25.魔獣肉のトマト煮込み
先に採取の依頼達成報告をしていたため、解体窓口が混み合い始めていた。通常サイズの猫吉先生を抱き上げて、列の最後尾へと並ぶ。
ちなみに生け捕りの魔獣は、ギルドからきた奴らが先に運び込んでくれている。なんとありがたいシステム。
それにしても結界とはな。
結界と聞くと、転生聖女(俺)…という発想しかない。恥ずかしい。
自分の意思でいつでも使えるものか?
この異世界の初級魔獣でお馴染みであるアラージを、ぼよよんと弾いていたが、強度はどのくらいだ?
俺じゃなくって先生に結界を使う事は出来るだろうか?先生は入れないって言っていたからダメか…。
そんな事をつらつらと考えていたら、あっという間に解体窓口の先頭に立っていた。
先生とのあまりの戦力差に、アラージ以外の魔獣だとは露ほども疑わず、アラージだと言って解体カウンターへ置いた俺は思わず聞き返した。
「アルミラージ?」
「希少種だぞ。アルミラージは」
「アルミラージ…」
俺がアラージだと思い込んでいた魔獣、アラージの上位種でした…。
すっごく肉が美味しい。魔石もでかい。角と血は凄く効能の高いポーションの材料になる。尻尾も…角膜も…そうですかそうですか。
俺的始まりの村のすぐ傍で、しかも一本角の兎だから、すっかりアラージだと思い込んでいた。
ギルドがきちんと運営されていたから良かったものの、安く買いたたかれる場合だってあるかもしれない。
自分にまったく自信なし、今度からはちゃんと鑑定しよう。
あれ…そう言えば植物採取でも鑑定って使えたりするんじゃないか?
それを言うなら結界ってやつも鑑定してみれば良かった…。
自分の間抜けさに呆れて言葉もない俺。職員から告げられたアルミラージの買い取り金額を聞いて、さらに言葉が出なくなる。
俺の採取依頼達成報酬:金貨1、銀貨3枚
猫吉先生の素材買取(可食部・魔石、生け捕り分は除く):正式には後日清算だけど、白金貨5枚↑。
今朝がた装飾品店で清水の舞台から飛び降りた俺を、その日のうちに猫吉先生が回収するというオチ。
猫吉先生の転生に巻き込まれたモブという事で、強く生きていこうと思う。
§
小型魔獣なので一食分程度なら、一時間もあれば血抜きした状態の肉に加工しておいてくれるという。希少種の生け捕りを持ってきた奴へのサービスだって。
猫吉先生が早く食べたい早く食べたいと騒いでいたからありがたい。
魔獣素材を預けて、食料品店で大量の野菜やパン、もちろん氷やらを買い込んでギルドへと戻った。
ビッグマウスの時も、あれだけの量の魔獣をたった二日で全て解体していて、不思議だったのだが、どうやらギルドには高速解体というスキルを持つ職員がいるという話だ。そのおかげで血抜きが早くできるらしい。
あのビッグマウスを解体してくれたおっちゃんも持っているんだろうか。
ずいぶんと面白いスキルがある世界なんだな。
アルミラージの肉を受け取って宿に戻る。
宿に戻ったら、明日詰所に来て欲しいのと言伝が入っていた。
調書とか取るのかもしれない。長時間拘束とか、面倒臭いのは嫌だぞ…。
「先生、まずは風呂に入ってから夕食な」
「ぎにゃ!」
部屋で一休みしながら水分補給した猫吉先生。
とぼとぼと後をついてくる。
桶に先生を入れて、何度か湯を替えながら洗った。
顔を洗うために水をちょんちょんとかける。やっぱりぷいぷいするのが可愛い。
水嫌い、少しでも治ると良いけどな…まぁ、焦らず今後に期待しよう。
風呂上りはまたまた水分補給とタオルドライ&毛並みのお手入れタイムだ。
獣人用のお手入れグッズを使っていたら、どんどん艶やか先生になってきている。
こ、今度、巨大化した時には是非是非…この尻尾に包まれたい…。
日々のお手入れがこれまで以上に楽しみになってきたぜ。
でも…やっぱりドライヤーが欲しいな。
先生の体をタオルドライしながら思う。
そう思っていた俺の体に異変が訪れた。
体というより、指先。
指の先から…風が…。
す、すげぇ。
今日の俺、一体どうしちゃったんだ?
右手から風を出し左手をその前にかざす。
その左手で猫吉先生をわしゃわしゃ。
ちょっと温かい風とか出れば良いのに。
そう思ったら、温かい風が出てきた。
まじか。
――(無音)
わしゃわしゃ
――(無音)
わしゃわしゃ
音のしないドライヤーだぞ。猫が嫌がらないドライヤー!魔法、最高!
ふっさふさの洗い立ての毛並みをたっぷり堪能してから、自分の髪も乾かした。
いわゆるドライヤーにある“COLD”って、少しひんやりした風も出ないかなと思ったら…出た。
これって…地味に凄くないか?
大変に感動したけれど、感動で腹を満たす事はできない。
という事で、冷やしてリュックサックに入れておいたビールを先生と半分こ。
ファタイルの村で購入した、柔らかタオルケットでくるまれた先生は、ベッドの上でゴロゴロタイム。
さて、俺は料理にとりかかろうじゃないか。
俺は大した料理は作れないが、肉を煮込むくらいはできる。
本日の料理は…魔獣肉のトマト煮込み。
トマトで肉を煮れば大抵うまいから、これなら失敗しないだろう…たぶん。
まずは野菜を大量に切る。トマト味にしたいからトマトもたっぷりと。野菜は安い時に大量買いしてリュックサックにストックしてある。リュックサックがあれば食料を腐らせて無駄にする事はない。
非常にありがたいが…安いと爆買いする癖がついてしまった。まぁ、お好み焼き販売にも野菜は必須だからな…言い訳言い訳。
あとは…何を入れようか。リュックサックの中に乾燥ローリエが入っていたことを思い出し、一枚だしておく。あとは…乾燥パセリも使えそうだ。
肉はギルドで綺麗に処理はしてくれているが、もう一度良く洗ってから一口大に切り、胡椒と塩をたっぷりと揉みこんだ。
鍋に油を注ぎ、野菜をじっくりと炒めてから、アルミラージの肉を投入。肉に焼き目が付いてきたらトマトと水を注ぎローリエを一枚。少し勿体ないが、ドレミワイナリーのソラ白ワインも入れた。
トロンジョで作った自作のつまみを肴に、ボトルから残りのソラ白ワインをラッパ飲み。
先生を見ると、ぐっすりとお休みになっていた。猫の一番の仕事は寝る事だからな、ゆっくり眠ってくれ。
ワインを飲みながら、俺は一枚の紙切れをリュックから取り出した。
これは…プロットだ。あのコスプレ女児の願いを叶えるべくやっていこうと思っている、ご当地料理や地産品、これから俺が頑張る塩以外の味付けの料理なんかを紹介していくかわら版のようなものの下書き。
例えば、トロンジョを知らない他の町に、トロンジョ芋の事、トロンジョの焼いたのの事、もちろんトロンジョのお好み焼き事、そんな事を紹介するこのかわら版を置いたら面白そうかなって思って考えたんだ。もちろん増刷は行く先々の複写師に頼もうと思っている。
今はまだトロンジョの町のこの一枚だけ。でも、旅をして…名物料理のある町があれば、そこでもう一枚増える。
そうやっていつか冊子が出来たら面白い。それを色んな町の食堂に置かせてもらって…読んでもらえれば、この世界の住民も、食への興味が出てくるんじゃないかなって思ってさ。
識字率があまり高くないようだから、複写師が複写できる程度の簡単なイラストと単語だけで、半分くらいを割くレイアウトを考えている。子供でも楽しめるようなものが良い。
食の改善を願いつつ、何故、料理人でもない俺をこの世界に転生させたのかはよくわからないけれど、俺に出来る事をしていこうと思っているんだ。
地道にこういう活動をしていくのも悪くないかなって。ペンは剣よりも強し。なんて、格好つける訳ではないけれど、俺にできるのは書く事だけだから。
推敲していたら、あっという間に小一時間程経過していた。なんとも良い匂いが部屋に充満している。
気付けば猫吉先生が俺の膝に入り込んでいた。
先生、昔っからこの位置が好きだったよなぁ。
頭を撫でると満足そうに喉を鳴らした。
「そろそろアルミラージの煮込みが出来上がりそうだぞ、猫吉先生」
途端に鎌首をあげて鍋を覗こうとする様子がなんとも現金だ。この、欲望丸出し猫め!
§
アルミラージに舌鼓を打った後は、共にベッドでゴロゴロタイム。
「ルノム、何を考え込んでおる?」
「次の町への移動についてちょっとな…」
「海沿いの町に行くのだろう?」
「そうなんだけど…」
「なんだ?」
「腰がな…俺の腰が耐えられるかなって…」
次に目指している海沿いの町、なんとトロンジョの町から3日かかるんだそうだ。
俺、無理なんじゃないかと思って…。
3時間のファタイルの村で死んだんだぞ。それを3日って、無理ゲーだろ?
「ふむ…じゃぁ、我の背に乗っていけば良い!」
「ん?猫吉先生の…あ、でっかくなってって事か?」
「そうだ」
「それだと猫吉先生が大変じゃないか」
「そんな事ない!」
「でも…そうだな。移動に使う使わないとかじゃなくって…単純にすごく面白そうだ。一度乗せてくれよ」
「じゃぁ、また散歩に行こう!」
俺は猫吉先生の背中に乗って、大草原を駆ける夢を見た。




