残党狩り 二
近づいただけで分かった。
血のにおいがする。
現場はスクラップ置き場だった。
もとからそうだったのか、あとから不法投棄されたのかは分からないが。ガラスの割れた自動車や、ひび割れたタイヤ、むき出しのホイール、ひしゃげた自転車などがそこらに転がっており、ブルーシートのかけられた廃材が壁のように積まれていた。
物陰には、隠れているつもりの血の魔物がたくさん。
奥では少年が、山のような瓦礫に腰を落ち着けていた。
「どうしたの? こっちに来なよ?」
彼は笑みを浮かべてそう告げた。
だが俺は応じない。
トリガーを引き、物陰からはみ出た血の魔物を撃ち抜いた。灰色の景色に鮮血がぶちまけられ、発砲音に驚いた鳥たちが一斉に飛び立った。
少年は肩をすくめた。
「ふーん、話し合いに来たんじゃないんだ? 仕方ない。やろう。けど先に暴力をふるったのはそっちだからね?」
物陰に身をひそめていた血の魔物が、ぞろぞろと姿を現した。
俺は振り返らずに告げた。
「エーデルワイスとマッポーちゃんはさがっててくれ」
「分かった!」
返事はやや遠くから聞こえた。
言われる前に退避していたか。偉いぞ。
タイガーリリーはホルスターから銃を抜き、射撃を始めた。
ギリギリまで怪物に変身するつもりはないらしい。ご自慢のライダースーツもダメになってしまう。
かと思うと、ダーンと大砲のような音がして、瓦礫の一角が木っ端微塵にふっ飛んだ。
パキラの砲撃だ。いったいどこから取り出したのか分からないが、電柱のような銃砲を肩に担いでいる。撃った本人は反動でよろけて、ひっくり返りそうだ。
「二発目はちょっと待って。リチャージするのに時間かかるから」
血の魔物はこちらへ殺到してくる。
いちおう走ってはいるものの、そんなに早くはない。というか障害物が多いせいで、全速力で走ることができないのだ。
だが数は多い。傍観していたらつかまってしまう。
俺は必死で発砲した。
狙いはつけなくていい。
撃てば殺せる。
適当なヤツに銃口を向け、トリガーを引く。銀の弾丸はそいつをぶち抜いたあと、後ろの標的をも巻き込んで絶命させる。
仮に接近されても、ある程度なら一気にカタをつけられそうだ。
付近住民が通報したらしく、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。
それでも攻撃はやめない。
「ねえ、タイガーリリー。この武器、警察が来る前に隠したほうがいいと思う?」
「パキラのはそうだね。話がややこしくなりそうだ」
「あたしにも警察手帳貸してよ」
「君のそれは、手帳くらいじゃどうにもならないよ」
パキラの銃砲は、警察が所持するレベルを明らかに逸脱していた。
「もう少しでチャージできそうなのに」
「なら一発だけ撃っておいて」
「やった! あと少しだから」
ダーンと銃砲が火を噴いて、ひしめき合っていた血の魔物が一気に飛び散った。
あの少年、魔物を大量に配置したまではよかったが、動線までは考慮していなかったようだ。障害物だらけのせいで、魔物たちは押し合いになっていた。
もしかすると、俺たちを中に誘い込んだ上で、一気に取り囲む作戦だったのかもしれない。
パキラが武器を消し去ると、まもなく警察が来た。
「発砲をやめなさーい。武器を捨てておとなしく投降するよーに」
パトカーから降りてくる様子もなく、拡声器でそんなことを言ってきた。
タイガーリリーは片手で射撃を続けながら、器用に警察手帳を取り出し、警官たちに見せた。
「血の魔物がいるんだ。手を貸してくれないかな?」
「……」
警官たちは困惑していた。
おそらく「爆発音がする」とでも通報を受けたのだろう。血の魔物と戦う準備まではできていなかった。
やや遅れて、拡声器から声がした。
「援護を要請します。しばらくお待ちください」
終わるまでパトカーから出て来るつもりはなさそうだ。
とはいえ、血の魔物はほぼ片付いた。
すでに無力化してただの血痕になっている。というか見たまんま血の海だ。臭気もひどい。あまり詳細に表現したくないにおいだ。
俺は歩を進め、少年に近づいていった。
「すいぶんと盛大な歓迎だったな。これだけの魔物、どうやって用意した?」
そう尋ねると、彼は不快そうに顔をしかめた。
「召喚術だよ。用意するの大変だったんだよ? なのに、台無しにして……」
「こっちは生存権を行使しただけだ」
「その言葉は聞き飽きた」
まあそうだな。
以前も同じことを言った気がする。
俺はあえて銃口を下に向け、近くの壁に寄りかかった。
「なあ、ひとつ教えてくれ。俺たちに、なんらかの呪縛をかけたか?」
「なんのこと?」
困惑の表情。
とぼけている様子はなさそうだ。
「妖精たちは、いまだに俺を英雄だと思い込んでる。それに俺も、人間性の消失を恐れて、いまいち自由に動けない。これはあんたの仕業じゃないのか?」
彼はしばしきょとんとしていた。
かと思うと、にわかに不気味な表情を浮かべ、ケタケタ笑い出した。
「なるほどなるほど。きっと前回の記憶が影響してるのかもね。けど、強制力なんかないよ」
「なら……」
「特別に教えてあげるよ、君はバカだからね。僕は呪縛なんてかけてない。もし無制限にそんなことできるなら、僕は君の説得に失敗してないし、君だってとっくに僕の駒になってるはずだよ?」
一理ある。
バカは余計だが。
「だが前回、妖精たちを支配していただろう?」
「あれは禁忌をおかした罰さ。あらかじめ領域に術を仕込んでおいて、トリガーで発動させた。逆を言えば、そういうトリガーを使わなければ、たとえ神器であっても精神を縛ることはできないんだ。精神というのは、とにかく操作が面倒だからね。もちろん絶対に不可能ってわけじゃないよ? けど、神器の大半のリソースが奪われる。現実的じゃないんだ」
神器とて万能ではないのか。
だったらなぜ俺たちは……。
少年は体をくの字にして愉快そうに笑った。
「いやー、いろいろ納得できたよ。もっと早く気付いておくべきだった。君はとんでもないザコだったんだね」
「は?」
「人間性の高さで自分を制御してたワケじゃないんだ。自分の要求を表に出すのが怖いから、ただ怯えておとなしくしていただけ。ザコだよ! ザコそのもの!」
「それは……まあ、否定できないが……」
「つまりはインセルってことさ。妖精たちの能力が強化されていないところを見ると、まだ関係を持ててないんでしょ? なんのリスクもないのにさ。ザコだなぁ。ホントにザコ。こんなにザコなら、そりゃなんの挑戦もできないよね。消極的な人生。今後もそうやってビクビクしながら、周りのご機嫌をうかがって生きるといいよ。君にはお似合いだから」
「……」
俺はきっと怒りをおぼえていた。
なのに、それでも銃を撃つ気にはなれなかった。
たぶんあまりにも……触れて欲しくない「なにか」を攻撃されたため、軽くフリーズ状態になったのだ。
分かってる。
分かってる。
頭では分かっている……はず……なのに……。
銃声がして、少年のひたいに風穴があいた。
かと思うと、ボンと炸裂し、周囲に燃え盛る肉片をまき散らした。距離があったため、こちらへの被害はナシ。
「あんな挑発、気にしないほうがいい。英雄らしくない」
タイガーリリーだ。
涼しい顔でこちらに近づいてくる。
「安易な慰めはよしてくれ。あいつの言ったことは事実だ。俺は弱い……」
こんなふうにフォローされるのは、あまり気分がよくなかった。
まるで母親に甘やかされる子供みたいだ。
俺は人生において、特になにかを成し遂げたことはなかった。
子供時代、母親から「やればできる子」だと言われ育った。そしてその言葉をお守りにして、「やらない」ことによって「できない子」であることを回避し続けた。
致命的なミスのない人生。
代わりに成功もなかった。
べつに危険をおかす必要はない。
ただ、もう少しくらい挑戦して、少しくらい失敗してもよかった。きっとそのほうが成長できたし、豊かな人生になっていたことだろう。
タイガーリリーは不服そうに肩をすくめた。
「弱いからなに? そんな理由で落ち込むなんて、君より弱い人たちに失礼じゃないかな?」
「そりゃ下を見ればいくらでもいるだろう」
「そうだよ。誰だって最高の存在じゃない。けど、だからって無価値じゃないでしょ? 君が君の価値を否定するのは自由だけど、その考えに私は同調しないから。私にとっては英雄だよ。どんなに君が拒否してもね」
急になにを言い出すんだ。
いや、俺が弱気になっているから、フォローに回らざるをえなかったのだろう。彼女を責めるのは筋違いだ。悪いのは俺なのだから。
俺はひとつ呼吸をした。
「ありがとう。ただ、少年の言葉を聞き流すつもりはないよ。反省の材料にしたいんだ。自分の欠点と向き合わないような人間にはなりたくない。大丈夫。時間が経てば折り合いをつける。ずっとそうしてきた」
「好きだよ、そういうところ」
「よしてくれ」
タイガーリリーは強くてカッコいい。いわば「持てる者」だ。
一方、俺は「持たざる者」だ。彼女が眩しく見える。
とはいえ、だ。
ショックを受けたのは事実だが、俺はその手の経験には慣れているほうだ。弱点を突きつけられたということは、そこさえ克服すれば強くなれるのだ。敵はわざわざ補強すべき点を指摘してくれたというわけだ。
傷つけば傷つくほど強くなる。
もちろん限度はあるが。
いつものように時間が解決する。
少なくとも、自分の弱点を見ないようにしているヤツには、負けたりしない。
(続く)




