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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
回帰編

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32/54

オカルト板

 さんざん引き留められたが、俺は連絡先だけ交換し、制止を振り切って帰宅した。

 結局、ラーメン屋に寄っている余裕はなかった。その代わり、カップ麺をすすりながらPCでバーの調査だ。


 ところが、どれだけ検索しても、オシャレなバーしか見つからなかった。

 いちおう魔術バーのURLも教えてもらったのだが、肝心の所在地が記載されていなかったのだ。魔術愛好家たちが集まる隠れ家的な店というわけだ。

 秘密主義者め……。


 手がかりナシ、だ。

 いや待て。

 魔術愛好家?

 なら、そいつらに聞けばなにか分かるのでは?

 問題は「どこにいるか」だな。

 某大型掲示板の「オカルト板」にでもいてくれたら楽なのだが……。


 ひとまず、それらしいスレッドがないか確認してみた。

 オカルト板に限った話ではないが、質問用スレッドがあるのにそこ以外で質問すると、凄まじく叩かれる。ルールがないときはやりたい放題なのに、少しでもルールがあると御神託かのように遵守し始める。いや、もはや遵守が目的なのではなく、ルールから外れたヤツを叩くための棒でしかないが。

 俺は精神を集中し、投稿欄にこう書き込んだ。


>急にすまんやでw

>むかしどっかに魔術愛好家が集まるバーあったの誰かおぼえてへん?

>魔術に自信ニキお願いやでw

>教えてクレメンスw


 ま、こんなところだろう。

 調査をするときは、時として現地人になりすますのも有効。

 あとは彼らの反応を待つだけだ。


 だが、俺がラーメンを食い終わってもレスがつかなかった。

 過疎っている。

 書き込むスレッドを間違えたか? だが別のスレッドに書き込むとマルチポストとか言われてまた叩かれる。

 とりあえずシャワーでも浴びてくるか……。


 *


 部屋へ戻ると、いくつかのレスを見つけることができた。

 一件目はこれだ。


>うぜーから死ね


 ふん。

 暴力で言論を封殺しようというのか?

 愚かさの凝縮されたレスだな。

 二件目はこれだ。


>こいつIQ3しかなさそう


 社会がすさんでくると、ユーザーの心まですさむらしい。

 残念だが、IQなら両手で数えきれないほどある。

 三件目はこれ。


>昔っていつのこと?

>国内?

>国外?

>北千住に一件あったけど急に潰れたんだよなあそこ


 北千住――。

 そうだ。記憶がよみがえってきた。間違いない。

 時計を見ると、十時を少し回ったところだった。いまからなら間に合う。いや、間に合わずとも構うまい。どうせ明日は休みなのだ。


 俺は「みんなサンガツやでw」と書き込み、部屋を出た。


 *


 駅を降りると、道順さえ思い出せた。

 そうだ。

 よくここのコンビニで買い物をして、妖精たちと一緒に食べていたっけ。


 シャッター通りだ。

 人の姿はない。

 いや、酔っ払いが一人、道端でへたり込んでいる。どこかで見た顔……のような気もするが……。気のせいかもしれない。少なくとも妖精ではない。

 俺は気にせず先を急いだ。


 バーにはOPENともCLOSEとも書かれていなかった。

 重たそうな木製のドア。

 中の音は聞こえない。

 じつは怪しい店だったらどうしよう……。


 ドアレバーをつかみ、軽く押してみた。

 カギはかかっていない。

 そのままドアを押し、中へ。


 まっくらではなかった。

 だが、営業しているような明るさでもなかった。


「すいませーん……」

 ドアから顔だけ出し、声をかけた。

 だが、返事はない。


 かすかにすっと物音がしたような気がしたが。

 いや、勘違いか?

 まさかネズミ……?


「誰かいませんかー?」


 再度呼びかけるが、やはり返事はない。

 せっかく来たのに。

 仕方ない。出直すとしよう。


「待て。動くな。騒ぐな。声を出したら頭をぶち抜く」

 闇から急に誰かが現れて、頭になにかを突き付けてきた。

 まさか、拳銃?


 俺はごくりと唾を飲み込み、何度かうなずいた。

 女の声だ。

 そいつは壁に張り付いているらしく、俺の位置からは姿を確認することさえできなかった。


「誰の使いだ?」

「誰って?」

「目的を言いなよ」

「いや、それは……」

 魔法陣を見せてくれ、などと言っていいものだろうか。

 相手はきっと非合法な組織だろう。

 おちょくっていると思われたら、なにをされるか分からない。


 だが、そいつはいきなり銃をどけた。いや、よく見るとそれは銃ですらなく、栓抜きだった。

「なんだい、誰かと思ったら英雄じゃないか。それなら最初にそう名乗ってくんなきゃ。ほら、あたしだよ。パキラ」

「えっ?」

 クールビューティーな顔立ちの、赤いショートヘアの女。

 タンクトップにレザーパンツという格好をしていた。

 記憶にもある。

 たしかにパキラだ。


 俺はほっと息を吐いた。

「なんだ、パキラか。殺されるかと思った」

「いきなり入ってくるから」

「ちゃんと声をかけたよ」

「油断させるためかも」

 いったい誰と戦ってるんだこいつは。


 パキラが電気をつけてくれたおかげで、ようやくまともな明るさになった。


「けど、久しぶりだね。ここにはよく来てるのか?」

「住んでるの。みんな来ると思ったのに、誰も来ないから暇でさ。ね、英雄、一緒に飲もうよ?」

「そうしたいんだけど、先に確認したいことがあって」

「そう? なら勝手に見て回って。あたしはここにいるから」

 彼女はソファに身を預けた。足元にはウイスキーのボトル。中身の入っているものから、入っていないものまで沢山。ずっと一人で飲んでいたらしい。


 俺はカウンターに入り、落とし戸を探した。

 ここの地下貯蔵庫に、重要な秘密があった気がする。


 *


 地下は薄気味悪いし、埃っぽかった。

 光源は、吊りさげられた裸電球だけ。それでも電気が来ているだけマシか。


 本棚には魔術書がぎっしり。

 年季の入ったデスクもあった。

 置かれた日記には……趣味の話がズラズラと。なんだか分からない記号と、その意味のメモ。これまで試した魔法陣の記録。だが、たいした情報は得られなかった。

 エーデルワイスが見れば、なにかつかめるだろうか?

 俺が読み取れたのは、店のオーナーが澁澤という人物だったということだけ。


 ふーむ。

 こんなものだったろうか?

 ここはもっと重要な場所だった気がするのだが……。俺はなにか記憶違いをしているかもしれない。


 奥にもなにか転がっている。

 なんだろう? 人形? マネキンか?

 いや、きっとたいしたものではあるまい。

 俺の記憶によれば、ここで重要なのは日記だけ。その日記もハズレだったわけだが……。


 さて、お次は魔法陣でも探すとしよう。

 サイトには写真も載っていたのだが、解像度が低かったのと、一部が見切れていたこともあり、エーデルワイスによれば「よく分かんない」そうだ。


 *


 俺はいちど上へ戻り、ドアからバックヤードに入った。

 廊下に沿ってトイレがあり、シャワールームがある。それらを通り過ぎたところに、空っぽの部屋を見つけた。

 家具は置かれておらず、がらんとしている。床には円形のチョークのあと。これが魔法陣だろうか。だが残念なことに、すでに消されている。自然と風化したのではなく、何者かが乱暴に踏み消したのだ。

 ま、いちおう写真を撮っておくか。


 俺はまたパキラのもとへ戻った。

「なあ、あのバックヤードのさ……。魔法陣、消したのパキラか?」

「は? あたしが消したのは酒だけだよ。ほかのものには手を出してない」

 それは信じてもいい。

 むしろ酒にしか興味ないだろう。


 俺も少し間をあけて、ソファに腰をおろした。

「失礼するよ」

「なんでそんな遠くに座るの?」

「いや、なんとなく……」

 こんなだからモテないのかもしれない。

 だがいきなり真横に座ったら不自然だろう。ちゃんと座れるスペースがあるのに。


「なあ、パキラ。さっきは誰を警戒してたんだ? 誰かに攻撃されたのか?」

「まあね。でもぶっ飛ばしたらおとなしく帰っていったよ」

「え、誰?」

「顔隠してたからよく分かんないけど、変なカッコのヤツ。子供を探してるとか言ってたっけ。助けてくれって言われたけど、あたしよく分かんなかったからさ。警察行けって言ったの。そしたら中に入ってこようとするから、ちょっと揉めてね……」

「……」

 情報が濃いわりに、まったくなにも入ってこない。


 顔を隠してる?

 神器の中の人のことだろうか?

 だが、あいつはわざわざ人間界には来ないだろう。なにせ、あらゆる世界の時間を巻き戻すようなヤツだ。子供くらい自分で探せる。


 そもそも、子供というのもよく分からない。

 椿のことか?

 いや、椿は小柄だが、子供ではない。


 本件とは無関係な、ただの不審者かもしれない。

 パキラの言う通り、警察の管轄だろう。


 そのパキラは、ウイスキーの瓶から直接ひとくちやった。

「ぷはぁ……。染みるねぇ……。ここは天国だよ。いくらでも酒がある」

「ほかには誰か来なかったか?」

「ほか? ああ、一回ライラックが来たっけ。おぼえてる? チャラチャラした女。妖精界に帰る方法聞かれたけど、知らないって言ったら、どっか行っちゃった」

「そうか」

 確認できているのはエーデルワイス、椿、パキラ、ライラック。残りの面々も人間界にいそうだ。


 俺は立ち上がり、裏口をあけてみた。

 だが、異世界へはつながっておらず、ただ寂れた路地裏があるばかりだった。おそらく従業員用の出入口なのだろう。


「なに? 帰るの?」

「いや、ちょっと外を確認しただけだ」


 なんの変哲もない普通の店。

 記憶の中では、もっと重要な拠点だったはずなのだが……。


(続く)

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