東京駅 一
翌日、俺はタイガーリリーとともに、千住の雑居ビルを訪れた。
駅から少し離れた路地にある、胡散臭い事務所だ。
中にはデカいサングラスをした角刈りの中年男性が待ち構えていた。
「ようこそいらっしゃいました。センジュを担当している芝と申します」
声が渋すぎる。
オーダーメイドのスーツを着て、黒いグローブをしている。古い刑事ドラマのコスプレみたいだ。
腰は低いが、だからといってナメてかかるべきではない。怒らせるととんでもない目に遭う。
ほかには女性の事務員が一人いるが、まるで置物のようにパソコンの前に座っている。
俺も自己紹介して、応接セットのソファに腰をおろした。
テーブルがあり、ソファがあり、観葉植物があり……。ただそれだけだ。薄暗い室内に、窓のブラインドカーテンからぬるい光が差し込んでいる。
「すでにタイガーリリーから説明があった通りです。現場には、自前の銃と自前のスーツで入ってもらいます。手当も保証も一切ナシ。我々も厳しい状況に置かれてまして。どうかご了承のほどを」
「承知してます。その代わり、ロベリアとライラックの件は……」
「ええ。それは間違いなく」
すると芝氏は胸ポケットをまさぐって、すぐに手を止めた。タバコを吸おうとしたのかもしれない。
テーブルに置かれたクリスタルガラスの灰皿は、キレイに磨かれてはいるものの、だいぶ年季が入っていた。
彼は身を乗り出し、こう続けた。
「本日お越し願ったのは、所見をおうかがいしたいと思いまして」
「所見?」
「タイガーリリーが褒めてましたよ。状況の分析に長けてるって。いえ、そう気負わなくて結構です。見ての通り、うちは人材不足でしてね。出払ってる連中も、どいつもこいつも武闘派でして。血の魔物と戦う上で、なにかヒントでももらえたらと思いまして」
感想でよければいくらでも話せる。
テレビで見る限り、改善点はいくつか発見できた。ただ、それが可能かどうかは分からない。予算の都合もあるだろうし。
俺はまずこう尋ねた。
「銀の有効性については?」
「ええ、もちろん。銀の弾丸は、うちのチームには支給してます。ただ、量産できるようなモンでもないんで、警察にまで配備できてないのが現状です。かといって銀の警棒ってのも現実的じゃありませんし」
まあ銀の弾丸など、普通は備蓄しないだろう。
量産もしない。
人を傷つけるだけなら、鉛や銅でじゅうぶんだ。
「もし可能なら、バリケードに銀の棘をつけるといいでしょう。あいつら柵を突破できないようですから。銀が刺されば一撃で崩壊します」
「ほう……」
「そして銀の棘のついたリストバンド。血の魔物にやられる人間は、だいたい手首をつかまれて引き裂かれてます。あいつらは握力も強いですから、きっと深く刺さるはず。うまくいけば、勝手につかんできて、勝手に死にますよ」
「それは……それはいいアイデアですね。ありがとうございます。さっそく手配させましょう」
おそらくコスト面から見ても、現実的なアイデアだろう。
我ながらまあまあいい案だと思う。
銀の弾丸は、すべてが銀なのではない。飛翔する弾頭だけが銀で、残りは一般的な素材でできている。
つまり小さな銀であっても、血の魔物の体内に入れば活動を停止させられるのだ。
彼らにとっての毒みたいなものなのだろう。
芝氏は何度かうなずいた。
「あなたの経験と知識は、こちらの予想を大幅に上回っているようです。早速ですが、次は現場で実力を証明していただきます」
「いますぐですか?」
「明日からで結構です。ホテルを用意してあるので、そちらでタイガーリリーと宿泊していただきます」
二人で寝泊まりか。
あとでエーデルワイスにギャーギャー言われそうだ。
*
翌朝、俺とタイガーリリーはスーツに着替え、指定の場所へ移動した。
待っていたのはセンジュのメンバー。
男が四名、女が一名。
たったの五名。
どいつもこいつも背が高い。
一番低い女のメンバーでさえ、俺と同じくらいの背丈だ。
「班長の苅谷だ。現場を仕切ってる。あんた英雄って呼ばれてるらしいな。期待してるぜ」
鋭い目つきの坊主頭の男だ。
背は180を超えているように見えるが、メンバーの中では三番目。
ムキムキには見えないが、精悍な顔立ちからするに、かなり鍛えて絞り込んでいるのだろう。脱いだらプロ格闘家みたいな体をしているに違いない。
こっちはただのトーシロだ。
英雄なんて呼ばれるのはむずがゆい。
女が舌打ちした。
「英雄ねぇ? きっとあたしらより強いんだろうね」
ベリーショートのツーブロック。パンツスーツが似合っていてカッコいい。だが態度のせいでガラの悪さばかりが際立つ。
一番背の高い岩のような男が顔をしかめた。
「話は終わりだ。あんたらは駅へ行け。俺たちは上からサポートする」
リーク映像を見る限り、彼らは銀の弾丸を使い、ビルから狙撃を繰り返していた。
強そうだが、前線には出ないのだろうか。
*
センジュのメンバーと別れたのち、俺とタイガーリリーは東京駅へ向かった。
ひっきりなしに銃声が響いている。
警察たちはほとんど寝る間もなく銃撃戦を続けているらしい。
自衛隊の姿はない。すぐ出てくると思ったのに。誰かがストップをかけているのだろうか。
「あ、センジュさん来たぞ。井村巡査、案内してやれ」
「はい」
俺たちが近づくと、警察たちは一様に顔をしかめた。
現場の警官にさえ嫌われている。
「こちらです」
井村巡査と呼ばれた男が案内してくれた。
かなり若い。まだ十代だろうか。
東京駅は、想像以上に悲惨な状態だった。
どこもかしこも血まみれ。
それも鮮血の赤ではなく、黒ずんでシミになったものばかり。そこらにヘドロでもぶちまけられたようだ。
遺体も片付いていない。
片付ける余裕さえあるまい。
一体や二体じゃない。半身を引き裂かれて内臓をぶちまけた遺体が転がっている。大量のハエがたかり、黒い塊のようになっていた。
思えば、ニュース番組では、初日の映像ばかりが何度も放送されていた。
まだバリケードさえなく、散発的に撃ち合っている様子だ。
現在の状況は、きっと地上波では流せない。
井村巡査は足を止めた。
「こちらです。バリケードより前には絶対に出ないでください。助けられませんから」
「はい」
俺は返事をしながら、周囲の様子を確認した。
激戦区からはだいぶ離れている。
配備されている警察も、顔色はよくないが、うつらうつらと注意散漫。
タイガーリリーは肩をすくめ、こう巡査に尋ねた。
「ここに血の魔物は来るのかな?」
「たまに来ますね」
「もっと活躍できる場所がいいんだけど」
「自分に言われても困ります」
その通りだ。
彼は上から命じられて俺たちを案内しただけだ。
「ありがとうございます。あとはこっちでやりますんで」
俺がそう告げると、彼は目を丸くした。
「いえ、自分、センジュのお二人についてるよう言われてるんで」
監視役でもあるわけか。
しかしこんな新人をたった一人とは。センジュもたいした組織だと思われていないのかもしれない。
目の下にクマのある中年の男が近づいてきた。
「センジュ? あんたら千住署から来たの? 階級は?」
無精ひげが伸びて、だいぶやさぐれて見える。
タイガーリリーは手帳を見せた。
「ちょっと訳ありでね」
「け、警視どの!? これは失礼しました……」
なんだかよく分からないが、勝手に恐縮してしまった。
男は困ったような顔ではあったが、今度は誤魔化すようにニヤニヤしてこう続けた。
「いや、でもいい場所に来ましたね。こっちは安全ですよ。あっちに比べりゃ天国みたいなモンです」
「君は向こうにいたの?」
「そりゃもうバチクソに撃ち合ってましたよ。あの赤いバケモン、バリケードも構わず突っ込んできて、たまにこっち側に乗り込んでくるんですよ。おかげで何人もぶっ殺されちまって……。俺は運がよかった」
つまりここは、激戦区で疲弊した警官を休ませるための場所なのだろう。
バリケードは1メートル強。
もっと高くしろと言いたいところだが、基礎を打ち込まず地面に置いてあるだけなので、あまり高くすると倒されやすくなってしまう。
有刺鉄線も巻かれてはいるのだが、血の魔物はお構いなしにのぼってくるのだろう。おそらく痛覚がないから、痛みでは制止できない。
タイガーリリーがこちらを向いた。
「英雄、あっちの魔物撃てる?」
「遠くないか?」
「ためしに撃ってみて」
「いいけど……」
豆粒とは言わないが、だいぶ遠い。
俺は鉄柵に当たらないよう、狙いをつけた。いや、狙う必要もないのだが。当たるだろうか。
トリガーを引くと、パァンと音が響いた。
すると、立ちながら眠っていた警官たちがうるさそうに顔をしかめた。
それだけだ。
魔物を撃ち抜けたのかどうかも分からない。
タイガーリリーはそれでもせっついてくる。
「繰り返して」
「ムダ弾になるぜ」
「いいから」
なにかプランでもあるのか?
俺は言われるまま、何度かトリガーを引いた。
それでも、おそらくこちらの階級が上ということもあり、周囲の警官たちは苦情を言ってはこなかった。全員あきらかにイラついていたが。
それくらい疲れているのだろう。
井村巡査に無線が入った。
音質がよくないのと、早口なのと、専門用語があるのとで聞き取れないが。
巡査は「了解しました」と返答すると、こちらに近づいてきた。
「場所を移動して欲しいと上から」
ほら見ろ、苦情の連絡が来たぞ。
タイガーリリーは余裕の表情だ。
「ほらね?」
「なにが『ほら』なんだ?」
「当たるんだよ、ここからでも。その銃ならね」
「なるほど」
使い物になるかどうか分からなかったから端のほうに追いやられたが、意外と使えるということで、激戦区に案内する気になったということか。
優秀なシルバー・スピッターのおかげで、死ぬ可能性が高まってしまった。
こんな危ない銃、さっさと誰かに押し付けたいところだ。
(続く)




