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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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28/54

 九度目の満月――。

 最後の式典だ。


 バーにつくと、いつもとは様子の違う少年が出迎えた。

「ふふ。待ってたよ、英雄。本当に楽しみだった。僕はね、久しぶりに興奮してるんだ」

「へえ」

 なにか秘策でもあるのだろうか?

 人間性が枷となってルールに縛られている状態で?


 彼はニタニタ笑っていた。

「もっと早く気づくべきだったよ。こうすれば簡単に勝てたんだって」

「用心しろってことか。銃は貸してもらえるのかな?」

「どうぞ」

 なにか細工されているかもしれないが……。しかしカウンターに置かれたシルバー・スピッターは、いつもと同じように見えた。


「今日が最後の式典なんだよな? で、俺がヒロインを殺さなければ葬送に入る、と」

「そうだよ」

「いつもと違う点はあるのか?」

「それは入ってからのお楽しみだよ」

 これは「ある」な。

 というか、少年はいつもと違いすぎる。まるで別人のような……。


 *


 俺たちはバーの裏口から、外へ出た。

 満月の草原。

 ただし、遠方には畑のようなものが見える。果樹園だろうか。


 俺は仲間たちに尋ねた。

「ここがグロリオサのいる領域?」

 だが、返事はなかった。

 みんななんとも言えない表情をしている。


 罠、か……?


 しばらくして、タイガーリリーがこうつぶやいた。

「ここは……式典に使われたのは初めてだと思う」

「じゃあ、みんなも初めて来たってことか」

「いや。もっと前に来てる。私たちは、この果樹園の果実を食べて、呪縛を受けることになった」

 なるほど。

 噂に聞いていたアレか。


 なら、あの果実とやらがどんな見た目なのか分かる、ということだ。

 味までは確認できないが。


 いまのところオゾン臭はない。

 血の魔物もいない。

 きっといまでも少年が手を入れているのだろう。


 歩を進めると、果樹園についた。

 それはリンゴだ。

 残念ながら。

 ただのリンゴ。

 まあいかにもなオチではあるが……。妖精たちは、こんなありふれたもののために呪縛を受けることになったというのか。

 いや、リンゴがくだらないという意味ではない。食えばうまいのは知っている。だが、何度も殺されるほどのものじゃない。


「あー、やっぱうまいな」

「熟してますわね」

 ふと見ると、妖精たちが樹からもいだ果実を食っていた。


 いや……えっ?

 ホントに?

 学習能力ないのか?


 俺は慌てて止めに入った。

「待て待て。なに食ってんだよ。ダメだろ」

 だがパキラもヴァニラもきょとんとしている。

「え? でも今回はダメって言われてないし」

「どこにもそんなこと書かれてませんでしたわ」

 本気で言っているのか?


 もしいまので呪縛が復活したのだとしたら……。葬送に入った瞬間、彼女たちは敵となる。

 見ると、ロベリアまでもが果実を口にしていた。両手にリンゴをもち、まるでリスのように。


 思いとどまれたのはエーデルワイスとタイガーリリーだけ。あとは毛玉のマッポーちゃんも……手が届かないおかげで食わずに済んでいた。


 少年の言っていたのはこのことか……。

 絶望的だ。

 もし戦いになれば、こちらが三名、敵が三名となる。その上、神器まで破壊せねばならない。


 妖精は男にだらしない。

 そこまでは分かっていた。

 そしてリンゴも我慢できない。

 そのことも情報としてもっていた。


 これは事前に想定できたことだ。

 なのに俺は、完全に気を抜いていた……。

 アマかった。順調だと思い込んでいた。このまま勝てるつもりでいた。


「もう手遅れかもしれないが、とりあえず、食うのはよそう。また呪縛にかかる可能性がある」

 俺がそう念押ししたのだが、ヴァニラは肩をすくめた。

「大袈裟ではなくて?」

「言い切れるのか?」

「それは分かりませんけれど……。でも大丈夫なほうにわたくしの下着を賭けますわ」

「なら俺は大丈夫じゃないほうに同じものを賭ける」

「要りませんわね……。けどまあ条件は対等ですし、よしとしましょう」

 いや、冗談を言い合っている場合ではないのだ。

 本当に賭けられているのは、下着じゃなくて命だ。


 しばらく進むと、薄紫の繭に遭遇した。紫というかピンクというか。蠱惑的な繭だ。

 ヒロインたちは不審そうに見つめている。

「グロリオサだよな?」

 俺の問いに、タイガーリリーは首を振った。

「違うと思う」

「えっ? じゃあ誰だ?」

「おそらくだけど、ライラック……」

 行方が分からなかった妖精だ。

 繭になっているということは……少なくともどこかのタイミングで死んだことになる。


 俺は銃を構えたものの、なかなか撃つ気になれず、思案した。

 なぜライラックが?

 会えるはずだったグロリオサはどこへ?

 この繭を破っても安全だろうか?


「誰か教えてくれ。ライラックの能力はなんだ?」

「罠師」

「具体的にはなにができるんだ?」

「思いつく限りなんでも」

 罠、か。

 象徴的というかなんというか。

 ここは彼女にうってつけのステージだったわけだ。


「みんな、戦闘になるかもしれない。準備しておいてくれ」

 だが俺がそう告げても、みんなどうしたらいいか分からないといった様子で互いに顔を見合わせていた。

 もちろん俺もどうしたらいいか分からない。


 トリガーを引いた。

 マズルフラッシュと炸裂音。

 弾丸は繭を突き破り、地面へと埋まった。

 水があふれだしてくる。


 俺は銃をおろさず、経過を見守った。

 繭は次第に小さくなる。


 そして――。


「いや、ちょっと待って。は? ありえないんですけど? なんで撃ったの? こっわ……」

 肩まであるピンク髪の女が、濡れた顔をぬぐいながら繭から這い出してきた。

 気の強そうな顔立ち。

 かと思うと、彼女は眉をひそめ「で、服は?」と要求した。


 まあそうだな。

 誰しも服を着る権利はある。


 俺は両手をあげて撃つ意思がないことを示し、彼女に背を向けた。


 会話が聞こえてくる。

「ライラック、なぜ君が……」

「いや、あーしが知りたいんですけど? あのあと地元に帰ったら、まず検疫受けろみたいなこと言われて、なんか苦しいなと思ってたら急に死んだし? そこからずーっと繭のまま放置だし? ナメてんの? てゆーかこの服なに? ちっともかわいくないんですけど?」

 たぶん例のパーカーとスカートだろう。妖精たちの間では、とりあえず全裸のヤツにはそれを着せておけという雰囲気があった。


 振り向くと、予想通りの格好の女が立っていた。


「あ、待って。あーし仲間じゃないから。分かってると思うけど、あんたらハメられたの」

 これにタイガーリリーが「どういうこと?」と質問を投げた。

「全部イヤになったの。あーし、妖精嫌いだから。天使になるの」

「天使?」

「あの子がね、繭のまま捨てられてたあーしを拾ってくれたんだ。で、計画を手伝ったら、天使にしてくれるんだって。しかも天使の一番偉いやつ。よくない?」

「けど、そっちは一人だ。私たち全員を敵にするつもり?」

 するとライラックは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「もー、タイガーリリーったらぴゅあっぴゅあなんだから。たしか、あんたらってバカだったよね? たぶんここに来る途中、リンゴ食べちゃったっしょ? 先生怒らないから素直に言ってみ? ん?」

 するとヴァニラ、パキラ、ロベリアが手を挙げた。

 愚者が三名も……。


 ライラックは満足げにうなずいた。

「じゃ、その三人はこっち来て。あーしの仲間だから。禁忌をおかした罰として、呪縛を受けてもらうよ。これ強制だかんね。どう、この罠? 神さまとあーしの連携技。呪縛で強制的に戦わせて、あーしがそれを操るってわけ。すごくない?」

 四対四か。

 そしてこちらは戦力にならないエーデルワイスとマッポーちゃんも含めた数。俺とタイガーリリーで戦うしかない。無傷では勝てないだろう。今度という今度は死ぬかもしれない。


 ヴァニラが妖しくほほえんだ。

「策士策に溺れるとはまさにこのことですわね」

「……」

 反論できない。

 戦うしかないのか……。

 だがヴァニラは、なぜか血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。いや、俺ではなくエーデルワイスに。


「ちょっと、あなた。なにしてますの?」

「えっ? あ、違うの。いま食べるんじゃなくて、持って帰ろうかなって……」

 エーデルワイスはリンゴを手にしていた。

 愚者が四名!

 ヴァニラが強めにリンゴを叩き落した。

「わたくしの話、ちゃんと聞いてましたの?」

「痛いよ。ちゃんと聞いてた。さっきそこで溺れる……でしょ?」

「いえ、その前の……」

「わ、分かってる。分かってるから」

 どの話だ?


 ヴァニラが戻ると、ライラックは困惑した表情を浮かべた。

「え、なに? なんでいまリンゴ落としたの? なんだったの?」

「見苦しかったので」

「いやいや、リンゴ食べさせたらこっちの仲間になるじゃん! 分かってる?」

「いいから話を進めなさいな」

「ひっど。罰としてあとでモミモミすんね。覚悟しとけよ」

 それはハラスメント行為だろう。


 ライラックは、するとこちらを見た。

「ま、そーゆーこと。残念だったね、人間。あんたの英雄譚は、ここでおしまい。じゃ、そろそろはじめるよ? 心の準備はいい?」

 やる気だ。

 だが、俺は銃を構える気になれなかった。やらなければ死ぬかもしれないのに。

 なんだか、誰も真剣じゃないような……。


 パキラが動き出した。

 かと思うと、ライラックの腕をねじり上げ、その場に抑えつけた。

「あいたっ! えっ!? なに? なんで?」


 なんだ?

 ホントになぜだ?


(続く)

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