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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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3/54

洋館 一

 エーデルワイスもマッポーちゃんも、当然のようについてきた。

 バーの裏口のドアを開けると、青白い草原が広がっていた。また満月。遠くに洋館が見える。そして洋館以外、特になにも見当たらない。

 音がするほど強い風が吹いており、足元の草がひたすらになびいている。


「なんだここは、陰気な場所マポね……」

 毛玉が苦情を口にしたが、俺たちは返事をしなかった。


 血の魔物はまだ見当たらないが、俺はいつでも銃を構えられるようにしていた。

 隣へエーデルワイスが並んだ。

「少し、いい?」

「ああ」

 風にあおられた絹のような髪を、彼女は手で抑えていた。レースクイーンの格好はあまりに場違いだったが、それでもサマになる。

「あなた、神さまって信じてる?」

「は? 神? いや……でも実際いるからな……」

 急に予想外の質問をぶつけられ、俺はつい苦笑してしまった。

 彼女の表情は、しかし真剣だった。

「いるからなに? 信仰するの? しないの?」

「正直、しているとは言いがたい。だが、それがなんだ? 重要な話なのか?」

「あれは神じゃない。ううん。神だけど……なりそこないよ。なにかが足りなくて、神になれなかった存在」

 どうやら重要な話のようだな。

 俺は「それで?」と話の続きを促した。


「知っての通り、彼は人間性を集めてる。どんな方法か分かる?」

「見当もつかないな」

「簡単よ。ここは彼の領域。人間がここで愚かな行為をすると、人間性が奪われていく。ううん。人間性なんて言葉で誤魔化すのはやめましょう。実際のところ、それは神性ディエティよ。崇高さと言い換えてもいい」

「難しい話になりそうだな」

「簡単に言うわ。あいつは、人間の精神の上澄みをかき集めて、完璧な神になろうとしてる」

「なるほど。じゃあ俺は、そのためのエサってわけか」

 やはり罠だったな。

 こんなことなら、もっと質問攻めにしておくべきだった。

 バーに帰ったら問い詰めてやろう。


 俺は肩をすくめ、彼女を見た。

「で、その愚かな行為ってのは?」

「暴力」

「おいおい。こっちは銃を撃ちまくってるんだぜ。ただの暴力野郎だ。俺の人間性ってのも、あとどれだけ残ってるやら」

 彼女はにこりと笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。その銃で魔物を倒すのは、ここでは正義なんだから。いけないのは、仲間を傷つけること」

「仲間?」

「私のことよ」

 笑顔のまま、ぐっと顔を近づけてくる。

 じつに愛らしい表情。

 女性に笑顔を向けられること自体、かなり久々のような気がする。もしかして人生初か? いやいや、まさかそんな……。

 ともあれ、これを攻撃してはならない、というわけだ。


 俺はふんと鼻で笑った。

「この先でヒロイン二号に会ったらどうなる? そのときは、あんたかその子のどちらかが敵になるんだろ?」

「そうね。そして敵ならいくら傷つけても平気。普通ならどちらかが死体になるでしょうね。けど、第三の道がある」

「第三の道?」

 俺はつい顔をしかめた。

 この怪しいイベントは、過去に何度も繰り返されてきた。もちろん今回も続いている。神を出し抜こうと画策したところで、すべて潰されてきたに違いない。

 エーデルワイスのプランに勝算があるとは思えない。


 彼女はそれでも揚々と言葉を続けた。

「戦いを先送りにするのよ」

「先送り? できるのかよ、そんなことが」

「できるわ」

「リスクは?」

 そう。まずこれを確認しておかねばならない。たいていのヤツは、リスクの説明もナシに、ウマい話だけ聞かせてくるものだ。


 エーデルワイスはかすかに溜め息をついた。

「聞きたい?」

「そうだ。聞きたい。教えてくれ」

「ホントのホントに聞きたい?」

「いいから言ってくれ。じゃなきゃ乗らない」

 渋り過ぎだ。

 怪しすぎる。


「ま、いいわ。教えてあげる。ヒロインは全部で七人。そして最後の戦いのあと、ヒロインが複数生き残っていた場合、全員が敵になるの」

「リスクだけ甚大で、俺になんのメリットもないようだな。だいたい、全員が敵ってことは、あんたもだろ? なぜ敵に回る?」

 主体性はないのか?

 自由意思は?


 すると彼女は不機嫌そうにむくれてしまった。

「呪いなのよ。自分じゃどうにもできない」

「分かった分かった。で、最後まで先送りにして、そのあとはどうする? なにかプランがあるんだろ?」

「そうよ。でもあなたの態度が気に食わないから教えない。許して欲しかったら謝罪して」

「謝るよ。悪かった」

「キスして」

「は?」

「いまこの場にひざまずいて、私の手にキスしなさい。そしたら許してあげる」

 こいつ、どれだけ上から……。


 俺は咳払いをして、話題を切り替えた。

「仲間でありたいなら、互いに礼儀を払うべきじゃないか?」

「礼儀? あなたってえっちのときもそんなことを言いそうね」

「ああ、たぶん言うだろうな」

 あくまで「たぶん」だ。

 そのときになってみないと分からない。


 エーデルワイスはあきれたように笑った。

「変な人間。ま、いいわ。あなたはこれまで会ってきた人間の中でも、まあまあまともなほうだし。でも一番じゃないわ。もっと紳士的なオジサマもいたから」

「そうかい。一番じゃなくて悪かったな。だが思い出してくれ。俺は俺の意思でここに来てる。もう来ない可能性だってある。あまり機嫌を損ねないほうがいい」

「あ、いまの傷ついた。減点」

 なにが減点だよ。


 このしょうもない会話に、マッポーちゃんもうんざり顔だ。

 バーで寝てればよかったのに。


 俺はひとつ呼吸をし、周囲を確認した。

 異常はない。

 そろそろ屋敷だから、魔物が出てきてもおかしくない。


 エーデルワイスは青い瞳でじっとこちらを見つめてきた。

「プラン、聞きたくないの?」

「聞きたいよ」

「なら教えてあげる。みんなで力を合わせて、あの子を倒すの。もちろんあなたも参加するのよ? 私の英雄なんだから」

 みんなであいつをボコボコにしようぜ――。

 この上なくシンプルな話だ。そう。シンプル。なにも考えていないに等しい。

「みんな? けどみんな揃ったら俺の敵になるんだよな?」

「だから、そのちょっと手前辺りで……」

 しどろもどろだ。

 俺はつい吹き出してしまった。

「ま、いいよ。それで? 過去に何度挑戦して、何度成功したんだ?」

「は? バカにしてるの? 何回も挑戦したけど、一回も成功してないわよ! 見れば分かるでしょ?」

 そうだ。見れば分かる。

「だが、君はなぜ彼を殺したいんだ? 彼の創造物じゃないのか?」

「違う。私たちは妖精界で平和に暮らしてたのに、急にここへ呼び出されたのよ。英雄サマの戦利品としてね。それで人間なんかに媚びへつらって生きてるわけ」

「こないだ繭から生まれたばかりじゃないのか?」

「肉体はそうだけど、精神までは滅んでないわ。妖精のことなにも知らないのね」

 さも当然のように言うが、もしや「妖精あるある」なのだろうか?

 人間の俺が知ってたら逆におかしい。


「ま、動機は分かった。だがそれが事実かどうかは、証明できないよな」

「えっ?」

「だってそうだろ。あんたらと神さまがグルだったらどうする? その話を鵜呑みにしたヤツは、最後までここへ通い詰めるだろう。あんたらを助けるためにな。おそらく善人ほど罠にかかる」

 すると彼女は俺の前に立ちはだかり、地団駄を踏んだ。

「ひどい! なによその言い方! 私がウソついてるとでも言うの?」

「あくまで可能性の話だ」

「そんなわけないから! ね、お願いだから協力してよ? もうあいつの都合で殺されるのはイヤなの!」

「考えておく」

「なんでもするから!」

 なんでもはするな。


 *


 さて、やっと屋敷に到着だ。

 風のせいで窓がガタガタと音を立てている。その奥には赤いシルエットも見える。今回も血の魔物はあちこちに配置されているようだ。


 俺はドアの前で深呼吸し、仲間へ呼びかけた。

「ホントについてくるのか?」

「もちろん」

「君たちは、なにか戦いの助けになってくれるのかな?」

 嫌味を言いたいわけじゃない。

 ただ、邪魔にしかならないなら、一緒に行くのは誰の得にもならない。


 エーデルワイスは不快そうに目を細めた。

「ふーん、そういう態度とるんだ? ま、人間は無知だから知らなくてもムリないけど」

「その通り。無知なんだ。ですので教えていただけませんか、エーデルワイスさま? いったいあなたさまにどんな特技があるのか」

 すると彼女は胸を張った。

「肉体労働はしないわ。その代わり、頭脳でサポートする」

「頭脳?」

「ちゃんと作戦があるのよ。私が召喚したマッポーちゃんが、今後の戦いのカギを握ってるわ」

 だがその毛玉ネコは、バーからここへ移動しただけでへとへとといったありさまだ。胴体はまるまるしているのに、手足が短いから、移動が大変なのだろう。


 俺は皮肉を飲み込んで、こう尋ねた。

「今後の戦いとは? どう影響する?」

「まあ見てれば分かるから」

「見てるだけでいいのか?」

「えーと、違うの。戦いはあなたがするの。マッポーちゃんの出番はそのあと」

 つまり、戦いの役には立たないということだ。

 できれば詳細を説明して欲しいところだが、まあ邪魔にならないならひとまずいいだろう。質問するのはバーに帰ってからだ。


「じゃ、入るぞ」

「いるけど」

「おっと」

 ドアを開けた瞬間、赤い人影に出くわした。

 もちろん予想済みだ。こういうのは、ドアを開けるときが一番危ない。実戦経験などないが、ゲームで何度も経験した。


 トリガーを引くと、血の魔物は即座に弾け飛び、びちゃびちゃと血だまりになった。

 距離が近かったせいで返り血を浴びてしまったが……。ま、ダメージはなかったのだ。よしとしよう。


(続く)

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