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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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43/54

残党狩り 二

 近づいただけで分かった。

 血のにおいがする。


 現場はスクラップ置き場だった。

 もとからそうだったのか、あとから不法投棄されたのかは分からないが。ガラスの割れた自動車や、ひび割れたタイヤ、むき出しのホイール、ひしゃげた自転車などがそこらに転がっており、ブルーシートのかけられた廃材が壁のように積まれていた。


 物陰には、隠れているつもりの血の魔物がたくさん。

 奥では少年が、山のような瓦礫に腰を落ち着けていた。

「どうしたの? こっちに来なよ?」

 彼は笑みを浮かべてそう告げた。


 だが俺は応じない。

 トリガーを引き、物陰からはみ出た血の魔物を撃ち抜いた。灰色の景色に鮮血がぶちまけられ、発砲音に驚いた鳥たちが一斉に飛び立った。


 少年は肩をすくめた。

「ふーん、話し合いに来たんじゃないんだ? 仕方ない。やろう。けど先に暴力をふるったのはそっちだからね?」

 物陰に身をひそめていた血の魔物が、ぞろぞろと姿を現した。


 俺は振り返らずに告げた。

「エーデルワイスとマッポーちゃんはさがっててくれ」

「分かった!」

 返事はやや遠くから聞こえた。

 言われる前に退避していたか。偉いぞ。


 タイガーリリーはホルスターから銃を抜き、射撃を始めた。

 ギリギリまで怪物に変身するつもりはないらしい。ご自慢のライダースーツもダメになってしまう。


 かと思うと、ダーンと大砲のような音がして、瓦礫の一角が木っ端微塵にふっ飛んだ。

 パキラの砲撃だ。いったいどこから取り出したのか分からないが、電柱のような銃砲を肩に担いでいる。撃った本人は反動でよろけて、ひっくり返りそうだ。

「二発目はちょっと待って。リチャージするのに時間かかるから」


 血の魔物はこちらへ殺到してくる。

 いちおう走ってはいるものの、そんなに早くはない。というか障害物が多いせいで、全速力で走ることができないのだ。

 だが数は多い。傍観していたらつかまってしまう。


 俺は必死で発砲した。

 狙いはつけなくていい。

 撃てば殺せる。


 適当なヤツに銃口を向け、トリガーを引く。銀の弾丸はそいつをぶち抜いたあと、後ろの標的をも巻き込んで絶命させる。

 仮に接近されても、ある程度なら一気にカタをつけられそうだ。


 付近住民が通報したらしく、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。

 それでも攻撃はやめない。


「ねえ、タイガーリリー。この武器、警察が来る前に隠したほうがいいと思う?」

「パキラのはそうだね。話がややこしくなりそうだ」

「あたしにも警察手帳貸してよ」

「君のそれは、手帳くらいじゃどうにもならないよ」

 パキラの銃砲は、警察が所持するレベルを明らかに逸脱していた。

「もう少しでチャージできそうなのに」

「なら一発だけ撃っておいて」

「やった! あと少しだから」


 ダーンと銃砲が火を噴いて、ひしめき合っていた血の魔物が一気に飛び散った。

 あの少年、魔物を大量に配置したまではよかったが、動線までは考慮していなかったようだ。障害物だらけのせいで、魔物たちは押し合いになっていた。

 もしかすると、俺たちを中に誘い込んだ上で、一気に取り囲む作戦だったのかもしれない。


 パキラが武器を消し去ると、まもなく警察が来た。

「発砲をやめなさーい。武器を捨てておとなしく投降するよーに」

 パトカーから降りてくる様子もなく、拡声器でそんなことを言ってきた。


 タイガーリリーは片手で射撃を続けながら、器用に警察手帳を取り出し、警官たちに見せた。

「血の魔物がいるんだ。手を貸してくれないかな?」

「……」

 警官たちは困惑していた。

 おそらく「爆発音がする」とでも通報を受けたのだろう。血の魔物と戦う準備まではできていなかった。


 やや遅れて、拡声器から声がした。

「援護を要請します。しばらくお待ちください」

 終わるまでパトカーから出て来るつもりはなさそうだ。


 とはいえ、血の魔物はほぼ片付いた。

 すでに無力化してただの血痕になっている。というか見たまんま血の海だ。臭気もひどい。あまり詳細に表現したくないにおいだ。


 俺は歩を進め、少年に近づいていった。

「すいぶんと盛大な歓迎だったな。これだけの魔物、どうやって用意した?」

 そう尋ねると、彼は不快そうに顔をしかめた。

「召喚術だよ。用意するの大変だったんだよ? なのに、台無しにして……」

「こっちは生存権を行使しただけだ」

「その言葉は聞き飽きた」

 まあそうだな。

 以前も同じことを言った気がする。


 俺はあえて銃口を下に向け、近くの壁に寄りかかった。

「なあ、ひとつ教えてくれ。俺たちに、なんらかの呪縛をかけたか?」

「なんのこと?」

 困惑の表情。

 とぼけている様子はなさそうだ。

「妖精たちは、いまだに俺を英雄だと思い込んでる。それに俺も、人間性の消失を恐れて、いまいち自由に動けない。これはあんたの仕業じゃないのか?」


 彼はしばしきょとんとしていた。

 かと思うと、にわかに不気味な表情を浮かべ、ケタケタ笑い出した。

「なるほどなるほど。きっと前回の記憶が影響してるのかもね。けど、強制力なんかないよ」

「なら……」

「特別に教えてあげるよ、君はバカだからね。僕は呪縛なんてかけてない。もし無制限にそんなことできるなら、僕は君の説得に失敗してないし、君だってとっくに僕の駒になってるはずだよ?」

 一理ある。

 バカは余計だが。

「だが前回、妖精たちを支配していただろう?」

「あれは禁忌をおかした罰さ。あらかじめ領域に術を仕込んでおいて、トリガーで発動させた。逆を言えば、そういうトリガーを使わなければ、たとえ神器であっても精神を縛ることはできないんだ。精神というのは、とにかく操作が面倒だからね。もちろん絶対に不可能ってわけじゃないよ? けど、神器の大半のリソースが奪われる。現実的じゃないんだ」

 神器とて万能ではないのか。

 だったらなぜ俺たちは……。


 少年は体をくの字にして愉快そうに笑った。

「いやー、いろいろ納得できたよ。もっと早く気付いておくべきだった。君はとんでもないザコだったんだね」

「は?」

「人間性の高さで自分を制御してたワケじゃないんだ。自分の要求を表に出すのが怖いから、ただ怯えておとなしくしていただけ。ザコだよ! ザコそのもの!」

「それは……まあ、否定できないが……」

「つまりはインセルってことさ。妖精たちの能力が強化されていないところを見ると、まだ関係を持ててないんでしょ? なんのリスクもないのにさ。ザコだなぁ。ホントにザコ。こんなにザコなら、そりゃなんの挑戦もできないよね。消極的な人生。今後もそうやってビクビクしながら、周りのご機嫌をうかがって生きるといいよ。君にはお似合いだから」

「……」


 俺はきっと怒りをおぼえていた。

 なのに、それでも銃を撃つ気にはなれなかった。

 たぶんあまりにも……触れて欲しくない「なにか」を攻撃されたため、軽くフリーズ状態になったのだ。


 分かってる。

 分かってる。

 頭では分かっている……はず……なのに……。


 銃声がして、少年のひたいに風穴があいた。

 かと思うと、ボンと炸裂し、周囲に燃え盛る肉片をまき散らした。距離があったため、こちらへの被害はナシ。


「あんな挑発、気にしないほうがいい。英雄らしくない」

 タイガーリリーだ。

 涼しい顔でこちらに近づいてくる。


「安易な慰めはよしてくれ。あいつの言ったことは事実だ。俺は弱い……」

 こんなふうにフォローされるのは、あまり気分がよくなかった。

 まるで母親に甘やかされる子供みたいだ。


 俺は人生において、特になにかを成し遂げたことはなかった。

 子供時代、母親から「やればできる子」だと言われ育った。そしてその言葉をお守りにして、「やらない」ことによって「できない子」であることを回避し続けた。


 致命的なミスのない人生。

 代わりに成功もなかった。

 べつに危険をおかす必要はない。

 ただ、もう少しくらい挑戦して、少しくらい失敗してもよかった。きっとそのほうが成長できたし、豊かな人生になっていたことだろう。


 タイガーリリーは不服そうに肩をすくめた。

「弱いからなに? そんな理由で落ち込むなんて、君より弱い人たちに失礼じゃないかな?」

「そりゃ下を見ればいくらでもいるだろう」

「そうだよ。誰だって最高の存在じゃない。けど、だからって無価値じゃないでしょ? 君が君の価値を否定するのは自由だけど、その考えに私は同調しないから。私にとっては英雄だよ。どんなに君が拒否してもね」

 急になにを言い出すんだ。

 いや、俺が弱気になっているから、フォローに回らざるをえなかったのだろう。彼女を責めるのは筋違いだ。悪いのは俺なのだから。


 俺はひとつ呼吸をした。

「ありがとう。ただ、少年の言葉を聞き流すつもりはないよ。反省の材料にしたいんだ。自分の欠点と向き合わないような人間にはなりたくない。大丈夫。時間が経てば折り合いをつける。ずっとそうしてきた」

「好きだよ、そういうところ」

「よしてくれ」

 タイガーリリーは強くてカッコいい。いわば「持てる者」だ。

 一方、俺は「持たざる者」だ。彼女が眩しく見える。


 とはいえ、だ。

 ショックを受けたのは事実だが、俺はその手の経験には慣れているほうだ。弱点を突きつけられたということは、そこさえ克服すれば強くなれるのだ。敵はわざわざ補強すべき点を指摘してくれたというわけだ。

 傷つけば傷つくほど強くなる。

 もちろん限度はあるが。

 いつものように時間が解決する。


 少なくとも、自分の弱点を見ないようにしているヤツには、負けたりしない。


(続く)

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