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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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都市伝説 二

 それから俺たちはケーキを食うことにした。


 今日もはじめのうちはよかった。

 互いのケーキをもらったりしながら、みんなおいしそうに食べていた。妖精たちは、本当に幸福そうに食べてくれる。俺はこの様子を眺めるのが大好きだ。

 ところが、だ……。


 一息ついたところで、エーデルワイスがいきなりマッポーちゃんをわしづかみにした。かと思うと、玄関に向かって全力で遠投してしまった。

 マッポーちゃんは木のドアにメリと音を立てて激突し、そのまま力なく何度かバウンドした。


「やだもう、口元にクリームがついちゃった。英雄、とって?」

 くいと頬を突き出してくるエーデルワイス。

 この女、使い魔を犠牲にしてまで……。


 椿はなにか押し付けるものはないかと周囲をキョロキョロし始めたが、あとは使用中の座布団くらいしかない。


 グロリオサが膝立ちになった。

「ほら、エーデルワイス。私が拭いてあげますよ。ワガママはダメ。ねっ?」

 柔らかそうなハンカチを取り出して、さっと口元のクリームを拭きとった。

 これにはエーデルワイスも、恥ずかしそうに「ごめんなさい」と素直に応じるほかなかった。

 凄まじい姉力あねぢからだ。


 もし彼女がいなかったら、いまごろ椿との口論に発展していただろう。たぶんそのあと土下座も見られたはず。


 マッポーちゃんがのそのそと戻ってきた。

「いまの茶番はなんだったマポ? マッポーちゃん投げられ損マポ……」

「よしよし」

 俺は毛玉をなでてやった。


 エーデルワイスはお行儀よく座り直し、「こほん」と咳払いをした。

「そうそう。例の魔法陣だけど、私なりに解析できたわ」

 こいつじつはド底辺妖精なんじゃないかと思いかけていたところだが、きちんと役目は果たしてくれたようだ。

 実際、魔法陣について詳しい妖精は、彼女だけなのだ。本当に頭脳担当なのかもしれない。

「詳しく教えてくれ」

「といっても魔法陣の用途なんて、出口に使うか入口に使うかだけで、結局のところ別世界へのゲートでしかないんだけど。エレメントの配置から見る限り、転移先はゼロ地点。つまりあらゆる世界の中央よ。きっと箱の中ね」

 あの図形からよく割り出せるものだ。

 とはいえ、あの老人が帰る先は、神器の中しかあるまい。

 もしくは太陽の一族のいる世界か。

 新情報はない。


 エーデルワイスは肩をすくめた。

「ただ、残念だけど、ゼロ地点は私の力じゃ扱えないわ。そもそも、そこへは誰も到達できないの。普通はあるかどうかさえ証明できないくらいなんだもの。私たちは実際に行ったからあるって断言できるけど」

「あの老人以外に、扱えるヤツはいないってことか……」

 俺がそうつぶやくと、エーデルワイスはにこりと笑みを浮かべた。

「もう一人いたけどね」

「誰だ?」

「例のバーのオーナーよ」

 そうだった。

 前回、澁澤氏は、魔法陣を自分で試して箱の中に入り込んでしまったのだった。

 そして今回も、おそらくサイトを見る限り、同じミスをした。


 俺はつい溜め息をついた。

「例のサイトに載っていた画像も、同じ場所を示していたんじゃないか?」

「なんで先に言うのよ!」

「ほかに可能性が思いつかなかった」

「せっかくびっくりさせようと思ってたのに! そうよ! 同じ魔法陣だったの!」


 澁澤氏の末路は変わらなかった。

 きっとこうなる運命だったのだろう。


 シナプスが、存在しないはずの記憶をつなげてゆく。

 前回、澁澤氏は好奇心から「不浄の子」を召喚した。いや、子供はその直前まで不浄ではなく、召喚されたせいで不浄になったわけだが。

 子供を哀れに思った澁澤氏は、もとの世界に送り返す方法を探り、実験を繰り返すうち意図せず箱に転移してしまった。


 そのあと少年はどうしたんだったか……。

 そこまでは定かではない。


 俺は天井を見上げた。

「ともあれ、澁澤氏はもうこの世にいない。つまり魔法陣だけ分かっても、特に使い道はないってことだ……」

 だが、エーデルワイスはなぜか得意顔だった。

「なにか忘れてない?」

「なんだ?」

「それは、わ・た・し!」

 両手で自分の頬を指さして、満面の笑みでアピールしてくる。

 どんな美人がやってもイラっとする動きだ。

「でも、扱えないんだろ?」

「それはあくまで人間や妖精を飛ばすことはできないってだけ」

「じゃあなんなら飛ばせるんだ? ゴミでも飛ばして嫌がらせするのか?」

「そうよ? たとえばそこの毛玉とか」

 いや、否定してくれ。

 マッポーちゃんはゴミじゃない。

 そして当のマッポーちゃんもあきらめているのか、まったく反論せずただ丸くなっていた。


 代わりに反論してやるとしよう。

「さすがに可哀相だろ」

「魔物なんだから平気よ。強制的に連れ戻すこともできるし」

 なるほど。

 エーデルワイスがいれば、自由に移動させることができるのか。


 かと思うと、彼女はずっと距離をつめてきた。

「どうしても人間や妖精を飛ばしたいなら、もうひとついいアイデアがあるけど?」

「あるのか?」

 だがこの瞬間、部屋の空気がピリついたのを感じた。

 イヤな予感がする。


 エーデルワイスはぐっと顔を近づけてきた。

「妖精ってね、愛する人と結ばれると能力が高まるの。結ばれるっていうのは、具体的には……わぷっ」

 その顔面に、椿のアイアンクローが炸裂した。

「距離が近すぎますよ、エーデルワイス」

「あだだだだ!」

 椿の手の筋の張り方からして、かなりの力を込めているのが分かる。

 見かねたグロリオサも「ほらほら、ケンカはダメよ」と仲裁に入った。


 椿が手を離すと、エーデルワイスは痛そうにこめかみをおさえた。

「顔が傷ついたらどうするの? 責任とってよね!」

「すみません、つい興奮してしまって。あなたには顔しか取り柄がないというのに……」

「顔以外もあるわよ!」

 そうだぞ。

 マッポーちゃんを召喚できる。


 するとグロリオサが、なんとか笑みを浮かべてこう教えてくれた。

「でも本当なんですよ、さっきの話。私たち妖精は、愛する人と結ばれると能力が高まるのです。だからきっと、式典でも英雄とヒロインという形式が採用されたんだと思います」

 なるほど。

 愛の力で試練を乗り越えよう、という感じだったのか。

 残念ながら俺は誰ともヤらずじまいのまま、式典を終わらせてしまったが。


 いちおうの確認もかねて、俺はこう尋ねた。

「あー、つまり……その……だいぶ仲良くなったら……エーデルワイスは人を転送できるようになる、ということでいいのかな?」

 この物言いに、みんななんとも言えない顔になってしまった。

 女性経験の浅さが露呈してしまったか。

 だがなにも悪いことじゃない!

 これが犯罪行為だというのなら甘んじて非難を受け入れるが、しかしそうではないのだから、決して非難しないでいただきたいものだ。


 エーデルワイスも苦笑気味だ。

「そ、そうよ。そういうことよ」

「そういうことか……」


 グロリオサが、ぎゅっと手を握ってくれた。

「だいじょうぶ。なにも恥ずかしいことはありませんよ。私でよければいつでも相談に乗りますから。ねっ?」

 ホントにいいなら、いまこの場で相談に乗ってもらうが!

 クソ。

 消えたい……。

 なぜ俺は生まれてきてしまったのだ……。

 いや、俺が悪いんじゃない。世界が悪いのだ。個人の有するエネルギーよりも、世界の有するエネルギーのほうがはるかに大なのだから、だいたいの原因は世界のほうにある。これは疑いようのない事実だ。間違いない。


「お兄さま……」

 椿までもが応援するような目になっている。


 まあ、人間性を失う危険もないのだし、エーデルワイスと結ばれるという手も全然アリだ。

 なのに、なぜか強烈な抵抗感がある。「妖精に手を出す=死」という感覚に、ずっと脳を締め付けられている。

 前回の記憶のせいだろうか?


 いや、それだけでは説明のつかない感覚……。


 考えれば考えるほどおかしいのだ。

 そもそも、妖精たちだって普通じゃない。

 こちらを英雄と呼ぶ理由がない。慕う理由もない。ただ「記憶の中にある相手」というだけの関係だ。なのにやたら距離が近い。


 もしや、これは呪縛か?


 なんの呪縛だ?

 いったい誰にかけられた?

 これも不浄の子とやらが関係しているのか?


 神器の再計算は、不浄の子が介入したせいで正常に完了しなかった。だとしたら、たしかに時だけは巻き戻ったが、エラーを含んだ状態で巻き戻った可能性がある。

 そのゆがみが、各所に生じているのではなかろうか。


 不浄の子は、いったいなにを目論んでいる?

 俺たちになにをさせようとしている?


 全貌を把握しているのは、おそらくあの老人だけ。

 あるいは不浄の子本人もだが……。それはもう、すぐにでも消去される予定になっている。


 だが――。


 都市伝説の子供が、不浄の子なのだとしたら?

 老人は、また出し抜かれることになる。

 エラーは修正されず、むしろ深刻化することになるだろう。


 では先手を打って、こちらで子供を探すか?

 しかしどうやって?


 俺はポンと膝を叩いた。

「分かった。作戦を思いついたぞ」

「あ、逃げた」

 エーデルワイスが余計なチャチャを入れてきたが、俺は反論せずスルーした。

「エーデルワイス、たしかいま無職だったよな?」

「は?」

「悪いんだけど、例の子供を探してみてくれないか? グロリオサが言ってた、同じ顔をした子供だ」

「無職……。まあいいけど……」

「頼むよ。そいつは不浄の子かもしれないんだ。できればスマホで写真を撮ってくれると助かる。なにか思い出すかもしれない」

「はいはい。やるわよ。英雄からのお願いだもの」

 あきらかに気乗りしていない。

 だらだらしすぎたせいで、外出するのも億劫なんだろうか。だとしたらただの無職ではなく、完全にニートだな。


 するとグロリオサも同調してくれた。

「私も園の子供たちに詳しい話を聞いてみます」

「ありがとう。助かるよ」


「椿も時間を見つけて探してみます」

「期待してるぞ。ただし、くれぐれも深追いしないでくれ。いまは存在を把握するだけでいい」

 もし不浄の子なら、接触には危険が伴う。

 だから見るだけだ。


 これで少しでも事態が進展するといいのだが……。


(続く)

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