6.調味料玉
夜ご飯は別の食堂で『お勧めのトロンジョの焼いたの』を食べてみる事にした。もちろんエール付き。
昨夜と同じ粗悪なエールだが、アルコールはありがたい。
トロンジョの焼いたのは…昨夜の方が美味かったな。
これは好みの問題だけど。俺の好みからすると少々焼き不足。
やはりこの店でも小さなコップで何かを飲んでいる。
気にならないと言ったら嘘になる。
もしもとんでもない酒であったなら、異世界の食堂で寝落ちするかもしれないリスクがある。自分が危なっかしくてならないが…ここはどうしても一口頂きたい。
「なぁ、あの小さなコップで出してるのは、酒だろ?」
「あぁ。ドワーフの奴らから少し分けて貰ってる強い酒さ」
「ふぅん。俺にも一つ貰えるか?あとエールももう一杯」
ドワーフ、だってさ。
それは俺が想像しているドワーフと同じような種族だろうか。
背が低くてがっしり体型、鍛冶師を多く輩出していて、強い酒が大好き、的な。もちろん、この小説はフィクションです。から、得た架空の情報。
すぐにキンキンに冷えたエールと小さなコップが、テーブルに置かれた。
「お待たせ。エールと鍛冶火酒だ」
「ありがとう」
鍛冶火酒。ほら見ろ、絶対鍛冶を生業にしてる奴らが多いに違いないぞ。
さっそく一口飲んでみよう。
これはこれは…喉が焼けそうだ。下手に気管に入ると爛れそう。
わざと喉ごしを粗くしたような、非常に乱暴で粗野な酒。
ドワーフ…マゾなのか?
非常に強い度数の酒だ。だが、むせるような喉ごしでも、飲んだことのない酒はやはり興味深く、顔を時折しかめながらも、次第にほのかな甘味を感じたりして、ほほぅと独り言つ。
地球で一番強いと言われている酒は、ポーランドのウォッカだと言われているが、これはウォッカというより、まるでアブサンのよう。
ウォッカは大麦小麦やトウモロコシ、じゃがいもなんかが原料として使われているけれど、アブサンは色々なハーブやスパイスを使って作るものだ。
恐らくハーブなんかと同じような生態の植物を原料として使っているんじゃないだろうか。
こういう酒があるなら、塩以外の調味料があったって良いと思うんだがな。
ドワーフさんとやらに出会ったら原料を聞いてみたいものだ。まぁ、企業秘密だろうけれど。
エールをチェイサー代わりに鍛冶火酒を飲み干した俺は、トロンジョとエールで食事に戻った。
トロンジョは生食でもいける芋だというが、ぬるぬるしているからと人気がないらしい。
味も食感も、日本で言うところの山芋に似ている。
俺は生食でも大好きだと思うが、食すとさぞ醤油や米が恋しくなる事だろうな。
さて、明日はどうしよう。やはりギルドへ行って資料閲覧…あぁ、眠くなってきた。早く宿に帰ろう。
§
寝坊しまくった俺、ギルドの資料室はお預け。本日は町の散策だけにしておいた。
とは言っても、今日はリュックサックの荷物整理をしたいから、さっさと宿に戻るべく、早めに食堂へ向かう事にした。
美味いんだけど…さすがに三日連続だと飽きてくる、トロンジョの焼いたの。
今日はまたまた別の食堂へ入ってみた。
やはりここでもトロンジョのメニューは『トロンジョの焼いたの』、だけだった。
ちなみに最初に食べた食堂のトロンジョの焼いたのが、俺的暫定一位となっている。
今日はずいぶんと早い時間に来たから、食堂もまだ人まばらだ。
エールで流し込み食事を終え、もう一杯エールを頼むついでに聞いてみた。
「トロンジョは焼く以外の料理があるのか?」
「うーん、聞かないねぇ。私が子供の頃からトロンジョと言えば『焼いたの』だったし。生でも食べられるけど、なんせ人気がないからさ。なんだか腐ってるみたいにネバネバして気味が悪いんだよ。確か煮ても人気がなかったらしいけど。スープだってドロドロになっちゃうし。それで結局焼くのが一番だって事になったって話だよ。あんた、他のトロンジョ料理を知っているのかい?」
「いや、そういう訳じゃないけどさ…俺は旅人だから数日食うのは苦にならんが、ずっと同じ調理方法で食べてると、町の人は飽きてこないかなと思って」
「たとえ飽きても、一周まわってまた食べたくなるのが、トロンジョの焼いたのの魅力なんだ!なんせ手早く作れて安くて腹がいっぱいになるからさ。まぁ、新しい食べ方があれば、そりゃそれで嬉しいだろうけど。正直見たくもないって時が周期的にくるもんだからね、アハハ」
早く作れて安くて腹いっぱい。
納得して宿へ帰った。
さて、今日こそ荷物整理だ。
その為に鍛冶火酒は飲まずに早く帰ってきたんだからな。
鑑定で見たいものがいくつもあるからまずは鑑定から始めよう。
気になっていたものをリュックサックから取り出す。
入っているものを思い浮かべれば出てくる不思議構造。
理解は全くできないが、青くて丸くて耳を齧られえた某えもんが持っている、例のポケットみたいなものだと思う事にしているんだ。某えもんも小さなポケットから、でかいドアとか出してたもんな。
草や袋にしまわれた紙類は薬草と魔紙と呼ばれる物で、今は特に使う予定がない。石が入った大袋。これはやはり魔石と呼ばれるものだった。さて次だ。この粉粒状のものはなんだろう。
袋を取り出してベッドの上に並べる。
鑑定が一日に何回くらい使えるのかわからないが、出来る限り確かめてみたい。
最初は見た目が塩っぽいものを鑑定する。結果、これはやはり塩だった。日本の塩より少し茶色っぽいが独特の粒子感が塩だと主張していたのだ。
次は…砂糖だ、こちらも茶色い砂糖でたいして味は日本のそれと変わらない。胡椒、乾燥生姜のパウダー、片栗粉、シナモン、バジル、乾燥パセリ、トウガラシ、シソの実、シソの葉のパウダー、山椒の実、山椒の葉のパウダー。シナモンもスティックではなく細かい粒子のパウダー状になっている。
ふぅん。パウダー状に出来る技術はあるんだな。
そして残りの別の袋に入っていた少し大き目な粒。これ、気になっていたんだよな。
さて、鑑定結果は――、
ミソ玉、ショーユ玉、コンブ玉、カツオ玉、ソース玉。
なんだって?思わずもう一度鑑定してしまう。二度見ならぬ二度鑑だ。
ミソ玉、ショーユ玉、コンブ玉、カツオ玉、ソース玉。
鑑定結果は同じ。
俺は思い切って茶色い粒を一つ口に含んでみた。
これは味噌だ…。
5mm程の粒だが、味は俺の知っている味噌。ちょっと甘めの…白味噌っぽい味わいだ。
次にショーユ玉。黒い粒を食べてみる。
これはやはり醤油だ。すごいな…乾燥醤油もあるのか。
ふと、あのコスプレ女児の話を思い出す。『一番のお気に入りであるニホンを見ていての、ワシも独自で調味料玉を作ったりしとるんだが、何故か全く浸透せん…』、確かそんな事を言っていた。
これはあのコスプレ女児が作ったという調味料玉じゃないだろうか。
あの子は一体…夢だなんて思わずに、炬燵でうたた寝なんかしないで、ちゃんと話を聞いておけばよかった。
それにしても…これはどこかで売られているものだろうか?
屋台でも食料品店でも、こんなものは見かけなかったけど。
この世界にこういうものがあるという事はわかったが、認知度がどの程度かはわからない。食事は数回とったが、いずれも味付けは塩のみだった。
だから塩はポピュラー認定できる。だが、それ以外は謎である。
そこまで考えてまた眠気が襲ってきた。ベッドの上に広げていた粉粒類を袋へとしまってリュックサックへと投げ入れる。
おいおい、まだ10時だぞ…。
リュックサックの中に置時計が入っていたから、部屋に居る時はベッド脇の小さなテーブルに置いている。だから時間はわか………
そこで意識が途切れた。
§
目が覚めたら夕方という衝撃。
18時間以上も寝てしまうなんて…物心ついてからの人生で初めての経験だ。
学生じぶんに、長く寝すぎても体に良くないという話を聞いてから、どんなに長寝するにしても8時間上限で生活してきた、変な所で生真面目さを発揮してしまう俺。
こんなに早く死んじまったけどな。
少しは健康とか…考えていない訳じゃなかった。
思い起こせば、40過ぎてからというもの、俺の愚息は沈黙を貫いていた。あまりに忙しいから、あまりに疲れてるから…そう思って、誤魔化し誤魔化し考えないようにしながら、病院行きを先送りにしてきたが…今思えばあれももちろん不調のサインだったんだろう。
そんな状態なのに、酒量は全く減らせなかったんだよなぁ。
酒か…。
美味い酒が飲みたい。コーヒーが手に入らないなら、せめて美味い酒が飲みたい!
度数の高い酒を少し飲んだせいで余計に飲みたくなってしまったようだ。ドワーフのせいだ!
不摂生の我が人生を思い出してなお、俺は酒が飲みたい。俺は生来欲望に忠実な人間なんだよ。
こちらの世界に酒があった事は嬉しいけれど。地球のクオリティにはほど遠い。エールだけじゃない。日本ではビールだけでなく第二第三の美味しい発泡酒がだってある。しかもそれが24時間コンビニでも買える国に、つい先日まで居たのだ。
要するに何が言いたいかと言うと…美味い酒が恋しくなるのも仕方がない!そういう事。
俺もビール一辺倒という訳ではなく使い分け派だった。税金とのいたちごっこというか…麦芽の量を減らして、ビールっぽさを極める姿勢…とにかくビール企業の頑張りが凄いんだよな。
第三だともう麦芽ですらなくて、大豆とか使ってたり。そういう執念みたいなの、結構好き。新製品、買っちゃう派。
そう言えば、雑誌の来月号に載る『地ビールリレー』は、ビールと銘打ちつつ、奇しくも上面発酵のエール系。
そこから俺の酒脳は思いを馳せ…年末特集の付録、『全国美酒かるた』の事を思い出す。
だいたいの組み立ては終わっていた。各都道府県の地酒をかるたにしたものだ。47枚の合わせかるたは酒の説明でラベルを取り合うゲーム仕立て。
もちろん遊ぶ為のものというより、これを眺めれば酒が飲みたくなる、そんなかるた。
お取り寄せ可能な酒でも有名どころは除外した。
有名どころではないが俺とスタッフが吟味して、押しの酒達をピックアップしたものだ。
あのかるたの中から今飲みたい酒を選ぶとしたら…滋賀県の米蔵酒造、二代目米蔵仁左衛門あたりか。あのとろっとした舌触りにキリっとした飲み口。鼻から抜ける香りは芳醇な果物の…そう、こんな信じられないような長寝の起き抜けにはぴったりだ。
ごくりと喉が鳴った時、手元に半透明の板のようなものが出現した。
…これは…クリア板…いや、タブレットか!?