Reunion
年季の入った古いアパートに案内された。
途中で何人かの通行人とすれ違ったが、マッポーちゃんはただのネコだと思われていた。
203号室。
ドアをノックすると、中から「はいはーい」と若い女の声がした。
出てきたのは銀色の髪の女。そこらでは見かけないレベルの美人だ。だが初めてじゃない。彼女のことは記憶にある。
「ウソ、英雄……? マッポーちゃん、ホントに見つけてきたの?」
びっくりして目を丸くしていた。
間違いない。
エーデルワイスだ。
「だから言ったマポ。この辺に住んでるはずだって」
マッポーちゃんはドアの隙間から部屋に入っていった。
「久しぶり……で、いいのかな」
返事に困った俺は、そんな言葉しか発せなかった。
記憶がだいぶ蘇ってきた。
なつかしい気分だ。
「い、いっかい入って? 中で話そ?」
「お邪魔します……」
今日は異様なコスプレはしていなかった。地味な灰色のスウェット。きっと部屋着だろう。
部屋は片付いていた。
というより、ほとんど生活の痕跡がない。
妖精はほぼ食事の必要さえないのだ。こうもなろう。
「ホントに実在したんだ……」
彼女は珍獣でも見るような目でこちらを見た。
まあこちらも同じ感想だが。
古びた和室に、薄い座布団が敷かれている。
勧められた俺は、遠慮なくそこへ腰をおろした。
「なんだか、初めて会った気がしない」
「そりゃそうでしょ。前も会ってるんだから」
この対応。
だんだんリアルに思い出してきた。
ご大層なのは見た目だけで、中身はわりと子供っぽいんだった。
俺は一通り周囲を見回し、部屋の様子を眺めてから、こう切り出した。
「で、どうなの?」
「は?」
「いや、生活はさ……。わりと質素というか……」
「ちょっと待って。世間話でもするつもり? もっと重要なことがあるでしょ?」
「重要?」
あった気がする。
だが、それがなんなのか、いまいち思い出せない。
俺たちはなんだかんだで問題を解決し、そして平穏な生活をやり直すことにしたのではなかったか?
彼女はずいっと距離を詰めてきた。
「あなたは英雄で、私はヒロインなの。せっかく二人が揃ったのよ? 世界をどうこうしたいと思わないワケ?」
「どうこうって……」
自称英雄と自称ヒロインが力を合わせて……この現代社会でなにをするって?
俺は特別な力など有していないのだ。
丸まっていたマッポーちゃんが溜め息をついた。
「衆生、あきらめるマポ。こいつは前からずっとこうマポ。記憶の中の体験が忘れられず、なにかデカいことをしたいって言ってひとつも譲らねぇマポよ。マッポーちゃんの代わりに相手してやって欲しいマポ」
退屈な日常にあきて、スリルを求めているのか。
まあ気持ちは分かる。
俺も銃をぶっ放してヒロインに出会いたい。こうまとめるとバカみたいだが。しかし人間の欲求などタカが知れている。
「具体的になにをしたいんだ?」
「それを一緒に考えてよ。あ、もちろん今日は泊まっていくわよね? 大丈夫。そのときはマッポーちゃんは外に放り出すから。ポイよ、ポイ」
ずいぶん性急だな。
だが記憶によれば……妖精はほかにもいたはずだ。
顔も曖昧だし、名前も出てこないが。
「ええと、ほら……食用菊……じゃなくて」
「は? いま私を侮辱した?」
「いやそうじゃなくて、ほかにもいただろ? 仲間がさ……」
「いない」
彼女は急につらそうな顔になった。
いない?
いや、そんなわけない。
「いたよ。なあ、マッポーちゃん?」
俺がそう尋ねると「いたマポ」と返事が来た。だがそれ以上のフォローがないところを見ると、きっと面倒な事情があるのだろう。
エーデルワイスは座ったまま何度も跳ねた。
「いいでしょ! いないったらいないの! それより、これ見てよ!」
スマホを取り出し、なにやら見せてくれた。
個人サイトだろうか。
あまり慣れていない人が手でタグを打って作ったようなデザインだ。
内容は魔術? 召喚術?
彼女はぐっと顔を近づけてきた。
「ここ! このお店に行きたいの! 魔術バーだって」
「ずいぶん昔に更新が止まってるけど……。閉店してるんじゃないか?」
「そうよ?」
当然といった顔でこちらを見てくる。
青い宝石のような、つぶらな瞳だ。
「閉店してるのに、行くのか?」
「見てよこれ! 魔法陣! きっとなにか召喚してたのよ!」
「うーん?」
魔法陣に興味があるのか?
そういえば彼女は召喚術の使い手だったな。
だからこそマッポーちゃんもここにいる。
スマホの中の画像にはキャプションもついていた。
作者いわく「ついに完成! これがアナザー・ワールドへの入口だ!」とのこと。
アナザー・ワールド、か……。
そういえば俺が銃を撃っていたのも、人間界ではないどこかだった気がする。オゾン臭のする場所だった。
「で、この店はどこに?」
「問題はそこよ。いっぱい探したんだけど、私の頭脳をもってしても見つけられなかったの」
「それは難儀だな……」
彼女に分からないのなら、俺ごときに分かるはずもなかろう。
ふと、玄関のドアが開いた。
というか、カギがかかっていたはずだが……。普通にカギを開けて、誰か入ってきた。
「失礼します」
和服を着た、小柄なオカッパの女。
見覚えのある顔だ。
たしか……いや違う、食用菊じゃない。もっとちゃんとした名前の……。
エーデルワイスが顔をしかめた。
「なに勝手に入ってきてんのよ?」
「英雄の声がしたので」
それでも勝手に入ってきてはダメだ。
彼女は膝を折り、正座をすると、すっと手をついて頭をさげた。
「お久しぶりです、お兄さま。椿です」
「え、お兄……? ああ、そうか。椿だ。おぼえてるよ。元気そうでなにより」
「はい」
にこりと柔和な笑み。
マッポーちゃんが「アパートの管理人マポ」と教えてくれた。
仲間はいないとか言っておいて、すぐ近くにいたんじゃないか。
椿――。冷気を操る妖精だ。
しかしうっすら残る彼女との思い出は、だいぶ苦々しいものだった。
巨大な敵の戦闘で、彼女は俺の盾となって命を落としたのだ。熱線の直撃を受けてまっ黒に炭化していた。再会するのはそれ以来となる。
まあ元気そうだし、あえて触れないでおくか。
椿はちらとスマホの画面へ目をやった。
「またあのお店の話ですか……」
「なに? 悪いの?」
「どこにあるのか特定できたのですか?」
「まだだけど?」
バチバチしている。
なつかしいというか、なんというか。
この光景を、俺はバーで見た気がする。
いたのだ。
みんなで。
「なあ。俺たち、そのバーに行ったことあるよな? そこで落ち合って、一緒に戦いに出かけて……」
だが椿は「はて?」と腑に落ちない表情。
エーデルワイスも首をかしげている。
「そうだっけ? あーでもさ、もしそうなら、お店はこの近くってことじゃない? 片っ端からバーに入ってみたら、きっとどれかアタリかも」
すでに閉店しているという話を、いましたばかりだろう。
営業中の店はすべてハズレだ。
うーん。
それにしても、いまいち記憶がハッキリしない。
なにか重要な部分を忘れているような。
俺はひとつ呼吸をし、こう尋ねた。
「あのさ、基本的な点を確認しておきたいんだけど……。二人は、なんでここにいるんだ?」
もともと妖精界にいたはずだ。
もし世界の壁を超えるなら、何者かによる召喚術が必要となる。マッポーちゃんはいい。エーデルワイスが呼び出したんだろう。だがエーデルワイスと椿は、誰が呼び出した?
するとエーデルワイスが立ち上がった。
「そこよ! そこが問題なの!」
「どこだよ……」
「私たち、いきなり人間界に飛ばされたの。意味分かる?」
「いや、分からない」
意味も分からないし、原因も分からない。
椿に裾を引っ張られ、エーデルワイスは大人しく腰をおろした。
「まあでもいいの。英雄の住んでる世界見てみたかったから。まあちょっとどうかと思うところもあるけど……。いろいろ便利ね」
「帰れるのか?」
「ムリよ。だからバーを探してるんじゃない」
「そうか」
怒る前に、まずは順序立てて説明して欲しかったな。
妖精たちはいきなり召喚された。
理由は分からない。
帰るためには魔法陣が必要。
だからヒントが欲しくてバーを探している。
こういうことだ。
だがエーデルワイスは横になった。
「ま、帰れないのは別にいいのよ」
「いいのかよ」
ならバーだってどうでもいいじゃねーかよ。
なんなんだこいつは……。
エーデルワイスは盛大な溜め息をついた。
「英雄、いまあなたこう思ったでしょ? この女、めんどくさいって」
「すごいな、ほぼ正解だ」
ニュアンスが違うから、98点ってところか。正解は「こいつめんどくせーな」だ。
彼女は不快そうに目を細めた。
「いい? 私はね、理由をつけてあなたをデートに誘ったの。さっきだって一緒にバーに出かけるチャンスだった。なのにそのチャンスを、あなたが潰したのよ」
「ならデートするか? ちょうど腹が減ってるから、途中で見かけたラーメン屋でも……」
「ラーメン屋? デートなのに? 減点ね」
いったいなんなんだホントに。
椿も苦い笑みだ。
「ごめんなさいね、お兄さま。エーデルワイスったら日本社会になじめなくて、だいぶやさぐれてしまって。ただ、私たちがここへ飛ばされたのには理由があると思うんです。なにか大きな力が働いてるんじゃないかって……」
大きな力――。そう聞いて、俺は例の「神器」を思い出した。
箱とも呼ばれていた。
世界を改変する計算機。
かつて俺は妖精たちを解放するため、その神器を破壊しようと必死になっていた。神器を破壊することで、なんらかのルールを変更しようと考えたのだ。
すると神器が割れて……中から人が出てきた。
そいつは言った。すべての問題を解決するために、原因となった存在を消去してやり直す。だから時を巻き戻すのだ、と。
かくして問題のない世界が再スタートした。
うん。
円満に解決した気がする。
なのに、まだなにかあるとでもいうのか?
いや、なにかあったから、こんなことになっているのだ。
まさか、計算をしくじったのか?
原因を消去できなかった?
俺はふさふさのマッポーちゃんをなでながら、ぼんやりと思案した。
「ま、たしかに、いろいろ気になるな。水面下でなにか問題が起きているのかもしれない。手遅れになる前に、先手を打って調べてみるか。まずはバーだな。場所を特定できないか、俺のほうでも探ってみる」
エーデルワイスが身を起こした。
「つまりデートってこと?」
「いや、家に帰ってネットで調べるよ。なにか分かったら連絡する」
「はい?」
俺は腹が減ったのだ。ラーメンを食うと決めている。それを拒否するような女とは、一緒にメシは食えない。
いや……。だが普通に考えれば、エーデルワイスよりラーメンを優先させる必然性はない。
俺はなぜ彼女を避けようとしているのだろう……。
(続く)




