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8.日本酒と天然とらふく鍋

 散々ツンな台詞を吐いていたが、それでも猫吉先生は俺の膝の上によじ登り、胡坐をかいた俺の膝にすっぽりと収まった。

 俺が子供の頃の先生は足が悪かったから、膝の上に来るのも一苦労だったんだよな。よちよちよたよたと近づいてくる先生の足を、ゆるゆるとマッサージするのが俺の日課だった事を思い出す。


 でも…今の猫吉先生はスムーズに歩いている。膝に登るのだって凄く軽やかだ。軽やかな先生なんて見た事がなかった。古傷が痛むのか足を引きずっていたし、骨折痕もあったから…ずっと辛そうだったんだ。

 良かったな、先生。これからは自分の足で…沢山歩いて沢山走って沢山遊べば良いさ。


 大人になった俺の体躯に、暫くはポジションが定まらないらしくゴソゴソしていたが、やがてしっくりきたのだろう、今度はゴロゴロと喉を鳴らし始める。


 猫吉先生の頭を撫でると、気持ちよさそうな顔で目を閉じた。

 あぁ…先生だ、間違いない。


 一通り再会を喜んだ(ナデナデした)あと、タブレットを操作して分かった事は、『楽食倶楽部』のサイト全てが見られる訳ではなく、見られるのは『猫吉楽食便』というサイト内のお取り寄せ注文の専用サイト画面のみという事。要するにお取り寄せの画面は見られるけれど、残念ながら動画やコラム画面なんかは見られない、そして、どうやらバッテリーの概念はなさそうだという事だった。


 スタッフの動画なんて見てしまったら、俺、メンタル崩壊するかもしれないからな…これでいい、これでいいんだ。

 しばらくは無言で猫吉先生の毛並みを十分に堪能する。


 ほとんどが子供の頃に一緒に過ごした猫吉先生のままだけど、尻尾はキャラクターの方に似ている。

 先天的だか虐待だかわからないけれど、猫吉先生のいびつな形の尻尾は、毛がところどころなくなっていて、皮膚が引き攣れたようになってしまっていて凄く痛々しかった。

 次はモフモフした立派な尻尾で生まれて来いと、そして誰かにそれを奪われる事がありませんようにと願い、そのままキャラクターの尻尾にその願いを込めたんだ。


 少し気分が落ち着いてきたのでタブレットへと視線を戻す。

 きちんと『猫吉楽食便』のお取り寄せ画面が表示されている。


 これで購入が出来たりしたら面白いんだが…そう思って、購入画面に入ってみる。沢山のお酒の中から米蔵酒造の二代目米蔵仁左衛門をクリック――


 滋賀県・米蔵酒造/二代目米蔵仁左衛門:銀貨3枚


 価格の部分を思わず凝視してしまう。

 銀貨換算だ!日本円ではなく銀貨換算に価格が変化しているではないか。

 これは…飲める可能性があるという事か?飲みたい。是非、飲みたい。


 はやる気持ちを抑えつつ、二代目米蔵仁左衛門をカートへ入れて精算画面へと進む。

 入金欄をタップすると『入金硬貨をこちらへ置いて下さい』という表示と、丸い枠が点滅していた。

 丸い枠に金貨を1枚置いた。


 置いた金貨はスッと消え、タブレットの右上には『所持金額:金貨1枚』と表示され、購入と共に『所持金額:銀貨7枚』と表示が変わった。


 おお!

 

 そして俺の手元には二代目米蔵仁左衛門があった。ヤター!


 §


「我もっ、我もっ」


「え?これは酒だぞ?」


「我は猫又。酒も飲めれば何だって食える。我も飲ーみーたーいー!」


「そう言えば猫又設定だったな」


「設定って言うな!」


「まぁまぁ。猫吉先生は猫吉先生だからさ」


 そう言うと、猫吉先生は少し目をウルウルさせながら俺をあざとく見上げて、こてんと首を傾げた。


「お酒、ちょーだい」


 あざとい妖怪猫野郎にコンマ秒で負けた俺は、皿に酒を注ぐ。

 ったく…そんな技、どこで身につけたんだよ!

 猫吉先生は小さな舌を出し、ピチャピチャとすくっては美味しそうに飲んでいる。

 

「美味い美味い!ルノム、これは美味しいな!」


 先生は尻尾をゆらりとさせてご満悦。

 ちなみにおれは木の厚ぼったいコップで飲んでいる。

 情緒不足だ、猪口を所望したい。


 それから猫吉先生と俺、二代目米蔵仁左衛門をしばし無言で堪能した。

 とろりとしてさわやかな飲み口。日本酒は辛口派だけど、起き抜けにはこういう味わいも良いと思うんだよなぁ。


 スキルなのか能力なのかは知らないが、こんな便利機能と…なにより、猫吉先生を俺のもとに遣わせてくれた事に感謝しながら、酒を飲みつつタブレットをいじる。


 もちろんこのサイトは、酒だけでなく全国津々浦々お取り寄せグルメの購入も可能だ。いや、そちらが本業ともいえる。

 酒が買えたのだから…お取り寄せグルメだって買えるんじゃないだろうか。

 

 …。

 

 試す価値、あるよな。


 ここに掲載されているのは、俺とスタッフがひたすら食べて実際に足を運んで取材して、このサイトに載せたいと願った一品たち。

 どれを食っても不足はない。


 芋芋&魔獣肉。…ここは魚か。


 猫吉先生は「我はなんだって食べるんだぞ」と謎主張してくる。少量の酒で満足したらしく上機嫌なまま、部屋中の匂いを嗅ぎまわっていた。おい、マーキングするなよな…。


 山口県・ふく専門 ふくふく亭/天然とらふく鍋セット、二人前:銀貨8枚


 いやいや…これ完全に買える流れでしょう。

 完全なるニート生活の俺、銀貨8枚を一食で使うのは非常にまずい気もするが、見てしまったからには、どうしても食いたい。

 先生との再会を祝いたいんだよう。

 再会を言い訳に使う汚れ切ったハートを持つ俺は、金を得る算段を早急に立てなければと決意しつつ、金貨1枚を入金した。


『解凍処理をしてお届け:YES/NO』


 俺としたことがすっかり忘れていたが、こういう商品はたいてい冷凍便で届くものだ。

 この親切設定は非常にありがたかった。

 もちろんYESをクリックして、天然とらふく鍋セットを購入だ。


『所持金額:銀貨9枚』


 リュックサックの中からコンロと鍋、フォークとスプーン、ナイフ、魔石を取り出す。

 鑑定によるとコンロを使うには魔石(火)が必要だそうだ。

 魔石を入れる為の小さな箱がコンロの左側についている。箱の部分を取り出して、そこへ魔石を入れて再び中へと押し込んだ。


 つまみ型のスイッチを回す。

 カチっと音が鳴ってコンロに火が点火。ガスボンベ的なものもないのにどうなっているのか…難しい事を考えてもわかるはずもない。今は目の前のふくに集中しなければ。

 猫吉先生もいつの間にか俺の隣に陣取り、ふくに全集中。


 河豚の事を『ふぐ』と呼ぶ地域もあれば、濁らずに『ふく』と呼ぶ地域もある。不遇と読むより福と呼びたい。そういう感じらしいが…当たると死ぬって意味で、てっぽうなんて物騒な言い方もある。河豚鍋の事をてっちりっていう人もいるし。でもこうやって沢山の名前があるって事は多くの地域で愛されてきた証拠だよな。


 このお店では『ふく』って呼ぶそうだ。下関では『ふく』と呼ぶことが多いと聞くけれど、確かこのふくふく亭も下関のお店だったか。


 そんな事を考えながら、鍋をサッと洗い、解凍済のだし汁を鍋に注ぐ。

 沸騰してきたところでふくのあらを入れる。だし汁が濁ってきたら、付け合わせとして同梱されてきたキノコ、白菜を投入。

 ネギは入れずにいたら先生から「なんだって食べられる!」と小さな胸を張られてしまった。

 

「本当に?」


「塩分糖分だって気にしなくたっていいんだ!なんたって我は妖怪だからな!グルメ猫だぞ!」


 異世界って凄いな…いや、先生が凄いのか。

 待てよ…妖怪って設定にしておいた俺が凄いんじゃなかろうか。

 でも…今日はネギ、リュックサックにしまっておこう。


 程よく煮たたってきた所に、ふくの身を入れる。

 スプーンで丁寧に灰汁を取りながら待つ事しばし――。


 ――ぐつぐつぐつぐつ


 天然とらふく鍋の完成だ。


 皿は一つしかない。それを猫吉先生用にしてしまった。俺は食器の購入プランを練りつつ、小鍋に付属のポン酢を入れる。俺の皿は小鍋だ。

 薬味を入れて、まずはふくのぷりぷりとした身を一口…っと、おっといけない、横でよだれを垂らして、大きく口を開けている猫吉先生に猫パンチを食らうところだった。


 少しほぐしたふくをフゥフゥして、大きく開けてスタンバイした口に放り投げてやる。もちろん小皿にも取り分ける。何だって食べると言い張る割に、酸っぱいのは嫌いらしく、ポン酢は要らないと断わられてしまった。鍋の汁をたっぷりいれて…つゆだくだ。


 猫吉先生は猫舌じゃない…俺が設定したネタだが。

 でも万が一、異世界で生きる先生が猫舌だったら困るので、これは少しお預けにしよう。


 さてさて…俺は猫舌じゃないからさっそく頂きます。

 弾力のある白身の歯ごたえを堪能。

 淡白なのに咀嚼するごとに旨味が口いっぱいに広がる。

 日本酒と食べる贅沢飯。最高だ。


 しばらく俺達は無言で食べ進め、アラの部分までしゃぶりつくして、ふくの出汁がたっぷり濃縮された汁だけが残った。

 〆用にうどんが入っていたので、その残った汁にうどんをぶち込む。

 少しに詰まった汁にうどんの白が映えますなぁ。


 ぐつぐつという音を聞きながら、再び俺の膝に落ち着いている猫吉先生の毛並みを大いに堪能しつつ、聞いてみた。


「なぁ、俺が子供の頃の事、覚えているんだろう?なら、もっと前の…俺の家に来る前の事も覚えてるのか?」


「我…ずっと虐められてた記憶がある。でも、あの日…ルノムの膝に乗った日からちょっとづつ忘れていったんだ。ルノムが頭を撫でてくれるたびに一つずつ。嫌な事、思い出せなくなった。だから、昔虐められてたってわかってるんだけど…今はよく、思い出せない。でも、ルノムの事は全部覚えてるんだ!」


「そうか…」


 実際に猫吉先生の口から虐められてたと言われると、堪えるよ…。

 人でも動物でも虐待する奴って俺には理解できないし、しようとも思わないけど、どんな奴なんだろうな。

 腹の底から苦いものが込み上げてくるのを、必死で酒をあおって抑え込んだ。


 たくさん先生の頭を撫でよう。頭だけじゃない。背中も腹もいっぱい撫でよう。

 そう思い、おもいっきり無言でナデナデしてたら、さっさと逃げられた。ツンめ。


 ふくの旨味をしっかりと吸った煮込みうどんの完成だ。

 

 うーん。うまーい!良い出汁が出てるよ~。

 猫吉先生もご満悦。

 なんやかんや言いながら汁も全部飲んでしまった。


 新たに酒を注いで今後の事を考える。

 俺がしなければならない事、それはもちろんお金を稼ぐことだ。

 俺はもう一人じゃない、猫吉先生がいる。

 猫吉先生にひもじい思いをさせたり、路頭に迷わせるわけにはいかないからな。


 異世界に行ったらムキムキになっていたり、強い攻撃魔法が…という事はないようだから、肉体酷使系はパス。

 ただ、鑑定が使えるし、この『猫吉楽食便』でのお取り寄せも、何らかの魔力で成り立っているものだのだろうと推測できる。だから魔力はあるんだろうけど、よくわからない。


 あの、最初に赤い実を食べた時の、全身に何かが巡った感じ…今思えば、あれが魔力ではないかとは思っている。

 まぁ、魔力があろうがなかろうが、魔獣をバッタバッタとなぎ倒し、それで生計を…的な事は無理だが…。


 今更戦闘肉体行使系への変更は相当酷、というか…普通に即死しそうなんで却下。

 見た目は二十歳にされちゃったらしいけど、実際は45歳。心は立派な中年オヤジ。おじさん、無理な事は無理と言えるくらいには大人だからね。


 あのコスプレ女児から頼まれていた事もあるな…。やはり食に関わる事で何かをするべきだろうか。この愛すべき猫吉先生を俺の元に遣わせてくれたのだから、その協力はしたいと思う気にはなっている。


 俺自身、この世界で旨い飯にありつけるほうが嬉しいから、美味しい食環境を整える事はやぶさかでないしな。

 各地の食を巡りながら、旅をして過ごすのも楽しそうだ。


 このお取り寄せグルメで猫吉先生と楽しむのも悪くないけど、どうせならこの世界のどこででも、旨い飯にありつける方が良いに決まっている。


 その為にはまずはお金を稼ぐ手段を…俺に出来る事…おいおい嘘だろ…また眠くなってきたんだけど…

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