葬送?
ここはまるで宇宙空間に浮かぶサイコロだ。
客席は真っ赤。
戦いの終了条件はふたつ。
■箱を破壊する
■箱を破壊する前に、ヒロインが一人になる
このいずれかの条件が満たされた場合、葬送は終わる。
俺の生死は問われない。
ラッパの音が、夜空に鳴り響いた。
同時に、フィールドの外周に火の手があがる。かなりの勢いだ。まるで炎の壁に囲まれたかのよう。
さあ、始まった。
ここからは一秒も時間をムダにすることはできない。
俺は駆け出し、太陽の紋章を目指した。
マッポーちゃんを背負ったエーデルワイスもついてきた。
他の妖精たちは静観。
呪縛はないらしく、同士討ちはなかった。
いつもなら、この時点で戦闘が始まっていたことだろう。椿を失ってしまったが、巨人との戦いはムダではなかった。
俺は巨大な紋章の中央に立った。
小さな点がある。
ここを突けばいいということか……。
まあそうだろう。
少年は神器に触れて一体化したという。アクセスするための仕掛けが、どこかにあることは予想できていた。
俺は短剣を握りしめ、点めがけて力いっぱい突き込んだ。
世界が爆ぜた。
*
ふと気が付くと、俺は暗黒の空間をさまよっていた。
無重力。
だが呼吸は苦しくない。
遠方には満月。
よく見ると、直前までアリーナだった立方体が、いくつかのパーツに分かれて浮遊していた。その中央には、なにか……エネルギーの塊。
葬送はどうなった?
妖精は?
少年は?
目の前に何者かが現れた。
法衣をまとい、布で顔を覆った人物。
太陽の一族の残留思念。
いや、残留思念なんかじゃない。こいつは生きている。
「よくやった、人間。褒めてやろう」
「お前はいったい……」
「不浄の子に穢されていた『神器』だよ。お前のおかげで、ようやく浄化に成功した」
神器?
こいつが?
なら、滅ぼされた一族というのはウソだったのか……。
「だましたのか?」
「そう。だましたのだ。内部に入り込んだ不浄を分離するためには、一度この器を解体する必要があった。お前はそれを成し遂げた。あの短剣はじつに不快だったが、同時にとても効果的だった」
「みんなはどこだ?」
「ほれ、あそこ。それとあそこ、あそこ、あそこにも」
そいつは次々と空間を指さした。
暗くてよく見えない。
もしこいつの言っていることが事実なのだとすれば、みんなはかなり激しく飛ばされたようだ。
神器は告げた。
「心配か? しかし考えるだけムダだ。未来は来ない。これより時を巻き戻すのだからな」
「はっ?」
「過去を改変し、不浄の子を歴史から消去する。だが安心せよ。この神器がすべてを正しく再計算しよう。お前は人間界に生まれ、妖精たちもそれぞれの故郷に生まれる。ただ、互いに会うことはなかろう。不浄の子によって作られた接点は消滅するのだ」
「……」
過去を改変する?
なかったことにする?
ふざけるな!
せっかく手に入れた十億はどうなる?
いやそこもだが、妖精と会えなくなるのも寂しすぎる。
一緒に戦った仲間だ。
まだお別れの挨拶さえしていない。
いや、しかし……よくよく考えれば、それが本来あるべき姿なのかもしれない。
そもそもの話、これら式典自体が異常だったのだ。神だ妖精だ魔物だと、あまりにファンタジーが過ぎた。
俺たち人間は、こんなものに触れるべきではなかった。
つまり神器は、ごく常識的なことを言っている。
一方的すぎてムカつく気持ちはあるが。
神器はかすかに息を吐いた。
「不満か? いいだろう。お前は私にとっても英雄だ。ひとつと言わず、いくらか願いを聞き入れてやろう」
「ごく感傷的なお願いでも?」
「可能な範囲であれば」
「なら思い出を残してくれ。俺の頭から消さずに」
十億はいい。
もうあきらめる。もともとまともな金じゃない。
だが体験まで奪われるのはつらい。
「記憶を残す、ということか。よかろう。計算の整合する範囲でやってみよう。ほかには?」
「えっ?」
そんなにいろいろ聞き入れてくれるのか?
意外といいやつだな。
だが願いなどと言われても、パッと思い浮かばない。
いつまでも脳裏にこびりついているのは十億のことだけ。
俺はもうヤケクソでフカした。
「なら力が欲しい」
「計算の整合する範囲で応じよう。ほかには?」
「そんなに!? いやもう思いつかないよ……」
「遠慮することはない。お前の人間性と引き換えだ」
「いや、それを先に言ってくれよ。じゃあもういい。記憶だけでいい。力はいらない」
道理で気前がいいはずだ。
仮に最強の力を手に入れても、それにふさわしい人間性が備わっていないのなら、そんなのはただの怪物だ。人間界では生きていけない。なんならゴリラの群れにでもいたほうがいい。
俺はいちおう、こう確認することにした。
「なあ、記憶を残した場合、どれくらいの人間性が失われるんだ?」
「案ずるな。記憶ごときではなにも奪わない。記念にとっておけ」
記憶ごとき、か。
こいつにとってはそうなのだろう。体験の価値は、その当人にしか分からない。
いちど納得しかけたものの、俺はしかしどうしても承服できず、こう尋ねた。
「本当に巻き戻すのか?」
「そうだ。これはお前の目的とも一致する」
「俺の?」
「お前の目的は、妖精たちを解放し、なおかつ自分が生き延びること。時を巻き戻せば、それらの目的はすべて達成される」
「それは……まあ、その通りだな……。たぶん……」
反論の余地もない。
俺はそのために戦ってきた。
ただ、俺は自分の手でそれを成し遂げたかった。
こんな形ではなく……。
神器はこちらに手をかざした。
「では計算を実行する。もう会うこともあるまい」
*
「あーう! あーう!」
「お母さん、おしっこ!」
「ピーマンいやって言ったじゃん!」
「やったカレーだ!」
「え、転校? どこに?」
「……」
「学校行きたくない……」
「勉強勉強ってうるせぇんだよ!」
「進路どーすっかな……」
「あ、あの……こ、こんど、映画とか……行かない?」
「この世界はクソだな」
「授業ダルすぎだわ」
「はい、志望動機は、御社の企業理念が……」
「ダメだもう辞表書くわ」
「はい、志望動機は、御社の企業理念が……」
「なんだこの会社、クソだな」
「はい、志望動機は、御社の企業理念が……」
「なんで誰も帰らねーんだよ!」
「ひとつもいいことねーな……」
「はぁ、疲れた……」
*
その日も、会社を出たのは暗くなってからだった。
電車を乗り継ぎ、最寄りの駅へ。
毎日毎日、幾度となく繰り返してきた行動を、今日もまた反復している。
いつもなら夕飯を買うためコンビニにでも寄るところだが、その日は缶コーヒーを片手に、公園のベンチでぼうっとしていた。
子供はいない。
不良学生も溜まってない。
俺しかいない。
外灯には蛾がたかっている。
気づかなかったが、どうやら今日は満月のようだ。
あまり目がよくないから、ウサギが餅をついているかどうかは分からないが。
野良ネコが通り過ぎた。
俺はそれを目で追った。
ほかにすることもなかった。
えーと……。
なんだっけ?
うっすら残る記憶によれば、俺は前世で銃をぶっ放して英雄になっていたはずなのだが……。なぜこうなってしまったのだろう?
いや、前世なんてあるわけないし、ただ夢を見ていただけだとは思うが。
なんだかな。
いい歳してロクな給料ももらえず、毎日遅く帰ってきてコンビニ弁当。すがりつく思い出は、理解不能なファンタジーに満ちている。
ネット上には景気のいい話ばかりが転がっているが、俺の実情とはかけ離れている。もし不満を口にすれば、本人の能力が足りないと言われる。努力が足りないと言われる。
大部分の人が不満に思っているはずなのに、社会はちっとも変わろうとしない。それどころか自分たちは恵まれているとさえ思っている。文句を言うのは野暮なのだと。
ちょっとしたディストピアだな。
なにか特別なことはないだろうか。
空から美少女が降ってくるとか……。
「衆生、やっと見つけたマポ」
「んっ?」
毛玉?
いやネコだ。
ネコが喋った……。
マポ?
「マッポーちゃんのこと忘れたマポ?」
「いや……ウソだろ……? でも……だってアレは夢だったんじゃ……」
「分かるマポよ。マッポーちゃんも最初はそう思ってたマポ。けど現実だったマポ」
よく見ると、小さな角が生えている。
ネコじゃない。
マッポーちゃんだ。
いやマッポーちゃんってなんだ?
そいつは「とうっ」とジャンプしてベンチに乗ろうとし、跳躍が足りず顔面を強打した。
「痛ぇマポ……」
「大丈夫か? いま拾う」
俺は毛玉を拾い、ベンチに乗せてやった。
「ありがとマポ。衆生、あの記憶は夢じゃねぇマポ。実際にあったことマポ」
「実際に?」
信じられない。
どれも現実にはありえないことばかりだった。神だ妖精だ魔物だと……。
だが、目の前にはマッポーちゃんがいる。
この事実をどう受け止めればいい?
「衆生がお願いしたマポよ? 記憶を残して欲しいって。だからマッポーちゃんもおぼえてたマポ」
「記憶を……残す……」
そうだ。
俺はそうお願いしたのだ。
金でもなく、力でもなく、記憶を残して欲しいと。
まさか仲間たちの記憶まで残っていたとは。
計算の整合がどうだとか言われた気がするから、きっとその都合かもしれない。
そして俺は……俺はなにか、なすべきことを途中で放り出した気がする。
いったいなんだったか……。
「ついて来るマポ。エーデルワイスが待ってるマポ」
「エーデルワイス?」
俺の好きな花の名だ。
たしか、そんな名前の妖精もいた気がする。いや食用菊だったかな……。すでに記憶が曖昧になっているが、いずれかなのは間違いない。
春だ。
なにか、特別なことが始まりそうな気がする。
(続く)




