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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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41/54

面子

 不浄の子による報復はない。

 そう確信していた俺は、まっすぐアパートへ戻った。


「ただいま」

「……」

 みんな不審そうにこちらを見た。

 まあそうだろう。


「血が出てるマポ……」

 マッポーちゃんが心配そうに駆け寄ってきた。

 少年を撃ったとき、ズボンに少し返り血を浴びたらしい。

「ああ、大丈夫だ。俺の血じゃない」

「えっ?」


 いちおうタイガーリリーには銃の使用を報告しておいた。

 現場に爆ぜた少年の死体があることも。


 殺す必要はなかった。

 あの場を会話で穏便に済ませることもできただろう。

 だが、俺はそうしなかった。

 これは宣戦布告だ。

 交渉はすでに終わった。


 太陽の一族は気に食わない。だがあの子供は、もっと気に食わない。絶対に手を組むことはない。使われるのもまっぴらだ。

 たとえ俺がこの世界の支配者になれたとしても、上司があのガキなんじゃ、ちっともいい話とは言えない。


 俺は飲みかけのコーラを口にした。

 ぬるい。

 だが悪くはない。

 緊張して口が渇いていた。


「この先どうするか、決めてくれたかな?」

 俺がそう尋ねると、みんなはなぜか怒られた子供みたいにしゅんとしてしまった。

 責めているつもりはないのだが。


 するとグロリオサが、なんとも言えない表情でこちらに向き直った。

「私たち妖精は、その日その日を楽しく生きてきました。あまり未来について考えることをしません。いえ、考えるのが苦手なのです。ですからこの先どうするかは、英雄の判断にゆだねたいと思います。それではダメでしょうか?」

 彼女に言われると、なんでも首を縦に振ってしまいそうになる。

 俺はコーラを一口やり、缶をテーブルに置いた。

「けど、たとえばタイガーリリーなんかは、わりと考えるほうじゃないか?」

「あの子は少し……特別です。狼の力のせいで怖がられて、ずっと群れから離れて生きてましたから」

 さらっと個人の闇を暴露するんじゃない。

 どうも雰囲気が独特だとは思ったが。


「いや、でも希望くらいあるだろう。故郷に帰りたいとか、その前に誰かをぶっ飛ばしたいとか……」

 これに答えたのはエーデルワイスだ。

「ぶっ飛ばしたいとは思うよ? けど、それはこないだ英雄にダメって言われたし」

「ダメっていうか、ちゃんと作戦を立てないと危ないからさ。故郷に帰りたいとは思わないのか?」

「それは思わない」

 そういや彼女はそうだった。

 他の妖精も同じなのだろうか?

 みんなうなずいているところを見ると、どうやら異議ナシといった様子だ。


 本当になにもないんだな。

 俺は思わず溜め息をついた。

「分かった。なら俺のやりたいようにやらせてもらう。といっても、選択肢は四つしかない。一、少年と手を組む。二、太陽の一族と手を組む。三、日本政府と手を組む。四、特になにもせず成り行きに任せる。だが、さっき少年を一体始末したから、もう手を組むことはできない。だから選択肢は残り三つだな」

「どうするの?」

 エーデルワイスは無邪気な顔でこちらを見つめてくる。


「もし日本政府と手を組んだ場合、勝利しても問題は解決しない。国内は平和になるが、世界がその後どうなるかは分からない。もしこの世界を滅ぼしたくないなら、少年か太陽の一族、どちらか一方を勝たせる必要がある」

「なら太陽の一族と手を組むの?」

 エーデルワイスは露骨にイヤそうな顔をしている。

 まあ同感だ。

 俺もあいつらは好きじゃない。

「必要ならな」

「全員ぶっ飛ばしちゃえば?」

「もし俺がタフガイならそうしたかったところだが、残念ながら俺はタフガイじゃないんだ。もっと現実的な策を考えよう」


 正直、話がデカくなり過ぎた。

 なにせ警察とカルトが銃撃戦を始めてしまったのだ。そこに民間人の俺が参加したら、よくて刑務所、悪けりゃ棺桶にぶち込まれることになる。自分さえ救えない男が、世界を救おうだなんて、あまりにバカげている。


「現実的な策って?」

 エーデルワイスはもはや自分で考えるのを放棄し、こちらにアイデアを催促してくる。

 蛇口から水が出るみたいに、アイデアが出てくるわけもないのに。

「浄化カルトの対応は、日本政府に任せよう。その間、俺たちは少年の駆除を続ける。もし全部片付いたら、自動的に太陽の一族が勝者となる。そしたらあいつらも故郷に帰るだろう」

 不浄の子のコピーがいったいどれだけいるかは不明だが……。地道に続けていればいずれ終わるだろう。もし世界が滅ぶなら、そのときはそのときだ。


 外でバイクの音がした。

 誰か来たようだ。


 *


「おや、私の部屋に、お客さんがたくさん……」

 ヘルメットを抱えて入ってきたライダースーツの女は、タイガーリリーだった。

 後ろにはパキラもいる。

「早く入りなよ。後ろ、つかえてるんだから」

「ごめんごめん」


 あまり大きなアパートではないから、みんなで集まるとさすがに狭くなる。

 座布団の数も足りていない。


「なにしに来たの?」

 エーデルワイスがむくれた表情で尋ねると、タイガーリリーもすっと目を細めた。

「ここ、私の部屋なんだけど?」

「知ってる」

「まだ怒ってるの?」

「別に。怒ってるのはそっちでしょ?」

「まったく……」

 タイガーリリーは反論さえせず、そっぽを向いてしまった。


「コーラもらうよ」

 空気も読まず、パキラが俺の缶コーラを飲み始めた。

「う、なにこれぬるいんだけど」

 こいつらは会議を妨害しに来たのか?


「少年の件で来たのかな?」

 俺がそう尋ねると、タイガーリリーは肩をすくめた。

「じつはその前から向かってたんだ。そろそろみんなで集まるべきだと思ってね。集める手間が省けたよ」

 ということは、重要な情報を持ってきたということだ。

 たぶん。


 グロリオサが表情を曇らせた。

「みんなって? ほかの子たちは……?」

「ああ、大丈夫。所在は分かってるよ。ただ、すぐには集まれそうにないから、ひとまずこのメンバーで話そう」

 ヴァニラはアメリカで歌手をしているし、ロベリアは刑務所、ライラックは地下アイドルをしていたんだったか。


 タイガーリリーはこちらを見た。

「まず、英雄。不浄の子を撃ったのは少し意外だったな。君なら会話でなんとかすると思ってた」

「そこまでの人間性は備わってなかったみたいだ」

「けど、タイミングは悪くなかった。日本政府も、不浄の子を処分する方向で動くみたい」

「えっ? いやいや、待ってくれ。なら、日本政府と太陽の一族は、同じ目的ってことになるよな? なんで撃ち合ってるんだ?」

 俺の問いに、彼女は苦い笑みを浮かべた。

「面子の問題……かな?」

「面子?」

「だって子供を処分するんだよ? 政府には建前が必要だったんだ。なのに太陽の一族は、そんなのお構いなしに来るから……」

 とても文明人同士のコミュニケーションとは思えない。

 政府の言い分も分からなくはないが、グズグズしてたら世界が滅ぶかもしれないってのに。

 いや、意外とみんなも、世界なんて滅んだっていいと思ってたりして。


 ともあれ、日本政府、太陽の一族、そして俺たち、みんなが不浄の子を狙うことになった。期せずして目的が一致してしまったというわけだ。

 だが、いまの話を聞く限り、協力関係は望めそうにない。

 いや、協力できないだけならまだマシだろう。いったん仲がこじれてしまうと、互いに妨害を始める可能性さえある。

 ルール重視で融通のきかない政府、プライドが高く人間を下に見ている太陽の一族。両者が仲直りできるとは到底思えない。


 ふと、タイガーリリーが手を伸ばし、膨らませているエーデルワイスの頬をつついた。

「まだ怒ってるの?」

「つつかないで」

「つめたいね。せっかくのかわいい顔が台無しだよ?」

「……」

 エーデルワイスは無言のまま頬を染めた。


 まあそうだろう。

 誰もが理解した。

 落ちた、と。


 エーデルワイスは急にわたわたし始めた。

「は? はぁ? かわいいのは当然でしょ? なに? ほかに言うことないの?」

「もっとかわいい顔がみたいな」

「ふーん……」


 そもそもの対立の原因からしてクソくだらなかったのだ。

 仲直りのきっかけもこんなものだろう。


 それより本題を進めて欲しい。

 こっちは、いつどこで銃をぶっ放すべきなのか、それが知りたいのだから。


 茶をすすっていた椿が、小さく息を吐いた。

「では、かの少年を始末すれば万事解決なのですね? でしたら戦いの得意なメンバーで対応に当たりましょう。私、英雄、タイガーリリー、パキラの四名。残りの方々はお留守番ということで」

 戦力外通告されたのは、エーデルワイス、マッポーちゃん、グロリオサの三名。

 だがグロリオサは……おそらく強い。風を操れるという。頑張れば稲妻も。弱いわけがない。なぜ過小評価されているのか分からない。実際に能力を見たわけではないから、あくまで予想に過ぎないが。


 すると案の定、エーデルワイスが反論してきた。

「私も行く」

「いったいなにができるというのです?」

「盾くらいにはなれるわ」

「へえ」

 かつて椿は、命がけで俺の盾になってくれた。そんな彼女からすれば、エーデルワイスの言葉は空疎に聞こえたかもしれない。


 俺はしかしあえて口を挟んだ。

「いや、一緒に行こう。たしかエーデルワイスは、精霊と会話できるんだったな? その能力は、少年の足取りを追うのに使えるかもしれない」

「さっすが英雄! 私のことよく分かってるわね!」

 盾にするつもりはない。

 あんな哀しい思いをするのはもうごめんだ。俺も死なないし、誰も死なせない。


「グロリオサも来てくれ。例の作戦が必要になるかもしれない」

「はい……」

 葬送で使おうとして、結局使わなかった作戦が、ひとつある。

 あくまで最終手段だが。

 出番がないとは言い切れない。


(続く)

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