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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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38/54

夕闇 一

 爆発騒ぎは広範囲に及んだが、人的被害がなかったため、少なくとも電車はまともに走り出してくれた。ほとんどの店も営業を継続。

 問題はネットだ。

「子供が爆発した」

 飛び散った肉片の写真、監視カメラの流出と思われる映像などが次々と投稿されていった。

 誰もがカメラを持ち、ネットワークに接続された現代で、情報を秘匿しておくのはほぼ不可能といっていい。


 幸いなのは、これが愉快犯による悪ふざけだと思われたことだ。

 いや、勝手にそうなったのではなく、政府が金を突っ込んでそういう風潮にしたのかもしれないが。


 あえてかばう理由は分からない。

 裏でなにか取引があるのかもしれない。


 ともあれ俺は、夕方には電車に乗り、自宅近くの駅についていた。

 親はいるが、夕飯は自分で済ませることになっている。だからメシのために帰る必要はない。それにさっきからスマホがブーブー鳴っている。エーデルワイスからの呼び出しが執拗に続いているのだ。


 *


「来たわね、英雄」

 部屋を訪れると、彼女はなぜかスクール水着を着用していた。

 本当になぜなのだろうか……。


 俺は靴を脱ぎ、部屋にあがりこんだ。

「ご用件ってのは?」

「は? 見て分からない? これよ! 水着!」

「スイミングスクールにでも通うのか?」

「違う! 誘惑してるの!」

 スクール水着をそういう目的で使うんじゃない……。


 俺はコンビニ袋を置き、マッポーちゃんに缶詰を与えた。

「これ食べて」

「わー! 衆生、だいちゅきマポ!」

 軽くなでようとしたのだが、マッポーちゃんが嬉しそうに跳ねるから、バスケのドリブルみたいになってしまった。


 エーデルワイスが不満そうに近づいてきた。

「無視しないで!」

「してない。いったいなにが起きてるのか頭を整理させてたんだ」

「誘惑よ!」

 腕を寄せて、胸を強調してくる。

 まあなくはないので、それなりの谷間にはなっているが……。


「いや待ってくれ。状況を理解してるのか? 事件があったばかりなんだぞ」

 てっきりその件で呼ばれたと思ったのに。

 するとエーデルワイスもすんと素に戻ってしまった。

「分かってるけど?」

「なら建設的な提案のひとつでも欲しいところだな」

「あなた、バカなの?」

「は?」

 バカはどっちだ。

 そう言いかけたのを、ぐっと飲み込んだ。

 彼女と口論しても、なにひとつ得をしない。仮に口論するにしても、せめて会話の通じる相手とすべきだ。


 エーデルワイスは憤慨したように座布団に腰をおろした。

「子供、探したけど見つからなかったの。で、今日、こうなった。相手に先を読まれてるとは思わない?」

「それは……そうかも……」

 予想外にまともな反論が来てしまった。


 そうだ。

 先を読まれている可能性はある。


 俺が反論せずにいると、彼女は「ふふん」と鼻を鳴らした。

「じゃあどうするわけ? こっちから攻めるべきよね?」

「その手段があればな」

「あるじゃない?」

「聞かせてくれ」

 余裕の態度からするに、さぞかしご立派なプランなんだろう。


 彼女はまた前かがみになり、両腕で胸を強調してきた。

「合体して強くなるのよ! そして敵地に乗り込んで無双よ! これで勝つるわ!」

「……」

 いったいどこでそんな表現を学んでくるんだ?

 いやあきらかにネットだな。

 きっと彼女は一日中ネットをしている。


 玄関のドアがひらき、椿が入ってきた。

「話はすべて聞かせてもらいました」

 まあそうだろう。

 これまで一度たりとも聞いていないことがなかった。


 エーデルワイスの目はつめたい。

「あきらめなさい、椿。英雄と合体できるのはヒロインの私だけよ」

「ヒロイン? この清らかな椿を差し置いて、ガバガバのあなたが選ばれるとでも?」

「ね、英雄! 聞いてよ! この子、処女になるために一回死んだのよ? バカのすることでしょ? 私と同じガバガバだったくせに!」

 それはたしかに愚行と言える。

 あとガバガバはやめて欲しい。


 俺はひとまず椿に座るよう促した。

「ま、落ち着いて話そう。問題の子供は人間界にいるんだ。魔法陣を使う必要はない。つまりエーデルワイスの能力を強化する必要はないということだ」

「じゃあ能力とかいいから合体しなさいよ」

 合体したいだけじゃねーか。

 クソ。

 こっちだってそうしたいのはヤマヤマなのに、謎の抵抗感が……。


 俺は銃をテーブルに置いた。

「こいつを持ってきた。戦いになったら俺がなんとかする。悪いが、いまのところみんなの出番はない」

「……」

 痛いものでも見るような目だ。

 マッポーちゃんまで……。


 黙っていたので、俺は逆にこう言ってやった。

「ところでエーデルワイス、タイガーリリーと仲直りしてくれ。話が面倒になってるぞ」

「は? 関係ないでしょ?」

「ワガママ言ったらしいじゃないか」

「言ってない!」

 だがすぐに脇から「言ってました」「言ってたマポ」と訂正が入った。

 言っていたようだな。


 エーデルワイスは開き直ったのか、ふてくされた顔でコンビニの袋をあさり、中からチョコ菓子を取り出した。

「はいはい。言ったけど? なに? いつものことでしょ?」

 本当にいつものことなので困る。


 俺はあえて椿に尋ねた。

「具体的になにがあったんだ?」

「お姫さまごっこです」

「はい?」

 なんだって?

 お姫さまごっこ?

 くだらない理由だと予想はしていたが……。あらゆる予想をぶっちぎって、ダントツでくだらない理由だった。


 まだなにも聞いていないのに、エーデルワイスが自白し始めた。

「ホントはこの部屋、タイガーリリーの部屋だったの」

「えっ? じゃあなんでエーデルワイスが……」

「私の部屋は隣。でも毎日ここに入りびたって、私のことお姫さま扱いしてってお願いしてたの。最初のほうは付き合ってくれたのに、毎日言ってたら怒られたから、私も怒って……」

「それで?」

「出てっちゃった……」

 出てっちゃったじゃないんだよ。


 エーデルワイスは菓子の箱をあけ、こちらにもいくつかよこしてくれた。

「私、きのこ好き。英雄は?」

「俺はたけのこだな……」

「ふーん」

 ジト目でこちらを見てくる。

 なぜさらなる火種を投下するのだ……。


「マッポーちゃんもたけのこしゅきマポ!」

 毛玉が会話に参加した瞬間、即座にエーデルワイスの手で投げ飛ばされた。

 ただのボールでもこんな扱いは受けないのでは……?


「なあ、エーデルワイス。タイガーリリーに謝ったほうがいい。どう考えても君のほうが悪いぞ」

「なにそれ? タイガーリリーと私、どっちが大事なの?」

 付き合っているわけでもないのに、こんなセリフを吐く女がいるとは。

 俺はつい鼻で笑った。

「総合的に考えるとタイガーリリーだな」

「は? じゃあ総合的に考えなければどうなるの?」

「まあ、見た目の好みで言えば……タイガーリリーかな」

「じゃあ性格は!?」

「タイガーリリーだ」

 よくよく考えると、エーデルワイスの長所ってなんだろう……。


 彼女は俺に分けてくれた菓子をわしづかみにし、ぼりぼりとむさぼりだした。

「じゃあ私が勝ってるところってどこよ! 十個言って! 三秒以内に!」

「ムリだろ」

「まず顔がいいところと、髪がきれいなのと、お茶目なところと」

「自分で言うな」

「簡単にえっちさせるところよ!」

「いったん落ち着いてくれ。君にも長所はある。たしかに顔はいいし」

 あと簡単にえっちさせるな。


 マッポーちゃんが疲れ切った様子で戻ってきた。

「衆生、もうこいつとえっちしてやって欲しいマポ。必死過ぎて、マッポーちゃんも見ててつれぇマポ」

 見ててつらいのは分かる。


 椿がペットボトルから自分の紙コップに茶をそそぎ、静かにすすった。

「そんな同情みたいな方法はどうかと思いますけど?」

 ごくさめた目をしている。

 まあ同情はいかんな。


 俺も自分の茶を一口やった。

「じゃあタイガーリリーの件はいい。もう言わない。ただ、例の子供がこれからどう動いてくるか分からないんだ。できるたけ危機感をもって行動しよう。お互いにな」


 *


 なんとか話をまとめたふうにして、俺はアパートを出た。

 濃い紫色の春の夕闇。

 どこかの庭に植えられた梅のにおいがする。


 それほど多くはないが、通行人もちらほらいる。

 たとえ爆発騒ぎが起きようと、事態が深刻でなければ、人々はすぐさま日常に戻ってゆく。事件は一回こっきりだが、生活は永遠に続いてゆくのだ。


 俺は歩きながら、なんの気なしに路地裏へ視線を向けた。

 子供がいた。

 薄暗くて顔はよく見えないが……。そいつはじっとこちらを見ていた。

 子供が入学式にでも着てきそうな、ベストと半ズボンのスーツ。

 そいつの姿は、記憶にこそ存在しないが、その空白部分にピタリとハマった。脳内でシナプスもつながりたがっている。


 俺はそちらへ歩を進めた。

 すると少年も、あとへついて来いとばかりに背を向けた。


 ここに長いこと住んではいるが、路地裏には詳しくない。

 余計なところに入り込んで、トラブルのもとになるだけだからだ。


 どこか遠くでイヌが鳴いている。

 電車の走る音もする。


 路地を抜けると、廃工場に出た。

 少年はこちらを見ている。

 中に入れということか。


 俺は頭の中で、バッグから銃を抜くシミュレーションを何度も繰り返した。

 戦いになるかもしれない。


(続く)

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