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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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16/54

One Billion

 怪物はグルルとうなりをあげ、威嚇してきた。

 しかし哀しいことに、伝わってくる感情は「恐怖」でしかなかった。

 戦意喪失し、腰がひけている。

 最愛の椿に一撃をもらったのがショックだったのかもしれない。


 俺はそのまま歩を進め、怪物の正面に立った。

 怪物は襲いかかろうか逃げようか迷っている様子。

 俺は狙いをつけ、足を撃ち抜いた。


「きゃうっ」


 狼とは思えぬ、か弱い声が響いた。

 坂本――。

 俺が会ったとき、立派な人間には見えなかった。もちろんいまでも同じ。ちっともいい印象がない。だが、いま彼が味わっているであろう敗北感は、なんとなく理解できた。

 すべてを失ったのだ。

 もう生きていたくないほどに。


 椿の面影を追い続け、会えもしないのにシャッター通りをうろつき、ようやく招かれたと思ったらこのザマだ。

 みっともないし、みじめだろう。

 しかも椿をはべらせている新しい英雄に殺される。

 この感情は、すでに怒りを通り越しているに違いない。


 崩れ落ちた怪物は、じっとこちらを見ていた。

 目に力がない。

 早く殺してくれと懇願されているかのようだ。


 俺は彼の頭部に狙いをつけた。

「じゃあな」

 トリガーを引くと、手首へガツンと反動が来た。

 弾丸は飛翔し、怪物の脳天を撃ち抜き、そして大地へ刺さった。


 風もない。

 ただ怪物が血に伏し、みずからの血液にまみれただけだ。


 呼吸をすると、ここもかすかにオゾン臭がした。

 しばらく無人だったのだろう。


 よく見ると骨が転がっていた。俺は学者ではないから断定できないが、どうにも人骨にしか見えなかった。

 過去に大量の殺人があったのだろう。

 英雄だろうか?

 それにしては数が多すぎる気がする……。


 ジャージ姿のエーデルワイスが、しゃがみ込み、その骨を見つめていた。

 俺が「なにか分かるか?」と尋ねると、彼女はさみしそうな顔でこちらを向き、ぽつりとつぶやいた。

「抜け殻ね」


 抜け殻――。

 いったい誰の?


 彼女は立ち上がり、かすかに溜め息をついた。

「前に、ここで召喚術を試したことがあるの」

「なにを呼んだんだ?」

「精霊。どうして骨だらけなのか聞いたの」

「結果は?」

「虐殺だよ」

 それは分かる。

 虐殺以外でこんなことにはならないだろう。


 エーデルワイスは躊躇した様子で、空を見上げた。

 星がまたたいている。

 ウソみたいにキラキラした星々。


「あなたがいろいろ調べてくれたおかげで、点と点がつながった。ここは太陽の一族が住んでいた世界。あの子供の故郷よ」

「えっ?」

「だけどみんな殺されてしまった。殺したのは彼ね。理由は分からないけれど……」

 帰るべき故郷を、みずからの手で破壊してしまったというわけか。

 いったいなぜ?


 彼女は首を振った。

「血の魔物は、その被害者の血液。もう自我もないのに、何度も殺されてる。殺されるたび再生されて、永遠の苦しみにさらされ続ける」

「かなりの憎悪だな」

「こんなこと、早く終わらせないと……。誰も幸せにならないよ」

「その意見には賛成だ」

 どうせ殺すのであれば、少年の事情などどうでもいいと思っていた。だが、もっと調べたほうがいいかもしれない。


 彼が血を忌避した理由も分かった。

 不浄だったからじゃない。

 もう二度と浴びたくない同胞の血だったからだ。


 *


 バーへ戻ると、少年の姿はなかった。

 代わりに置手紙があった。

「おめでとう。僕は帰る」

 それだけだ。

 不浄な短剣と一緒に留守番するのはつらかったらしい。

 召喚術を使えば、短剣など魔界に送り返せると思うのだが。あえてそれをしないのが神の矜持なのだろうか。彼は彼の作ったルールで敗北するのかもしれない。たいていの場合、善人ほど不利になるものだ。


「お兄さま、うかない顔」

 椿が寄り添ってきた。

 もしなにも知らないままなら、俺はこの行為を優しさと受け止めたかもしれない。だが違う。坂本の一件を思い返すと、警戒感しかわかなかった。

 いや、彼女だけが悪いわけじゃない。

 きっと妖精はみんな同じだ。

 みずからを抑制しているのはタイガーリリーだけ。


 出されたウイスキーを、俺は多めにあおった。

 体の内側がカッと熱くなる。

 事あるごとにこんな飲み方をしていたら、そのうち体を壊すかもしれない。だがやめられなかった。きっと俺は、女ではなく、酒によって人間性を喪失するのだろう。

 だが酒で被害を受けるのは俺だけだ。悪酔いしない限りは。


 *


 気が付くと、俺は横になっていた。

 バーのソファだ。

 小さな電気がひとつついているだけで、だいぶ薄暗かった。


 俺の腹の上ではマッポーちゃんが丸くなっていた。他のメンバーの姿はない。

「悪いなマッポーちゃん、ちょっとどけるぞ」

「んゅ……」

 俺はマッポーちゃんをソファに置き、だるい体を起こしてカウンター席についた。

 いつの間にか眠っていたらしい。


 タイガーリリーが入ってきた。

 シャワーを浴びたあとらしく、髪が濡れていた。というか、バスタオル一枚しか身に着けていない。健康的な褐色肌をおしげもなくさらしている。

「おや、おめざめのようだね」

「いま何時だ?」

「二時を少し回ったところ」

「そうか……」

 明日が休日でよかった。


 彼女はカウンターに入って水を出してくれた。

「どうぞ」

「悪いな。けど気を遣わないでくれ。こっちは勝手にやるから」

「うん」

 だが彼女はカウンターについたまま、俺が水を飲むのをじっと見つめていた。


「ほかの二人は?」

「もう寝たよ。あの子たち、意外と規則正しいんだ」

「エーデルワイスとはどうなんだ?」

「もう私には飽きたみたい。やっぱり男のほうがいいんだって」

 奔放だな。


 この店には音がない。

 だから誰も喋らなければ、しんと静かになる。


 思えば俺は、十億相当の報酬を手に入れたのだ。

 一生遊んで暮らせる。

 ヒロインを一人選んで、残りの二人を始末すれば、その後は危険にさらされることなく日常生活に戻れる。

 タイガーリリーとよろしくやりながら、好き勝手やるのもアリかもしれないな。


 なんて考えが、脳裏をよぎらないでもない。

 俺はそもそもモラリストじゃない。特筆すべき点のない人間だ。人生でなにかを成し遂げたこともない。だから簡単に浮かれることができる。

 なのにそれをしないのは……きっと古い物語を見過ぎたせいだろう。

 古い物語では、ウマい話に乗った主人公は、たいてい痛い目を見る。新しい物語とは違う。新しい物語では、ウマい話に乗ると、もっとウマい結果になる。

 だからきっと、俺は古い人間なのだ。

 時代に置き去りにされている。


「飲む?」

 タイガーリリーがウイスキーの瓶を持ち上げた。

 たしかに飲みたい気分だ。飲めば余計なことを考えずに済む。いや、考えるが、あとで忘れることができる。忘れるのに成功すれば。

 だが俺は首を振った。

「いや、やめておくよ。もう寝る」

「上にベッドがあるよ」

「ありがとう。けどソファでいい」


 *


「おはよう、私の英雄。キスしていい?」


 ほんの数時間寝たと思ったら、エーデルワイスに叩き起こされた。

 満面の笑みだ。

 ヒリつくほどの美人なのに、少女のように無垢な笑みを浮かべる。これで性格さえまともなら、きっとヒロインとして選ばれるだろうに。


「もう朝か……」

「そう。もう朝よ。ね、キスしていい?」

「ダメだ。俺は誰ともキスしない」

「なにそれ。つまんない」

 ぷいとむくれて行ってしまった。


 マッポーちゃんは床で丸くなっている。

 寝ている間に落としてしまったかもしれない。


 ウマそうなにおいがしていた。

 きっと誰かが調理場を使っているのだろう。しかし妖精は食事をする習慣がないはず。もしかしたら俺のために準備してくれているのかもしれない。

 もしそうなら、ちゃんと起きないと。


「けど、せっかくの朝なのに、太陽も見られない。お肌がしおれちゃうわ」

 エーデルワイスは浴衣姿だった。たしか椿のものだったと思うが。

 それはともかく、妖精たちは少年の支配下から自由に移動できないようだ。


 椿がパーカーとスカートで現れた。

「エーデルワイス、私の服をとらないでください」

「うるさい。早い者勝ちよ」

 法も秩序もあったものじゃない。


 俺がカウンターにつくと、椿も俺の隣に来た。

「おはようございます、お兄さま。寝癖がついてますよ」

「あとで直すよ」

 手を伸ばしてきたので、俺はそれをよけた。

 哀しそうな顔をされてしまった。

 対応が冷たすぎたかもしれない。

「ごめん。ありがとう。でも自分でやるから」

「はい……」

 しょげている。

 頭をなでてやりたい気もする。

 だが少しでも触れてしまうと、情が移ってしまう。ここは耐えるのだ。いまは順調だからいいが、のちのち敵になる可能性だってある。


 厨房からタイガーリリーが姿を現した。

「簡単なものだけど、よかったらどうぞ」

「うまそうだ。ありがたくいただくよ」

 卵をたっぷり使ったフレンチトーストだ。バターのかおりもいい。よく磨かれたナイフとフォークまでついている。

 彼女には世話になりっぱなしだ。


 椿が身を乗り出してきた。

「お兄さま、椿にも一口」

「どうぞ」

 差し出すと、彼女は小鳥のようについばんだ。

 口元に手をあて、おいしそうに食べている。

 愛らしい。

 もし彼女を好きになったら、決して手放したくなくなるだろう。やたらつきまとってくるのに、鬱陶しくない。


 ヒロインはあと四名。いや会えるのは三名か。

 数が増えるたび、誘惑も増える。

 気を付けていないと、すぐ狼男になってしまいそうだ。


(続く)

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