浄化カルト
ラーメン屋でメシを食ってから自宅へ戻った。
リビングで両親と軽く会話をし、すぐ自室へ。
現在、神器は不安定な状態にある。
少年か、あるいは司祭のどちらかが完全にコントロールを掌握しない限り、いずれ世界は崩壊するという。
さあ、判断しなくては。
俺はどちらに協力すべきだろう?
もし少年が勝てば、バカみたいな話だが、俺は人間界の支配者になれる。
その代わり、またあのクソみたいな式典が始まることになる。あきらかな愚行だ。妖精たちが道具にされる。
ハイリスク、ハイリターン。
では司祭が勝った場合は?
特になにもない。
プラスもマイナスもナシ。
いや、タダ働きさせられそうなだけマイナスか。おとなしく人形をくれてやったのに、感謝の言葉ひとつなかった。きっと今後もあんな対応だろう。
世界を救える。
ただそれだけだ。
ローリスク、ローリターン。
だが俺は、少年に脅されている。七日以内に味方にならなければ、大事なものを失うことになる。
両親を殺されるのは困る。
あるいは生活を破壊されるのは困る。
だがここで忘れちゃいけないのは、俺自身がどうしたいのか、だ。
率直な感想を言えば、どちらの態度も気に食わない。
あいつらは、俺とは無関係な原因で、勝手にデカい争いを始めた。好きに潰し合えばいいのだ。俺の知ったこっちゃない。
気の毒なのは妖精だ。彼女たちは、まったくなんらの落ち度もないのに、巻き込まれている。マッポーちゃんもそうだ。
つまりこういうことだ。
俺はどちらにも協力しない。
いや、正しくはこうだな。
俺は妖精に協力したい。
彼女たちの意見を聞いて、望むように動く。なぜなら彼女たちは、純然たる被害者なのだ。救済がないのはおかしい。
さて、そうなると、愚かな襲撃者どもと戦わねばならないわけだが……。
すでに判明している手口はこうだ。
太陽の一族は、血の魔物をけしかけてくる。
これはシルバー・スピッターで簡単に葬れる。弾切れになったらあとは知らない。
そして不浄の子。
みずからの体をいくつにも分けている。
それは有限である。
それは記憶を共有している。
身体そのものが爆弾である。
不浄のまま過去に戻ったため、いまだに不浄である。
太陽の一族であることをやめたわけではないから、シルバー・スピッターが有効。この点はおそらく司祭も同じ。
活路が見えてきた気がする。
あの少年の自爆攻撃は、いわば自分の体を少しずつ削りながらの攻撃だ。
分身は無限じゃない。なるべく数を維持したいはず。
数が減れば減るほど神器への干渉能力も失う。
では彼は、なぜ今日の自爆テロを派手にやらかしたのか?
ニュースを見る限り、爆発騒ぎがあったのは七ヵ所。
つまり少年の支払った犠牲は七体。
総数を把握できていないので、これを多いと見るか少ないと見るかは判断の分かれるところだが。しかし社会を騒然とさせることには成功した。
おそらく、犠牲を払った上でのデモンストレーションだろう。次も同じことができると思い込ませたかったのだ。あくまで脅しのために。
廃工場での少年の態度を思い出す。
あの余裕のなさ……。かなり追い詰められている。
二回目はないと見ていいのではないだろうか。
見つけ次第、撃つ。
これで行くしかない。
*
だが翌朝、俺の予想を上回る事態が発生した。
『これは現在の、東京駅の様子です』
テレビのアナウンサーはそう読み上げた。
画面内では、日本の警察官と、防護服をまとった謎の武装集団が、東京駅で派手に銃撃戦を繰り広げていた。
話によれば、いきなり現れた謎の武装集団は、一方的に「不浄狩り」をおこなうと宣言したらしい。
だが当然、許可なく武装するのは法令違反だ。警察が取り締まりに当たった。そこで話がこじれて銃撃戦に発展したらしい。
俺はリビングで、両親とともにそのニュース映像を見ていた。
正直、まったく意味が分からなかった。
タイガーリリーが情報を送ってくれた。
武装集団は、太陽の一族であるらしい。
長らく日本政府に協力を要請していたのだが、煮え切らない態度にしびれを切らし、ついに自分たちで不浄の子を狩ろうと乗り込んで来たのだとか。
なにか言い分はあるのかもしれないが、あまりに愚かすぎる。
もちろん会社は休み。今日は出社しなくていいらしい。
だからといって仕事の期日が伸びるわけでもなく、家で作業しろという意味なのは相変わらずだが。
エーデルワイスからもしつこくメッセージが飛んできた。
怖いから家に来て欲しいという内容。
俺だって撃たれたら死ぬのだが。
*
今回現れた太陽の一族は、ネットでは「浄化カルト」と呼ばれていた。声明文で「浄化」を連呼したせいらしい。
子供が爆発した映像も、やはりフェイクではないということがバレた。そいつこそが浄化カルトの言う「不浄の子」なのだと。
ここまで来たら、もはや情報の隠蔽は不可能だ。
自室に戻った俺は、タイガーリリーにメッセージを投げた。
>政府はどうするつもりなんだ?
>俺はどうしたらいい?
迷っているのか、しばらく返事はなかった。
>まとまってから連絡する
ようやく返ってきた文章がそれだ。
政府も混乱しているのだろう。
きっと事前通告もなくおっぱじめたに違いない。
*
昼、母親がラーメンを煮たとかで強制的に食わされた。
昨日の夜もラーメンだったのだが……。まあいい。用意してくれるだけありがたいと思わねば。
外へ出ると、コンビニが営業していた。
ユーザーとしては便利だが、働いている人間はどんな気持ちなのやら。
しかし入店してみたが、商品はほとんど残っていなかった。流通が遅滞している上、客による買い占めがあったらしい。
俺たちの生活は盤石じゃない。
なにか問題に直目すると、すぐさま機能不全を起こす。
俺は自動販売機で何本かジュースを買い、エーデルワイスの家へ向かった。
*
「英雄、会いに来てくれたのね! 嬉しい! 私、寂しさで死んじゃうかと思ったわ!」
エーデルワイスはいつものジャージ姿だった。
それはいいのだが、ここぞとばかりに体を押し付けてくる。痩せているように見えて、意外とやわらかい……。
今日はマッポーちゃんも人間の格好をしていた。おそらく近所のスーパーで買ったと思われる子供服を着せられていた。
「はぁ、これでやっと静かになるマポ……」
もふもふの髪をツインテールにしている。
俺はいつもの癖で、ついその頭をなでた。
「今日は人の格好なんだな」
「緊急事態だから仕方ねぇマポ。毛玉のままだと走るのも一苦労マポ」
部屋には椿とグロリオサもいた。
こういうときに集団行動してくれるのはありがたい。
俺はジュースをテーブルに並べつつ、こう説明した。
「いくつか報告することがある。まず、昨日、みんなと別れてから不浄の子と会った」
「戦ったの?」
エーデルワイスはいつまでも腕にしがみついてくる。
そろそろ離してくれないと、話に集中できないのだが。
「まだ戦ってない。けど事情は把握できた。欠けていた記憶も戻ったよ。シンプルに言うと、あいつと太陽の一族で、神器の制御を奪い合ってる状態だ。それがヒートアップして、人間界に乗り込んで来たらしい」
すべての世界の平和がかかっている以上、彼らにとって、人間界の事情などゴミみたいなものなのかもしれないが。
しかし住んでいる人間にとってはいい迷惑だ。
俺はエーデルワイスをなんとか座らせてから、自分も腰を落ち着けた。
「あの子供に言われたよ。手を貸せって。さもなくば大事なものを壊すってな」
「どうするの?」
「答えは保留にしてある。ま、返事をする前にこんなことになっちまったけど」
缶のブラックコーヒーをあけて飲んだ。
頭を使うのだから、糖分の入っているやつにすればよかった。
椿がまっすぐこちらを見つめてきた。
「お兄さま、椿たちはどうなってしまうのでしょう?」
「分からない。俺個人としては、どちらか一方に加担するつもりはないが……。ただ、みんなのことは守りたいと思ってる。だから、みんながどうしたいのか教えてくれ」
まるで正義のヒーロー気取りだな。
しかし対立する二大勢力がどちらもクソなのだから仕方がない。
少なくとも妖精たちは、俺を使い捨てにはしないだろう。一緒に式典を戦った仲間でもある。選択肢は最初からひとつしかなかったのだ。
*
俺は一通りの事情を説明し、彼女たちの判断を待った。
だが、いつもなら勝手なことを言い出すエーデルワイスでさえ、なぜか黙り込んでしまった。椿もグロリオサも曖昧な笑みを浮かべるばかり。
急に言われても困る、か……。
俺は缶コーラをあけた。
脳を動かすにはやはり糖分が一番だ。
「別にいま決めなくてもいい。なにか思いついたら言ってくれ」
飲み干せなかったが、俺は缶をテーブルに置き、腰をあげた。
「え、どこ行くの?」
エーデルワイスが不安そうに見つめてくる。
「ちょっと用事を済ませてくる」
「危ないこと?」
「いや。終わったら帰ってくるから、缶はこのままにしておいてくれ」
*
廃工場への道順はおぼえている。
住宅街の路地を抜け、裏手へ。
昼過ぎの、うららかな春の陽気。
昨日の印象とは違い、廃工場さえのどかな景色の一部に見えた。
工場内は、日差しがさえぎられているせいで、闇がいっそう濃く見えた。
少年もいた。
「思ったより早かったね」
「ああ」
俺はポケットから銃を抜き、少年に狙いをつけてトリガーを引いた。
反動、閃光、そして炸裂音――。
閉所だからか、音がいっそう鋭く響いた。
「あっ……がはっ……なんで……?」
心臓を撃ち抜かれた少年は、その場にゆっくりと崩れ落ちた。
体からあふれ出した血液が、コンクリートの床にみるみる広がってゆく。
俺はまだ狙いを定めながら、こう応じた。
「返事をしにきたんだ。あんたとは協力できない」
「きッ……君はバカだッ……そんなことして……なんの得にも……」
「損得でモノを選ぶのも悪くない。だが最後は感情だ。あんたのやりくちは好きになれない」
「がっ……はぁっ……」
少年は床を這いつくばりながらも、じりじりとこちらへ近づいてきた。
自爆するつもりだな。
その戦法はもうバレているというのに。
俺は容赦なく二発目を撃ち込んだ。
まず頭部が爆ぜて、連鎖的に胴体も爆ぜた。だが周囲に焦げた肉片をまき散らすだけで、こちらにダメージはなかった。
物陰にひそんでいたコピーどもが、バラバラの方向へ逃げ出した。
襲ってこないのは賢明だ。
こちらにはシルバー・スピッターがあるから、適当に撃っているだけで当たる。それに一体が爆発すれば、近くの個体も誘爆しかねない。こいつらは奇襲以外の攻撃手段を持っていないのだ。
せいぜい逃げればいい。
その場にとどまって死ぬよりは、はるかにマシな選択だ。
(続く)




