9.装飾品店
「動物ですかぁ?」
「あぁ、こいつなんだが。一緒に泊まっても大丈夫か?」
足元にいる猫吉先生をひょいっと抱き上げた。
「わー、従魔だ~!かわいいですねぇ。この大きさでしたら大丈夫ですよぉ。ただし、破壊行為、迷惑行為の責任は飼い主に取ってもらいますし、事と次第では金銭請求が発生する場合もあるので、気を付けてくださーい」
「もちろんだ」
「なー、なー(我はそんな事はしないぞ!)」
「あら、なんだか、『うん。わかったにゃ』って言ってるみたーい。賢いのね~」
うん。まったく違う事を言っているけどな。
これは…先生の言葉は他の人には通じない…そういう事か。
これでは自由に動ける猫吉先生の交友範囲が狭くなるんじゃないか?せっかくお喋り猫さんとして転生したのに。
何か察したのか猫吉先生は俺の腕の中から這い出して肩に乗り、ゆさゆさと尻尾を俺の頭にのせてゆらし始めた。我はそんな事は気にしてない――、そう言わんばかりで…何だかくすぐったい気持ちになった。俺はここが、この異世界生活が楽しくなってきた。
そういや…猫吉先生は転生なのだろうか?一回キャラクター挟んでるけど…よくわからないが、お互い転生したって事にしような。お揃い、お揃い。
§
そう、ガバッと起きれば昼過ぎだったのだ。へそ天で寝ている猫吉先生の姿に安堵する。
夢じゃなかった。猫吉先生は…ちゃんと、ここに、居る。
その安堵たるや何にも代え難かった。
俺が子供の頃の猫吉先生は背骨に受けたらしい怪我の後遺症で…へそ天なんて出来やしなかった。
それがどうだよ、これ!
あられもない姿にすら感動してしまうではないか!
起き出して腹が減ったとご飯の催促をしてくる猫吉先生を連れて、まずはと宿屋の受付にいた店番の子に猫吉先生も一緒に泊まる事が出来るかの確認をし、了承を得たのが先の話。
本当はコーヒーをお取り寄せしたかったのだが、時間がかかるので諦めた。
コーヒーを飲むにも、いちいちコンロを出して水を鍋に入れ、湯を沸かさねばならないからな…猫吉先生が拗ねるに決まっている。
それに、あれほど渇望していたのに、これからはいつでも金さえあれば飲むことが出来るのだと思うと、焦燥が凪いだ。隣の芝生は青いようなもんか?…違うかな。
コーヒーを早々に諦めた俺と、腹が減ったとぶうたれる猫吉先生、そのまま宿屋を出て、市で遅めの朝食を取ることにした。
猫吉先生は背負ったリュックサックの上に陣取り、顔を俺の肩に乗せている。
ちなみにリュックサックはブラックホールのような袋部分と普通の袋部分に、メイン収納が分かれている。その普通の袋部分にものを入れておけば、リュックサックも膨らむし、重さも感じる。
俺は猫吉先生が過ごしやすいように、発泡スチロールをやわらかい布に包んでリュックサックの形を整えた。程よく膨らんだ柔らかいリュックサックに猫吉先生もいたくご機嫌で、そこに陣取り、顔を俺の肩に乗せるというポジションが早くもお気に召したようだ。
市につけば「アッチの肉だ」、「いや、やっぱりコッチの肉だ」とせわしない。
先生の嗅覚で新鮮な肉を探し当てているようだから、言われたままに付き合って、朝食を購入した。
たしかに、味付けは塩だけなのに臭みがなく、非常に美味しい肉だった。
屋台飯は今度から猫吉先生に選んでもらおう。
今日はギルドの資料室通いは休みにして、色々と買い物をする予定。
酒が美味しく飲めそうなカップや皿の補充。〇〇玉という調味料を売っているところがあるのか探したいし、どこで手に入るのかなんていう情報も欲しい。
とにもかくにも、まずは猫吉先生の魔具を購入しなければならない。
契約従魔には飼い主を登録する魔具を装着するものらしいのだ。
というのも、先ほど宿屋の店番の子に聞いたから知っているだけなのだが。
従魔との真契約はお互いの魔力の親和性が高いと稀に起こる事象らしい。
テイマーではないのに、従魔と契約する事を『真契約』と呼ぶのだという。
契約者とのみ、なんとなくではあるが意思の疎通が図れる場合や、魔獣が契約者の側を離れたがらない場合。そういった事があれば、真契約だとみなされるらしい。
通常、魔獣が人に寄り添う事は決してないのだという。だからそういう時は従魔になったとみなされるそうだ。
ただし、テイマーや強い魔法を使える者が、魅力的だと思った従魔を横取りしようとする事案が後を絶たず、契約魔獣には魔具を装着させるのが一般的な考え方になったという話を、宿屋の店番の子から聞いたのだ。
横取り防止的な意味合いも兼ねているのなら、早急に用意した方が良い。
猫吉先生は真契約従魔でも魔獣でもなんでもないが、そう見えるのなら郷に入っては郷に従えというもの。
魔具は装飾品店で購入できるという。
町中にそういう店があるのは知っていたが、思いっきりスルーしていた。
何となく入り辛いというか、ルビーだサファイヤだと指輪やネックレスなんかを売っている店だとばかり思っていたから、ここに入って何するんだよ!と思っていたのだ。
装飾品というものが、俺の考えていたものとは違う意味合いで使われている…俺の常識非常識ってな。苦笑いしながら、店の扉を開けた。
§
装飾品店というのはその名の通り、装飾品を扱うのだが、そこへ魔法付与という形で、装飾品に様々な魔法効果を付与する場所でもあるらしい。
店主は一目俺達を見て「ここまで懐いている従魔を、他の人が横取りするのは相当な難易度だから、正式な物ではなく、値段の安い簡易なもので良いかもしれない」と伝えてきたが、なんにでも例外というものはある。俺は迷わず正式な魔具というものを購入する事に決める。
それにしても、そういう事を初めに伝えてくる店主とは、なかなか商売下手…親切な奴だ。この町にいる間に何か必要な品が出てきたら、この店にまたお世話になろうと思う。
猫吉先生だけに魔具を付けるのかと思っていたが、飼い主側にも装着するという事で、俺まで魔具とやらを身に付ける事になった。
指輪、腕輪、ブローチ…色々あるが、常に身に着けていられて、服の下に隠しておける物が良いかと思い、ギルドタグと同じ、首から下げるタグタイプにした。正直、こういうものをジャラジャラと身に着ける事に慣れていない。暫くは違和感がありそうだが、これは大事なものだから慣れるより他はないのだ。
着けるのは黒い石が付いた金属プレートだ。
プレート自体は映画で軍人なんかが首からさげているイメージのあるIDタグ、所謂ドッグタグというものに似ているシンプルなもので、刻印内容以外はギルドタグとよく似ている。
商品としては一番シンプルな類だと思う。
ちなみに黒い石は猫吉先生が、プレート部分は俺が選んだ。
彼女か!独り心の中でツッコミを入れておく事も忘れない。
猫吉先生は柔らかいが大変丈夫で伸縮加工された魔獣の革で出来たベルト、俺はギルドタグをぶら下げているシルバーのチェーンに同じく通して、身に着ける事にした。
伸縮加工とは、大きさが変わる従魔もいるらしく、その時に対応できるようにと、全ての商品が伸び縮みするような仕組みになっている。そういう事で伸縮加工がついているらしい。
猫吉先生はくんかくんかと匂いをひっきりなしに嗅いでいたが、タグに血が一滴いるんだと言われて凍り付き、こっそりと店を出て行こうとするのを必死に止めた。諦めた後はやけに大人しくて思わず笑ってしまった。何故かもの凄く睨まれる。
従魔が姿を消した時、あるいは石の色が変化した時は、近くの装飾品店へ足を運ぶようにと言われた。捜索が可能らしい。
どういう仕組みかわからないけれど、GPSみたいな魔法があるのだろうか…凄い技術だな。
紛失しないように気を付けよう。
軽食でご機嫌を取りつつ、屋台を見ながらお目当ての品を物色する。お猪口が欲しいがさすがに見当たらない。出来るだけ口あたりが薄そうなコップと猫吉先生が気に入った皿を数点、あとは女性用らしいが洗髪後の髪に馴染ませるオイルを発見したので購入する。これで寝癖が少しでも落ち着いてくれる事を願いたい。これって猫吉先生にも使えるかな…そう思っていたら、獣人用のブラシやオイルを発見。すかさず全てお買い上げ。
色々な屋台主と話して調味料玉の事を調べる。
なんでもダンジョンという変わった素材がポップされる地下迷宮のようなものが、この世界にはあるらしい。
ダンジョン。これはあれだろ、異世界ファンタジーの物語なんかによく出てくるやつだろ?それくらいはおじさんだって知っているんだからな!