7色 ウィッチについて 2
チュンチュン、と鳴き声に、クリスティアは重たい目蓋を開けた。
周囲を見渡せば、穏やかな淡い日差しが森の中に広がっている。
けれど、薪の火はまだ消えていない。
ロルフが完全に眠りについたのを確認したすぐに灰彩色の彩生色をかけていたから、魔獣はやってこなかったようだ。
「…………ん、朝、かぁ……ふぁああ」
クリスティアは目を擦りながら体に巻き付けていた毛布を取る。
毛布を手に持ったまま私は先に薪の火を消してから、彼の元へと向かうことにした。
一度毛布を芝生に置いてから、クリスティアは呪文を唱える。
「我、願う。希う。ウンディーネの恵みの涙よ、滴り落ちる雫となってかの者に降り注げ……カデーレ」
周囲の空気から水が集まり空中にて現れた水は、まるで海の泡のようだ。
冒険譚を読んでいる時、青彩色の魔法って、その場で水を出させるのには疑問があったけど、魔女学校で勉強して空気の中にも液体があると知った時は驚いたなぁ。
ふと、浮かぶ泡が弾けると勢いよく落ちる水は火の元へと降り注ぐ。
クリスティアは火が完全に消火したのを確認してから、クリスティアは少年の元へと向かった。
ロルフが眠っている簡易ベットへと歩き出したクリスティアは簡易ベットで寝そべっているロルフの顔を覗く。
「……スゥ、……スゥ」
「よかった、まだロルフ君眠ってる」
そこには安心しきった顔で夢の世界へと飛び立っている彼がいた。
まだ、ロルフ君は眠っているようでホッとしたクリスティアは小声で呟く。
「……まだ起こさないでおこうかな」
クリスティアはロルフを気遣い、毛布をお腹にかける。
すると、ロルフは顔を顰め唸り始めた。
「……父さん、しんじ、て………魔女は………絶対に、いい人たち、だからっ」
「……? 魔女……?」
ロルフ君の寝言だろうか。
彼はまだうなされているようで、起こした方がいいかもしれないと思った。
――――――ロルフ君にも、色々と何かあったんだろうな。
クリスティアは、ロルフの言葉に脳内で反芻する。
彼の寝言にあることが頭の中を過ってクリスティアは口にしようとした。
「――――――もしかして、」
「っ、待って!! 父さん!!」
ロルフ君は泣き出しそうな顔を浮かべながらベットから起き上がった。
彼は父に手を伸ばしているのか、空を掴むだけだった。
彼の大声で近くにいたサエドリたちが木々の中から空へと羽ばたいていく。
「あれ? え、……あ、」
サエドリの鳴き声に気づいて、ハッとロルフは眠っていたのだと思考が脳に追いついたようだった。ロルフ君は自分のお腹にもう一つの毛布がかけられていることに気づいたのか、毛布を一度手に取ってからすぐにこっちを振り向いた。
「……起きた?」
「ク、クリス、さん……い、今の」
「うん、ごめんね。寝かせたままにしようと思ったんだけど……」
私はそっと彼の顔を覗き込む。
きっと触れてほしくない話題かもしれないけど、純粋な彼に下手な嘘をつくのも嫌だった。
だって、ただ普通の無才の子とは言え、ウィッチのことを知ろうとしていたことは私にとって嫌じゃなかったから。
クリスティアに顔を覗かれたロルフは申し訳なさそうに俯く。
「すみません、聞かなかったことに、してください」
「……わかった、それじゃそろそろお昼ご飯を用意しなくちゃ」
「……? まだ、食べてなかったんですか?」
「まあね、ロルフ君は何が食べたい?」
「……えっと、果物でいいです。今、そんなにお腹に入らなさそうなので」
「わかった、じゃあロルフ君も着いてきて。離れてるより、一緒に行動した方が魔獣に襲われても、私が迎撃できるから!」
「……お願い、します」
「任された! どーんと泥船に乗ったつもりで任せてよ!」
「…………そこ、大船じゃないんですか?」
クリスティアが仁王立ちをするのを見て、ロルフはくすりと笑う。
「あ! 笑ったなぁ? 私は見習い魔法使いってこと忘れてない!?」
「そうでしたね、すみません」
「ほらほら! 行くよー!」
クリスティアはロルフを下ろしてから、一緒に森の中で果物を探すことにした。
◇ ◇ ◇
「それじゃ、昨日の続きを話すけど……大丈夫?」
クリスティアとロルフは互いにさらに果物を乗せた皿を太ももに置いて、一緒に食事をしている。ロルフは美味しそうに林檎をカプリ、とひとかじりした。
「ふぁい! ん、お願いします!」
「わかった、それじゃ……魔獣についてのことを話そうか」
「魔獣はわかってますよ、魔法の力、えっと、彩生色の力を持ってる動物のこと、ですよね」
「まあ、そうだね。基本的には魔獣に関しての考え方はそれで合ってるよ」
クリスティアは葡萄に似た赤い果物であるブブドウの一つの実を手に取って自分の口の中に放り込む。
果汁がじわりと口の中に広がっていき芳醇な甘みが舌に残って、思考がとろける感覚を覚える。
うぅん! ブブドウ! 君もなかなか美味だなぁ。
なんてくだらないことをクリスティアは考えながら、ロルフが質問を提示する。
「じゃあ、ウィッチでの専門用語? で、何か魔獣に関して別称があったり……?」
「ん? ん、うん、あるよ」
「そ、それってどんな……!?」
クリスティアはブブドウを口にもう一度頬張ってから、ロルフの質問に答えた。
興奮しているロルフは、話の続きを期待している。
私はブブドウの実を飲み込んでから、皿に載っているブブドウの実の茎を掴んで、持ち上げた。
「魔獣は本来色獣って呼ぶんだけど、色死獣……それが昨日君を襲っていた魔獣の本来の名前だよ」
「しきしじゅう……? 色が死んでいる獣? ってことですか?」
「そう、魔獣の中では人を好物にしている怪物のことだね。色がなくなってしまった色死獣は、色の濃度が多い人をよく狙って食べるんだ」
クリスティアはブブドウの実に簡易杖で突くと果汁がぽたりと皿へと滴っていく。
ロルフはマナーよりも、クリスティアの話に夢中で、特に気に留めなかった。
「じゃあ、ウィッチの、クリスさんのことも狙ったりすることがあるんじゃ……?」
「大型の色死獣ならあるけど、基本的に色死獣は知能がないから自分の視界に色が目に映ったらそく襲う、そんな野蛮な奴らなんだよ。気を付けてね? ロルフ君」
「わ、わかりました」
「色死獣は元々は色生獣なんだけど……魂の色が完全に消えるまで残るから、厄介なんだよねぇ」
クリスティアははぁっと重たい溜息を零すのを見て、ロルフは苦笑いした。
「あ、あはは……そ、その色生獣は一体、どんなのだったりするんですか?」
「ああ、君が食べたフォレストラビットみたいな感じなのだよ? まあ、色生獣によっては人間を襲うこともあるけど……色死獣みたいにむやみやたらに襲ったりしない温厚な性格が多いのが特徴かも」
「ええ!? そうだったんだ……あ! それからクリスさん」
「何?」
クリスティアは潰したブブドウの実を食べて、残りの実を自分の皿に置いた。
「……そ、その。色とか、濃度ってどういう意味なんでしょう?」
「ああ! 色は魔力のこと! で、濃度は魔力量のことだよ」
「へー……あ、じゃあ属性、とかはどうなんですか?」
「彩冠だよ。またはイプセカラーって言うかな、もし自分のよく使う属性の魔法使いや魔女のことを何々カラー使い、って呼んだりするよ。私の場合、全部の魔法が使えるからウンデキムカラー使い、って感じかな」
「……? う、うんでき?」
「ウンデキムカラー! 昨日説明した時の色は全部で11色だったでしょ? だから、ウンデキム! 11色カラー使いってこと!」
「そ、そうだったんですね。知りませんでした……! で、でも全部の魔法が使えるって、大変なんじゃ……?」
「私の色は透明度が高いらしいから、色々使えるんだ。あ、透明度は属性の使える幅的な意味だから」
「透明度……じゃあ、あんまり透明度が低いと一つの属性しか使えない、みたいな感じなんですか?」
「お! いいね、ロルフ君! 頭がいい子は好きだよ!」
「え、えへへ……」
ロルフ君の頭を撫でると彼は照れながらも満面な笑みを浮かべた。
私はロルフ君が可愛くて、さらに頭を撫でてしまう。
クリスティアはかわいいロルフを堪能していると、草木が揺れる音が聞こえた。
「――――――――ロルフ君、後ろに下がって」
「え?」
クリスティアは立ち上がって太ももに置いてあった果物が乗っている皿を地面へと投げた。
ロルフは状況が頭に追いついていないのか、困惑した表情を見せる。
「あれは――――――色死獣!?」