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32.女神像

 さて、思わぬギルマス氏との再会を果たした翌日。猫吉先生とは別行動。

 俺はお好み焼きの屋台の日。

 だが、お好み焼き焼きをする前に、今日は行くところがある。

 そう、もちろん教会だ。


 町中に教会がある事は知っていた。

 正月には神社に行ったり行かなかったり、盆暮れには菩提寺に行ったり、クリスマスにはだいたいメリーメリーと騒いで酒を飲み…要するに俺は、仏教寄りの無宗教、のようなものである。

 もちろん、異世界に来たからと言って、教会の中に入ろうなんて思いもしなかった。


 いや、もっと荘厳な建築物であれば、海外旅行に行った気分で見物しに行ったかもしれない。

 現地の教会に入っても良いのなら、覗くくらいの興味はあったからな。


 でもこの町の教会は凄く小さいのだ。

 雑貨屋なんかと同じような大きさで、まさしく普通の商店サイズ。

 アットホーム感がありすぎて、逆に非常に入りずらい。


 あんまりジロジロと見る事もなかったけれど、ドアも閉まっているし、頻繁に人の出入りもない。

 ほら、考えるだけで入りづらかろう?


 だがしかし、俺には教会に入ってどうしても確認しなければならない事ができてしまった。

 是非とも女神像を拝まねばならないのだ。


 マナーが全くわからないから、誰かが入って行くようなら、後について入ろうと決めて、数分間あたりをウロウロしていたが、これ以上は教会を狙う変質者っぽくなってしまう気がしてきたので、意を決して入る事にした。


「こんにちは…」


 一応小さな声で声をかけて中に入る。


 俺の教会内部の知識は、ほぼ海外のドラマや映画で構成されているが、その光景に非常によく似ていた。

 何と言うか、少し昔の時代、田舎の牧歌的な教会のそれだ。


 ベンチみたいな長椅子がズラっと並び、最奥には祭壇、みたいな。

 そしてその奥…薄暗くてよく見えないが、像らしきものが確かにある。

 ちなみにステンドグラスがあったり、窓から陽が差して像を照らしていたり…という演出はない。


「こんにちは。お祈りですか?魔法測定ですか?」


 衣擦れの音もなく、俺の横にすっと人影が現れた。

 やはり俺が映画で見た事があるような、修道服っぽい衣装に身を包んだ男性だった。


「こんにちは。お祈りをさせてください」


「ごゆっくりどうぞ」


 にこりと笑った男性はまたすっとどこかへ消えていった。

 俺はなんとなく敬虔な気持ちで前へ進み、そしてその像を見上げた。


 見た瞬間に分かった。

 これはコスプレ女児だ!


 見まごう事なきその姿は、アニメの魔王少女リリージュエルのコスチュームで、こたつでみかんを食っていたあの少女。間違いない。

 その女神像はご丁寧になんちゃらステッキまで持って、リリージュエルの決めポーズをしていた。なんだ…この場違い感は。


 あれ?それにしてもおかしいよな。

 確かに古いアニメだが、子供の頃に女子達に人気のあったアニメだぜ?俺が幼稚園…40年ほど前からかなりの長きにわたり、大流行したという記憶がある。

 こちらの世界では前回の女神顕現が98年前…異世界とは時の進みが違うのか…?


 いや、まさか、この世界の住人が日本に転生してアニメ原作者に…。

 それなら魔王少女はないよなぁ。女神転生とかなんとかが妥当じゃないか。

 なんて…俺が考えても何の意味もないけれど。


 両サイドに賽銭箱っぽいものがあったので、銀貨を一枚入れた。

 妙に音が大きく反響してドキリとする。同時に、もしもお金を入れなかったら、入れなかったってバレるって仕組みか?そう思ってしまうのは、俺が俗物だからだろう。


 扉の近くで先ほどの男性が立っていた。


「あの…無知でお恥ずかしいのですが、あの衣装はどういう…」


「女神リリージュエル様が、前回顕現されたままのお姿ですよ」


「そうなんですね…」


 リリージュエル様って!リリージュエル様って言った!魔王少女だぞ!女神なのに!

 俺の脳内が騒がしい。


「あの、魔法関連の冊子などが大きな町の教会にはあると伺ったのですが、こちらにはそのようなものはないのですか?」


「残念ですが、冊子はリリージュエル様が降臨された地の教会にのみ置かれているもので、こちらにはございません」


「そうですか」

 

「えぇ、ですのでこの国では王都とラビロニというずっと南にある町だけなのです」


 俺は叩き込んだ脳内地図を呼び起こす。ラビロニ…ここからだと断然王都の方が近い。かなり南の…隣国に近い町だ。

 王都かラビロニか…是非一度足を運んでみなければ。


 それにしても2年後、あのコスプレ女児…女神リリージュエル様とやらに再会できるなら会ってみたいものだと思ったが、どこに現れるかはわからないらしい。残念だな。

 あ、よく考えたら「お前じゃなかったわ」とか言われて、消されても困るから、やっぱ会わない方がいいか。

 猫吉先生と目立たず暮らしていければそれでいいし…。


 §


 俺から猫吉先生に魔力を流して、押してやることはできるが、先生はどうしても出来ない。

 どうやっても先生は俺に魔力を流せないので、試しに俺の手のひら一点に向かって威嚇してもらった。


 先生の威嚇は俺にとって「シャー」音でしかない。先生の魔力はその「シャー」と共に俺に向かってくる。手のひら(肉球)から魔力を出す訳ではないが、これがギルマス氏にされたような…例の感覚が俺の中で感じられたため、この方法で訓練していく事になった。


 お好み焼きを売る傍ら、俺と猫吉先生は魔力を流し威嚇され、俺は部屋でも結界を張って魔力を流し…。

 俺と猫吉先生、お互いに(無限大)の魔力量。がっつり訓練しないと魔力が勿体ないというものだ。それは真剣に暇を見つけては訓練に励んだ。


 そうやって猫吉先生専用ベストを、職人さんに作って貰っている間、俺達の生活は棒ラーメンと共に過ぎていった。


 §


 そして今日はとうとう隣村のファタイルへの猫乗り移動日。


 成果の程はわからないが、職人さんがベスト制作を頑張ってくれている間、俺達だって訓練しまくっていた。

 3m級の猫吉先生に結界を体にフィットするように張る事も出来るようになった。


 何故か全身タイツを履いた猫吉先生を想像したら出来たのだが…これは先生には秘密にしよう。

 さて、魔力は(無限大)。どこまで結界を張ったまま移動できるか楽しみだ。


 トロンジョの町から東に馬車で3時間ほどの距離にあるファタイル。

 町からの一本道を暫く行くと、やがては東西に分かれる。ここで、東に行けばファタイルの村だ。


 ちなみに、西に行けばずっとずっと先に海沿いの町。さらにその先には調味料玉が採れるダンジョンがあるスキャイブの村。


 日本のように道が沢山ある訳ではない。

 ファタイルの村まではその分岐点以降、他に分かれる道はないので、道を外れなければ迷う事はない…と、思う。


 俺達はちょいと卑怯だが、乗合馬車の出発の数分後に出発する事にした。

 なんだよ…別にこれくらいは良いだろう?


 ――とととととととと


 ――とととととととと


 先生がリズミカルに歩みを進める。

 数十メートル先には乗合馬車。

 車間距離はばっちり。

 俺のケツもばっちり。


 乗合馬車のペースに合わせて、猫吉先生と異世界散歩。


 §


 魔獣に出会わなかったから強度の程はわからないが、無事にファタイルについても、俺の結界はほころびる事はなかった。


 村の少し手前で先生から降りて、今度は元のサイズの先生をリュックサックの上、いつもの定位置に乗せて村に入る。


 ついつい手触りの良いタオルを買い足してしまう…あ、これも先生のタオルケットにいいな…。

 そして目についたのは食堂。


 トロンジョの町でも食堂独自でソースの味を極めていたり、いつも安い野菜や肉を大量に仕入れて作るから味が日によって違う事を嘆いたり、色々問題もありつつだが、徐々に浸透をみせている。この村でも出したいという話は聞いていたから、ついつい店を覗きたくなる。

 

 ちなみに味が毎日違う問題については、俺が提案した「料理人の気まぐれ」、「本日の」という素晴らしい枕言葉をメニューの前に添える事で、解決済みである。


 無駄遣いは控えないといけないが…やはりここの村の食堂で、どんなお好み焼きが焼かれているのか気になって、食べてみる事にした。

 店先に『トロンジョの焼いたの:銅貨8枚』『トロンジョのお好み焼き:銀貨1枚』と木札が出ている。


「いらっしゃい!」


 元気のいい女店主の声に迎えられ、店内へと足を踏み入れた。


「従魔も一緒なんだが、入っても良いか?」


「その子かい?もちろん大丈夫さ…って、あんた…もしかしてお好み焼きを教えてくれたってお人じゃないかい?」


「え?…あぁ、そうだよ」


「いやさ、トロンジョの町の食堂の店主から、可愛い従魔連れの若者だって聞いていたから、もしやと思って。うちの、食べていってくれるのかい?」


「うん。一枚頼む」


「はいよ!」


 暫くすると、近所の子供だろう、赤ん坊をおんぶした女の子が皿を持って店へと入ってきた。


「おばちゃーん、子供用まだある?2枚おくれよ!」


「あら、チイちゃん。ちょっと待ってな」


 奥から女店主が出てきて皿を受け取り、すぐに子供へと皿を返している。


「ほら、お待たせ。銅貨6枚だ」


「はい、これ」


「まいどあり!」


 そんなやり取りを聞きつつぼんやりしていたら、やがてトロンジョのお好み焼きを持って、女店主がやってきた。


「さっきの…子供用って、何を売っているんだ?」


「お好み焼きだよ。ただし、ほとんど具材はなしで生地だけ。それにソースをかけて、上にすこーし肉を乗っけたものさ。暇な時間に焼くから冷めてるんだけどね。それを近所の子供限定で早い者勝ち、毎日10枚ほど銅貨3枚で売っているんだ」


「ふぅん。そりゃいいな」


「みんな、お小遣い貯めて、たまの贅沢だって言いながら買っていくんだよ。可愛いじゃないか」


「あぁ、そうだな。なぁ…俺さ、今こういうのを書いているんだけど…その話、載せても構わないか?」


 俺は例のかわら版…いずれは冊子を夢見ている…を、女店主に見せた。


「なんだいこれ?あたしゃ、字なんかほとんど読めないけど…。あら、やだよ…これ…上半分しかわかんないけど、トロンジョのお好み焼きやら焼いたのの紹介だろう?いいよいいよ、書いとくれ」


「ありがとう!ここはソース玉とか…調味料玉は手に入る伝手はあるのか?」


「トロンジョの町の食堂の人たちが、ここのも共同で買い入れしてくれるって事になったんだ。あぁ…あのトロンジョの焼いたのにショーユ玉をパラパラ、レモンをひと絞りってあれ、すごく評判が良くってねぇ。エールの売り上げも伸びたんだから。これもあんたから聞いたって。お兄さん、若いのに凄いよねぇ」


「そうか、気に入ってくれたなら良かったよ」


「あらやだアタシったら、冷めちゃうよ。早く食べとくれ!これは従魔用の皿だよ」


「ありがとう」


 肉は後乗せタイプのお好み焼きだ。

 ソースの量が少し少ない気がするな…。

 そう思いながら一口食べる。

 

 食べて納得、である。

 生地に塩とコンブ玉、カツオ玉を入れて、しっかりと味付けがしてあるタイプのお好み焼き。また、サイコロ上に切られた牛肉のような味わいの肉はかなり塩気があって、これだけでも酒のつまみになる。俺ならこの一皿でエール3杯はいけそうだ。


 トロンジョの町でも、トロンジョ多めで生地のフワフワ感を極めようとしている食堂、絶対年間通じてたっぷりキャベツを入れたいと言って、自前のマジックバッグをキャベツで一杯にしているという食堂、自慢の特製ソースをたっぷりとかける食堂、各食堂とも色々と工夫しているらしい。こうやって違いを出してこられると、お店側の努力が垣間見えて嬉しくなる。


 それにしても、何故、今までトロンジョの焼いたのだけだったのだろうか?

 始まりはなんにでもあるという事か…うむ、そういう事にしておこう…

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