4.とある始まりの村、もとい、トロンジョの町
「珍しいな、一人で徒歩か?ギルドタグか身分証明紙は…あぁ、ギルドタグを確認させてくれ」
俺の胸元を指さしてから、クイクイと指を上向きにして曲げている。何かよこせとな。金か?
あぁ…そう言えばIDタグのようなものを首から下げた気がする。
目の前の、これまたRPG風の田舎の兵士みたいな恰好をした男に、IDタグのようなプレートを渡すため、首に下げていたタグを外した。
渡しながらタグを見ると、ギルド会員…ルノム…そういう文字が金属プレートに刻まれているのがわかる。さっき見た時は、ミミズがのたくっていたのかと思っていた模様、いつの間にやら文字へと姿を変えている。
いや…俺が読めるようになったって事だろうか?
「おうよ。ちょっと待ってろ」
町の入り口に備えてある警備小屋の中へと入って小さな機械にギルドタグをかざしている。これで入町許可が下りる仕組みらしい。細部まで非常に良く出来ている夢…夢だよな?
「良し、入れ。小さな町だが、宿屋も食堂もギルドもあるぞ。…面倒ごとはおこすなよ」
「あぁ、気を付ける」
ついでに宿の事を聞いたら、泊りたいと思う宿屋は一軒きりだった。
何故なら他は非常にお高いらしい宿と雑魚寝の宿だったから。
俺は始まりの村、もとい、トロンジョの町へ入ると、さっそくお目当ての宿屋を探した。
「いらっしゃい。一泊素泊まり銀貨3枚だ。一週間なら金貨2枚さ。掃除とシーツの取り替えはこっちの指定日。それ以外に頼む場合は別料金になるよ」
一週間って表現があるのか、一週間って何日だろう。
マイドリーム設定、どうなってるのか気になる。
金銀銅の順番はこの世界でも変わらないとして。もし一週間が6日だとすると銀貨18枚。7日だと銀貨21枚。きっと銀貨10枚で金貨1枚。お得感っぽく言ってるからな。
「一週間って…7日だよな?」
「何言ってんだい、当たり前だよ。そう、7日さ」
知ってはいるけど、やっぱり俺って面白みのない奴だ。一週間は7日だってさ。そのままじゃないか。
「わかった。じゃぁ…とりあえず一週間で頼む」
財布から金色の硬貨を2枚出してみた。色でそうじゃないかなと思って出しただけだが、どうやら正解だったようだ。
他の色の硬貨もあるけど、ビギナーズラック。もしくはぼったくられてる。
いやもう…安いのか高いのか、ぼったくられているのか…まったくわからない。支払いを済ませると部屋へ案内された。途中で共同の水場やトイレ等を説明されつつ、部屋の目の前には蛇口がつらなる洗面スペースがあって、何となく俺が通っていた公立の小学校を彷彿とさせた。
案内された部屋は三畳一間ほど。ベッドと荷物置き場になるスペースとそれに小さなテーブル、以上。
閉塞感がないのは部屋の割には大きな窓がついているからだろう。
こんなに大きな窓があるという事は…治安は良さそうだよな。
変な臭いもしないしシーツは清潔そう。この二点だけで合格。暫くベッドに腰かけてボケっとしていたが、素泊まりであったことを思い出し、町中へ出てみることにした。
とりあえず飯を食ってみたい。
実はさっきから腹が減って減って仕方がないんだよ。
部屋へリュックサックを置いて行こうか一瞬迷う。でも軽くてぺたんこなリュックひとつだし、治安の良さそうだけど、俺の心証だからな…やはりそのまま持っていく事にした。
宿の外へ出ると、もう夕暮れ時。
危なかった…もし道端の標識を見逃して、道の反対方向へ行っていたら、どうなっていたんだろう?夢から覚めるかそれとも…なんとなくブルっと身を震わせて考えるのをやめた。
「いらっしゃい!今日はトロンジョの焼いたのがお勧めだよ!」
「嘘つけ、『今日は』じゃねぇだろ?いつもじゃねぇか」
まいどなやり取りなのだろう。笑い声とヤジが飛ぶ。常連客が多いらしい。
「じゃあ、そのお勧めを一つ」
おうよ!と返事をしながら、食堂の店主らしき男は店の奥へと消えていった。
周りをぐるりと見ると皆そのトロンジョの焼いたのらしきものとエールを頼んでいるようだ。エールはどうやら酒らしい。店主の背に向かって大声で叫び、追加注文を済ませた。
キンキンに冷えたエールがすぐさま運ばれてくる。ナッツの小皿付き。
エールをまずは一口。
これは…エール。これはエールか…?あのエールと同じものを指しているようだが、こっちは…なんというか炭酸をもの凄く抜いて、雑味を増したような味わいだ。こりゃえぐいなぁ…。
これからもの凄く精進していけば、いつの日か俺の知っているエールになるんじゃなかろうか…という感じがしないでもない。片鱗はまだ見えないけど。
ナッツをつまみに、エールを半分ほどあおったあたりで、大きな皿がテーブルに運ばれてきた。
ほんのり焼き色がついていて、香ばしい匂いがする。思わず腹が鳴った。
両手分くらいあるサイズの白い食べ物。
サクッとしてそれでいてホクホク。少しとろけるような甘味が口いっぱいに広がった。
これは…芋か?
サクサク感を楽しみながら考えていたら、脳裏に『トロンジョ:芋、新鮮』と浮かび上がってきた。
確かコスプレ女児が『ワシ好みのスキルをつけた』とか言っていたと思うが…これの事かな?
いわゆる鑑定とかいうやつだ。
若干、言葉が少ない感じは否めないが、なかなかに便利そう。
そう思いながら今度はエールを見る。『エール:麦酒、粗悪』
粗悪。スタウトやヴァイツェンまではいかなくとも、夢ならもっと旨いエールにしてくれよ。
それにエールならばこんなにキンキンに冷やしちゃいかんだろ…いや、冷えてるからまだ飲めるのか。この場合は恐らくそっちだな。
常温で飲んでも香りがまったく引き立たない、そんなタイプだ。
粗悪じゃないエールが飲みたい!スタウト、スタウトをよこせ!
色々と脳内で考えながらもナイフとフォークを握った手は止まらない。トロンジョの味付けはシンプルに塩のみ。だが塩味が素材の甘味を引き出していて、後引くうまさだ。
これだけでメイン料理にもなるが、酒のつまみにも最適な一品と言えるだろう。
エールをおかわりしてどんどんと食べ進めた。
トロンジョの焼いたのを食べていると、芋の外皮が残っていたらしく端っこに毛のような…こりゃなんだ、根っこだろうか…が、歯に挟まった。
唐突に思う。
夢 じゃ な い
いやもう、うすうす気付いてはいたんだけどさ。
へっ…何てことない、俺は死んじまって異世界へ転生しただけだろう?
キンキンに冷えた粗悪なエールで、親の仇のように咀嚼したトロンジョの焼いたのを流し込んだ。
三杯目のエールが終わり、二皿目のトロンジョの焼いたのも完食する。
辺りを見回すと、カウンター席の客は小さなコップで何か飲んでいた。
度数の高い酒に違いない。
欲を言えば俺だって強い酒を所望したい…だが、異世界初日で酒に飲まれる訳にはいかんよな。自重、自重。
それにしても…あの女の子は『食文化がイマイチ』だとか言っていたけれど…これはこれで十分いけるじゃないか。
俺に一体何を求めているんだ?料理人でもなんでもない、ただの雑誌編集者だぞ。
酔い覚ましに町をゆっくり歩きながら宿屋へと向かう。
治安が良いのか町中はまだまだ人通りもあり、身の危険は感じなかった。
腕に全く覚え無し、むしろマイナス。そこそこ治安に恵まれた異世界ならば大変結構なことだ。
§
宿屋へ戻り風呂へ入る事にした。町の外から歩いて来たという事もあるだろうが、なんとなく体に土埃がまとわりついている感じがする。風呂好きでなくともシャワーくらいは浴びたくなる。日本人は風呂好きが多いが、俺は汗さえちゃんと流せれば良い派。
街並みを見ながらゆっくり酔い覚ましをしたことだし、良い頃合いだろう。
風呂と言っても共用で、浴槽はない。シャワーブースのようなものが五つ並んでいるだけだ。汗さえちゃんと流せれば良い派の俺は、これで十分だった。
石鹸で全身を洗ったため、髪が少しキシキシする。こんな事なら髪、ちゃんと切りに行っておけば良かった。実は半年近く切りに行ってないんだ。若干、オシャレな歌詞を書きそうなバンドマンみたいになってきている。これは俺の私見だけど。
シャンプーとか…ここにはあるのだろうか?明日は店を覗いて日用品をチェックするのも良いかもしれない。
桶でささっと下着を洗って、とりあえず今日はおしまいだ。
それにしても、トロンジョの焼いたのは美味かったなぁ。
町名と同じ名前の芋、ここらあたりの名産なのだろう。他の食堂でもきっと出しているはずだ。
夢ならここで終わり。
終わらなければ…明日は別の食堂へ行ってみよう。
あ、やべー、俺…トイレ行っちゃったよ。
夢でも夢じゃなくても…明日がちょっと怖い。