洋館 一
エーデルワイスもマッポーちゃんも、当然のようについてきた。
バーの裏口のドアを開けると、青白い草原が広がっていた。また満月。遠くに洋館が見える。そして洋館以外、特になにも見当たらない。
音がするほど強い風が吹いており、足元の草がひたすらになびいている。
「なんだここは、陰気な場所マポね……」
毛玉が苦情を口にしたが、俺たちは返事をしなかった。
血の魔物はまだ見当たらないが、俺はいつでも銃を構えられるようにしていた。
隣へエーデルワイスが並んだ。
「少し、いい?」
「ああ」
風にあおられた絹のような髪を、彼女は手で抑えていた。レースクイーンの格好はあまりに場違いだったが、それでもサマになる。
「あなた、神さまって信じてる?」
「は? 神? いや……でも実際いるからな……」
急に予想外の質問をぶつけられ、俺はつい苦笑してしまった。
彼女の表情は、しかし真剣だった。
「いるからなに? 信仰するの? しないの?」
「正直、しているとは言いがたい。だが、それがなんだ? 重要な話なのか?」
「あれは神じゃない。ううん。神だけど……なりそこないよ。なにかが足りなくて、神になれなかった存在」
どうやら重要な話のようだな。
俺は「それで?」と話の続きを促した。
「知っての通り、彼は人間性を集めてる。どんな方法か分かる?」
「見当もつかないな」
「簡単よ。ここは彼の領域。人間がここで愚かな行為をすると、人間性が奪われていく。ううん。人間性なんて言葉で誤魔化すのはやめましょう。実際のところ、それは神性よ。崇高さと言い換えてもいい」
「難しい話になりそうだな」
「簡単に言うわ。あいつは、人間の精神の上澄みをかき集めて、完璧な神になろうとしてる」
「なるほど。じゃあ俺は、そのためのエサってわけか」
やはり罠だったな。
こんなことなら、もっと質問攻めにしておくべきだった。
バーに帰ったら問い詰めてやろう。
俺は肩をすくめ、彼女を見た。
「で、その愚かな行為ってのは?」
「暴力」
「おいおい。こっちは銃を撃ちまくってるんだぜ。ただの暴力野郎だ。俺の人間性ってのも、あとどれだけ残ってるやら」
彼女はにこりと笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。その銃で魔物を倒すのは、ここでは正義なんだから。いけないのは、仲間を傷つけること」
「仲間?」
「私のことよ」
笑顔のまま、ぐっと顔を近づけてくる。
じつに愛らしい表情。
女性に笑顔を向けられること自体、かなり久々のような気がする。もしかして人生初か? いやいや、まさかそんな……。
ともあれ、これを攻撃してはならない、というわけだ。
俺はふんと鼻で笑った。
「この先でヒロイン二号に会ったらどうなる? そのときは、あんたかその子のどちらかが敵になるんだろ?」
「そうね。そして敵ならいくら傷つけても平気。普通ならどちらかが死体になるでしょうね。けど、第三の道がある」
「第三の道?」
俺はつい顔をしかめた。
この怪しいイベントは、過去に何度も繰り返されてきた。もちろん今回も続いている。神を出し抜こうと画策したところで、すべて潰されてきたに違いない。
エーデルワイスのプランに勝算があるとは思えない。
彼女はそれでも揚々と言葉を続けた。
「戦いを先送りにするのよ」
「先送り? できるのかよ、そんなことが」
「できるわ」
「リスクは?」
そう。まずこれを確認しておかねばならない。たいていのヤツは、リスクの説明もナシに、ウマい話だけ聞かせてくるものだ。
エーデルワイスはかすかに溜め息をついた。
「聞きたい?」
「そうだ。聞きたい。教えてくれ」
「ホントのホントに聞きたい?」
「いいから言ってくれ。じゃなきゃ乗らない」
渋り過ぎだ。
怪しすぎる。
「ま、いいわ。教えてあげる。ヒロインは全部で七人。そして最後の戦いのあと、ヒロインが複数生き残っていた場合、全員が敵になるの」
「リスクだけ甚大で、俺になんのメリットもないようだな。だいたい、全員が敵ってことは、あんたもだろ? なぜ敵に回る?」
主体性はないのか?
自由意思は?
すると彼女は不機嫌そうにむくれてしまった。
「呪いなのよ。自分じゃどうにもできない」
「分かった分かった。で、最後まで先送りにして、そのあとはどうする? なにかプランがあるんだろ?」
「そうよ。でもあなたの態度が気に食わないから教えない。許して欲しかったら謝罪して」
「謝るよ。悪かった」
「キスして」
「は?」
「いまこの場にひざまずいて、私の手にキスしなさい。そしたら許してあげる」
こいつ、どれだけ上から……。
俺は咳払いをして、話題を切り替えた。
「仲間でありたいなら、互いに礼儀を払うべきじゃないか?」
「礼儀? あなたってえっちのときもそんなことを言いそうね」
「ああ、たぶん言うだろうな」
あくまで「たぶん」だ。
そのときになってみないと分からない。
エーデルワイスはあきれたように笑った。
「変な人間。ま、いいわ。あなたはこれまで会ってきた人間の中でも、まあまあまともなほうだし。でも一番じゃないわ。もっと紳士的なオジサマもいたから」
「そうかい。一番じゃなくて悪かったな。だが思い出してくれ。俺は俺の意思でここに来てる。もう来ない可能性だってある。あまり機嫌を損ねないほうがいい」
「あ、いまの傷ついた。減点」
なにが減点だよ。
このしょうもない会話に、マッポーちゃんもうんざり顔だ。
バーで寝てればよかったのに。
俺はひとつ呼吸をし、周囲を確認した。
異常はない。
そろそろ屋敷だから、魔物が出てきてもおかしくない。
エーデルワイスは青い瞳でじっとこちらを見つめてきた。
「プラン、聞きたくないの?」
「聞きたいよ」
「なら教えてあげる。みんなで力を合わせて、あの子を倒すの。もちろんあなたも参加するのよ? 私の英雄なんだから」
みんなであいつをボコボコにしようぜ――。
この上なくシンプルな話だ。そう。シンプル。なにも考えていないに等しい。
「みんな? けどみんな揃ったら俺の敵になるんだよな?」
「だから、そのちょっと手前辺りで……」
しどろもどろだ。
俺はつい吹き出してしまった。
「ま、いいよ。それで? 過去に何度挑戦して、何度成功したんだ?」
「は? バカにしてるの? 何回も挑戦したけど、一回も成功してないわよ! 見れば分かるでしょ?」
そうだ。見れば分かる。
「だが、君はなぜ彼を殺したいんだ? 彼の創造物じゃないのか?」
「違う。私たちは妖精界で平和に暮らしてたのに、急にここへ呼び出されたのよ。英雄サマの戦利品としてね。それで人間なんかに媚びへつらって生きてるわけ」
「こないだ繭から生まれたばかりじゃないのか?」
「肉体はそうだけど、精神までは滅んでないわ。妖精のことなにも知らないのね」
さも当然のように言うが、もしや「妖精あるある」なのだろうか?
人間の俺が知ってたら逆におかしい。
「ま、動機は分かった。だがそれが事実かどうかは、証明できないよな」
「えっ?」
「だってそうだろ。あんたらと神さまがグルだったらどうする? その話を鵜呑みにしたヤツは、最後までここへ通い詰めるだろう。あんたらを助けるためにな。おそらく善人ほど罠にかかる」
すると彼女は俺の前に立ちはだかり、地団駄を踏んだ。
「ひどい! なによその言い方! 私がウソついてるとでも言うの?」
「あくまで可能性の話だ」
「そんなわけないから! ね、お願いだから協力してよ? もうあいつの都合で殺されるのはイヤなの!」
「考えておく」
「なんでもするから!」
なんでもはするな。
*
さて、やっと屋敷に到着だ。
風のせいで窓がガタガタと音を立てている。その奥には赤いシルエットも見える。今回も血の魔物はあちこちに配置されているようだ。
俺はドアの前で深呼吸し、仲間へ呼びかけた。
「ホントについてくるのか?」
「もちろん」
「君たちは、なにか戦いの助けになってくれるのかな?」
嫌味を言いたいわけじゃない。
ただ、邪魔にしかならないなら、一緒に行くのは誰の得にもならない。
エーデルワイスは不快そうに目を細めた。
「ふーん、そういう態度とるんだ? ま、人間は無知だから知らなくてもムリないけど」
「その通り。無知なんだ。ですので教えていただけませんか、エーデルワイスさま? いったいあなたさまにどんな特技があるのか」
すると彼女は胸を張った。
「肉体労働はしないわ。その代わり、頭脳でサポートする」
「頭脳?」
「ちゃんと作戦があるのよ。私が召喚したマッポーちゃんが、今後の戦いのカギを握ってるわ」
だがその毛玉ネコは、バーからここへ移動しただけでへとへとといったありさまだ。胴体はまるまるしているのに、手足が短いから、移動が大変なのだろう。
俺は皮肉を飲み込んで、こう尋ねた。
「今後の戦いとは? どう影響する?」
「まあ見てれば分かるから」
「見てるだけでいいのか?」
「えーと、違うの。戦いはあなたがするの。マッポーちゃんの出番はそのあと」
つまり、戦いの役には立たないということだ。
できれば詳細を説明して欲しいところだが、まあ邪魔にならないならひとまずいいだろう。質問するのはバーに帰ってからだ。
「じゃ、入るぞ」
「いるけど」
「おっと」
ドアを開けた瞬間、赤い人影に出くわした。
もちろん予想済みだ。こういうのは、ドアを開けるときが一番危ない。実戦経験などないが、ゲームで何度も経験した。
トリガーを引くと、血の魔物は即座に弾け飛び、びちゃびちゃと血だまりになった。
距離が近かったせいで返り血を浴びてしまったが……。ま、ダメージはなかったのだ。よしとしよう。
(続く)




