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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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26/54

秘密

「私は……」


 かすれた男の声がした。

 音による伝達ではなく、精神へ直接。


「澁澤さん、ですよね?」

「私は……太陽を召喚した……」


 こちらは音として返事をするほかない。

 それさえ伝わっているか怪しいが。


「その太陽は……世界を照らすはずだった……。だが……完璧では……なかった……。太陽は……もとの場所へ……」

「送り返したんですか?」

「太陽は……汚染されてしまった……」


 ダメだ。

 会話が成立しない。

 おそらく彼は、存在を維持するだけで限界なのだろう。


「私は魔法陣を描き……みずからを転送しようとし……そしてしくじった……」

「転送?」

「だが……時空の狭間に……」


 失敗したのか?


 点と点がつながらない。

 そもそも澁澤氏は、魔法陣でどこへ行こうとした?

 時空の狭間とは?

 なぜここにいる?


 ふと、気配が一変した。

 気配というか、空気感というか……。


 誰の声も聞こえない。

 まさか、消滅したのか?

 上でくつろいでいる妖精たちの音も聞こえない。数秒前まで、歩く音や、会話する声が、かすかに聞こえていたのに。


「僕だけの秘密だったのに……」


 背後から、少年の声がした。

 姿もある。

 彼はいつものように青ざめた顔をしていた。


「なにをした?」

「時を止めた。僕がここに来たことを、妖精たちに知られたくなかったから。言っておくけど、君の時間も止めてある。動いてるのは精神だけ」

 さらっととんでもないことをするんじゃない。

 だがまあ、たしかに夢でも見ているような気分だ。


 俺はつい鼻で笑った。

「それで? いったいどうするつもりだ? 秘密って言ったって、ちっともなにも聞きだせなかったぜ。会話できるような状態じゃなかったからな」

「前に君は、故郷の話をしたよね?」

「した気がするな」

「ここが僕の故郷だよ。だけど第二の故郷なんて呼びたくない。僕の、ただひとつの故郷」

「……」

 根が深そうな話だな。


 彼は普段あまり表情を出すタイプではなかったが、おそらく苦しさも手伝ったのだろう、露骨に眉をひそめていた。

「あらゆる世界の頂点に立つ輝かしき太陽の世界。それが僕の生まれた世界だった。だけど、僕は落ちこぼれていた。欠陥があったわけじゃない。ただ、なにをやってもみんなに勝てなかった。僕は納得できなかったよ。他の世界の誰より優れているのに、みんなの中にいたら落ちこぼれのままなんだって」

 もとから境遇に不満を抱いていたわけか。

 彼はすっと息を吸い込み、こう続けた。

「だから人間界に召喚されたとき、嬉しかった。この世界なら、僕が頂点に立てる。澁澤さんも僕を凄いって褒めてくれた。この世界を照らす太陽だって」


 どんな人間にも取り柄はある。

 きっとこの少年にだってある。

 しかし社会がその取り柄を無価値と判断した場合……。哀しいことに、本人までもがそれを否定しきれず、自分自身を無価値と考えるようになる。

 社会は、あくまで社会の都合でしか価値を判断しないというのに。富になるかどうか。基準はそれだけだ。それ以外は、すぐに無価値として扱ってしまう。

 本当なら、社会がどう言おうが、当人の価値とは無関係なのだ。


 俺は、しかし慰めの言葉をかけなかった。彼が己の無価値を疑わず、救済を望んでさえいない場合、フォローしても白々しくなるだけだ。

「で、どうなった?」

「僕の体は汚染されていった。人間界の環境に耐えられなかったんだ。それで澁澤さんは、もとの世界に帰すための魔法陣を研究し始めた」

「彼は自分を転送したようだな」

「僕を転送する前に、自分で試したみたい。そしてここへ迷い込んでしまい、二度と戻ってくることはなかった」

「ここへ? 店も一緒に?」

 俺が尋ねると、彼は首を横に振った。

「まさか。あの人は、単独でここへ到達したんだ。それだって凄いことなんだよ? 普通ね、誰もここへは入ることができないんだ。だけど澁澤さんにはできた。たぶん、召喚術の天才だったんだ。自己流だったせいで、事故を起こしてしまったけど」

「じゃあ店は……」

「あとから僕が転送させた。言ったでしょ、故郷だって」


 なんとも言えない気分だ。

 はじめ彼は誘拐されたのだ。ところが、それは彼にとって歓迎すべき事態だった。結果、澁澤氏は彼の師となり、バーは彼の故郷となってしまった。


 少年は苦しげながら、なんとか笑みを作ってこちらを見た。

「その後のことは、君も知っての通り。僕は魔法陣を完成させて故郷に帰った。だけど、太陽の一族は僕を迫害したんだ。だから戦ったよ、穢れの力を使ってね。そしたらみんな死んだ」

「ここはどこなんだ?」

「この空間は、神器の内部だよ。神器というのは、あらゆる世界へ介入できる機械のこと。ただし扱いが難しい。穢れてしまったせいで、動作が不安定になってる……」

 ついに「神器」という言葉を出した。

 というより、もう、なにも隠す気はないのだろう。

 きっとあの短剣を見たときから、覚悟はしていたはずだ。


「僕はこの世界を完成させたいんだ。だから完璧な神になる必要がある。僕だってもう気づいてるよ。あの短剣で、君はこの世界を壊すつもりなんでしょ? けど、それだけはやめて欲しいんだ。君とはもう戦いたくない」

 同情の余地はある。

 だが、自分勝手なことを言っている。


 俺は正義のヒーローじゃないし、世界を救うつもりもない。過去の英雄の無念を晴らすつもりもない。莫大な金も手に入ったし、あとはウマいことやれればいい。

 だが、目の前で起きている問題くらいは、できる範囲でなんとかしたいと思っている。

 正義がどうこういう話じゃない。

 ただ、気に食わないだけだ。

 感情論と言ってもいい。


「なあ、少年。あんたの事情は分かった。戦いたくないってのも同感だ。だが、そいつは最初に言って欲しかったな。俺たちの戦いは、もう後半戦に入ってる。そして俺なりにベストを尽くして、ここまで来た。こいつは、あんたから仕掛けてきたゲームだ。状況がマズくなったからって、一方的に降りるのは感心しない」

 ホントのホントにただのガキなら、手加減してやってもいい。

 だが、こいつは自称とはいえ上位種で、こちらは下位種ということになる。手加減する理由がない。


 少年は箱の中に、自分だけの故郷を作った。

 故郷――。

 人に限らず、誰しも故郷につながるカントリーロードを持っている。彼の道は、ここへつながっている。

 生まれた場所。親。その両方が揃っている。

 幸福なことだ。

 そして俺は、その幸福を破壊するつもりでいる。

 覚悟もある。

 俺の決意を軽く見て欲しくはない。


 少年は恨みがましい目でこちらを見た。

「君の最後の式典が終わったら、妖精たちを解放すると約束しよう。それでもダメ?」

「ダメだな。いまいる七名を解放したところで、あんたは別の妖精を使役し始めるだろう。人間性を搾取するためにな」

「ほかに希望があるなら聞くよ?」

「あんたの死だ」

 こちらも命をかけた。

 当然、敵にも同じものをかけてもらう。

 そうでなければ、ゲームは成立しない。


「人間は神を欲しているはずなのに、神の誕生を拒絶するの?」

「ふん。そいつは一理あるな。だがそういうセリフは、もっと信心深いヤツに言うべきだ。きっと何時間でも話に乗ってくれるぞ」

「愚かな選択をしてるよ。本当に愚かだ。そんなに愚かなのに、なぜ人間性を失わないんだ……」

「ま、才能だろうな。人間界じゃクソの役にも立たない才能だが。あんたのルールにだけはうまくハマった。きっといまが俺の人生のピークなんだろう」

 おそらく俺は、禁欲に成功したわけじゃない。

 ただ臆病だったのだ。

 愚行をおかしていると思われるのが怖かった。

 その恐怖心が俺を勝利へ導いた。


 少年はなぜか俺以上に落ち込んでいたので、こちらから質問を投げた。

「ところであんた、いつでも俺を殺せるはずだろ? なぜ言葉で説得しようとするんだ? ずいぶん回りくどい方法をとるじゃないか」

 ずっと気になっていた。

 彼ほどの力があるなら、いくらでも妨害できたはずだ。いや妨害どころじゃない。いつでも俺を消せた。なのにルールを守って、お行儀よく行動している。


 彼の回答はこうだ。

「僕は……僕はきっと、人間性を集め過ぎたんだろうね。だからルールをおかすことに強い抵抗をおぼえるんだ。けど、いいよね? これって神に近づいてるってことだから。僕は方針を変えるつもりはないよ」

 愚かだな、じつに。

 たしかに神は高潔かもしれない。同時に、愚かさとも無縁ではあるまい。というより、それら価値を超越した存在のはずだ。たぶん。

 少なくとも、人間を搾り上げ、その上澄みをすするだけでは、神になることなどできないのだ。


 少年の目はどこも見ていなかった。

 もうこれ以上の反論は聞きたくないといった様子だ。


 手加減するつもりはない。ないが……。この場で言い負かしても、式典がどうこうなるわけではない。少し元気づけてやるか。

「そんな顔するなよ。まだ勝敗は決まってないんだ」

「えっ?」

「ゲームってのは、最後までなにが起こるか分からないものだ。あんたが上位種なら、その矜持にかけて証明してみせろ」

 すると少年は、ハッと顔をあげた。

「そう……そうだ。僕はあらゆる世界の上位に立つ存在なんだ……。人間なんかに負けるわけない……」

 だが、どう見てもムリそうだ。

 彼は最初から敗北を受け入れている。

 致命的な弱点を抱えたまま戦場に立っている。

 きっと勝利の機会を逃す。


(続く)

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