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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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30/54

葬送?

 ここはまるで宇宙空間に浮かぶサイコロだ。

 客席は真っ赤。


 戦いの終了条件はふたつ。


■箱を破壊する

■箱を破壊する前に、ヒロインが一人になる


 このいずれかの条件が満たされた場合、葬送は終わる。

 俺の生死は問われない。


 ラッパの音が、夜空に鳴り響いた。

 同時に、フィールドの外周に火の手があがる。かなりの勢いだ。まるで炎の壁に囲まれたかのよう。


 さあ、始まった。

 ここからは一秒も時間をムダにすることはできない。


 俺は駆け出し、太陽の紋章を目指した。

 マッポーちゃんを背負ったエーデルワイスもついてきた。

 他の妖精たちは静観。


 呪縛はないらしく、同士討ちはなかった。

 いつもなら、この時点で戦闘が始まっていたことだろう。椿を失ってしまったが、巨人との戦いはムダではなかった。


 俺は巨大な紋章の中央に立った。

 小さな点がある。

 ここを突けばいいということか……。


 まあそうだろう。

 少年は神器に触れて一体化したという。アクセスするための仕掛けが、どこかにあることは予想できていた。


 俺は短剣を握りしめ、点めがけて力いっぱい突き込んだ。


 世界が爆ぜた。


 *


 ふと気が付くと、俺は暗黒の空間をさまよっていた。

 無重力。

 だが呼吸は苦しくない。


 遠方には満月。

 よく見ると、直前までアリーナだった立方体が、いくつかのパーツに分かれて浮遊していた。その中央には、なにか……エネルギーの塊。


 葬送はどうなった?

 妖精は?

 少年は?


 目の前に何者かが現れた。

 法衣をまとい、布で顔を覆った人物。

 太陽の一族の残留思念。

 いや、残留思念なんかじゃない。こいつは生きている。


「よくやった、人間。褒めてやろう」

「お前はいったい……」

「不浄の子に穢されていた『神器』だよ。お前のおかげで、ようやく浄化に成功した」

 神器?

 こいつが?

 なら、滅ぼされた一族というのはウソだったのか……。


「だましたのか?」

「そう。だましたのだ。内部に入り込んだ不浄を分離するためには、一度この器を解体する必要があった。お前はそれを成し遂げた。あの短剣はじつに不快だったが、同時にとても効果的だった」

「みんなはどこだ?」

「ほれ、あそこ。それとあそこ、あそこ、あそこにも」

 そいつは次々と空間を指さした。

 暗くてよく見えない。

 もしこいつの言っていることが事実なのだとすれば、みんなはかなり激しく飛ばされたようだ。


 神器は告げた。

「心配か? しかし考えるだけムダだ。未来は来ない。これより時を巻き戻すのだからな」

「はっ?」

「過去を改変し、不浄の子を歴史から消去する。だが安心せよ。この神器がすべてを正しく再計算しよう。お前は人間界に生まれ、妖精たちもそれぞれの故郷に生まれる。ただ、互いに会うことはなかろう。不浄の子によって作られた接点は消滅するのだ」

「……」


 過去を改変する?

 なかったことにする?

 ふざけるな!

 せっかく手に入れた十億はどうなる?

 いやそこもだが、妖精と会えなくなるのも寂しすぎる。

 一緒に戦った仲間だ。

 まだお別れの挨拶さえしていない。


 いや、しかし……よくよく考えれば、それが本来あるべき姿なのかもしれない。

 そもそもの話、これら式典自体が異常だったのだ。神だ妖精だ魔物だと、あまりにファンタジーが過ぎた。

 俺たち人間は、こんなものに触れるべきではなかった。


 つまり神器は、ごく常識的なことを言っている。

 一方的すぎてムカつく気持ちはあるが。


 神器はかすかに息を吐いた。

「不満か? いいだろう。お前は私にとっても英雄だ。ひとつと言わず、いくらか願いを聞き入れてやろう」

「ごく感傷的なお願いでも?」

「可能な範囲であれば」

「なら思い出を残してくれ。俺の頭から消さずに」

 十億はいい。

 もうあきらめる。もともとまともな金じゃない。

 だが体験まで奪われるのはつらい。


「記憶を残す、ということか。よかろう。計算の整合する範囲でやってみよう。ほかには?」

「えっ?」

 そんなにいろいろ聞き入れてくれるのか?

 意外といいやつだな。


 だが願いなどと言われても、パッと思い浮かばない。

 いつまでも脳裏にこびりついているのは十億のことだけ。


 俺はもうヤケクソでフカした。

「なら力が欲しい」

「計算の整合する範囲で応じよう。ほかには?」

「そんなに!? いやもう思いつかないよ……」

「遠慮することはない。お前の人間性と引き換えだ」

「いや、それを先に言ってくれよ。じゃあもういい。記憶だけでいい。力はいらない」

 道理で気前がいいはずだ。

 仮に最強の力を手に入れても、それにふさわしい人間性が備わっていないのなら、そんなのはただの怪物だ。人間界では生きていけない。なんならゴリラの群れにでもいたほうがいい。


 俺はいちおう、こう確認することにした。

「なあ、記憶を残した場合、どれくらいの人間性が失われるんだ?」

「案ずるな。記憶ごときではなにも奪わない。記念にとっておけ」

 記憶ごとき、か。

 こいつにとってはそうなのだろう。体験の価値は、その当人にしか分からない。


 いちど納得しかけたものの、俺はしかしどうしても承服できず、こう尋ねた。

「本当に巻き戻すのか?」

「そうだ。これはお前の目的とも一致する」

「俺の?」

「お前の目的は、妖精たちを解放し、なおかつ自分が生き延びること。時を巻き戻せば、それらの目的はすべて達成される」

「それは……まあ、その通りだな……。たぶん……」

 反論の余地もない。

 俺はそのために戦ってきた。


 ただ、俺は自分の手でそれを成し遂げたかった。

 こんな形ではなく……。


 神器はこちらに手をかざした。

「では計算を実行する。もう会うこともあるまい」


 *


「あーう! あーう!」


「お母さん、おしっこ!」


「ピーマンいやって言ったじゃん!」


「やったカレーだ!」


「え、転校? どこに?」


「……」


「学校行きたくない……」


「勉強勉強ってうるせぇんだよ!」


「進路どーすっかな……」


「あ、あの……こ、こんど、映画とか……行かない?」


「この世界はクソだな」


「授業ダルすぎだわ」


「はい、志望動機は、御社の企業理念が……」


「ダメだもう辞表書くわ」


「はい、志望動機は、御社の企業理念が……」


「なんだこの会社、クソだな」


「はい、志望動機は、御社の企業理念が……」


「なんで誰も帰らねーんだよ!」


「ひとつもいいことねーな……」


「はぁ、疲れた……」


 *


 その日も、会社を出たのは暗くなってからだった。

 電車を乗り継ぎ、最寄りの駅へ。

 毎日毎日、幾度となく繰り返してきた行動を、今日もまた反復している。


 いつもなら夕飯を買うためコンビニにでも寄るところだが、その日は缶コーヒーを片手に、公園のベンチでぼうっとしていた。

 子供はいない。

 不良学生も溜まってない。

 俺しかいない。

 外灯には蛾がたかっている。


 気づかなかったが、どうやら今日は満月のようだ。

 あまり目がよくないから、ウサギが餅をついているかどうかは分からないが。


 野良ネコが通り過ぎた。

 俺はそれを目で追った。

 ほかにすることもなかった。


 えーと……。

 なんだっけ?

 うっすら残る記憶によれば、俺は前世で銃をぶっ放して英雄になっていたはずなのだが……。なぜこうなってしまったのだろう?

 いや、前世なんてあるわけないし、ただ夢を見ていただけだとは思うが。


 なんだかな。

 いい歳してロクな給料ももらえず、毎日遅く帰ってきてコンビニ弁当。すがりつく思い出は、理解不能なファンタジーに満ちている。

 ネット上には景気のいい話ばかりが転がっているが、俺の実情とはかけ離れている。もし不満を口にすれば、本人の能力が足りないと言われる。努力が足りないと言われる。

 大部分の人が不満に思っているはずなのに、社会はちっとも変わろうとしない。それどころか自分たちは恵まれているとさえ思っている。文句を言うのは野暮なのだと。

 ちょっとしたディストピアだな。


 なにか特別なことはないだろうか。

 空から美少女が降ってくるとか……。


「衆生、やっと見つけたマポ」

「んっ?」

 毛玉?

 いやネコだ。

 ネコが喋った……。

 マポ?


「マッポーちゃんのこと忘れたマポ?」

「いや……ウソだろ……? でも……だってアレは夢だったんじゃ……」

「分かるマポよ。マッポーちゃんも最初はそう思ってたマポ。けど現実だったマポ」

 よく見ると、小さな角が生えている。

 ネコじゃない。

 マッポーちゃんだ。

 いやマッポーちゃんってなんだ?


 そいつは「とうっ」とジャンプしてベンチに乗ろうとし、跳躍が足りず顔面を強打した。

「痛ぇマポ……」

「大丈夫か? いま拾う」

 俺は毛玉を拾い、ベンチに乗せてやった。


「ありがとマポ。衆生、あの記憶は夢じゃねぇマポ。実際にあったことマポ」

「実際に?」

 信じられない。

 どれも現実にはありえないことばかりだった。神だ妖精だ魔物だと……。

 だが、目の前にはマッポーちゃんがいる。

 この事実をどう受け止めればいい?


「衆生がお願いしたマポよ? 記憶を残して欲しいって。だからマッポーちゃんもおぼえてたマポ」

「記憶を……残す……」

 そうだ。

 俺はそうお願いしたのだ。

 金でもなく、力でもなく、記憶を残して欲しいと。


 まさか仲間たちの記憶まで残っていたとは。

 計算の整合がどうだとか言われた気がするから、きっとその都合かもしれない。


 そして俺は……俺はなにか、なすべきことを途中で放り出した気がする。

 いったいなんだったか……。


「ついて来るマポ。エーデルワイスが待ってるマポ」

「エーデルワイス?」

 俺の好きな花の名だ。

 たしか、そんな名前の妖精もいた気がする。いや食用菊だったかな……。すでに記憶が曖昧になっているが、いずれかなのは間違いない。


 春だ。

 なにか、特別なことが始まりそうな気がする。


(続く)

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