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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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29/54

Next Door

 わめき散らすライラック。

 抑えつけるパキラ。


 俺はその光景を、わけも分からずただ眺めていた。

 いったいなにが起きた?


 ヴァニラが「ふふん」と鼻を鳴らした。

「こんな見え見えの罠、かかるわけありませんわね」

 待て待て。

 がっつり食べてただろ?


 いや、違うのか?

 あれは幻覚だった……とか?


 ヴァニラはライラックを見下ろすように立った。

「無知というのは罪ですわね。わたくしたちが、ここの果実のせいでどれだけ不快な思いをしたかも知らず、こんな陳腐な罠を仕掛けるなんて」

「た、食べたのは自業自得でしょ?」

「そう。自業自得ですの。それだけに、怒りのやり場もなかった。おかげで、わたくしたちは思い知らされたのですわ。ここの果実には決して手を出すべきでない、ということを」


 いったいなにが起きたのか、ヴァニラは教えてくれた。

 バーから出た瞬間、これが罠であると確信したらしい。だから歩きながら、幻覚を使い、会話することなく仲間たち一人一人に警告を発したのだ。果実を口にしてはならない、と。

 そして、俺にだけフェイク映像を見せた。

 敵をだますにはまず味方から。


 とはいえ、俺にフェイク映像を見せても、少年をだますことはできない。

 もちろんそれでいい。

 式典の最中に、少年が直接乗り込んでくることはないからだ。介入するにしても、怪物を放り込むくらいのことしかできない。

 大事なのは、先で待ち構えている敵をだますことだけ。


「ライラック、わたくしたちに敗北宣言なさい。そして仲間になるか、それとも死ぬか、どちらかをお選びなさい。ま、英雄の気分次第では、どちらを選んでも死ぬ可能性がありますが」

「ひぃっ」

 怯えている。

 いや、怖いのはこっちも一緒だ。

 このヴァニラという妖精、戦闘力がない代わりに、その他の能力が突出している。


 パキラはニヤリと残忍な笑みを浮かべた。

「ひとまず腕折っとくか?」

「待って待って待って! なるなる! 仲間になるから! お願いだから命だけは助けて! 生まれたばかりで死にたくないの!」

 可哀相にライラックは足をバタバタさせていた。


 ロベリアもにんまりと微笑している。

「えー、もう降参? 遅効性の神経毒もあるのに……」

「お願いだからぁ……」

 一人を説得するにしては、戦闘力が高すぎる。


 俺はほっと息を吐いた。

「ライラック、安心してくれ。君はいまから俺たちの仲間だ」

「うん! 仲間!」

「よし。じゃあここからは隠し事はナシだ。教えてくれ。もし俺たちを倒したら、このあとどうなる予定だったんだ? あの少年はなんと言っていた?」

 パキラが手を離すと、ライラックは安堵した様子で立ち上がった。

「あーもー。ホント、サイアク。あいつ? 終わったら店に帰ってきていいって。そんだけ。ホントだよ? ウソなんてついてないから!」

「信じるよ。けど、そうか。なら式典はこれで終わりってことになるな」


 しかしタイガーリリーは首をかしげていた。

「ラッパが鳴らない」

「ラッパ?」

「葬送の合図だよ。通常なら、英雄はここで最後のヒロインを選択するんだ。それでも選びきれない場合、葬送のラッパが鳴り響く」

「それはいつごろ?」

「英雄に迷いがなければ、すぐにでも。けど、おかしいな……」

「俺が原因か? いや、そんなはずは……。もう答えは出てる。誰も選ばない」

 ウソじゃない。

 全員で葬送に挑むということは、とっくに決心している。


 となると、俺以外の要因で式典が止まっていることになるが……。


 上からなにか降ってきた。

 そいつはドーンと周囲の土砂を巻き上げて、大地に突き刺さった。

 いきなりもいきなりだ。


 俺たちは唖然としたまま、そいつを見つめた。

 木製のドアだ……。

 そこから先へ進めということか?


 *


 ドアの向こう側には、別の領域が広がっていた。

 満月の海岸。

 砂浜には、栗色の繭が蠢動していた。今度こそグロリオサだろう。血の魔物はいない。戦闘などどうでもいいから、とにかくヒロインに会えということか。

 いや、もしくは葬送のために温存しているのかもしれない。


 俺は歩きながら発砲した。

 繭から水が漏れ出す。

 たぶん妖精には当たってない。


 波がゆっくりと寄せては返す。

 青黒い海面に乳白色の満月が反射して、一筋の光の道のように見えた。

 いい景色だ。

 波の音も優しい。


 俺は海に縁がない。特にあこがれもない。だが、なぜか目を離せなかった。ただ同じことの繰り返しで、なにか面白いことが起きているわけでもないのに。スケールが大きい。自分の生きている星そのものを眺めているような……。


「服、もうないよ」

 エーデルワイスの言葉に、タイガーリリーは肩をすくめた。

「探せばどこかにあるはずだよ」

「あの箱?」

「あらら」


 さも漂流物かのように、砂浜に宝箱が埋まっていた。服を手に入れるには、まず砂を掘らなくてはならない。

 するとパキラが、どこからともなく巨大な銃砲を出現させ、肩に担いだ。まるで電柱だ。

「こいつでぶっ飛ばそうか?」

「待って! 中身も壊れちゃう!」

 エーデルワイスが慌てるのも当然だ。

 どこからどう見ても穏やかじゃない。一人だけとんでもない火力を有しているものだ。彼女が葬送で生き延びるのも道理だろう。というか、ほかの子が不憫に思えるレベルだ。


 俺は歩を進め、宝箱に近づいた。

「俺がやるよ」

 砂を掘るくらいなら任せて欲しい。


 *


 誰の趣味だか分からないが、中身は貝殻水着だった。

 栗色の髪のグロリオサも、これには苦い笑みだ。

「はしたない格好でごめんなさいね。グロリオサと申します。まさかライラックまで一緒なんて」

 なにがとは言わないが、デカい。

 包容力のありそうなお姉さんタイプ。

 風の使い手。頑張れば稲妻も操れるという。


「あんたで最後だ。よろしく頼む」

「はい」

 彼女はなにかをキョロキョロ探しているようだった。

 椿のことでも探しているのか?

 残念だが、彼女はもういないのだ……。


 ラッパが鳴り響いた。

 自己紹介が終ってすぐに開催とは。

 俺が誰も選ぶ気がないのは、少年も理解しているようだな。


 また、ドーンとドアが降ってきた。

 どうでもいいが、勢いよく砂が飛び散ってきて、みんな砂まみれだ。


「クソ、ドアくらいもっと丁寧に置けないのかよ」

 するとライラックが白い目で見てきた。

「繭を撃つような人に言われたくないと思うけどね」

「どうやって開けるのが正解なんだ?」

「えー、それ聞く? えっち!」

「……」

 いや、どうやって開けるべきなんだよ。

 ホントに。

 誰か正解を教えてくれ。


 俺はひとつ呼吸をし、みんなに向き直った。

「たぶん次で最後になると思うから、作戦を伝えておくよ。ま、ここで喋るとあの少年にも知られるから、あまり気乗りはしないが……」


 *


 ドアの向こう側に出ると、景色が一変した。

 煌々たる満月に照らされたアリーナだ。

 サッカー場ほどのスペースがあり、周囲が客席で囲まれている。

 客――。血の魔物だ。それも満員。

 場所は、まっ黒な空間に浮いた巨大な直方体の上……。これが「箱」なのだろう。


「ようこそ、葬送の舞台へ。まさか人数を増やしてここに来るとは思わなかったよ」

 少年は無防備にも俺たちの前へ来た。

 いや、こいつはあくまで全体の一部だ。殺したところでなにも解決しない。

「あんたの策ってのもたいしたことはなかったな」

「焦ってたように見えたけど?」

「そうかな? だがチームワークで勝利した。次もきっとそうなる」

「楽しみだね」

 余裕の態度だ。

 まだなにか策があるのか。


 少年は呼吸をし、空を見上げた。

 満月はある。

 だが星はない。


「ルールは分かってるよね? ヒロインが最後の一人になるまで戦ってもらう。英雄が死んでも終わらないよ。葬送が始まると、周囲には火が放たれて、行動できるエリアが徐々に狭くなる。でも安心して。いつもみたいに、ゆっくり炙ってあげるから。急がせたりしないよ」

 心理的な圧迫はありそうだが、時間的な猶予は意外とありそうだ。


 フィールドの中央には、象徴的な記号が描かれていた。一族の残留思念の覆面にも描かれていた太陽の紋章。

 いかにも意味ありげだが……。もし意味がなかった場合、俺は他に狙うべきターゲットを探さなくてはならない。


 エーデルワイスがしゃがみ込み、マッポーちゃんにおんぶ紐をつけ始めた。それを俺に背負わせてくれるのかと思いきや、彼女は自分で背負い始めた。

「あ、おい……」

「私が運ぶ。英雄は戦わなきゃでしょ?」

「ああ……」

 それは助かるが……。

 だがもしエーデルワイスが力尽きれば、マッポーちゃんも一緒に行動不能となる。俺もその近くから移動できなくなる。

 諸刃の剣だ。


 少年はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

「じゃ、僕は客席で観戦させてもらうよ。ラッパが鳴ったら始めてね」

「ああ。ぜひともご照覧あれ」

 この世界の滅ぶサマをな。


「マッポーちゃん、頼む」

「おげぇっ」

 胃液まみれのブツがフィールドに転がった。

 布に包まれた、名も知れぬ不浄な短剣。まあそれはいいのだが、禍々しさとは別に、普通に汚い。不満を述べている場合じゃないのは分かるが……。


 マッポーちゃんは憤慨した。

「ちょっと衆生! 汚物みたいな扱いするなマポ! マッポーちゃんの愛の液体だと思えマポ!」

「わ、分かってる」

 愛の液体とは……。


 俺は意を決して布をよけ、中の短剣をつかんだ。

 持った瞬間、ビリビリと悪意が伝わってきた。これはキツい。手が持つのを拒絶している。


「大丈夫マポ。衆生の人間性はマッポーちゃんが確保してるマポ。遠慮なく短剣を振り回すマポ」

「ああ、信頼してるぜ」

 よし、もう準備は整った。

 一秒でも早く始めてくれ。

 あまり長くこいつを持っていたくない。


(続く)

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