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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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23/54

問題児

 七度目の満月――。


 俺は店に入るなり、青ざめた顔の少年をスルーし、エーデルワイスの姿を探した。そうしないと苦情を言われるハメになるからだ。


 彼女は奥にいた。

 なぜかブルマ姿だ。それは歴史にしか登場せず、まともに流通しているのかさえ定かではない過去の遺物。あるいはコスプレサイトの通販でも利用したのか。


 かつての人間界では、女子が自転車に乗ることさえ許容されなかった。足が露出してしまうというのがその理由だ。これに反発したブルマ女史が推進したのが、いわゆるブルマである。しかし当初、ほとんど露出はなかった。もっと淑女向けのはきものだったのだ。

 いったいなにがどうなって見せパンのようになってしまったのだろう……。変態が介入し、魔改造を施したとしか思えない。


 エーデルワイスは言った。

「英雄、スポーツの秋よ」

「まあ秋だが……」

 特に筋肉質でもないし、だいぶスレンダーだから、あまり似合っているとは言えない。どこからどう見てもコスプレだ。


「なにその顔? 私と一緒に汗を流したいでしょ?」

「遠慮しておくよ」

「まだ椿のことを引きずってるのね……。けど元気出して? この私が応援してあげる」

「いや、もう引きずってない。ただその格好にあきれてるだけだ」

「は?」


 俺は席につくと、紙袋をカウンターにおいた。

「ケーキを買ってきた。みんなで分けてくれ。みんなでな。ここにいる全員。もちろん椿のぶんもある」

 するとエーデルワイスが目を細めた。

「ほら引きずってるじゃない」

「敬意だよ」

 もちろん少年の分もある。

 マッポーちゃんには缶詰も買ってきた。スルメも。彼女は意外と干物を好むようだ。いちど与えるとずっと食ってる。


 少年は困惑していた。

「まだ僕に温情をかけるのかい?」

「べつに善意じゃない。一人だけハブいたら空気が悪くなるだろ」

 もちろん俺のぶんもある。甘いものは好きだ。


 床でスルメをむさぼっていたマッポーちゃんが、こちらを見た。

「とんだ偽善者マポね。けどマッポーちゃんはそんな衆生も好きマポ。交尾する権利をやるマポ」

「お気持ちだけ受け取っておくよ」

 この毛玉に興奮できるヤツがいるのだろうか。

 もしいるのなら、きっと雲にさえ興奮できるだろう。


 *


 一通りケーキタイムを過ごしてから、俺たちはバーを出た。

 荒野だ。

 古びたトーチカが置かれ、各所に塹壕まで掘られている。

 かつての戦場だろうか……。


 ただし本当に戦闘があったわけではないだろう。これは人間界のなにかを模して造られた偽物だ。アスレチック用のセットと言い換えてもいい。

 空気を吸い込むと、かすかにオゾン臭がした。

 年に一度しか使われないせいで、空気が攪拌されず、さまざまなものがよどんでいる。


 俺が尋ねるより先に、エーデルワイスがつぶやいた。

「きっとパキラね」

 たしか移動要塞と評されていた妖精だ。狙撃手でもある。かなり強いらしい。

 もし彼女が、もっと早く仲間になってくれていたら……。つい、そんなことを考えてしまう。徹底してアウトレンジから撃ち込んでいたなら、誰も巨人に焼き殺されることはなかった。


 いや、いまは目の前の問題に集中しよう。

 血の魔物とてただのザコではない。もし近づかれれば身体を八つ裂きにされる。アマく見ていると命を落とす。


 俺は銃を構え、塹壕を覗き込んだり、トーチカを覗き込んだりしながら、血の魔物がいないかを確認した。

 だが、しばらく進んでも、一体も見当たらない。


「いないのか……?」

 俺がぼやくと、タイガーリリーも「ふむ」と思案顔になった。

「その時々で配置は違うけど……。ここにいないってことは、奥のキャンプにいるかもね。パキラもきっとそこだよ」

「了解」


 *


 歩きながら、俺は誰にともなく告げた。

「そういえば、あのときは悪かったな……。人間性を奪われてたとはいえ、だいぶ攻撃的になってた」

 みんなは最初きょとんとしていたが、それがなんの話なのか理解してくれたらしい。

 巨人との戦いのことだ。


 エーデルワイスがふんと鼻を鳴らした。

「謝ることはないわ。あなたにとっては初めてかもしれないけれど、私たちにとってはいつものことだから」

「過去の連中も、あんなに横柄になったのか?」

「あそこまで急じゃなかったけど。でもひどいものよ。思い通りにならないと叩いたりするし」

 そして叩けばまた人間性を失うことになる。

 悪循環だ。

 だから絶対に、少しも水準を落としてはダメなのだ。


 ふと、イメージが飛んできた。まるで上空から俯瞰したように、血の魔物の居場所を特定できた。なぜ?

 ヴァニラが肩をすくめた。

「驚かなくて結構。いまのは幻覚ですわ」

「え、どういう……」

「わたくしの能力です。干渉できそうな意識を探知できますから。ええと、簡単に言えば、周囲に誰がいるのか特定できるのですわ。それを集約して、幻覚という形でお見せしましたの。ま、ちょっとした応用技ですわね」

 ソナーみたいなものか。

 じつに便利な能力だな。


「ありがとう。おかげで敵の配置が分かった」

 俺はだいたいの見当をつけて銃口を向け、トリガーを引いた。

 正確に狙う必要はないが、さすがに逆向きには弾丸は飛ばない。


 林の奥で水の爆ぜる音がした。

 血の魔物が飛散したのだ。

 情報の精度は高そうだ。


 ここに登場する血の魔物は、こちらの存在に気付くと、身をかがめ、四つん這いでダッシュしてきた。かなり危険だ。が、たいていはこちらが先手を取れた。


 俺たちは無傷のまま、繭へと到達した。

 真っ赤な繭だ。


 これまで観察した限り、どの繭の色も、妖精の髪の色と同じだった。

 きっとパキラも赤い髪なのだろう。


 俺は銃を構え、中の人影に当てないよう狙いを定めた。

 トリガーを引く。

 繭が破れる。


 あとは仲間たちが、新たなヒロインに服を着せて完了だ。


 俺は景色を眺めた。

 満月に照らされた青白いフィールド。

 いくつものテントが設置されている。

 いったいどこの戦場を参考にしたのかは不明だが……。人間の痕跡がないのが、逆に不気味に思えた。まるでデカいだけのジオラマだ。


 パーカーとスカートを着せられた女が、こちらへ近づいてきた。つやのある赤い髪だ。

「あんたが新しい英雄? あたしはパキラ。まだ誰ともヤってないんだって? なかなか奇特だね。ま、あたしならいつでも大歓迎だよ。よろしくね」

 サバサバしてるのも、行き過ぎるとこうなるのか。

 俺は「よろしく」としか返事をできなかった。

 筋肉質だし、体幹も強そうだが、背は意外と高くない。ショートヘアで顔立ちもシャープ。ボーイッシュというよりは、クールビューティーといった印象だ。


 一方、性格は――。

「はぁ、またワンころが一緒か……。英雄の命令なら仕方ないけど、でもあたしは、あんたのこと仲間とは思えないから。勘違いしないでね」

 彼女が舌戦を仕掛けた相手はタイガーリリーだった。

「奇遇だね。私も同じ意見だよ」

 タイガーリリーが軽く流すと、パキラは舌打ちで応じた。

 また相性のよくない組み合わせが……。


 エーデルワイスが不満顔でぼやいた。

「また始まった。ケンカなんかしたってちっとも楽しくないのに」

 椿と張り合っていた女が、よくもそんなことを言える。

 まあ過去は気にしないタイプなのだろう。


 ヴァニラが妖しい笑みを浮かべた。

「もしうるさければ黙らせますわ。いつでもおっしゃって?」

「いや、結構」

 ある意味、彼女がいちばん怖い。

 本人も気づかないうちにイメージを与えられて、いつの間にか思い通りに操作されているかもしれない。


 *


 店に戻ると、すでに少年の姿はなかった。

 体調が日に日に悪化している。

 放っておいても死ぬかもしれない。


「ウイスキーを頂戴。ストレートでね」

 パキラは席につくなり、そんなことを言った。

 タイガーリリーはやや困惑気味ながら、「少し待ってて」とカウンターに入った。


「英雄、あんたも飲むでしょ?」

「少しだけね」

「なに? まだ人間性に固執してんの? ここじゃ誰もが最後は死ぬの。楽しまなきゃ」

「残念ながら、死ぬ予定はないんだ」

「ふん」

 ずいぶんとアレな性格だ。

 それでも何度か葬送を生き延びているという。戦闘では頼りになるのだろう。


 エーデルワイスがぬっと間に入り込んできた。

「ちょっとパキラ。私の英雄に絡まないでよね?」

「なによ、お絵かき女。今日は床を這いつくばらないの?」

「うるさい! 今度の英雄はいろいろ凄いんだから! 邪魔しないでよね!」

 かなり強がってはいるが、どこか怯えた様子もある。

 いつも葬送で殺されているのだろう。

 力関係はハッキリしている。


 パキラはフッと笑みを浮かべた。

「あんた、また最初のヒロインだったんでしょ?」

「そうだけど……」

「最初からずっと一緒なのに、一回もヤってないの?」

「そうだけど!」

 それは彼女の魅力が問題なのではない。俺の心の問題だ。心というか、戦術というか、プランというか。


 パキラは「あはは」とのけぞって笑った。

「そっちしか取り柄のないあんたが、体で男を落とせないなんてね。じゃ、今度の英雄はハズレだ。少なくともあたしにとってはね」

「バカにしないで。彼はみんなの呪縛を解いてくれた」

「あたしはそんなこと頼んでないよ。だいたい、葬送はなくならないんでしょ? だったら状況はなにも変わってない。あんた、自分の意思で戦えるの? あたしは躊躇しないよ」

「ダメよ! 躊躇しなさいよ!」

 ムチャクチャだな。


 するとタイガーリリーがやってきて、ウイスキーの入ったグラスを差し出した。

「その辺にしなよ、パキラ。葬送でもないのに争ったって、誰も得しないよ」

「ふん。ご立派だね。平和主義者にでもなったつもり? 誰よりも殺しが得意なワンころがさ」

「ワンころ、ね……。名前はタイガーなのに。少し不思議じゃない?」

「へえ、面白い。そのジョーク、自分で考えたの? かなり笑えるわ」

 しかしひとつも笑っていない。


 パキラに微塵も協調性がないことは分かった。

 単に強いだけだ。


 厄介なことにならなければいいが。


(続く)

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