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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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37/54

Tipping Point

 時間だけが過ぎた。


 朝早く起きて、満員電車に詰め込まれて出社。薄明るいオフィスにつくと、それからずっとパソコンの操作。日が暮れてからようやく帰宅。

 この繰り返し。


 その間、妖精たちとの雑談くらいはあったものの、新情報はなかった。

 同じ顔をした子供――。

 いるはずなのに、見つからない。


 あれから神器の老人も現れていない。

 太陽の一族も没交渉。

 ニュースを見ても、人間が人間に迷惑をかけている内容ばかり。


 まるで世界の危機も、その兆候も、どこにも存在していないかのような――。


 ループする日常。

 進展のない生活。

 停滞する社会。


 誰かの話によれば、二十世紀の人間は、二十一世紀が輝かしい未来になると想像していたらしい。

 だが実際の二十一世紀は……。老人ばかりだ。誰もが疲れ切っている。あるいは反動で過剰にはしゃぎ出す。互いが互いを警戒し、関わり合いを持たないようにしている。

 テクノロジーが発達し、人々はコミュニティに頼らず生きられるようになった。古い因習は消滅した。人々は縛られなくなった。自由を得た。だがその自由は、なぜか人々に不安を与え始めた。

 現代人は、宇宙空間を漂う岩石のようだ。

 誰もが自由を得た代わりに、なにをすべきか分からなくなった。どこへでも行けるはずなのに、絶えず「大きななにか」に寄り添うようになった。自由の暴走を恐れ、他者を拘束したがるようになった。すべては整然と管理されるべきだと言い出した。ついには自縄自縛になった。

 だから「自由」とは、我々には扱えない怪物かもしれないと、その誰かは言った。


 *


 異変は突然起きた。


 その日、俺はいつものようにオフィスで仕事をしていた。仕事というか、ネットというか……。どうせ夜まで帰れないのだからと、溜まった仕事を後回しにしてダラダラ過ごしていた。


 サイレンが鳴り響いた。

 どこかで火災でも起きたらしい。


 すると別室でミーティングをしていたらしい上司が、弱った表情で部屋に入ってきた。

「なあ、ニュース見たか? 凄いことになってるぞ」

「えっ?」

 職場にテレビはないから、ネットで見るしかない。


 俺は普段からよくネットを使う。だが基本的には調べものばかりで、ニュース専門のサイトは見ないようにしていた。この国ではまともにニュースが機能していないように思えたからだ。

 もちろん絶対に見ないわけじゃない。ただ、きちんと背景を知っていないと、ただ興奮し、踊らされることになる。浮足立ったところで一気に扇動される。そんなシーンを幾度も見てきた。


 俺は渋々ネットを検索した。

 該当記事はすぐに見つかった。各所で爆発騒ぎが起きているらしい。テロでも起きたのだろうか。

 コメント欄には、あいつのせいだ、いやあいつのせいだと、さっそく根拠不明な憶測やら願望やらが書き込まれていた。まだ「爆発があった」としか情報が出ていないのに。

 人々は、何度も政治的デマに騙されてきたのに、反省もなくまた同じことを繰り返そうとしている。

 いや、いい。人は誰しも自分の直感を信じて疑わないし、その直感を否定する相手を即座にバカだと決めつけるし、気に食わないヤツには死んで欲しいと思っているものだ。ごくありふれた光景。こんなことで怒っていたら心が壊れる。


 注目すべきは爆発のほうだ。

 政治がらみのテロという可能性も否定できない。

 だがあくまで「可能性」の話であり、そう断定すべき情報が存在するわけでもない。

 住宅街、商店街、バス停、路地裏……。発生場所を見る限り、政治的に重要な拠点が狙われたとは考えにくい。狙われたのはむしろ市民の生活圏。もちろんそういったテロもあるが……。


 上司は大儀そうに言った。

「今日はもう帰っていいぞ」

 特に珍しいことではない。

 ここは優良企業とは言えないが、それだけに、期日までに仕事をしていれば特になにも言われない。なんならこれは、仕事の続きは家でやれという意味でさえある。


 *


 時刻は十四時半。

 外はまだ明るい。

 こんな時間に外の空気を吸えるとは、思ってもみなかった。


 電車は大幅に遅延しているようだったので、タクシーをつかまえた。

 気軽にタクシーを乗り回せるほどリッチではないが、今日ばかりはやむをえない。ほかに移動手段もないのだ。


「北千住までお願いします」


 *


 現地に到着してみると、シャッター通りには非常線が張られていた。

 まさか、バーも狙われたのか?


 野次馬の姿はない。

 しかし警官が二名立っているから、侵入するのは不可能。


 どうすべきか思案していると、後ろから声をかけられた。

「おや、もう到着とはね」

 振り向くと、バーテンダーの格好をしたタイガーリリーが、なんとも言えない笑みで立っていた。

「無事だったのか」

「なんとかね。家に案内するよ。そこで話そう」


 *


 連れてこられたのは立派なマンションだった。

 メインストリートから外れてはいるが、駅からそう遠くもなく、オートロックまで完備されている。

 いいところに住んでいるものだ。


 部屋にはパキラもいた。

「あ、英雄だ。てかお酒は? なんで買ってこないの?」

 人の家のソファで横になって、だいぶくつろいでいる。というか服さえ脱ぎ散らかしていて、ほぼ下着姿だ。

「お酒なら冷蔵庫にあったでしょ?」

「あんな薄いの飲んだ気しないよ」

「まったく……」

 爆発騒ぎから数時間でこのありさまだ。

 タイガーリリーも大変だろう。


 俺は座布団に腰をおろした。

「なにがあったんだ?」

「爆発だよ。急に。ドカンって」

「バーが狙われたのか?」

「そうだよ。気味の悪いガキが入ってきて、なんか急にポエムを読み上げてさ。なんだっけな……。まあいきなり爆発したわけ」

「自爆したのか?」

「そう」

 自爆テロだと……。

 パキラはソファからぐっと身を乗り出してきた。

「見てよ、これ! 前髪! ちょっと焦げちゃった。タイガーリリー、あとで揃えてくれない?」

 言われてみれば、ほんの少しチリチリになっている気がする。

 だが身体へのダメージはなさそうだ。


「怪我はしなかったのか?」

「しなかったけど、肉片が飛んできてさ。服がダメになっちゃった。サイアクだよ」

 前髪を少し焦がす程度の被害、か。


 するとタイガーリリーがコップに麦茶をいれて出してくれた。

「けどもう少し距離が近かったら危なかったよ。店のお酒もほとんど割れちゃったし」

「ま、あたしを殺したければ、もっと本気で来てくんないとね。あんな子供じゃ相手にならないよ」

「それはいいけど、シャワーは浴びたの?」

「まだ」

「早くして」

 せっつかれたパキラは、渋々といった様子で立ち上がった。

 タイガーリリーも床の衣類を回収し、別室へ。


 子供、か……。

 きっと俺たちが探していた「不浄の子」だろう。

 見つからないと思ったら、いきなり現れて自爆とは。迷惑にもほどがある。


 タイガーリリーが戻ってきて、近くの座布団に腰を落ち着けた。

「なにか推理してたんでしょ? 聞かせて?」

「サッパリだよ。まあ少なくとも、政治がらみのテロじゃなさそうだけど」

「子供が爆発したんだから、人間の仕業じゃないよね」

「やっぱり不浄の子かな」

「椿から聞いたよ。ずっと探してたんだって? 言ってくれれば手伝ったのに」

 そういえばこちらには相談していなかった。


 しかし意外だな。

 椿がタイガーリリーと連絡を取り合っていたとは。


 俺は麦茶を飲み干し、こう尋ねた。

「そういえば、エーデルワイスとはなにかあったのか?」

「べつに」

「これから状況はハードになるかもしれないんだ。できれば一致団結して対応したいんだが」

 そう説得すると、彼女はかすかに溜め息をつき、困ったような表情を見せた。

「たいしたことじゃないよ。ちょっとケンカしただけ」

「ケンカって?」

「あの子、周りが見えてないから。注意したんだ。そしたらもう顔も見たくないって……。だから別行動してるの。それだけ」

「ああ、まあ……それは彼女が悪いな」

 エーデルワイスは本当に周りが見えていない。なにかというと自分の要求を優先してしまう。だいたいはかわいいワガママだが、それも積み重なってくると面倒なときがある。


 タイガーリリーは寂しげに笑うだけで、それきり黙ってしまった。

 おそらく自分にも非があると思っているのだろう。


 俺はつい笑ってしまった。

「けど、君も大変だな。せっかく面倒なエーデルワイスと離れたのに、パキラの世話をするハメになって」

「ま、あの子はあの子でかわいいところもあるけどね」

 パキラは一方的にライバル視しているようだが、タイガーリリーからすれば妹のようなものなのかもしれない。


「そういえば、グロリオサに会ったよ」

「それも椿から聞いた。保育園で働いてるんだって? きっと天職だろうね。あの子、誰かの世話するの好きだから」

「消息不明なのはロベリアだけか」

「ええと……」

 タイガーリリーは、急に気まずそうな顔になった。

 なにかあったのだろうか?

「もしかして、見つかったのか?」

「うん」

「場所は?」

「それが……刑務所の中。薬事法違反で……」

「……」

 まさか毒物を?

 殺人や傷害でないところを見ると、誰かに販売していたと考えるのが妥当だろう。妖精もここでは生活費を稼がねばならないのだ。とはいえ、ほかにも手はあったはずだが……。


 ふと、テーブルにゴトリと拳銃が置かれた。

「そうそう。これ。バーから持ってきたんだ。使って」

「えっ?」

 シルバー・スピッターだ。

 いや、使ってもなにも……。こんなのを持ち歩いたら、銃刀法違反で俺まで刑務所行きだ。


 タイガーリリーはしかし平然としていた。

「あとこれ。警察手帳。職質されたらこれで切り抜けて」

「いやいやいや……。えっ? 作ったの?」

「やだな、正式に発行されたものだよ」

「正式……」

 そんなわけないだろう。

 偽造品ならともかく、正式なものを持っているほうが怖いのだが。


 彼女はフッと笑った。

「そんな顔しないで。政府とは話がついてるから」

「……」

 前に職業を言わなかったのは、そういう事情か……。

 彼女は最悪の事態を見越して、しかるべき相手に相談していたのだ。つまり政府とつながっている。


「政府もね、異世界の存在については、以前から把握してたみたい。情報を欲しがってた」

「以前から?」

「たびたび迷い込んでくるらしいよ。ほとんどは無害だし、そんなに数も多くないから、だいたいは保護して終わりみたいだけど」

「なるほど。やけに話がスムーズだと思った」

「ま、担当者が出てくるまでは、私もかなり冷たくあしらわれたけどね」

 事情を知らない公務員なら、そうなるだろう。

 俺だって当事者だから確証をもてるが、もしそうでなければ精神科への通院をオススメしているところだ。


「話はどこまで通ってるんだ?」

「私たちが妖精ってことと、太陽の一族が介入してきてるってことだけ」

「それだけで銃の許可を?」

「ホントは私の監督下でしか許可されないけど……。悠長なこと言ってられる状況でもないしね。政府も、今回はお行儀よくやるつもりはないみたい。太陽の一族は、以前から大きなトラブルを起こしてたらしくて。呼べば専用の部隊を送ってくれるってさ」

「そいつはよっぽどだな……」

 きっと表に出ていない被害が山ほどあるのだろう。不法侵入で顔写真をさらされたのも納得だ。


(続く)

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