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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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19/54

 バーへ戻ると、少年が留守番していた。だいぶ苦しそうだったから、とっくに帰っていると思ったのに。

 こちらを凝視しているところを見ると、どうやら話しておきたいことでもあるようだ。


「着替えてきますわ」

 ヴァニラはそう告げて別室に入った。

 マッポーちゃんはソファ、タイガーリリーはカウンター、他の面々もそれぞれの場所を見つけて腰を落ち着けた。


 俺は少年の隣に座った。

「ほら、銃だ。今日は一発も撃たずに済んだ」

「なにがあったのか教えて欲しい」

 よほどあの短剣が苦手なのか、ひとつも余裕がなさそうだ。

「なにって? 謎の妨害にもめげず、無事にヒロインを見つけ出してきたんだ。そんな顔しないで歓迎してくれよ」

「ウソだ。きっとなにかあった。みんな急におかしくなって……」

「あそこはあんたの領域だ。俺ごときに小細工できるわけないだろ?」

「だからこそ分からないんだ」

 殺された同族の残留思念みたいなものだろう。いや、プログラムと言い換えたほうがいいか。彼らには、死してなお成し遂げたいことがあったのだ。


 タイガーリリーがウイスキーを出してくれたが、俺はすぐには口をつけなかった。酒が入れば、口を滑らせる可能性がある。


 少年は血走った目でこちらを見つめてきた。

「頼むから教えて欲しい。不安なんだ。僕は神で、あそこも僕の領域なのに、僕の知らないことが起きてる。こんなことはありえない」

「むしろこっちが教えて欲しいくらいだ。あんたに分からないことは、俺にも分からないよ」

「……」

 だがある程度の推測はしているだろう。

 あの幻覚はヴァニラの仕業かのように見せかけられているが、しかしスペックにそぐわない現象だ。少年も第三者の干渉を疑っているはず。そしてその「第三者」が何者なのかつかめていない。


 少年はうなだれたまま、席を立った。

「僕はもう帰るよ」

「帰るって、どこに?」

「僕だけの世界だ……」

 人の世ではなく、故郷でもなく、別の世界に自分の場所を作っているのか。

 ひとりだけの世界。

 孤独はつらいが、それ以上につらいことがある場合、孤独のほうがまだマシということになるのだろう。


 少年は裏口のドアから姿を消した。

 便利なドアだ。

 彼の都合でどこへでもつながる。

 あるいは神器とやらの力だろうか。


 壁によりかかってウイスキーを飲んでいたタイガーリリーが、いきなり吹き出しそうになった。

 彼女の視線の先にいたのはヴァニラ。

 なぜか女児服……。

 上着はありあまる胸部に引っ張られ、破裂しそうになっている。腹も丸出し。それにスカートも意味をなさないくらい小さい。


 エーデルワイスが眉をひそめた。

「それ私の服っ!」

「これしかありませんでしたの」

「ウソつくな! もっといっぱいあったでしょ! この変態!」

 お前が言うな。


 だが、たしかにひどい。

 服が限界を迎えている。

 顔立ちだけは高貴だが、首から下はその逆。品性の欠片もない。それだけに、下腹部が落ち着かない気分になった。これは際どい……。


 彼女はソファに腰をおろし、肉付きのいい足を組んだ。

「タイガーリリー、わたくしにふさわしいお酒をいただける?」

「お金はあるのかな?」

「そこの英雄がおごってくださるわ」

「少々お待ちを」

 このムチャクチャな要求に、タイガーリリーは応じてしまった。


 なぜ俺がおごらねばならんのだ……。

 とはいえ、俺はまだこの店に一円も落としていない。毎回タダ酒だ。おそらく神の所有物なのに。きっと死後は地獄に行くことだろう。


 そういえば十億はどうなったのだろうか。権利はあるはずなのだが。あとで少年に聞いてみるとしよう。まさか神が詐欺を働くということはあるまい。


 エーデルワイスがヴァニラと言い合いを始めると、その隙に椿が俺のとなりへ来た。

「お兄さま、とてもお疲れですね。このあと、お背中をお流ししましょうか?」

「いや、いい。気をつかわないでくれ」

 つぶらな瞳で見つめてくる。

 もし一緒に風呂に入ろうものなら、間違いなく歯止めが効かなくなる。


 誰か一人を選び、残りを殺さねばならないのだ。

 もし殺さずに葬送を迎えてしまえば、全員が敵になる。


 一番の強敵はタイガーリリー。あるいはヴァニラ。次いで椿。安全なのはエーデルワイス。

 だが、敵対してもいない相手を、俺は殺せるだろうか?


 アマかった。

 ハナから先送りなどせず、ヒロインを一人に絞っておけばよかったのだ。先送りにするから負担が増す。


 そしてこういうとき、最善の手は限られている。

 人間は過去には戻れない。そして過去にもっとも近いのは「いま」だ。後悔したくないなら、いま動くのが最適。時間をかければかけるほど不利になる。


 俺はウイスキーを一口あおり、溜め息をついた。

 あきらかに酒で気を紛らわせようとしている。

 健全な対処法じゃない。

 分かってはいても、ほかになにも思いつかなかった。酒というのは、人類にかけられた呪いなのかもしれない。


 ともあれ、考えるのだ。

 なにかいい手があるはず。

 あって欲しい。

 状況を変えたい。根本的な対処が必要だ。


 ふと、ウイスキーのグラスがさげられて、代わりに水が提供された。

「やっぱり変だね、英雄。どうかしたの?」

 タイガーリリーだ。

「今後の戦いについて、ちょっと」

 すると彼女は困ったような、それでいて慈しむような笑みを浮かべた。

「過去にも、そういう顔をした英雄を見たことがあるよ。みんな同じことで悩んでた」

「……」

 そうだ。

 ヒロインの処遇について悩むのは、俺が初めてじゃない。

 彼女たちは何度もそういう場面に立ち会ってきたし、そのたび傷ついてもきた。


 俺はグラスの水を飲み干した。

「悪いな。けど……」

「いいよ。少なくとも私は、あなたの判断を責めたりしない。そこまで悩むってことは、私たちのことを考えてくれてるってことだから」

「ありがとう」

 情けない気持ちになった。


 利己的な自分は好きじゃない。

 だが、余裕がなければ、そうも言っていられない。

 いかに醜かろうと、見苦しかろうと、それでも生きるのが生命というものだ。

 しかし俺は、「だから醜くくても生きるべし」などと結論しない。「だからこそ人間には余裕が必要だ」と強く思う。

 余裕を生む方向へ舵を切るのだ。

 そのための知力も暴力も十分とは言いがたいが……。


 いや、まだ完全に追い詰められたわけじゃない。

 神は言った。

 狩猟の式典を予定している、と。

 新たなヒントが手に入るかもしれない。

 思いつめるのは、そのあとでいい。


 葬送までは、通常の式典が三回、狩猟の式典が一回。

 計四ヵ月ある。

 仲間は増える一方だ。もちろん同じだけ負担も増えるわけだが、いまは考えなくていい。

 攻勢に出ているのは俺たちだ。


「エーデルワイス、召喚術を使えば、死んだ人間とも会話できるのか?」

 俺がそう尋ねると、エーデルワイスがきょとんとした顔でこちらを見た。

「え、ムリだけど……」

「だが過去の出来事を知ることはできるよな?」

「精霊のこと? うん、まあ。漠然とだけどね。なにか聞きたいことでもあるの?」

「このバーで試してみてくれないか? なにか情報が手に入るかも」


 そう。

 俺たちは基本的な確認をしていなかった。

 妖精は神の領域から出られない。そしてこのバーは神の領域だ。すでに人の世ではない。なにかあるだろう。


 エーデルワイスはフッと笑みを浮かべた。

「いいアイデアね。一番いいのは、この私を頼ったことよ。やっぱりあなたのヒロインはこの私ね」

「やってくれるか?」

「ええ。あなたのお願いなら、なんでも聞くわ」

 堂々とウソをつくな。

 パチリとウィンクまでして。


 かくして俺たちは、召喚の部屋へと移動した。

 禍々しい短剣も置かれているが、それはひとまず無視でいい。


 エーデルワイスはしゃがみ込み、チョークで魔法陣を描き始めた。ナースのコスプレをした女がチョークで遊んでいるようにしか見えないが。

「その地べたをはいずり回る姿、とてもお似合いですわ」

 ヴァニラが皮肉を飛ばしたが、エーデルワイスは無視した。自分の本業だけはきっちりやってくれる。


 俺は邪魔にならないよう、そっと声をかけた。

「集中が必要なんだっけ?」

「平気よ。ここにいる精霊と交信するだけだし。異界から肉体を呼び出すわけじゃないから」

 椿も部屋を覗き込んでいた。

 バーに残ったのは、水仕事をしているタイガーリリーと、興味のないマッポーちゃんだけ。


 ふっと空気感が変わった。

 魔法陣を中心に、なんらかのエネルギーが伝播したのだ。

 エーデルワイスはこちらを見た。

「で、なにが聞きたいの?」

「ここはどういう場所なんだ? なにか特別なことは起きてないか?」

「聞いてみるね」

 エーデルワイスはそっと目を閉じ、意識を集中し始めた。

 俺たちは息をのんで見守るのみ。

 音もないまま、時間だけがじりじりと経過した。


 やがて彼女は、深い呼吸とともに目をひらいた。

「このお店、虚無の中に急に出現したみたい。虚無っていうか、大きな箱? けど、なんだろう……。空間そのものに、誰かの人格が宿っているような……」

「誰だ?」

「たぶんあの子供……。けど変ね。ほとんど消えかけてる。箱に飲み込まれているみたいな……」

「もっと詳しく探れないか?」

 俺がそうせっつくと、エーデルワイスは困ったような表情を浮かべた。

「精霊もそこまでは……。あ、でも待って。あの子と空間の境界がない? つかみどころがなくてよく分からないわね。まさか、一体化してるってこと? そんなことありえる?」

 ありえる。


 彼女の言う「箱」は、間違いなく「神器」のことだろう。

 俺に接触してきた残留思念も、少年と神器が一体化していると教えてくれた。両者は混ざり合っている。


 つまり、こういうことだ。

 このバーは神器の一部である。

 葬送を迎えずとも、バーを攻撃すれば神器にダメージを与えることができる。


 この推測は、かなり正解に近いはず。

 少年の不調を見れば分かる。

 短剣は、すでに神器を傷つけているのだ。


 なぜ少年が短剣を処分しないのか不思議だが……。いや、できないのかもしれない。

 短剣は、神をも殺す力を有している。

 ただの人間である俺でさえ、触れただけで人間性を剥離させられる。少年には近づくことさえできまい。

 この不浄な短剣を、マッポーちゃんの体内に隠してここへ持ち込めたのは、かなり幸運だったのだ。


 エーデルワイスは座り込んだ。

「ダメ。分からないわ。情報が大きすぎよ」

「いや、十分だ。ありがとう」

「なにか分かったの? 私にも教えてよ」

「とはいえ、まだ推測の段階だからな。ちゃんと情報を整理できたら教える」


 無邪気にバーを攻撃していいかは分からない。

 ここは人間の世界と、太陽の一族の世界をつなぐ役割を果たしている。いわば中継地点だ。あるいは妖精の世界ともつながっているかもしれない。

 ヘタに破壊すれば、つながりが途切れてしまう。


 とはいえ、結局は神器本体を攻撃することになるのだから、結果は同じかもしれないが。

 残念だが、なにも失わずに勝利するのは不可能だろう。

 ある程度の犠牲は覚悟しなければ……。


(続く)

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