夕闇 一
爆発騒ぎは広範囲に及んだが、人的被害がなかったため、少なくとも電車はまともに走り出してくれた。ほとんどの店も営業を継続。
問題はネットだ。
「子供が爆発した」
飛び散った肉片の写真、監視カメラの流出と思われる映像などが次々と投稿されていった。
誰もがカメラを持ち、ネットワークに接続された現代で、情報を秘匿しておくのはほぼ不可能といっていい。
幸いなのは、これが愉快犯による悪ふざけだと思われたことだ。
いや、勝手にそうなったのではなく、政府が金を突っ込んでそういう風潮にしたのかもしれないが。
あえてかばう理由は分からない。
裏でなにか取引があるのかもしれない。
ともあれ俺は、夕方には電車に乗り、自宅近くの駅についていた。
親はいるが、夕飯は自分で済ませることになっている。だからメシのために帰る必要はない。それにさっきからスマホがブーブー鳴っている。エーデルワイスからの呼び出しが執拗に続いているのだ。
*
「来たわね、英雄」
部屋を訪れると、彼女はなぜかスクール水着を着用していた。
本当になぜなのだろうか……。
俺は靴を脱ぎ、部屋にあがりこんだ。
「ご用件ってのは?」
「は? 見て分からない? これよ! 水着!」
「スイミングスクールにでも通うのか?」
「違う! 誘惑してるの!」
スクール水着をそういう目的で使うんじゃない……。
俺はコンビニ袋を置き、マッポーちゃんに缶詰を与えた。
「これ食べて」
「わー! 衆生、だいちゅきマポ!」
軽くなでようとしたのだが、マッポーちゃんが嬉しそうに跳ねるから、バスケのドリブルみたいになってしまった。
エーデルワイスが不満そうに近づいてきた。
「無視しないで!」
「してない。いったいなにが起きてるのか頭を整理させてたんだ」
「誘惑よ!」
腕を寄せて、胸を強調してくる。
まあなくはないので、それなりの谷間にはなっているが……。
「いや待ってくれ。状況を理解してるのか? 事件があったばかりなんだぞ」
てっきりその件で呼ばれたと思ったのに。
するとエーデルワイスもすんと素に戻ってしまった。
「分かってるけど?」
「なら建設的な提案のひとつでも欲しいところだな」
「あなた、バカなの?」
「は?」
バカはどっちだ。
そう言いかけたのを、ぐっと飲み込んだ。
彼女と口論しても、なにひとつ得をしない。仮に口論するにしても、せめて会話の通じる相手とすべきだ。
エーデルワイスは憤慨したように座布団に腰をおろした。
「子供、探したけど見つからなかったの。で、今日、こうなった。相手に先を読まれてるとは思わない?」
「それは……そうかも……」
予想外にまともな反論が来てしまった。
そうだ。
先を読まれている可能性はある。
俺が反論せずにいると、彼女は「ふふん」と鼻を鳴らした。
「じゃあどうするわけ? こっちから攻めるべきよね?」
「その手段があればな」
「あるじゃない?」
「聞かせてくれ」
余裕の態度からするに、さぞかしご立派なプランなんだろう。
彼女はまた前かがみになり、両腕で胸を強調してきた。
「合体して強くなるのよ! そして敵地に乗り込んで無双よ! これで勝つるわ!」
「……」
いったいどこでそんな表現を学んでくるんだ?
いやあきらかにネットだな。
きっと彼女は一日中ネットをしている。
玄関のドアがひらき、椿が入ってきた。
「話はすべて聞かせてもらいました」
まあそうだろう。
これまで一度たりとも聞いていないことがなかった。
エーデルワイスの目はつめたい。
「あきらめなさい、椿。英雄と合体できるのはヒロインの私だけよ」
「ヒロイン? この清らかな椿を差し置いて、ガバガバのあなたが選ばれるとでも?」
「ね、英雄! 聞いてよ! この子、処女になるために一回死んだのよ? バカのすることでしょ? 私と同じガバガバだったくせに!」
それはたしかに愚行と言える。
あとガバガバはやめて欲しい。
俺はひとまず椿に座るよう促した。
「ま、落ち着いて話そう。問題の子供は人間界にいるんだ。魔法陣を使う必要はない。つまりエーデルワイスの能力を強化する必要はないということだ」
「じゃあ能力とかいいから合体しなさいよ」
合体したいだけじゃねーか。
クソ。
こっちだってそうしたいのはヤマヤマなのに、謎の抵抗感が……。
俺は銃をテーブルに置いた。
「こいつを持ってきた。戦いになったら俺がなんとかする。悪いが、いまのところみんなの出番はない」
「……」
痛いものでも見るような目だ。
マッポーちゃんまで……。
黙っていたので、俺は逆にこう言ってやった。
「ところでエーデルワイス、タイガーリリーと仲直りしてくれ。話が面倒になってるぞ」
「は? 関係ないでしょ?」
「ワガママ言ったらしいじゃないか」
「言ってない!」
だがすぐに脇から「言ってました」「言ってたマポ」と訂正が入った。
言っていたようだな。
エーデルワイスは開き直ったのか、ふてくされた顔でコンビニの袋をあさり、中からチョコ菓子を取り出した。
「はいはい。言ったけど? なに? いつものことでしょ?」
本当にいつものことなので困る。
俺はあえて椿に尋ねた。
「具体的になにがあったんだ?」
「お姫さまごっこです」
「はい?」
なんだって?
お姫さまごっこ?
くだらない理由だと予想はしていたが……。あらゆる予想をぶっちぎって、ダントツでくだらない理由だった。
まだなにも聞いていないのに、エーデルワイスが自白し始めた。
「ホントはこの部屋、タイガーリリーの部屋だったの」
「えっ? じゃあなんでエーデルワイスが……」
「私の部屋は隣。でも毎日ここに入りびたって、私のことお姫さま扱いしてってお願いしてたの。最初のほうは付き合ってくれたのに、毎日言ってたら怒られたから、私も怒って……」
「それで?」
「出てっちゃった……」
出てっちゃったじゃないんだよ。
エーデルワイスは菓子の箱をあけ、こちらにもいくつかよこしてくれた。
「私、きのこ好き。英雄は?」
「俺はたけのこだな……」
「ふーん」
ジト目でこちらを見てくる。
なぜさらなる火種を投下するのだ……。
「マッポーちゃんもたけのこしゅきマポ!」
毛玉が会話に参加した瞬間、即座にエーデルワイスの手で投げ飛ばされた。
ただのボールでもこんな扱いは受けないのでは……?
「なあ、エーデルワイス。タイガーリリーに謝ったほうがいい。どう考えても君のほうが悪いぞ」
「なにそれ? タイガーリリーと私、どっちが大事なの?」
付き合っているわけでもないのに、こんなセリフを吐く女がいるとは。
俺はつい鼻で笑った。
「総合的に考えるとタイガーリリーだな」
「は? じゃあ総合的に考えなければどうなるの?」
「まあ、見た目の好みで言えば……タイガーリリーかな」
「じゃあ性格は!?」
「タイガーリリーだ」
よくよく考えると、エーデルワイスの長所ってなんだろう……。
彼女は俺に分けてくれた菓子をわしづかみにし、ぼりぼりとむさぼりだした。
「じゃあ私が勝ってるところってどこよ! 十個言って! 三秒以内に!」
「ムリだろ」
「まず顔がいいところと、髪がきれいなのと、お茶目なところと」
「自分で言うな」
「簡単にえっちさせるところよ!」
「いったん落ち着いてくれ。君にも長所はある。たしかに顔はいいし」
あと簡単にえっちさせるな。
マッポーちゃんが疲れ切った様子で戻ってきた。
「衆生、もうこいつとえっちしてやって欲しいマポ。必死過ぎて、マッポーちゃんも見ててつれぇマポ」
見ててつらいのは分かる。
椿がペットボトルから自分の紙コップに茶をそそぎ、静かにすすった。
「そんな同情みたいな方法はどうかと思いますけど?」
ごくさめた目をしている。
まあ同情はいかんな。
俺も自分の茶を一口やった。
「じゃあタイガーリリーの件はいい。もう言わない。ただ、例の子供がこれからどう動いてくるか分からないんだ。できるたけ危機感をもって行動しよう。お互いにな」
*
なんとか話をまとめたふうにして、俺はアパートを出た。
濃い紫色の春の夕闇。
どこかの庭に植えられた梅のにおいがする。
それほど多くはないが、通行人もちらほらいる。
たとえ爆発騒ぎが起きようと、事態が深刻でなければ、人々はすぐさま日常に戻ってゆく。事件は一回こっきりだが、生活は永遠に続いてゆくのだ。
俺は歩きながら、なんの気なしに路地裏へ視線を向けた。
子供がいた。
薄暗くて顔はよく見えないが……。そいつはじっとこちらを見ていた。
子供が入学式にでも着てきそうな、ベストと半ズボンのスーツ。
そいつの姿は、記憶にこそ存在しないが、その空白部分にピタリとハマった。脳内でシナプスもつながりたがっている。
俺はそちらへ歩を進めた。
すると少年も、あとへついて来いとばかりに背を向けた。
ここに長いこと住んではいるが、路地裏には詳しくない。
余計なところに入り込んで、トラブルのもとになるだけだからだ。
どこか遠くでイヌが鳴いている。
電車の走る音もする。
路地を抜けると、廃工場に出た。
少年はこちらを見ている。
中に入れということか。
俺は頭の中で、バッグから銃を抜くシミュレーションを何度も繰り返した。
戦いになるかもしれない。
(続く)




