太陽の一族
さて、ジャイアント・キリングだ。
比喩でもなんでもない。
本当に巨人を退治する。
「いまは食事でおとなしくしているけど、きっと傷つけた瞬間に大暴れするよ。気を付けて」
少年はそんなアドバイスを残し、やや距離をとった。
自分がやるわけじゃないから、ずいぶんお気楽だ。
俺は銃を構え、仲間が配置につくのを待った。
いや、配置といってもたいしたものじゃない。マッポーちゃんを抱えたエーデルワイスが退避するのを待つだけだ。あとは適当に戦う。
俺は号令の代わりにトリガーを引いた。
パァンと炸裂音。
弾丸が巨大な肉に命中し、小さな穴をあけた。
反応ナシ。
だが二回目のトリガーを引こうとしたその瞬間、大地を揺するような絶叫が響き渡った。口にくわえていたパイプが外れ、赤黒い血液がドボドボと流れ落ちた。
ノーダメージかと思ったが、意外と効いたようだ。
こいつを撃つと人間性を失うらしいが、いまのところ変化はない。少なくとも自覚できる範囲では。
巨大な赤ん坊は腕をイヤイヤして、鋼鉄の檻をひしゃげさせた。凄まじいパワーだ。というか絶叫がクソうるさい。
トリガーを引く。
小さな穴が開く。
痛みを与えているのは間違いない。が、致命傷にはなっていなかった。
「あァあーっ! あァァあーっ!」
まるで怪鳥だ。
耳元でカラスが絶叫しているような……。いや、腹にもズシズシ響いてくる。ストレスでイライラする。
「なんだこいつ、早く死ねよな……」
俺はとにかくトリガーを引いた。
なんだかムキになっている気もするが……。だがアレは間違いなく殺さねばならない。要するにこれは……とにかく殺すしかない。
「とっとと死ねよ。クソ野郎ッ」
檻の一面が外れ、バーンと地面に倒れた。
ついでに巨人も横倒しになり、そこから暴れながら這い出してきた。
「あうァああーっ! あァあァーうっ!」
うるさい。
黙らせないと。
椿の放った氷柱が、敵の肩に炸裂した。だが連射はできないらしく、かなり間を置いてから次の攻撃が出た。
タイガーリリーは変身もせずうろうろ。ヴァニラも手を出せず眺めているだけ。
正直、目ざわりに感じた。
人が必死で戦ってるというのに、戦ってるフリをして……。
「みんな、なにやってんだ! もっと攻めろ! こっち来るぞ!」
トリガーを引いた。
ただでさえうるさいのに、撃つたびにパァン、パァンとイラつく音が響いた。反動もデカい。もっとマシな銃はなかったのだろうか。こんなクソザコ銃じゃ、まともに戦えるわけがない。
「あァァう! あァう! あァァう!」
だんだん近づいてくる。
顔だけで俺よりデカい。
このまま接近されたら、喰われるのでは?
そう思うと怖くなってきた。
みんなより後ろに下がって、なるべく被害に遭わないようにしなければ。俺は死んだら一発で終わりだが、妖精たちは死んでも生き返るのだ。彼女たちを盾に使わなければ。
すると突然、腰のあたりに衝撃が来た。
背後からの攻撃!?
驚いて振り向くと、毛むくじゃらのクリーチャーが、俺に体当たりをしかけていた。
「なにすんだお前! 邪魔だろ!」
俺は銃を握った手で、そいつを思い切りぶん殴った。
毛玉は一度バウンドし、エーデルワイスにキャッチされた。
「おい、エーデルワイス。そいつをちゃんと管理しておけよ。なんのために後ろにさげたと思ってるんだ?」
だが彼女は哀しそうな顔をするだけで、反論してこなかった。
代わりに毛玉から返事が来た。
「おい人間! いったん落ち着くマポ!」
顔面がへこんだままなのに、器用にしゃべるものだ。
「なんだよ落ち着けって? 戦ってんのはお前じゃなくて俺だぞ。死にてぇのか」
「マッポーちゃんとキスしろマポ!」
「あ?」
「人間性を削られてるマポ! 回復させるからマッポーちゃんとキスしろマポ!」
「ざけんな。気持ち悪ぶふっ」
エーデルワイスがマッポーちゃんを全力でぶん投げてきた。
まさかそんな行動に出るとは思わなかったから、俺は顔面で毛玉を受け止めてしまった。
その瞬間、自分がいまどれだけ横柄な態度をとっていたのか、ようやく自覚できた。
「ぐっ……。大丈夫か、マッポーちゃん」
「キスしそこなったマポ」
キスなどしなくても、近くに寄るだけで大丈夫だったようだ。
削られていた人間性は、たぶん回復したと思う。
「悪いな。まさか、あんなに簡単におかしくなるとは」
「今回の敵は特別ヤバいマポ。マッポーちゃんがつきっきりでサポートしてやるから、頭に乗せるマポ」
「頼んだ」
頭に乗せると、マッポーちゃんは髪をつかんでしがみついてきた。頼むから引き抜くのだけはやめてくれよ……。
「みんな! 攻撃中止! 攻撃中止だ! 後退してくれ! 戦闘は俺が担当する!」
きっと椿もいくらか人間性を失ったはずだ。
これ以上、攻撃させるわけにはいかない。
だが椿は俺の命令を無視し、氷柱を放っていた。コントロールが悪いおかげで、ほとんど命中していなかったが。
椿に駆け寄り、肩をつかんだ。
「椿! 攻撃するな! 後退してくれ!」
「お兄さま……。あれ、私……」
おそらくマッポーちゃんのおかげだろう。椿も正気に戻った。
「あいつに手を出すと、人間性をかなり削られる。俺に任せろ」
「お兄さまは?」
「マッポーちゃんがなんとかする」
というかこの毛玉がいなかったら、いったいどうなっていたことやら。
少年も処分に困るわけだ。
俺は巨人の周囲を旋回するように移動しながら、銃弾を撃ち込んでいった。
あきらかにイヤがっている。
全身から出血し、泣き叫んでいる。
巨人は、この世界を破壊しようとしている。
すなわち神器を破壊しようとしている。
例の残留思念も同じ。
だから一連の行動は、太陽の一族の総意と見ていい。
彼らは死してなお、少年と戦おうとしている。
もちろん神器の破壊は、俺たちの目的とも一致する。
だがいま巨人に手を貸すわけにはいかないのだ。
このままこいつを暴れさせておけば、神器の破壊を待たずに俺たちが殺されてしまう。
もっとうまい戦法も取れたかもしれない。だが俺たちの置かれた状況や、両陣営のパワーバランスを考えると、この選択はやむを得なかった。
とにかく巨人を倒し、妖精の呪縛を解くのだ。
巨人は血走った目でこちらを見ていた。
手を伸ばし、つかもうとしてくる。
俺はとにかくトリガーを引いた。
弾丸は次々と着弾し、赤い点をつける。
頼むから止まってくれ!
だが、トリガーが固まった。
弾切れだ。
目の前には、幼いながらも巨大な手。
「あぁう……」
その手は動きを止めた。かと思うと、糸が切れたようにドーンと地面に落ちた。頭部も、視点の定まらぬままあらぬ方向へ向いていた。
倒した……のだろうか。
それでも俺は呼吸を繰り返しながら、巨人から目を離さなかった。
本当に?
勝てたのか?
「お兄さま、危ない!」
その声が聞こえた瞬間、俺は閃光を見た。
発火?
爆発?
なんだか分からない。
とにかく次に気が付いたとき……俺は横倒しになっていた。
凄まじい臭気。
派手になにかが焼けたらしい。大地までもが焦げ付いている。自爆だろうか? 熱は巨人を中心に、放射状にひろがったようだ。しかし俺の周辺だけは、不思議と焦げていなかった。
なにかが盾になって、防いでくれたようだ。
よく見ると、幸運にも前方に岩がそびえ立っていた。それが熱を受け止めたのだ。
岩……?
あっただろうか。そんな都合よく。
まっくろな岩。
人の形をしているようにも見える。
いや、もう分かっている。
それは椿だ……。
手を前に突き出して、壁を作るような格好で炭になっていた。
きっと冷気の壁で俺を守ってくれたのだろう。
頭ではそう推測できる。
だが、なぜ?
理解できない。
なぜ椿が死なねばならなかった……。
彼女はずっと俺を気にかけてくれた。
なのに俺は、警戒して心を開かなかった。
あまりにも冷酷だった。
もっと優しく接するべきだった……。
マッポーちゃんが近づいてきた。
少し焦げているが、ほぼ無傷。
彼女はなにも言わなかった。
見ると、残りの妖精たちもこちらへ来るところだった。少し負傷しているようだが、歩くのに支障はないようだった。俺の言うことを聞いて、後退していたから、あまり被害を受けなかったのだろう。
俺を守ろうとした椿だけが犠牲になった……。
思わず膝から崩れ落ちた。
いくら生き返るからといって……。
英雄はここを去ると、二度と戻ってくることができない。ヒロインたちと会うこともできない。だから感謝の言葉を伝えることもできない。
喪失感で、なにも考えられなくなった。
椿……。
少年も近づいてきた。
「おめでとう。まさか本当にやり遂げるなんてね。約束通り、妖精たちの呪縛は解いておくよ。さ、今日の式典はおしまいだ。帰ろう」
だが俺は返事もできず、立ち上がることもできず、怒りもわかず、涙も出ず、ただ、そこにいることしかできなかった。
誰も失いたくなかった。
そのために苦悩してきた。
なのに、あんなに簡単に人間性を失って。
仲間も守れず、なにが英雄だろうか。
自分のことが嫌いになりそうだ。
(続く)




