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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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24/54

休肝日

 翌日、俺はバーへ顔を出した。

 以前はウイスキーなんてほとんど飲まなかったのに、このところ毎日飲んでいる。相変わらず銘柄もなにも分からないまま。分かるのは、しばらく飲んでると酔うということだけ。


 入店した俺は、まず、理解不能な光景を目にした。

 タンクトップにレザーパンツのパキラが、隣にいる女児服の少女を責め立てていたのだ。まっしろのショートヘアをツインテールにした、タヌキのような顔の子だ。

 いったい誰だろう?

 見たことのない子だ。

「あんたね、あたしの努力を台無しにするつもり?」

「一方的にうるせぇマポ。こっちにもこっちの都合があるマポ」

「ホントに生意気なガキだね。じゃあいいよ。勝手にすれば?」

「はいはい、勝手にさせてもらうマポ。マッポーちゃんはお前の飼い猫じゃねぇマポ」

 マッポーちゃん?


 するとその少女は、スツールからおりてこちらへ駆け寄ってきた。

「衆生! 遅いマポ! こいつがマッポーちゃんをいじめるマポ! ぶっ殺して欲しいマポ!」

 間違いない。

 昨日まで毛玉のクリーチャーだったものだ。こんな語尾のヤツがこの世に複数いるはずがない。というか、いないで欲しい。

「マッポーちゃんか?」

「そうマポ! 見ての通り、人間に化けたマポ!」

 くるりとスピンして見せた。

 まあスピンされても分からないものは分からないが。

「そんな能力があったのか……」

 だが、なぜいまその能力を使った?


 エーデルワイスがうんざり顔で近づいてきた。

「この子、ヒロインになりたいんだって」

「……」

 ヒロインに?

 正気か?

 いくら呪縛がなくなったとはいえ、ここで言う「ヒロイン」が、どれだけクソみたいな扱いを受けているか知っているはずなのに。


 マッポーちゃんは誇らしげに胸を張った。

「衆生の交尾相手に立候補するマポ!」

「その見た目で危ない言葉を使うな。コンプラに引っかかるぞ」

 実年齢は数百歳とかなのかもしれないが、もし見た目がアウトなら誰も許してはくれない。もう少し危機感をもって欲しい。

「コンプラってなにマポ?」

「ヘタすりゃ人間性を失うということだ。あー、とにかく、深刻な事件が起きてるんじゃないならそれでいい。いつものようにソファに座っていてくれ」

「分かったマポ!」

 素直でよろしい。

 今日もネコ用の缶詰を買ってきたのだが……。この姿で食うのだろうか。


 カウンターの端に座っていたヴァニラが肩をすくめた。

「もし静かにして欲しいなら、いつでもおっしゃってくださいな。即座に片付けて見せますわ」

「いや結構。タイガーリリー、またケーキを買ってきたよ。悪いけどコーヒーをもらえるかな」

 俺はムリにでも話題を変えた。

 タイガーリリーは「かしこまりました」と笑顔で応じてくれた。心のビタミン剤だ。


 ところでエーデルワイスは、なぜかきぐるみパジャマを着用していた。これはイヌだろうか?

「ね、英雄。これどう? かわいい?」

「かわいいよ」

「やっぱり! こないだタイガーリリーが『ワンころ』って呼ばれたの聞いて、ピンと来たの。イヌもアリなんじゃないかって」

 ド外道かこいつ?

 タイガーリリーは意外と気にしているぞ。


 エーデルワイスは「ワンワン」などとじゃれついてくる。

 無邪気なのも度が過ぎると、ナチュラルに人を傷つける。もしかしてこれがナチュ畜とかいうやつなのだろうか?


 パキラは皮肉っぽ笑みを浮かべた。

「なあ、タイガーリリー。もし次の葬送でこいつを殺すなら、あたしは邪魔しないであげるよ。なんなら手伝ってもいいけど?」

「ありがとう。けど、そのときは一人でやるから心配しないで」

 タイガーリリーは困惑した笑みだ。


 ここはいつ来てもカオスだ。

 ヒロインが増えるたびカオス度が増す。


 まだ会えていないのは、毒を操るロベリア。葬送で生き残るタイプ。そして風を操るグロリオサ。こちらはヒロインとして生き残るタイプ。

 この二名を加え、葬送の舞台で神器を破壊する。

 だが、具体的にどうやる?

 短剣を使うべきなのは分かる。

 地面でも切りつければいいのだろうか?

 あの残留思念は、細かいところまでは教えてくれなかった。


「なあ、マッポーちゃん。あの短剣は、どう使うのがいいんだ?」

「えっ? 短剣? 切る以外になにかあるマポ?」

「なにか魔法的な……」

「そんなものないマポ」

 ないのか。

 どうでもいいが、彼女は素手で缶詰を食っていた。スプーンを使うという発想はないのか……。


 ふと、パキラが席を立った。かと思うと、なにやら格子状に組まれた布を手に戻ってきた。

「あのさ、これ……」

「うん?」

 なんだろう?

 変態が着用する紐か?

 いや、それにしても、こんな紐ではまったくなにも隠せないだろう。あまりにレベルが高すぎる。

 パキラは顔を赤らめ、目をキョロキョロさせた。

「作ったんだ。あげる」

「え、これを……俺に……?」

「そう言ってるでしょ。もしかしたら、もう出番ないかもしれないけど……」

 俺が着るのか?

 それとも自分が着用するつもりだと?


 状況を察したらしいヴァニラが、やれやれとばかりに溜め息をついた。

「それ、おんぶ紐ですわ」

「おんぶ紐?」

「マッポーちゃんを背負うための紐です。巨人との戦いをパキラに教えたら、それがあったほうが便利だろうって」

「ああ、そういうことか」

 あのときはマッポーちゃんを頭に乗せて戦った。意外と握力が強くて、髪が抜けるかと思ったが。ネコと違って、ちゃんとモノをつかめる手になっているようだった。


「ありがとう、パキラ。意外と器用なんだな」

「べ、べつに。あたしはあくまで、戦闘のことを考えて作っただけ。効率よく戦うなら必要になるでしょ」

「助かるよ」

 なんだこの子、絶滅寸前のツンデレとかいうやつか?

 彼女は席に戻ると、恥ずかしそうにそっぽ向いてしまった。


 マッポーちゃんが人間形態のままなら、この紐には出番がないかもしれない。だが毛玉に戻ったら背負うことができる。

 入店時に言い合いをしていたのは、もしかするとこの件かもしれない。


 とはいえ、今後の予定は、通常の式典が二件のみ。

 出番があるとしたら葬送だろう。


 *


 その後、コーヒーとケーキで時間を潰した。

 今日はウイスキーはナシだ。ここへ来るたびアルコールを摂っていたら、きっと肝臓がどうにかなってしまう。休肝日が必要だ。


 だがパキラは飲んだ。

 しかも一人で飲めばいいのに、周りにも勧めだした。こういうとき相手になるのはタイガーリリーだ。

「ったくシケてるわね。あたしら妖精には、酒と男しか楽しみがないってのに。どっちもやらないでよく平気でいられるわね」

「酒と男以外に楽しみをつくったら?」

「ほかに? ま、あんたはいいわよね。『殺し』っていう立派な趣味があるんだから」

「傷つくなぁ」

 昔からこの調子なのだろうか。


 エーデルワイスはシャワーに行った。ヴァニラはうるさそうに一人で飲んでいる。

 マッポーちゃんはソファで休憩中。人間の姿になってもやることに変わりはない。じっと座っているだけだ。


 店の雰囲気はいいとは言えない。だが、最悪とも言えなかった。

 少なくとも言い合いだけでは死者は出ない。ヒートアップすれば別だが。式典よりは安全だ。

 この時間がずっと続けばいい。

 そんな甘ったるい気分になった。


 もし俺が死ねば、この光景は見られなくなる。

 逆に、生きたまま終わらせても……。そのときも、なにも残らないかもしれない。ここと人間界の接続は切れるのだ。

 どちらにせよ詰んでいる気がする。


 俺にとって一番ダメージが少ないのは、ヒロインを殺して葬送を回避することだ。そうすれば最後の式典を済ませたあと、完全に自由になる。手元には十億の金が残る。


 ま、このことは何度も考えた。

 そしてやめたのだ。

 俺は神器を破壊するため、きっと葬送を迎えることになるだろう。舞台は炎に包まれるという話だから、あまり時間をかけてもいられない。

 完全な勝利、または完全な敗北しかない。


 俺が死んでもノウハウは残るのだ。短剣も残る。もし今回がダメでも、きっと次の英雄がなんとかしてくれるだろう。

 だが……。

 そう考えると、過去の英雄たちは、見事になにも残してくれなかった。ここがなんなのかも調べず、少年の正体も不明のまま。ただ少年の指示に従い、銃をぶっ放し、女とヤり、人間性をすり減らして、最後はここから去っていった。

 いや、それが普通なのかもしれない。

 俺が神経質なだけなのだろう。だから細かいところをつついて回った。

 きっとそれだけなのだ。


「なあ、みんな。問題が解決したら、どうするつもりだ? ここには残らないんだよな? というか、この空間が存在し続けるのかさえ分からないしな……」

 俺はそう尋ねたが、返事はなかった。

 顔を見合わせている。


 パキラが「えーと」と頭をかいた。

「え、なに? ここ、なくなるの?」

「分からない」

「いや、なくならないでしょ。そう思ってるのあたしだけ? ちょっと、タイガーリリー。あんたはどう思うワケ?」

 答えに困って、即座に他人に振った。

 タイガーリリーも困惑顔だ。

「本気で考えたことなかった。けど、もしここにいられないんだとしたら、真剣に考えなくちゃいけないね。英雄が許してくれるなら、一緒に行きたいところだけど……」

 するとパキラも「そのときはあたしも行くわ」と同調した。

 仲がいいのやら悪いのやら。


 だが、ヴァニラは冷静だった。

「人間界にわたくしたちの居場所がありますの? どうせいいように使われて捨てられるのがオチではなくて?」

「なに言ってんの、ヴァニラ。そんなの、先にこっちが捨ててやればいいんだよ」

 パキラ……。


 バーンとドアが開き、頭脳担当のエーデルワイスがタオル一枚で入ってきた。ろくに乾かしていないらしく、髪はびしょびしょだ。

「話はすべて聞かせてもらったわ! 私は英雄と結ばれる!」

 まあ、いまはそう言うだろう。

 だがここと違い、人間界には山ほど男がいる。きっと一人の男では満足できないだろう。


 俺はつい溜め息をついた。

「妖精界には帰らないのか? 帰還用の魔法陣は習得したんだろ?」

「残念だけど、私の知識では下位の魔物しか扱えないの。もしそうでなきゃ、マッポーちゃんなんて呼び出してないから。あんまり私をいじめないでくれる?」

 いじめたつもりはない。

 マッポーちゃんだって、結果としてかなり役立っている。

 だが、まあ、言わんとしていることは分かった。妖精の召喚はできないのだ。もしできるなら、とっくに仲間を集めているはずだ。


 しかしそう考えると、人間界に少年を呼び出した召喚術師は、かなりの腕前だったことが分かる。もちろんマグレの可能性もあるが。


 当のマッポーちゃんはあくびをしている。

 なにがどうなろうとどうでもいいといった様子だ。

 できれば俺も、これくらい余裕をもって生きたいものだ。


(続く)

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