正、上層部から帰還命令が出ました」

「ふん。気楽でいいもんだな。好きなときに来て、好きなときに帰るってんだから」

「我々はこれで失礼します」

「ご苦労」

 対応がウザすぎるが、まあ嫌味を言いたくなる気持ちも分かる。

 外部から別チームが入ってきたと思ったら、勝手に大活躍して勝手に帰っていくのだから。作戦の邪魔でしかなかろう。


 *


 狙撃チームを残し、俺たちだけ事務所へ戻った。

 芝氏は満足げな表情だった。

「報告は聞いてます。大活躍だったようで。予想以上ですよ」

「この銃を使えば、誰でも同じことができますよ」

 俺はつい反論せずにはいられなかった。

 芝氏はもちろん動じない。

「大事なのはイメージですから。こうした地道なデモンストレーションを続けることで、ゆくゆくはウチが現場を主導する立場になるわけです」

「どれくらい続ければ仲間を助けてもらえるんです?」

「じつはもう手続き自体は進めてます」

「えっ?」

「長期的に考えて、そうしたほうがいいと判断しました。とはいえ、来週もまた現場に出てくれると助かりますね。あなたのご都合さえよろしければ、ですが」

 手際がよすぎる。

 目的は達成できたのだから、このままオサラバしてもいい。

 しかし当初の条件は、太陽の一族を片付けることだったはず。まだ条件をクリアしたとは言いがたい。


 まさか、試されているのか?

 もしそうならヘタな返事はできない。


 そもそも彼らとは協力し合える。

 ここで心証を悪くしてもいいことはない。


「仕事があるので、その合間であればいつでも」

「結構ですよ。タイガーリリーを通じて連絡します。本日の依頼は以上です。ご苦労さまでした」


 *


 アパートへ戻ると、なぜかケーキでお祝いされた。

「お帰りなさい!」

 エーデルワイスがパーンと派手にクラッカーを鳴らした。

 まるで誕生日だ。


 椿は和服の上に割烹着をつけていた。

「おいなりさんも作りました」

 寿司桶というのか、円形の容器の中にいなりずしがみっしり詰め込まれていた。明らかに作り過ぎだ。

 だが椿の満面の笑みを見ていると、苦情も言えなくなる。


 人が増えてスペースがないせいか、マッポーちゃんは毛玉になって部屋の端で丸まっている。俺はそれをつかんで、膝の上に乗せた。

「ずいぶん豪勢だな」

「だって大仕事だったんでしょ?」

「なんとも言えないな」

 もし今日だけで終わりなら、あまりにあっけない仕事だった。

 だが次回もある。


 それはいいのだが、パキラは俺たちが到着する前にだいぶ飲んでいたらしく、大股開きでひっくり返って寝ていた。放っておくとだんだんダメになるタイプだ。


 ふと、グロリオサが隣に来た。

「ビールにします? 日本酒にします?」

「じゃあビールで」

「はい」

 今日もふわふわしている。

 のみならず、豊かな身体で服をいじめている。


 エーデルワイスが不満そうに目を細めた。

「あのさ、英雄。いつもグロリオサ見るとき、胸ばっか見るのやめなよ。失礼だよ?」

「いや、それは……」

 あまりにデカいのだ。

 まっさきに視界に入ってしまう。


 グロリオサはコップにビールを注ぎながら、にこりと笑った。

「私は構いませんよ」

「私が構うのよ! 言っておくけど、私に対して失礼って意味だからね!」

 エーデルワイスの憤慨した意味がようやく分かった。

 だがまあ、エーデルワイスとて断崖絶壁ではない。あるのだ。少なくとも、皆無ではない。グロリオサとは勝負にならないレベルというだけの話だ。


 ふと、玄関の向こうで物音がした。

 郵便配達だろうか。

 いや、そいつはドアノブをつかみ、ガチャガチャやっている。


 椿が立ち上がり、ドアへ向かった。

 不審者ではないのか?

 なぜか誰も警戒していない。


「ちょっと、カギはあけておいてくださいな」

「その前にチャイムを鳴らしてください」

「押したけど鳴らなかったの」

 なつかしい声がする。


 見ると、そこにはヴァニラが立っていた。脇には巨大なキャリーバッグも見える。

 妙な形のサングラスに、ヘソ丸出しのパンツスタイル。露骨にセレブじみた格好だ。いや、実際セレブだったのだ。歌姫とか言われていたはず。


「皆さんお揃いかしら? ヴァニラよ。それにしても、ずいぶん狭い秘密基地に隠れてるのね」

「ここは椿のアパートです。秘密基地ではありません」

「それは失礼」

 オンボロクソ狭アパートは日本人の心のふるさとだ。

 バカにしないでいただきたい。


 ヴァニラはいちおう靴を脱いであがってきた。

「ああ、わたくしの英雄。ようやく再会できましたわ」

「久しぶりだね。仕事はいいのか?」

「歌手ならもう引退しましたわ。芸能界って異様なところよ。誰も彼もが金、暴力、セックス、それにおクスリですもの」

 本当に?

 そのイメージで合ってるのか?


 ともあれ、なぜケーキが用意されていたのかは、いまになってようやく理解できた。

 本当は俺たちの仕事を祝うためでなく、ヴァニラの歓迎会だったのだ。


 エーデルワイスは使用済みのクラッカーを拾い、「パーン」と口で発声した。

 たぶんヴァニラが来てから使うはずだったのだろう。だが、我慢しきれず俺たちの到着とともに使ってしまった。


 椿が席を勧めた。

「いなりずしもありますよ、ヴァニラ」

「あらおいしそう」

 旧友と再会できたのだ。その点はみんなも素直に嬉しいのだろう。


 タイガーリリーが肩をすくめた。

「先に言っておくけど、これでフルメンバーだから。あとの二人は事情があってここには来られないの」

「あら、そうですの。ロベリア辺りは想像つきますけど、ライラックはどうしたのかしら?」

「あとで本人から聞くといい」

「楽しみにしてますわ」

 まあロベリアは仕方がない。

 死んでも生き返るのをいいことに、危ない薬を作り続けてきた。


 さて、ヴァニラが来たということは、全メンバーが揃うのもそう遠い話ではないだろう。

 あとはセンジュとうまく付き合いつつ、不浄の子を一掃できれば俺たちの勝ち、ということになるか。


 だが俺たちは、太陽の一族とバチバチにやりあっている。

 ところが、もし順調に不浄の子を一掃できれば、神器を掌握することになるのは彼らだ。

 俺たちは無事で済むのだろうか?


(続く)

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