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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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18/54

 景色が霧に覆われて、なにも見えなくなった。

 これも幻覚かもしれない。

 こういうとき、むやみに移動するのは危ない。まあ棒立ちのでいるのが最善かは分からないが。少なくとも崖から落ちたり、足をくじいたりする心配はない。


 やがて視界が晴れると、俺は洞窟にいた。

 しかしじめじめしていない。きちんと管理された、大きな横穴だ。奥には祭壇があり、火も焚かれていた。

 そして法衣を身にまとい、顔に布を垂らした人物がひとり。


「誰だ?」

「私は太陽の一族」

 生き残りがいたのか?

 言われてみれば、顔を覆う布には太陽を思わせる記号が描かれていた。


「ここは? 俺は草原にいたはずだが……」

「時空の狭間だよ、人間。お前の力を借りたくてここへ呼んだ」

「呼んだ? 召喚術で?」

「いいや。ただ精神に干渉しているだけさ。幻覚を見ているとでも思ってくれ」

 声からは、男か女か、老人か若者かさえ判断できなかった。

 言語が直接流れ込んでくるような感覚。


「幻覚? じゃあアレをやったのは……」

「私だよ。勘違いしないでくれ。危害を加えるつもりはない。不浄の子に知られることなくお前と話をするために、どうしても必要だった。さっきも言った通り、力を貸して欲しい」

「なにをさせたい?」

 信用していいのだろうか?

 あまりに怪しすぎる。


 そいつは言った。

「復讐さ。大袈裟に言えばね。だが私の個人的な感情はさほど重要ではない。不浄の子は、してはならないことをした。ゆえに、存在を消去されるべきだと考えている。しかし私の肉体はすでに滅んでいるから、それを実行することができない。だからお前に代行してもらいたい」

 一方的な要求だ。

「ヤツはなにをしたんだ?」

「禁忌の力に触れた」

「具体的には?」

「穢れた身体で神器に触れた。だが神器といっても理解すまい。あれはこの星と天体とをつなぐ機械であった。不浄の子が禁忌をおかしたために、この世界からは朝が失われた」

 ガキひとりに出し抜かれるとは、ずいぶん警備がアマかったようだな。


 俺は出かかった皮肉を飲み込み、こう尋ねた。

「どうすればいい?」

「お前たちが見ている不浄の子は、全体のごく一部に過ぎない。アレはいまや神器と一体化している。穢れた神器を破壊するのだ。さすれば力は失われ、やがて不浄の子も自壊するだろう」

 おっと、これは。

 あの少年が全体の一部に過ぎないのであれば、銃を撃ち込もうが、短剣で殺そうが、まったく問題は解決しないということになる。


「神器というのはどこに?」

「アレが葬送と呼ぶ舞台装置として使われている」

 待てよ。

 なら俺たちは葬送を待たねばならないのか?

「葬送に参加せよと?」

「ほかに筋道はない」

 簡単に言うじゃないか。


 俺はつい鼻で笑ってしまった。

「どうも力になれそうもないな。もっと見込みのあるヤツにお願いしたほうがよさそうだ」

「その意見は否定しない。だがどの人間も、不浄の子のなすがままで、まったく見込みがなかった。神器を破壊できそうな短剣を手に入れたのは、お前が初めてだ」

「まあそれは俺じゃなく、仲間のおかげだな」

「同じことだ。葬送の舞台には、あの短剣を持っていくといい。必ず役に立つ」

「参考にするよ」


 *


 気が付くと、俺は草原にいた。

 霧もない。

 周囲を見ると、マッポーちゃんとエーデルワイスが走り回っており、椿もキョロキョロしていた。タイガーリリーは小さくなってしゃがみ込んでいる。

「みんな、無事か?」

「……」

 なにが起きたか分からない、といった様子だ。

 ムリもない。

 だが彼女たちに事情を説明するべきではないだろう。神に知られてしまう。


 ともあれ、例の召喚術師が問題であったと、つくづく再認識させられた。

 ヤツが少年を召喚したばかりに、あまり好ましくない環境に招いてしまった。おかげで彼は、故郷への帰還を拒絶された。怒った少年は神器を乗っ取った。で、このザマだ。世界がひとつ滅んだ。

 きっとクリーンな世界だったのだろう。免疫がなかったから、外部から余計なものを持ち込まれたくなかったのだ。

 それでも、人間の世界を「不浄」呼ばわりするのは高慢に過ぎると思うが……。

 ま、怒っても仕方がない。いまは情報だけ使わせてもらう。


 問題は「葬送」だ。

 俺たちは七人目のヒロインと合流し、それに参加しなければならない。いや、葬送に立ち会うだけなら二人いればいい。ヒロインを残しておけば、それだけ敵が増える。

 大儀のために、妖精には死んでもらうか……。

 だが、誰を選ぶ?

 エーデルワイス、タイガーリリー、椿……。もうすぐヴァニラも加わる。

 誰も殺したくない。

 血の魔物も、怪物も、殺すのに躊躇はなかったのに……。人の姿をしているから抵抗があるのだろうか。


「なにいまの? 幻覚? あとでヴァニラに苦情言わなきゃ」

 エーデルワイスが憤慨した様子で戻ってきた。

 くたくたになったマッポーちゃんも一緒だ。


 戦術面だけを考慮するなら、人間性を吸収できるマッポーちゃんは確保しておきたい。となるとエーデルワイスは殺せない。

 いや、召喚術師が死亡しても、魔物は残るのだ。

 別の妖精でもいい。

 いずれにせよ残しておけるのは一人だけ。最後の式典で二人になって、そのまま葬送に入るのがもっともイージーな展開。七名全員を生かしておいたら、俺自身の生存率が低下する。


 妖精は死んでも次がある。

 俺にはない。


 頭では分かっている。

 だが……。


 *


 どういうわけか、血の魔物には遭遇しなかった。


 かすかにオゾン臭のする、大理石のあしらわれた洋館。

 一階の広間に、金色の繭が置かれていた。

 うっすらと人影も見える。


 俺は銃を構え、狙いをつけた。

 誤射のフリをして、いっそ中の妖精ごと撃ってしまおうか……。顔も見ておらず、会話もしていない相手なら撃てるかもしれない。

 呼吸が震える。


「どうしたの?」

 エーデルワイスが顔を覗き込んできた。

「危ないからさがっててくれ」

「けど、なんか変よ? 調子悪いの?」

「いや、大丈夫だ。撃つから距離をとって」

「うん……」


 ダメだ。

 命を奪う決心がつかない。

 魔物は撃てるのに。


 トリガーを引くと、弾丸が繭を突き破った。

 もちろん妖精には当てていない。

 水が抜けて、繭がしぼんでゆく。


 頼れる仲間だと思っていた妖精たちが、いまでは重荷に思えてきた。


 殺すか、殺されるか、怪物になった上で殺されるか……。

 この三択しかないのに。


 俺は大きな柱にどっと寄りかかり、そのままずるずると座り込んだ。

 情けない。

 手まで震えている。


 椿がやってきて、なにも言わず隣に腰をおろした。

 優しい子だ。

 内心どうなのかは分からないが。


 あらゆる言動が不審に見えてしまう。

 彼女たちは善意で行動しているかもしれないのに。

 自分にやましい気持ちがあるせいだろうか。裏があるのではと怪しく思える。この態度は人を不安にさせるかもしれない。すると互いに信用できなくなる。悪循環だ。


 帰ったら、俺はまた酒を飲むだろう。

 そしてなにもかもを忘れて眠る。

 問題の先送りにしかならないのに。


 うなだれていると、女たちの会話が聞こえてきた。

「その幻覚が、わたくしのせいだと? 繭で眠っていたのに?」

「ほかに誰ができるっていうのよ?」

「さあ。例の少年が手を回したのではなくて?」

「証拠は?」

「あなたとは会話したくありませんわ。おさがりなさい」

「なにこいつ! ムカつくわね!」

 エーデルワイスだ。

 生まれたばかりのヴァニラに絡んでいる。


 ヴァニラは渡された服を着て、やや不満そうに目を細めた。

「ほかに服はありませんでしたの?」

 何度も使い回されたパーカーとスカートだ。

 タイガーリリーは肩をすくめた。

「バーで好きな服に着替えるといい」

「せっかくわたくしの英雄とご対面だというのに、こんな地味な服なんて……」

「なら脱げば?」

「あら、素敵。獣に似つかわしい野蛮な提案ね」

「……」

 見た目はいいが、性格に難がありそうだ。


 ヴァニラはこちらへ来た。

「お目にかかれて光栄ですわ、わたくしの英雄。ヴァニラです。どうぞよしなに」

 麗しい笑みを浮かべ、膝を曲げて辞宜をした。

 輝くような黄金色の髪。雪のように白い肌。そしてパーカーを破裂させそうなほどの胸。体目当ての男なら秒で落とせそうだ。


 俺は立ち上がる気力もわかず、片手をあげて挨拶した。

「座ったままで悪いね。よろしく頼むよ」

「あら、お疲れのようですわね。それにしても、なかなか刺激的な起こし方でしたわ」

「ほかの方法を知らなくてな」

「強引なのは嫌いじゃありませんわ」

 本当に素敵な笑顔だ。

 いや完璧な演技というべきか。

 もうなにが事実なのか分からない。まあウソでもいい。そのウソが最後まで続くなら。


 エーデルワイスはまだ納得していない様子だった。

「ちょっと待って。まだ話は終わってない」

「しつこい。わたくしはそのとき眠ってましたの。いったいなにができるとおっしゃるの?」

「けどあなた、人をだますの得意でしょ?」

「言いがかりよ」

 彼女は犯人じゃない。

 だがうまく説明できる自信もなかった。


「英雄のことだましたら許さないから」

「見くびられたものね。わたくしが幻覚を使う相手は、あくまで敵だけ。英雄には、魅力で選んでいただきますわ」

「それもウソ! 前に幻覚で英雄をだましてた!」

「ずいぶん品のない英雄でしたもの。けれど、殿方の粗相をいさめるのも淑女のつとめではなくて?」

「品のない体でよく言うわね!」

「ちょっと、触らないで」

 なにをやってるんだこの二人は……。


 俺が溜め息をつくと、椿が心配そうに声をかけてきた。

「お兄さま、なにかお悩みですか?」

「いや、まあ、少し……」

「困ったことがあったら、遠慮なくご相談くださいね。椿にできることなら、なんでもしますから」

「ありがとう」

 本当になんでもしてくれそうだ。

 坂本の件で余計に警戒していたが、きっと素直な子なんだろう。


 マッポーちゃんものそのそと近づいてきた。

「なんだか混沌としてきたマポねぇ。先行き不安マポ」

「大丈夫だ。計画はある」

 俺はふわふわの毛玉をなでた。

 ゴロゴロ鳴っている。

 まさかこのクリーチャーに癒される日が来るとはな……。


(続く)

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