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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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34/54

侵入者 二

「ま、座ってくれ。水でも飲むか?」

 俺はソファに神器を座らせた。

 よぼよぼの老人。

 人の話を聞いているのかも怪しい。


「子供だ……」

「そいつになんの用がある?」

「神器を……回復させる……」

 きっと地下の人形のことを言っているのだろう。

 時空を超えてこんなのに追い回されるのだとしたら、マネキンの中に逃げ込みたくなる気持ちも分からなくはない。


 いや待て。

 いま、かなり重大な発言があったのでは?


「神器を回復させる? てことは、また故障したのか?」

「やつはみずからの存在をふたつに分けていた……。気づけなかった……。すべてを滅ぼさぬ限り、神器は浄化されぬ……」

「やつってのは?」

「不浄の子……」

 またそいつか。

 ならその不浄の子とやらが、記憶から失われた情報なのだろう。


 神器は興奮しているのか、体を小刻みに震えさせた。

 かと思うと、急にこちらを見た。

「お前のせいだ……!」

「はい?」

「やつは……お前との戦いに勝利するため……人間性を切り離し……いずこかへ保管した……。私は一方を消去した……。だが私が世界の再計算を始めると……もう一方が現れ……計算に介入したのだ……」

 なら俺のせいじゃない。

 こいつの確認ミスだ。

 自分の仕事のミスを、俺に押し付けないで欲しい。


「俺はそいつと敵対してたのか?」

「そうだ……。やつは神になるため……人間性を集めていた……。人間を誘い込み……搾取を続けた……。お前はその犠牲者だ……」

 にわかには信じがたいが、しかし妙にしっくり来た。

 俺はそいつと戦っていた気がする。直接的な殺し合いではない。なにかを競い合っていた。


「記憶を直してくれたら手っ取り早いんだが」

「そのための神器は……制御のきかぬ状態にある……。子供を渡せ……。消去するのだ……。このままでは……すべてが崩壊する……」

 もう二度とここに来ないと誓えるのなら、こいつにマネキンを譲渡してもいい。

 だが前回はこいつの言う通りにして、うまくいかなかった。

 次も失敗しないという保証があるだろうか?


「協力したい気持ちはあるが……。もっと情報が欲しいな」

「なにが分からぬ……!?」

「そもそも、その不浄の子ってのは、なぜ神になろうとしたんだ?」

「お前は知らなくていい……」

「ほーん……」

 俺はグラスの水をすすった。

 こんな態度じゃ、ちっとも協力したくならないな。


 神器はまた震えだした。

「お前の世界も……滅ぶのだぞ……?」

「そうかい。ならもう安月給で働く必要もなくなるな」

「……」

 あきらかにイライラしている。

 だが勘違いして欲しくない。こいつは夜中にいきなり押しかけて、一方的な要求を押し付けている。それにしては優しく応対しているほうだ。


 老人は深く呼吸をし、冷静さを取り戻した。

「さきほど、血の魔物の話をしたな……?」

「あんたがやったんだろ?」

「違う……。おそらくは……人間界に入り込んだ太陽の一族……。力ずくで子供を回収せんとしている……。いずれさらなる暴挙に出るだろう……」

「えっ?」


 太陽の一族は、すでに滅んだはずでは?

 いや、違う。

 不浄の子とやらを消去したから、滅ばずに存在し続けているのだ。


 見た目は人間と同じだから、どこかですれ違っても分からないだろう。


「けど、彼らは人間界に来たら穢れるのでは? あんたは平気そうだけど」

「私には加護がある……。だが民にはない……。ゆえに全員は来ぬ……。だが世界の崩壊と引き換えなら……命がけで来るぞ……。子供を渡せ……」

 世界の崩壊――。

 俺にとってはどうでもいい問題だが、俺以外の全人類はノーと言うかもしれない。

 なりふり構わず襲ってくるかもしれない。

 正直、そんなに危ないなら渋るだけ損だろう。

 意固地になって殺されるのは本望ではない。

「分かったよ。協力する。ただし、それがあんたの探してる子供かどうかは分からないぜ?」

「渡せ……」

「はいはい」

 ホントに要求しかしてこないなこいつ。


 *


 タイガーリリーが地下から人形を持ってきてくれた。

 本当に渡すべきか自信はないが。

「ほら、こいつだ」

「不浄の子……」

「これで世界が救えるのかな? この多大なる貢献に対して、感謝状のひとつでも欲しいところだな。ついでに金一封も」

「こちらで処分する……」

「帰るのか? タクシーでも呼ぼうか?」

 老人が立ち上がりかけたので、俺は手を貸してやった。

 体重が軽い。


 老人はつぶやいた。

「魔法陣を描く……どこかひらけた場所は……」

「あるぜ」


 *


 召喚用の部屋に案内すると、老人はじっと地面を見つめたまま動かなくなった。

「これは……」

「魔法陣を描くための部屋だ。好きに使ってくれ。ただし壊さないように」

「ここに……ここに描かれていた魔法陣は……なんだ……?」

「えっ? ああ、それ? 誰かが消しちまったから、もとがなんだったのかは分からないよ」

「……」

 老人は俺に人形を押し付けて、地べたに顔を近づけた。

 そんなに凝視しても読めないものは読めないと思うが。


「まさか……まさか……」

「なにか?」

 かなり乱暴に消されているのだが、神器には読み取れるのだろうか?

 澁澤氏は「アナザー・ワールドへの入口」などと主張していたっけ。

 どこか危ない場所にでもつながっているとか?


「いや……そんなはずはあるまい……」

「説明してもらっても?」

「ふん、時間のムダだ……」

 老人はチョークで魔法陣を描き始めた。

 もう少し配慮というものがあってもいいと思うのだが。


「人間よ、警告だ……。私がこの魔法陣を使用し終えたら……すぐに消せ……。さもなくば……よからぬことが起こる……」

「はいよ」

 よからぬことはごめんだ。

 すぐに消す。

 写真くらいは撮らせてもらうが。


「いいな……? 必ずだ……」

「はいはい。ちゃんとやるよ。ほら、人形」

「……」

 神器は顔を布で覆ってはいるが、じつに不安そうにこちらを見てくる。

 いまいち俺を信用されていないようだ。

 人形を素直に差し出してやったというのに。


 魔法陣の中央は、人が立てるよう大きめの空白になっていた。

 老人はそのスペースに立ち、呪文の詠唱もなく、ただ手を組み、じっと動かなくなった。

 やがて、ふっとエネルギーの波が伝播した。

 老人の姿は消えた。


 俺はポケットから取り出したスマホで、魔法陣を撮影した。念のため二枚。いや三枚撮っておくか。

「この魔法陣ってなんなんだ?」

 そう尋ねると、後ろにいたタイガーリリーは首をかしげた。

「さあね。エーデルワイスなら分かるかもしれないけど……」

「彼女にはもう会った。あとで聞いてみるよ」

「そう……」

 タイガーリリーはすっと視線を移動させた。

 俺もそちらを見たが、あるのは部屋の壁だけ。

 エーデルワイスに対して、なにか思うところでもあるのだろうか?


 *


 バーに戻ると、パキラがソファで寝ていた。酒瓶を小脇に抱え、大股をひらき、じつにだらしない寝相だ。

 タイガーリリーもこれには溜め息だ。

「パキラはホントに……」

「俺もそろそろ寝るよ。ああ、でも安心してくれ。ベッドは使わない」

 上にもソファはある。

 すると彼女はフッと笑った。

「使ってもいいんじゃない? それとも、なにか遠慮してるのかな?」

「べつに……」

「私は気にしないけどね。ま、行こうか。一緒の部屋で寝るのは、少しドキドキするね」

「……」

 男の扱いなど手慣れたものだろうに。

 妖精でもこの程度でドキドキするのだろうか? それとも俺のレベルに合わせてくれているのか? 余計なお世話だな。


 *


 もちろん何事もなく夜が明けた。

 というより、起きたときにはすでにタイガーリリーの姿はなかった。

 俺は身を起こし、窓から差し込んでくる朝日に目を細めた。

 春の日差しはやわらかい。

 その気になれば、ずっと眠っていられる。


 一階へおりると、誰かがシャワーを使っている音が聞こえた。

 俺は構わずバーへ。


 ソファでは、朝からパキラが飲んでいた。

「やあ、英雄。このあたしを差し置いてタイガーリリーと寝るなんて、なかなかやるね」

「なにもしてない」

「どうだか。あーでも、もしヤッてたら、情けないイヌの遠吠えが聞こえてるはずだから、ホントになにもなかったんだろうね」

 この女、ゲスすぎる……。


 俺はアルコールを入れる気になれず、水だけ飲んだ。

 カウンター席に腰をおろし、テレビをつける。

 ニュース番組だ。どこかで見たことのある美女が、アメリカの式典で歌を歌っていた。アメージング・グレイス。いい歌声だ。名前はヴァニラとある……。


 間違いない。

 記憶にある妖精だ。

 アメリカで歌手をやっているとは。


 パキラもいきなり立ち上がった。

「あーっ! バニラのやつ、なんかすごいことになってるじゃん。なにやってんだよ。人間界になじみすぎでしょ……」


 するとタイガーリリーが、艶のある黒髪をまとめ、バスタオル一枚で戻ってきた。

 ハリのある健康的な褐色肌を、雫がすべり落ちてゆく。

「見てよ、タイガーリリー。ヴァニラのやつ、歌手になってる」

「知ってるよ」

「は? 知ってる? なんで言わないの……」

「きっと興味ないと思って」

「……」

 反論しないところを見ると、たぶんパキラもいまのいままで興味がなかったのだろう。


 タイガーリリーはバスタオルのままカウンター席についた。

「せっかくだし、みんながどこでどうしてるのか、私が把握してる範囲で教えておくよ。互いに協力できるかどうかは分からないけどね」

 気になる物言いだ。


 かくして俺たちは、互いの情報を突き合わせた。

 総合するとこんな感じだ。


■タイガーリリー

 住居はバー付近。職業は秘密。


■パキラ

 住居はバー。無職。


■椿

 不動産経営。


■エーデルワイス

 椿に養われている。無職。


■ヴァニラ

 アメリカで歌手。


■ライラック

 一度だけバーに顔を出したが、その後は不明。


■ロベリア

 不明。


■グロリオサ

 不明。


 こうしてみると、不明のメンバーがどこでどうしているのかが気になる。

 ま、考えたところで分かるはずもないのだが。


 タイガーリリーはこう補足してくれた。

「ライラックは、一時期、地下アイドルをやってたけど……。まだ続けてるかどうか分からないね」

 パキラがウイスキーを吹きそうになった。

「アイドル? あの子が? 歌なんて歌えるの?」

「ノーコメントだよ」

「素直に罠師でもやってりゃいいのに」

 だが罠を扱う仕事はそう多くない。都市部に住んでいるならなおさらだ。


 ともあれ、強制的に人間界に呼ばれたわりには、みんなそれぞれ生活しているようだ。

 なにか理由があったはずなのだが。

 もう世界崩壊の危機も去ってしまったし、このまま妖精界に戻れないのなら、人間界に定住してもらうしかないかもしれない。本人たちもずいぶん馴染んでいるようだし。


(続く)

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