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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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27/54

かりそめの日常

 箱の中の故郷。

 その故郷は、あらゆる世界とつながることができる。

 少年の理想郷。

 だが、いまだ未完成。


 少年との会話を終えた俺は、バーへ戻った。

 ヴァニラはなにかを察したらしく、特に詮索してこなかった。

 代わりに、タイガーリリーが声をかけてきた。

「お疲れさま。なにか見つかった?」

「ここのオーナーのノートがあったよ。けど、式典とは関係なさそうだ。無駄骨だったよ」

 少年のことは伏せておこう。

 彼にもメンツがある。

 妖精を故郷から引き離しておいて、自分だけは故郷に固執しているなど、誰にも知られたくはあるまい……。

「なにか飲む?」

「なら水をお願いできるかな」

「ええ」


 俺がカウンターに腰をおろすと、ウイスキーを煽っていたパキラがギロリとこちらを見た。

「さっきさ、なんか変な感じがしたんだ。違和感っていうか……。誰か、なんか力を使わなかった?」

「さあ、どうだろうな」

 さすがに鋭い。


 エーデルワイス、マッポーちゃん、ロベリアはバーにはいない。きっと寝室だろう。あるいはシャワーでも浴びているのか。


 タイガーリリーが水をくれた。

「今日も泊まっていく? ならソファじゃなくて、上で寝たら?」

「いや、ここでいい。ここが一番落ち着くんだ」

 感傷的な話だが、一秒でも長くみんなといたかった。

 かといって距離が近すぎると自制が効かなくなる。

 ソファで寝るのが一番いい。


 *


 朝が来た。

 会社は休むつもりだ。

 まだ誰も起きてきていないから、俺はキッチンに入って水を飲んだ。


 みんなのために、なにか買ってきてやろうか。

 妖精は食事を摂らなくても動ける。だが味覚はあるし、食べたら満足感も得るらしい。きっと故郷では、楽しく遊んで暮らしていたのだろう。


 *


 よく冴えた冬の空に、朝日がひとつ浮いていた。

 肌寒いが、震えるほどではない。


 時刻はまだ五時。

 シャッター通りに人の姿はなかった。いや、かなり前方に一人だけいるか。出社するのだろう。足早に歩いている。

 俺は駅前のコンビニに入り、ケーキなどを買い始めた。朝からこんなのを買っていては、店員にどう思われることやら。いや、客がなにを買おうと店員は気にしないかもしれない。いちいち気にしたところで疲れるだけだ。


 買い物を手短に済ませ、俺は店を出た。

 満月が来たら、また式典が始まる。立て続けに葬送も始まる。それらが終わったら、みんなとはお別れだ。

 生き延びたとしても、死んだとしても。


 *


 バーに戻ると、タイガーリリーが起きてきた。

「おはよう。なにか買い物?」

「ああ。みんなで食べようと思ってな」

「ふふ」

 彼女はかすかに笑っただけで、キッチンに入ってしまった。


 俺は荷物をカウンターに置いてから、ソファに身をうずめた。

 この戦いが終わったらなにをしよう。

 金ならある。

 だが、金以外にはなにもない。

 金だけあっても、特にやりたいことがない。


「ね、英雄! サッカーしない?」

 毛玉を抱えたエーデルワイスが現れた。

 マッポーちゃんは人の姿をやめたのだろうか。


「朝から元気だな……」

「聞いてよ。この子、もう私と寝るのイヤだって」

「なにしたんだ?」

「なにも。ずっとぎゅってしてただけ。どこかの英雄がぎゅってしてくれないから」

 地味なジャージ姿で毛玉を抱える妖精。

 コンセプトが行方不明になっている。

「マッポーちゃんはれっきとした仲間なんだ。丁重に扱って欲しいな」

「あ、なにか買ってきたの?」

「好きなのを選んでくれ」

 彼女は毛玉を放り投げ、コンビニの袋をあさりだした。

 マッポーちゃんは疲れ果てたのか、無言のまま床を転がった。本当にボールみたいだ。


 するとエーデルワイスは、特になにも取らず、俺の隣へ腰をおろした。

「ねー、まだ椿のこと気にしてるの?」

「なんだよ……」

「ケーキ、一個多かった」

「適当に買ったから数を間違えただけだ」

「はぁー……」

 盛大な溜め息を見せつけられた。


 タイガーリリーが「なにか飲む?」と聞いてきたので、俺はコーヒーをオーダーした。エーデルワイスは「オレンジジュース!」だそうだ。


「ねえ、私の英雄。あの子が死んだの、そんなにショックだった?」

「ショックだよ。誰だってそう思うだろ」

「生き返るのに?」

「そう。生き返るとしてもだ。俺はもう二度と会うことができないんだ。永遠の別れと同じだよ」

 せめて、ひとつかふたつ会話をしておきたかった。

 この戦いが終われば、俺は英雄でなくなる。すると彼女たちにとって、俺の価値は即座にゼロとなる。いや、あるいはマイナスかもしれない。メッセージを残しても迷惑なだけなのだ。

 コミュニケーションをとるチャンスはごく限られている。


 ふと、エーデルワイスが身を寄せてきた。

 さっきまで布団にいたからか、だいぶあたたかい。

「ズルいなぁ……」

「えっ?」

「生きてるときより、死んでるときのほうが思ってもらえてる。私が死んだときも、同じくらい思ってくれる?」

「そんな質問はやめてくれ。俺は、もう誰も死なせるつもりはない」

 だが葬送は過酷な戦いになるだろう。

 そこで何名か命を落とすかもしれない。

 そのことは考えないようにしているが……。


 エーデルワイスはまた溜め息をついた。

「不思議な話ね。英雄がヒロインを選ぶ式典なのに、初めて勝者になるかもしれない英雄は、どのヒロインも選ばなかった、なんて……」

「少年の思惑通りに行動した連中は、みんなシステムに敗北したからな。そうならないためには、過去のヤツらと同じ行動をとるわけにはいかなかった」


 もっとも、俺が機転で追い詰めたという気はしない。人間性を吸収し過ぎた少年が、自縄自縛に陥ったのだ。彼は遅かれ早かれ敗北する運命にあった。

 いや「運命」はセンチメンタル過ぎるか。なら「当然の帰結」だ。


 パキラが来た。

「みんな、早いじゃないか。タイガーリリー、お酒ある? 強いのを頂戴」

 短い髪がハネてイヌのようになっている。

 タイガーリリーは肩をすくめた。

「日の高いうちはお酒を出してないの。ごめんね」

「後ろの棚に売るほど置いてあるでしょ?」

「君には水で十分だよ」

「なにこれケーキ? 朝から甘いものはちょっとな……」

 そう言いつつも、パキラはひとつとって席についた。


 続いてヴァニラが現れた。

「ごきげんよう。ケーキと聞いて、つい起きてしまいましたわ」

 寝起きとはいえ、あまりに薄着だ。

 普段はクセのないまっすぐの髪だが、少し乱れている。こうして無防備な姿をさらせるということは、ここを実家のように思っているのだろう。


 のそのそとロベリアも現れた。

「ふふ。英雄が私に贈り物とは……」

 もとから髪はボサボサであったが、さらにボサボサになっている。のみならず、起きたばかりだというのに目にクマがある。繭から出たときもそうだった。あまり眠れない体質なのだろうか。

 彼女は不気味に笑っている。

「私、ちょうど新作のソースを開発してたところなの……。みんなで天国に行けるやつよ……。味見してみる? ふふ。うふふ」

「……」

 妖精たちが一斉に渋い顔になった。

 たしかロベリアの能力は毒だったな……。


 かと思うと、ロベリアは「はうあっ」と棒立ちになった。

「あ、違うの。違うから殺さないでください。いい子にしますから」

 急にわたわたし始めた。

 ヴァニラが幻覚を見せたのだろう。

 事件は未然に防がれたというわけだ。


 エーデルワイスが溜め息をついた。

「あの子、むかしからああなのよね。おかげで何度も巻き込まれたわ」

 平然と言っているが、妖精でなければ大事件だ。

「それ、本人だって危険だろ……」

「なぜかロベリアだけは平気なの。体質なのかしら? いい迷惑よ。あ、でも気持ちよくなる毒もあったっけ。あれは凄かったわ」

「でも毒なんだろ?」

「うん、まあ……そのあと死んだけど」

 アウトだな。


 そんなロベリアだが、葬送では何度か勝利しているらしい。

 敵を始末するのにはいいかもしれない。

 神器の破壊に役立つかは不明だが……。


 ともあれ、俺はこうしてここでみんなを眺めているのが好きだ。

 誰もヒロインにならなくていい。

 そもそも俺だって英雄などではないのだ。たとえそう呼ばれたからといって、本当になれるものではない。


 指についたクリームをなめながら、パキラが顔を上げた。

「そういえば、ライラックどうしてるかな」

 ライラック?

 人名だろうか?

 次に会う予定のヒロインは、グロリオサという名のはずだが。


 ヴァニラがこちらへ向き直った。

「わたくしたちと一緒に召喚された妖精ですわ。あの子、禁じられた果実を口にしなかったから、帰還を許されましたの」

 帰還した仲間がいたのか……。

 なら、なぜ助けに来ない?

 いや、来ることができないのかもしれない。

 本来、ここには誰も侵入できないのだ。例外は、才能のあった澁澤氏のみ。その澁澤氏でさえ、侵入することはできたものの、脱出はかなわなかった。


 エーデルワイスがあくびをした。

「なんで急に?」

「いや、みんなでケーキ食べてたら、なんか思い出しちゃって」

 パキラも深い意味はなかったらしい。


 たしか少年の育てていた果実を、パイにしてみんなで食べたのだったな。

 どんな味だったのか、じつはずっと気になっている。

 きっとうまかったのだろう。


 普通、酒のつまみというと塩けのあるものが供されるが、新鮮な果物もいい。みずみずしい果実。甘いのでもいいし、酸味があってもいい。主張の強い味でなくともいい。清冽な水を存分に齧るのだ。間違いなく幸福になる。


 いや、やめよう。

 いまは果実に執着している場合ではないのだ。

 たとえ愛欲に勝てても、食欲に負けたのでは、笑うに笑えない。


(続く)

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