禁忌の代償
六度目の満月――。
少年は今日も調子が悪そうだった。
日に日に衰弱している。
「なあ、神さま。十億はいつくれるんだ?」
「願いは決まったの?」
「金でいい。ピッタリ十億、俺の口座に振り込んどいてくれ」
「分かった」
苦しんでいる少年に金をせびる大人の図。
あまり見られたくない光景だ。
エーデルワイスが猛ダッシュでやってきた。
「だから、なんで私より先にそのショタに声をかけるの?」
「いや、入ってすぐのところにいるから……」
今日の彼女は、幼稚園児のスモックを着用していた。黄色い帽子までかぶっている。こいつはマジで、どこを目指しているのやら……。
彼女は自慢の髪をかき上げ、謎のセクシーポーズをキメた。
「どう?」
「いったん座ってくれないか」
ただでさえ仕事で疲れているというのに。
他のみんないつも通りだ。ヴァニラは……スリットの入ったタイトなナイトドレスを着用している。店の雰囲気にもよく合っているしいいだろう。少なくとも前回の女児服よりはいい。
俺はあえて席につかず、少年に尋ねた。
「で、今日は誰に会えるんだ? ヒロインか? それとも怪物のほうか?」
「怪物だよ」
狩猟の式典だ。
それも狼男ではなく、もっと違うなにからしい。
カウンターに銃が置かれたので、俺はそいつを手に取ってマガジンを突っ込んだ。三十二発。スライドを引いて、そのうちの一発を装填する。
自宅のエアガンで練習しているから、少しは上達したと信じたい。反動も重さもまったく違うが、照準を合わせる動作は同じだ。少なくとも他のなにかよりは、一番近い。
*
バーの裏口から外へ出た。
今日はなぜか少年までついてくる。
それはいいが……。
満月が、荒野を照らしていた。
右を向いても、左を向いても平坦なフィールド。遠方には地平線。まるで月面のようだ。
しかしなにもないわけではない。
ぽつんと構造物がある。
長方形の建物。
ビルだろうか?
いや、もっと簡素な……。
「ついてきて」
少年にうながされ、俺たちは歩を進めた。
*
四角い檻に、巨人が閉じ込められていた。
いや、巨人というより、四角い肉か?
それはクジラのようにも、胎児のようにも見えた。ぶよぶよの皮膚。ところどころ角のような突起がある。頭部だけでなく、肩、腕など、不規則に。
それだけではない。
口とおぼしき場所にパイプが突っ込まれており、なにか流し込まれているようだった。
同様にケツにもカバーがつけられ、排泄物が自動的に地下へ捨てられているようだった。
死んではいないが、生きているとも言い切れない状態。
「これは?」
俺がそう尋ねると、少年はなんとも言えない表情で目を細め、こう応じた。
「肥大した自我だよ」
「誰の?」
「ここで死んでいった命。その総体……」
俺たちの会話が気になるのか、巨人は重たいまぶたを開き、眼球だけ動かしてこちらを見た。
四角い檻にギチギチに詰め込まれているが、よく見ると赤ん坊のようであった。
俺は溜め息をついた。
「総体? 死んだヤツらの肉をぜんぶ放り込んだら、こうなったのか?」
「そんなところだよ。だいたいあってる」
「なあ、俺はクイズ遊びをしたいんじゃないんだ。詳しく説明してくれないか? これがどういう由来のヤツで、なぜ殺す必要があるのか」
理由など知らずとも殺せる。
だがそれは人間のすることじゃない。
普通はしない。
少年はかすかに息を吐いた。
「知っての通り、僕は同族を殺した。そのときの血は、魔物としてリサイクルしてる。けど残りの肉は……なぜかこうなってしまった」
「なぜか? 理由を知らないのか?」
「きっと事前にプログラムされてたんだと思う。外部から攻撃を受けたら、こうして反撃するって」
「反撃もなにも、だいぶおとなしいようだが?」
まったく動く様子がない。
じつにおとなしいものだ。
少年は首を振った。
「苦労してこの状態まで持ってきたんだ。口にパイプがつながってるでしょ? あそこから血を流し込んでる。食事代わりだね。それで強制的におとなしくさせてるんだ」
同族の血を与えているのか……。
だが母乳は血液だという話を聞いたことがある。そう考えれば、あながちおかしな話でもないのかもしれない。
「ここまで追い詰めたなら、自分で殺せるだろう?」
「じつはそうもいかなくてね。僕の能力では、この子を焼き切れなかった」
「焼く?」
「太陽の力だよ。けど相手は同族だし、エネルギー量も膨大だから、相殺されてしまったんだ」
俺はつい鼻で笑った。
「エネルギー量がなんだって? あんた、ほぼ無尽蔵のエネルギーを秘めてるんじゃなかったのか?」
「いずれそうなる予定なんだ。けど、いまはまだ違う」
こいつ、フカシてやがったな。
背伸びしたい年ごろってことか。
俺は肩をすくめた。
「で、あんたより脆弱な俺が、このバケモノを処分できると? 悪いが、短剣はバーに置いたままだぜ」
「大丈夫。シルバー・スピッターがある」
「こいつか……」
俺はあらためて拳銃を見つめた。金属の塊だ。中には銀の弾丸がぎっしり詰まっている。
それはいいのだが、納得できないことがひとつある。
「つまりこの銃さえあれば、あんたでもあいつを殺せるってことか? なぜ俺にやらせる?」
「あれは魔物じゃないから、攻撃すると人間性が剥離してしまうんだ」
「こちらに手を汚せと?」
「そう。けど君たちにはマッポーちゃんがいるよね?」
じつに都合よく使ってくれる。
だが確かに、マッポーちゃんさえいれば、ノーリスクで攻撃することができる。
「分かった。じゃあ次は、なぜこいつを殺す必要があるのか教えてくれ」
「僕の世界を壊そうとしてるから。この檻もいつ壊れるか分からないし、早めに処分しておきたいんだ」
「ほう……」
きっと「僕の世界」とは「神器」のことを言っているのだろう。
だが少年がその言葉を発するまでは、俺も口に出すことはできない。
「あんたの世界が壊れるとどうなる?」
「人間界と、この世界とのつながりがなくなる。そうなると、君は式典に参加できなくなるね」
「で、やがて怪物になる、と」
「そう。正式な手順を踏まない限り、その呪縛から逃れることはできないんだ」
深刻そうに話しているが、この赤ん坊はじつにおとなしい。ちっとも暴れる様子がない。世界が破壊されるのはかなり先のはずだ。
つまりこいつを放っておいたところで、俺にはなんらのリスクもない。スルーしたっていい。
だが、俺はいちおう、こう尋ねた。
「今回はいくらくれるんだ? まさか前回と同じ十億ってことはないよな?」
「考えてない。けど可能な限りの対応はするよ」
「なら妖精にかけられた呪縛を解いてくれ。葬送が始まっても敵にならないようにするんだ」
俺がそう要求すると、彼は目を丸くした。
「呪縛を解く……?」
「そうだ。言っておくが本気だぞ。現状、どうあがいても俺はあんたに勝てないだろう。きっと怪物になるのがオチだ。いっそ妖精たちとヤリまくって、とっとと終わらせちまったほうがいい。分かるか? この世界がどうなろうが、俺の知ったこっちゃないってことだ。このデカブツを殺す理由もない」
本心ではない。
これくらい言わないと動かないだろうと思ったのだ。
少年は大きく呼吸をした。その呼吸は震えていた。
「君はなにか勘違いをしているね」
「勘違い? なら正しい判断をできるよう、情報を提供してくれよ」
「彼女たちは被害者じゃない。禁忌をおかしたんだ。だからここで使役している」
クソ、また新情報だ。
それも、あまり知りたくないたぐいの。
「いったいどんな禁忌だ?」
俺がそう尋ねると、妖精たちはさっと目を伏せた。
後ろめたいことでもあるのか?
少年は告げた。
「僕が彼女たちの事情を無視して、一方的に召喚したのは事実だ。けど、召喚術というのは、そもそもそういうものだよね。問題はそのあと。僕が大事に育てていた果実を、彼女たちは勝手に食べたんだ。絶対にダメだと何度も言っておいたのに」
いや、どう考えても罠だろ。
エーデルワイスは地団駄を踏んだ。
「あんなにしつこく食べるなって言われたら、食べたくなるでしょ! だからパイにして食べたわ! みんなでね!」
園児服で駄々をこねていると、本当にガキみたいだ。
少年は苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
「ともあれ、彼女たちは罪を償う必要があったんだ。その結果がこれさ」
姑息な手段だ。
妖精をハメるために、わざと果実を見せつけたに決まっている。
俺は溜め息をついた。
「事情は分かったよ。だが俺のオーダーは変わらない。承諾するのかしないのか、それだけ聞かせてくれ」
「承諾してもいいけど、結果は変わらないと思うよ」
「なぜ?」
「ヒロインが複数いたら、必ず葬送は実施されるから。そして最後の一人になるまで終わらない。この点は呪縛ではなくルールだから、変更の対象にはならない」
「ええと……つまり、どういうことだ?」
「葬送が始まったら、呪縛による強制ではなく、自発的な殺し合いをしてもらうことになるだけ」
なにを言ってるんだこいつは。
俺はつとめて冷静に、こう応じた。
「なら葬送を廃止してくれ」
「それは難しいね。呪縛だけなら僕の都合で解除できるけど。世界のルールを再構築するには、途方もない時間と労力が要るんだ。世界をゼロから構築するならともかく、途中から変更するとなると、他のルールとも整合しなくなる……。ヘタすると世界が滅ぶよ」
ごちゃごちゃ言っているが、要するに「やりたくない」ということだ。
「どうあっても死んで欲しいってことか。なら、もうひとつだけ確認させてくれ。もし呪縛が解けた状態なら、俺がヒロインを一人に絞っても、他のメンバーは敵対しなくて済むんだよな?」
「イエスと答えてもいいけど、その表現は正確じゃないね。強制的な敵対はなくなるよ。けど、みんながどう判断するかは……僕には分からないよ」
そこは妖精次第ってことか。
強制じゃなければいい。
たぶん。
ともあれ、この要求が通れば、作戦の幅が広がるのは間違いない。
少なくとも俺は、妖精を殺す必要がなくなる。
これまで想定していた六名ではなく、七名の妖精と協力できるようになる。
「分かった。なら要求を通してくれ。彼女たちの呪縛を解くんだ」
「あの子を殺せたらね」
「見ててくれ」
交渉成立だ。
しかし少年が育ててた木の実というのは、いったいどんなものだったのだろう。おいしかったのだろうか。俺もパイを食べたかった。
意外とただのリンゴだったりしてな……。
(続く)




